第8怪 一か八かの賭け

 数回、倉庫の天上を跳躍していると、あっという間に倉庫街を抜ける。

「くそっ! なんだなんだ、これはっ!」

 今やグニャグニャと曲がる視界。この身体の不調、いつもの魔力暴発とも違う。まるで僕という存在が、他の別の存在に塗り替えられていく。そんなイメージ。

実際にそれを裏付けるかのように、いくつもの身に覚えのない具体的な光景が泡のように突如沸き上がり始める。

――頬をぷーと膨らませて、プイっとそっぽを向く長い金色の髪の童女。

――見知らぬ子供たちとともに料理を食べる僕。

――僕の胸に顔を押し付けて身を震わせている赤色の髪をポニーテールにした少女。

 莫大な数のエピソードをまとめて頭の中に直接情報をねじ込まれるかのような、抗うこともできない痛みと不快感が僕に襲い掛かる。

「ぐうぅ……これは記憶か……」

 きっとこれはこの肉体の記憶。それが今急速に蘇っているんだろう。それに相反するかのように、僕の意識は次第に希薄になっていくのを自覚する。

これが意味するところは――。

「ははっ……この肉体の主導権が僕から失われるってかぁ……くそがぁっ!」

 クスから聞き出した事実が嘘でないならば、今僕がいるのはヒーローどもが支配している未来のジパング。

 あの赤髪の女が僕の名らしきものを名乗ったのだ。あの女とこの身体は知り合いか何かだったのだろう。そして、僕が奴らの口封じをしなかった以上、きっと僕は偽善者ヒーローどもから認識された。あとは、この身体の主が偽善者ヒーロー共の襲撃を退けられるかだが――。

「無理に決まってんだろっ!」

 クスなんていう超絶雑魚にこの肉体は殺されかけていたんだ。仮にもこの世界を支配している偽善者ヒーロー共が、クスのごとき雑魚ばかりのわけがない。多分、今の僕でも勝利するには命をかけねばならないものどもがゴロゴロいるはずだ。もし、その強者だらけのこの世界でこの身体の持ち主に変われば真っ先に殺される。この肉体が死ねば、この肉体に入っている僕も死ぬ。あくまで推測に過ぎないが、どういうわけか、それが間違いなく正しいと僕は確信していた。

「くくっ! 悪の本懐を遂げることができる強者を求めてやっと最高の世界に辿り着いたと思ったらこんなおちか!」

 この世界は腐っている。クスのような正義面した腐れ外道どもがゴロゴロいるんだろう。その絶対的強者どもの野望や欲望を粉々に打ち砕き、奴らに真の絶望というものを味合わせる。それが僕の夢であり、今の唯一ともいえる渇望だ。それがこんなところ失われるのか?

「冗談じゃないっ! こんなところで死んでたまるものかっ!」

 そうだ。まだ僕はこれから。このまま死ぬわけには絶対にいかないっ!

よろめく身体にムチ打ち、河原に降り立つと近くの橋梁下へと身体を引きずっていく。

 同時に僕は仰向けに倒れ込む。もうこれ以上、指先一本動かせない。

 もうじき、僕はこの肉体の本来の持ち主と入れ替わる。

 しかし、この身体持ち主は、魔力の使い方もわからぬ超ド級の素人。このまま何もせずに記憶を失えば僕は事実上死ぬ。

「最後の悪あがき……させてもらうぞっ!」

 精神を鋭い刃物で切り付けられるような独特な不快感の中、僕は歯を食いしばって今使用できる有りっ丈の魔力を使用し、『僕が真に必要と認識したとき、一時的に僕の今の意識と交換する』との効果を付与し、その魔力を僕の全身に滲みこませて馴染ませる。

 これは一か八かの賭けだ。もしこの魔力の付与に僕の期待通りの効果が得られなければ、僕は終わり。あの偽善者ヒーローどもにこの身体もろとも抹殺されてしまう。

「せめて、あの【腐蝕ふしょく】さえ使えれば……」

 【腐り土姫】とか言ったか。奴の能力は相当使いやすかった。あの力があれば、この世界での僕の生存率は比較的上がるんだが。

 もっとも、魔術も碌に扱えぬ無能に今から変わる今、それはまず無理だろうけども。

「頼むぞ、絶対に死ぬなよっ!」

 その最後の言葉とともに、僕の意識はプツンと消失した。

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