第26怪 合衆国の動揺

――ザ・ホワイトハウス

「とても、信じられん」

 アメーリア合衆国大統領、アルベルト・カーネルソンは画面一杯に映し出されるイカレきった映像にそう呟いた。

「……」

 アルベルトだけではない。心臓に毛が生えているような図太い精神の持ち主の集まりである国防省や情報局の幹部たちも、同じく滝のような汗を流しつつ、スクリーンに映る黒色の外套に黒のマスクをした小柄な男を食い入るように凝視していた。

「これも……魔術なのか……」

 国防省の一人が両手を組みつつ、苦々しく呟いた。

 無理もない。調査部は合衆国ステイツお抱えの魔導士の力により、奴らの主要建物の至所に隠匿の効果を保有した監視カメラを設置して監視していた。そのカメラからの映像では、あの黒色の外套の男が掌を掲げると、そこから無数の黒赤色の球体が生じ、それらが天井を一瞬で蒸発させて、空へと向かう。そしてその球体は黒赤色の尾を引いて地上へ落下していき、人や建物をピーポイントで焼き尽くしてしまう。

 爆撃であるなら、大地は大きく抉れて巨大なクレーターができておかしくはない。なのに、大地は綺麗でまるで何か鋭いもので削り取ったようであった。

 こんな技術、どうやっても科学には不可能。この魔術が人智を超えたものであることはもはや明白だった。

「魔術は所詮、人の身による科学の再現に過ぎない、そうではなかったのか!?」

 左拳でテーブルを叩きつつも、黒色のローブにとんがり帽子を被った若い女を問い詰める。

「違う……」

「あ?」

「あれは魔術なんかじゃない!」

裏返った声で叫ぶとんがり帽子の女に、

「魔術ではない? 貴様ら魔導士の範疇ではないということか?」

「いえ、アレは私たち側のことわりです」

「はあ? お前ら魔導士側の力で魔術ではないなら、何だというんだっ?」

「わかりません」

必死で自身を落ち着けるように、自身の胸を押さえながらそう声を絞り出す。

「わかりませんだとッ⁉ カスケード! 貴様、この私をおちょくっているのかっ!?」

 顔中に傷のある屈強な軍服の大男、シルバ大将が、額にミミズ腫れのような血管を張らせながら怒声を上げて、とんがり帽子の女カスケードを睨みつける。

「あの呪文は魔導士なら誰でも使える初級魔術、【火球ファイアーボール】だった。あの呪文からあんな神話級の魔術が発動できるわけがない。あのナイフで銃弾を跳ね返した魔術もそう。全てがあべこべで、道理が成り立たない。つまり、あれは魔術ではなく神々のみが使用できる――」

普段、嫌みなほど他者への配慮があるカスケードは、顔中に傷のある軍服の男の怒声などそもそも、聞こえてすらいないように、顔を掻き毟りながら、血走った目でそう捲し立てていた。

「おい、カスケード! 少し、落ち着きなさい!」

 アルベルトが声を張り上げてようやく部屋中の注目が集まっているのに気付いたのか、瞼を閉じて、しばし深呼吸すると、

「取り乱してしまい申し訳ございません。あれは確かに魔術ではありません。ですが、魔術に類似した力です」

 いつもの正確無比の返答してくる。

「魔術に類似した力か……それでこの黒服は何を要求してきている?」

「奴らから譲渡を受けた土地や財産を州に買い取るように要求してきました」

 調査部が即答する。調査部の困惑した様子からいって、提示した額がよほど意外だったのだろう。

「我がステイツの国民を救助したばかりか、ご丁寧に治療もしてくれたんだ。希望通りの額を払おう」

 そうだ。【死刃デス・ブレイド】というテキサを中心として活動するマフィアが、あのカルト集団、【影法師シャドウマスター】と手を組んで、無茶苦茶した結果、ステイツの将来有望な若者たちが拉致され奴らに好きなように嬲られていたのだ。中には瀕死の重傷を負ったものさえいたことは、既に調査でわかっていた。

 もちろん、急遽奴らを殲滅すべく救出部隊を組織して投入しようとしていたとき、今回の事件が起きたのだ。

 実のところ【影法師シャドウマスター】は、イタルナを中心とする魔導結社。それが独自の軍隊すら有しているのだ。カスケードの言が真実なら、突入部隊にもかなり数の犠牲者が出る事が予想されていた。だが、あの黒色の男の出現により、一夜にして成す術もなく奴らの軍ごと消滅してしまう。

 しかも、凡そ薬物中毒や拷問などの被害にあっていると予想された拉致された若者たちは全て健康体の状態で保護される。

ここで金を出し渋ってはステイツの沽券にかかわる。

「6百万ドルです」

「は?」

 あまりの予想外の答えにアルベルトの口から出たのは間の抜けた疑問の声。

「聞き間違いか? 私は今六百万ドルと聞こえたんだが?」

 シルバ大将が片目を細めて聞き返す。

「相手の交渉人ネゴシエーターに再度確認したので間違いありません。あの黒服、アビスが求めてきたのは6百万ドルです」

 奴らの資産だけでも十数億ドルはするんだぞ。おまけに兇悪なテロリスト集団を殲滅して、ステイツの国民を救出、治癒すらした。それで六百万ドルなど破格を通りこして気味が悪い。

「おそらく、何かの思惑があるんだろうが……不気味すぎるな」

シルバ大将がしみじみとこの場の誰もが思っている感想を述べる。

「カスケード、君はアビスの意図は何だと思う?」

「おそらく、アビス様の目的は【影法師シャドウマスター】の駆除。それだけであり、あとは全ておまけ。そして、魔導士は極度の秘密主義です。土地、建物はもちろん、財産の売却さえも一般市場ですれば何らかの痕跡が残る。それを嫌ったのでしょう」

「おいおい、アビスは弱者を助けるスーパーマンだ、とでもいうつもりか?」

 どこか投げやりなシルバ大将の台詞を、

「いいえ、それは違います。我ら魔導士は元来自己中心主義の権化。あの御方も魔導士である以上、きっと、その目的はとても独善的で利己的なものでしょう」

 カスケードは首を左右に大きく振って否定する。

「彼の目的はとりあえずおいて置こう。それよりもだ。この画像が他国に漏れる危険性は?」

「ない……と言いたいところですが、あの規模の施設が一瞬にして塵と化したのです。既にマスコミも騒ぎ始めています。もはや、情報封鎖は不可能かと」

 情報部のこの返答は、聞かぬまでも予想はしていた。一応、奇跡を願って確認しただけだ。

もっとも、簡単にアルベルトの願いは裏切られてしまったわけだが。

「もはや、秘匿は不可能ということか……」

「ええ、いいころ合いではないかと」

 情報部の幹部の言葉に大きく頷き、

「カスケード、会見を開け。私も全世界に向けて魔術の存在を正式に発表する」

「はっ!」

 カスケードは立ち上がり、敬礼する。

「シルバ、軍内部で魔術の軍事力への転用の方は?」

「もちろん、順調だぜ。特殊部隊を中心として身体強化を取得させている」

「君らもアビスを見ただろう? 今後、この世界を支配するのは魔術だ。我が国は、今後も世界の頂点にたって適切な道への先導役であらねばならぬ。我らが遅れをとることは絶対に許されぬのだっ!」

 立ち上がり、アルベルトは喉が潰れん限りの大声を上げる。

 他の同席者も立ち上がり、敬礼をする。


 ――この一室の宣言により世界は魔導へと大きくかじを取る。これはまさに、大魔導時代が到来した瞬間だったのだ。



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