第33怪 魔導界での牽制
黒髪をオールバックにしたサラリーマン風の男は、
「さーて、ではいっちょ、お仕事と行きますか」
その真面目そうな姿とは似つかわしくない軽薄な口調で、コキリと指を鳴らすと正面玄関へ近づいていく。
サラリーマン風の男は小奇麗なロビーに入ると受付の女性の前まで行く。そして、
「西兎部稲造さんと会いたいでーーす」
爽やかな笑顔でそれだけ伝える。
一般のビジネスでは真っ先に、自身の名前と所属を名乗るのが通常だ。そしてあまりに社会人として不適切な軽薄な口調。誰が見ても異常なこのサラリーマンの風の男に違和感を覚えた受付の女性は、左手をテーブルの下にもぐらせてボタンを押しつつ、
「予めの面会の御予約はありますでしょうか?」
にこやかに、そして丁寧に応対をする。
「もちろん、ないっすよぉ。いいから、会わせてって、特別に君だけ生かしてあげるからさ」
「ご、ご冗談を」
サラリーマン風の男の言葉に、受付の女性は顔を引き攣らせてチラリ、チラリと背後を確認する。
「お友達、沢山呼んだんだよねえ。いいよぉ。その方が手っ取り早いしさ」
ニィとさらに笑みを強くするサラリーマン風の男に、
「ひっ!?」
悲鳴を上げて受付の女性は逃げようと背を向ける。
突如、その女性の全身に亀裂が入り、ボタボタと肉片となってロビーにまき散らされる。
劈くような喚き叫ぶ他の従業員の女性、数人も首に線が走ってゴロンとロビーの床に落ちる。
ビル一階のエレベーターがチンッとなってイカツイ男たちがワラワラと飛び出してくると、一階のロビーの惨状を目にして息を飲む。
「討ち入りだっ! おい、オヤジたちに知らせろッ!
真っ先に覚醒したパンチパーマの長身の男が近くの坊主のお男に指示を叫ぶ。
「へいっ!」
坊主頭がエレベーターへ向かって掛けて行くの尻目に、
「兵隊が此奴だけのわけがねぇっ! 俺らはこいつらの足止めだっ! お前ら、気合を入れろっ!」
パンチパーマの男の檄に、弾かれたかのように各々が武器を持ってサラリーマン風の男を取り囲む。
「あらあらあーーら。囲まれちった」
「やってくれたよなっ! どこのもんだかしらんが、ただで済むと思うなよっ!」
怒声を上げるパンチパーマの男に、
「ただですむぅ? くはっ!」
ケタケタと笑うサラリーマン風の男に、
「気狂いかよっ!」
「
パンチパーマの命が飛び、サラリーマン風の男に向けて一斉に銃のトリガーを引く。
十数人からの一斉射撃だ。蜂の巣になってしかるべきだろう。なのに――。
サラリーマン風の男の目と鼻の先で。パラパラと床に落ちる金属片。サラリーマン風の男は無傷だった。
「そ、そんな……」
パンチパーマの男が呆けたようにそう呟いたとき、その全身に基線が入り、肉片となって床にドシャッと落下する。
「うぁ……」
指示役だったパンチパーマの男の無残の亡骸を眺めながらカタカタと震える
サラリーマン風の男はポケットからスマホを取り出して操作すると、
「逃げなよ。今から5分後に狩を開始する」
悲鳴を上げつつも、ビルの正面玄関へ向かおうとする男の首が切断されて絶命する。
「そっちはダーメ。もち、ビルの奥だよぉ」
サラリーマン風の男の喜色の籠った声を契機に、転がるようにビルの奥に走り出す
役1時間後、銃撃の音により通報を受けて出動した警官隊がビルを完全包囲する中、ビルの正面玄関から威風堂々とでてくるサラリーマン風の男。その右手には、
「やっほー、これあげるよ」
振りかぶって放り投げると生首は銃を構える警官の一人にぶち当たって大きく首が明後日の方向に捻じれてしまう。
「うああっ!」
獣のような声が響き渡り、警官隊から放たれる無数の銃弾。それらは真っ二つに割れてサラリーマン風の男の背後のビルの防弾ガラスに突き刺さる。
「はーーい、君と君と君ぃ、弾けろ」
サラリーマン風の男が指を指した警官の身体に線が入り、ズルッとずれていき、肉塊となって地面に叩きつけられる。
「ぐひっ!」
尻もちをついて金切り声を上げる警官の青年の首がゴロンと落ちる。
「喚かなーーい、動かなーーい。できたら、特別に助けてあ・げ・る」
ウインクをすると歩き出すサラリーマン風の男。
ガチガチと歯を鳴らしながら小刻みに震えるだけで身動きできぬ警官隊の中、サラリーマン風の男は悠然と歩き去っていく。
遠巻きに皆が見守るなか、サラリーマン風の男が裏路地に入る。
暫く歩くと、その全身がまるで粘土細工のようにボコボコと歪み、黒髪をツインテールにした美しい少女へと変わる。
その少女の服装は黒色のドレスを着用しており、返り血一つついてはいなかった。
黒髪少女は裏路地を抜けると人混みに紛れて暫く歩き、近くの公園へと入り、備え付けのベンチに座った。
「クロゥ、いくらなんでも目立ちすぎだぞ」
黒髪の女性の隣のベンチに座っている眼鏡の男性が苛立ち気に非難の台詞を吐く。
「おいおい、自由にしていいと言ったのはアンタの方だぜぇ?」
「物事にはな、限度というものがあるんだっ! あんな衆人環視の前で力つかいやがってっ!」
「大丈夫さぁ。ボクちんの力は見た程度でどうなるものじゃないさぁ」
歌うようにいう少女に、気持ちを落ち着かせるように、眼鏡の壮年の男性は数回深呼吸をしていたが、
「ともかく、不要な駒の処分に、ジパング政府を初め、
両方の掌で顔をくしゃくしゃと触れながら、そう声を絞り出す。
「そうそう。そう理解すべきだってぇ」
「うっさいわ! お前が言うなッ!」
ビクッと振り返る通行人に眼鏡の壮年の男性は帽子を深く被る。
「で? 本当に
初めて黒髪の女、クロゥは顔から笑みを消してそう眼鏡の男に尋ねかける。
「それはもう確定事項。我らだけの神秘は
「裏切りものどもか……」
吐き捨てるクロゥに、
「ああ、複数の魔導結社とエルドラが裏で合意したらしいからな、もはや既定路線だ」
眼鏡の男も首を左右に振ってそう断言する。
「いいさぁ。所詮、
クロゥがそう口にしながらベンチを立ち上がると、
「それには同意するね。今のこの茶番はあくまでエルドラを初めとする魔導組織の間での主導権争いにすぎぬ。魔導紋の存在すらもしらぬ猿に扱えるほど魔術は甘くない」
眼鏡の男性も大きく相槌を打つ。
歩き出すクロゥは、指をパチンと鳴らして肩越しに背後を振りかえり、
「そういや、あの天啓について何か分かったぁ?」
尋ねかける。
「まったく。八界のメインゲートの出現などまさに神話時代の話だ。おそらく、どこかの馬鹿が新たな広域念話魔術の実験にでも使ったんだろう。八界の話を持ち出すとは命知らずもいいところだ」
「そうねぇ……あの件で
クロゥは今度こそ、歩き出し公園をでると人混みの雑踏へとその姿をとけ込ませる。
「ま、もしかしたら、これも他の組織の揺さぶりなのかもしれんがね」
眼鏡の男もベンチから腰を上げるとそう呟いたのだった。
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誤って32話と33話を逆に投稿していまいました。修正して二話、投稿いたします。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
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