第二章 後世 最強の怪人による悪の執行
第1怪 禁術強奪
深い海底から意識が浮き上がる独特の感覚。
濃い真っ白の霧に覆われていた意識が晴れていく中、今や僕にとって日常となった痛みが腹部周辺に走る。感覚的にわかる。これは僕にとって致命傷となるもの。まあ、まだ死の結果まで数十秒の猶予がある分、魔力暴発と比較すれば天国のようなもの。
瞬時に自己治癒を発動すると案の定、嘘のように消えていく。
周囲を確認すると、魔力の鎖により拘束されているウィローグリーンの髪を赤色のリボンで二つ結びにしている少女と、その少女を今にも大口を開けて喰らおうとしている蛇の怪物を視認する。刹那――。
――ツムジちゃんを助けろっ!
頭の中で叫ばれる男の声。同時に上目遣いではにかむ少女の姿がぼんやりと脳裏に浮かぶ。
突如、焼けるような強烈な焦燥が沸き上がり、僕はウィローグリーン髪の少女に向けて地面を蹴っていた。周囲の景色が高速で背後に過ぎ去っていき、忽ち少女の前に到達する。
右手の手刀に魔力を1万ほど込めて『絶対切断』の効果を付与する。そして少女を拘束している鎖をその手刀によりバラバラに切り裂く。重力により彼女が落下する前に、彼女を両腕で抱き上げた。
突然眼前に生じた僕に大蛇の化け物は大口を開けたままポカーンとした顔で僕を見下ろしている。
「のけ」
今も固まっている蛇の化け物にそう威圧しただけで、
『んなッ⁉』
蛇の顔を器用にも壮絶に引き攣らせながら、背後に飛びぬく蛇の化け物。
「……」
傍のシルクハットを被った白色タキシードの男は眉を顰めながら、
「バジリスク、そんな瀕死の怪人に何をやっているんです?」
さも不快そうに問いかける。
『ち、違うっ! そいつ、マジでヤバイよっ!』
バジリスクの必死の声に、
「ヤバイ? 私にはただの萎びれた怪人にしか見えませんが?」
『だから、鈍い人間は――』
ごちゃごちゃ、喧しく喚きたてる蛇の化け物、バジリスクと白色タキシードの男に、
「騒々しいぞ。黙れ」
眼球だけを向けることにより、威圧する。
「っ!?」
『ヒィッ!?』
ビクッと全身を痙攣させる白色タキシードの男と、小さな悲鳴を上げて仰け反るバジリスク。
「少し待っていろ。すぐにたっぷり遊んでやる」
僕が執着しているのは、このウィローグリーンの髪の少女だけ。他の柵など知ったことではない。
何より、僕はこいつが嫌いだ。こいつらに会ったのはこれが初めて。きっと、これは理屈ではないし、理由などあるまい。最も近いのは、ゴキブリを前にした嫌悪感といったらよいだろうか。徹底的に、そして妥協なく、こいつらにはたっぷりと地獄をみせてやる。
石になって冷たいコンクリートに転がっている二人の中年の男女の隣にウィローグリーンの髪の少女を寝かせると、三人に右の掌を向ける。そして、魔力を1000程込めて【
僕の右の掌から眩い青色の光が生じ、三人を覆い隠していく。瞬く間のうちに中年の男女の石化が解けて、ウィローグリーンの髪の少女の傷も立ちどころに癒えていく。
「ば、馬鹿なっ!」
『僕の石化の呪いが溶けたっ!?』
大蛇の怪物と白色タキシードの男の二者は、焦燥たっぷりの驚愕の声をあげる。
「さてと」
僕は魔術【
「不思議だ……」
どういう心境の変化だろうな。この姿になってさらに僕から一切の甘えが消えた。いや、実際、甘えといってすらいいのかもわからない。いわば、人として最も大切な理性や、倫理観といった人間らしさといった類のもの。それらが、急速に薄れていく反面、精神は妙に冷えて研ぎ澄まされていく。
「まったく、あれほど嫌っていたはずなんだがね」
この如何にも勘違いした痛い少年のような外見には当初相当な抵抗があった。なのに、今では中々悪くないと思ってしまっている。
自嘲気味に苦笑したとき、
「バジリスク、その怪人は危険ですっ! 早く、石化させなさいっ!」
白色タキシードが裏返った声で叫ぶと、
『やっと気づいたかっ! 言われなくてもわかってるよっ!』
蛇の怪物の両眼から赤色の光線が僕に向けて放たれる。
その不愉快なほど緩慢な赤い色の光線を、僕は右手に魔力込めて『状態異常無効』の効果を付与して叩き落す。赤色の光線は僕の右手に触れるとあっさりと弾け飛び霧散する。
『き、効かないっ!?』
狼狽の声を上げるバジリスク。
「それで終わりか?」
両手をゴキリと鳴らしながら笑みを浮かべて聞き返す。
小さな悲鳴を上げるバジリスクに、
「あの御方から頂いた、禁呪を使います! 私の術式発動の時間を稼ぎなさいっ!」
白色タキシードが裏返った声でバジリスクに叫ぶと、何やら呪文のようなものを詠唱し始める。
『早くしろよっ!』
悲鳴じみた声をあげつつバジリスクは両眼から幾多の光線を放ってくる。一直線に進んでくる幾多の赤色の光線を蠅叩きのように叩き落していると、僕の周囲にポツポツと生じる紫色の毒々しい球体。それらは瞬く間のうちに分裂しつつも、周囲を覆い尽くしていく。
「禁呪ね」
まったく脅威にも感じないし、真面に食らっても死にはすまい。僕に自己治癒がある以上、事実上、僕を一瞬で即死させなれば奴らは僕を倒せない。問題はこのウィローグリーンの髪の少女たちだ。彼女たちは正真正銘の素人。その彼女たちが、仮にも禁呪に耐えられるとは思えない。あの紫色の球体の一つにでも触れれば即死だろう。
彼女たちの付近を【
一応禁呪だし他に漏れて無関係なものまで巻き添えになるのはいささか目覚めが悪い。この周辺一帯を【
さらに――奴の禁呪とやらを徹底的に丸裸にすることにする。
奴の詠唱している呪文と僕の周囲を埋め尽くす無数の紫色の球体を鑑定する。
――――――――――――――――――――――――――――
【
・術の効果:腐敗の効果を有するいくつもの球体を空中に出現させて、それらを自在に操作する。一度腐食されたものは、アンデッドとして術者の支配におかれる。
・詠唱:大地よ――腐れ、空よ――腐れ、水よ――腐れ、生きとし生けるものよ――全て腐りて、姫の
・根源:腐り土姫
――――――――――――――――――――――――――――
この球体に触れると腐敗して、アンデッドにでもなるというところか。いわば、ゾンビ発生型の魔術というわけだ。禁呪というだけあって中々の兇悪さだ。
詠唱が終わった白色タキシードの男は笑みを浮かべながら、
「この球体に触れたあらゆるものが、腐り落ちます! 私とバジリスク以外、ここら一帯腐り果てるのですっ! まさに、禁呪の名に相応しい術っ!」
両腕を広げて得々と自身の術の賛美をする。この余裕の様子からも既に勝利を確信でもしているのだろう。そしてそれは大蛇の怪物バジリスクも同じ。
『でも、いいのかい? ここには
赤色の光線を放つのを止めて白色タキシードの男、
「構いませんよ。確かにヒーロー諸君にも多少犠牲がでるかもしれませんが、その程度で死ぬようならそれはそれ。役立たずを処分できてむしろ本部にも感謝されることでしょう」
クスは蔑むような視線で倉庫の奥を眺めながら小馬鹿にしたように吐き捨てる。
「くはっ!」
僕は小さな笑い声をあげていた。もちろん、井の中の蛙が己の実力をわきまえず大言を吐くさまが滑稽だったからだ。
「なんですぅ? 恐怖で気でも触れましたか? でもぉ~下等な怪人ごときがこの私を――」
「もういい、お前らの馬鹿さ加減は良ーく理解した」
そう。この魔術【
ともあれ、この状況はこの上なく僕にとって都合よい展開ともいえる。それはもちろん、不完全と言えども、ボンクラがこの禁呪を行使してくれているからだ。ここで、この魔術を奴から真の意味で奪い取るとしよう。
僕は右手を伸ばして周囲の紫色の球体を鷲掴みにして指定すると、魔力を10万ほど込めてこの球体を生贄にして【
「な、なぜ触れて無事でいられるっ!」
『な、なんか変だよッ!』
バジリスクが焦燥たっぷりの叫び声を上げる。
「これは召喚術? いや、詠唱もない召喚術など聞いたことも――いやそれよりも――何だッ⁉ この馬鹿げた魔力はっ!」
目をカッと見開いて叫ぶ
『ヤバイっ! ヤバイっ! ヤバイーっ! ヤバイーーっ! この魔力、絶対にヤバイっ! 呼び出されるのは――この術の元となった神話上の――』
バジリスクも決死の形相で後退りながら、金切り声を上げる。コンクリートの地面が半径1mの範囲で腐り落ちて臓物のような無数の管がウネり、紫色の沼ができる。その沼が盛り上がり人の形を形成していく。遂には繭のようなものが弾けて、その中から紫の服のドレスを着た紫髪の美女が姿を現す。
『妾を呼び出したのは誰かしら?』
美女はバジリスク、次いで
女と視線が合う。たったそれだけで、ガチガチと歯を打ち鳴らし全身を小刻みに震わせる
「私だ」
こいつが、『腐り土姫』とやらなんだろうよ。一応、鑑定してみるとしよう。
――――――――――――――――――――――――――――
【腐り土姫】
・最強の魔神、ベルゼビュートが溺愛している末の娘。まだ若く力は王級だが、潜在能力はベルゼビュートの実子の中でも飛びぬけている。
・種族:魔種
・系譜:超神八皇の二、暴食の王、ベルゼビュートの実子
・存在強度:B(王級)
・限界魔力量:50000000
・恩恵魔術:
――――――――――――――――――――――――――――
超神とかいう神様の親玉の実子が、限界魔力5000万? どうでもいいが神というにはあまりに弱すぎる。名前負けもいいところだろうよ。
ともあれ、一般の人間と比較すればそれなりの魔力はある。神というのも、一定以上の魔力のある生物が勝手に名乗っている類のものなのかもな。まあ、面白生物の生態など、僕には心底どうでもいいことではあるわけだが。
『願いは? そなたの魂と引き換えに何でも一つだけ叶えてやるかしら』
尊大に身体をのけ反りながら宣う紫髪の妖怪女。
滑稽だ。実に滑稽だな。その程度の自力でこの僕の願いを叶えるだと。悪いが、僕の目指すものは最強の悪の怪人。自称神風情に叶えられるような望みでは断じてない。
「お話しにすらならぬ。服従しろ。されば、殺しはしない」
これは強がりでもはったりでもなく純粋なる事実。僕らクラスの闘争は保有する魔力量に左右される。特に僕の戦闘スタイルは魔力の効果の付与。事実上、魔力量が高ければ高いほど、より超常的な現象を引き起こせる。そして、今の僕にとって限界魔力5000万など道端の蟻に等しい。
『わ、妾に屈服しろとほざくかしら?』
犬歯を剥き出しにしてワナワナと両手を震わせてオウム返しに尋ねてくる『腐り土姫』に、
「ああ、理由もなく弱き女をいたぶる趣味は私にはない。それが例え妖怪や魔物の類だったとしてもな」
奴にとって最後の後戻りの橋をかけてやる。
『殺すのかしらっ!』
増悪に満ちた顔で『腐り土姫』は僕に右の掌を向けてくる。
奴が何かをする前に僕は地面を蹴って奴の間合いを詰めると、奴に鼻先スレスレまで顔を近づけると、
「敵対する道を選ぶか。ならばやむを得ないな」
魔力を一億ほど使用して『絶対切断』の効果を付与した右手の手刀で女の首を落とす。
『……』
右手を掲げた状態で地面への落下を開始する『腐り土姫』の頭部。
僕は『ウィルオウィスプ』の炎を顕現し、それに魔力を十万込めて『威力増強』の効果を付加。その黒炎により頭部を失った胴体を軒並み焼き尽くす。
僕は頭部を右手で掴むとその顔を覗き込み、
「ほう。まだ息があるか。だが、もう勝敗は決した。私の勝ちだが、まだやるかね?」
その意思を確認する。
『許して……』
震えながら涙目で懇願の台詞を吐く生首だけとなった女。
「言ったはずだ。理由もなく弱き女をいたぶる趣味はないと」
そう僕が返答したとき、
――腐り土姫の従属を確認。従属契約完了致しました。
眼前の空中に屈服の契約の完了の通知とともに、両手に握っていた女の頭部が煙となって消えてなくなったのだった。
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