第18怪 修業開始前の朝の団欒

 カーテンの隙間から差すあまい光に、目を細めて背伸びをしつつベッドから起き上がる。

「そうか。遂に古戸流も終わったんだな……」

 退会の申請を受け付けに提出して、僕は古戸流古武術を名実ともに卒業した。

まさか、このボッチ至上主義の僕が組織を抜けることに哀愁を感じてしまうとは夢にも思わなかった。その理由は多分、初音と司と縁が完全に切れたから。

あれから、初音や司からラインで何度も連絡のようなものが来ていたが一切返信はしていない。

 二人は僕にとって唯一無二の親友だった。それは紛れもない事実。だが、初音は今やテレビのお茶の間で頻繁に見かけるほどの有名人。噂では近くドラマに出る予定があるらしく、完璧にアイドル化している。司も九条財閥の跡取りとして、このジパングの政財界を動かす人物となる。古戸流の道場でもなければ、僕のような庶民と関わることはなくなるだろう。

 二人はいわばこの国、ジパングの舞台を堂々と歩いていくものたち。真の怪人として悪の道を進む僕とは決して混じわることはない。というか、僕なんぞとはさっさと縁を切って見合った仲間を作った方がよい。

 ぼんやりした頭でスマホを確認すると、美緒からこの春休み中の依頼についてのラインが来ていた。

「さっそく来たか」

 僕は強くなった。だが、まだこの世界には強者などごまんといる。僕はまだ理想の怪人Aにはなっていない。実戦経験が圧倒的に足りないんだ。なにせ、実際に僕がした戦闘といえば、武術の試合などのお飯事や、不良やハングレのゴロツキにお灸をすえた程度。こんな危険性皆無の安穏したものでは、僕の最終目標、即ち、この世のあらゆる理不尽に平等に悪を執行するなど夢もまた夢。仮に為そうとしても、正義の偽善者どもに簡単に駆逐されるだけだ。実戦経験を付けることは不可欠と言って良い。

 もっとも、その実戦経験を得るにも金かかる。いや、実戦経験だけじゃない。コスチュームを初め、活動拠点となる場所など、今後、莫大な資金が必要となる。

金銭と修行の両方の要求を満たすため僕らが考えたのが依頼ってわけだ。

 この春休みを利用して美緒がネットでなんでも屋のような依頼を受けて僕が遂行する。もちろん、クズどもに利用されるのだけは御免だ。美緒と僕とで事前にその依頼を受けてよいものかを徹底的に吟味してから決めることにしている。

「内容は――」

ラインに目を通す――。


 マイダーリン! 

 美緒たちの初めての仕事は、あの合衆国ステイツの企業ウイズダムのCEOからだよ!

 なんでも愛娘が厄介な組織に拉致られたので、助け出して欲しい。条件はできる限り秘密裏、穏便にだってさ。秘密裏はともかく、穏便というのはカー君には無理かもだから、受けるか断るかは会って相談しよう! 

 じゃあ、午前10時に秋菜駅前に集合ね!


 企業ウイズダム、確か合衆国ステイツテキス州に本社のあるインターネット関連サービスを展開する大企業だな。そのCEO、即ち、トップからの依頼。娘が攫われたと知られれば株価にも影響を与えかねん。秘密裏が条件なのも十分利にはかなっている。

 しかし、穏便というのがよくわからんな。話し合いで決めて欲しいなら、僕らのような正体不明の者に頼むんじゃなくて、弁護士にでも頼めばよいものを。

とりあえず、今は午前7時。僕らの小学校は卒業式が早く3月一杯は休みとなる。それは今年中学を卒業する美緒も同じ。お互い4月上旬の入学式までは休みだ。

その休みを利用して僕らは依頼をこなして、金銭を得ると同時に実戦経験を積むことにしたのだ。

 まだ、荷物を詰めてすらいないんだ。とっとと、下にいって朝食をとるとするとしよう。着替えると一階のリビングへと降りていく。

 一階では父が鼻歌を口遊みながら、朝食を作っていた。いつもテンションが高い父だが、今日はいつもにも増して機嫌がよい。その理由にも予想くらいつくけど。だからこそ――。

「カッちゃん、起きたね、さあ座って、座って!」

「うん」

 自分の席に座ると父も僕の正面に座る。

「いただきます」

 僕は手を合わせて食べ始めた。


「じゃあ、今日から一カ月、僕は友達の家の別荘に泊まりにいくよ」

 食べながら父に切り出す。

「わかっているさ。そういう約束だしね」

 父は箸を止めると少し寂しそうに頷く。

 僕は父に交換条件を提示する。ジパングでも一、二を争う進学校である【慶皇館大学付属】の中等部を受験して合格できれば、一カ月僕の好きにさせてもらえる。そういう約束だった。

 僕を生むと同時に最愛の妻を失ったからだろう。父は僕に対して異常と思える執着をしてきた。まがりなりにも一カ月間、僕と離れて暮らすのだ。当然のごとく父は反対したが、僕の模試の成績からすると不可能な【慶皇館大学付属】の合格を条件に一カ月間の僕の宿泊を渋々了承する。

 そして僕は予定通り【慶皇館大学付属】中等部に合格して、一カ月の修行の機会を得る。

「父さん、話したいことがあるんだ」

「なんだい?」 

「僕はもう一人で大丈夫だから、父さんは自分の幸せをみつけてよ」

 僕の言葉に父の笑顔に亀裂が入る。やっぱり、誤解させてしまったか。この優しい人なら当然だろうさ。

「私が重荷だったかい?」

 僕は大きく首を左右に振って、

「重荷のわけがないさ。僕にとって父さんは母であり父だ。だから、僕のせいで父さんが負担になるのは我慢がならない。それだけは絶対にいやだ」

 父の言葉を強く否定する。

 父が重荷? それは逆だ。多分、今父には好きな人がいる。最近共同研究をするようになったあの女性だろう。父の大学に忘れ物を届けたとき、大学の食堂で一緒に食事をしたことがある。かなり昔に彼女も我が家と同様、旦那さんを亡くしているらしい。父への彼女の態度とそれにまんざらでもない父をみていれば、もうとうの昔に結論はでている。多分、父が前に踏み込めない理由は僕の存在だ。

 まっとうな人間の父にとって今や僕はまさに生きる害悪。僕の倫理観は間違いなく壊れている。僕は他者を傷つけることはもちろん、殺すことさえ目的のために必要であるなら問答無用に実行する。これは限りなく確信に近い予感だ。この休みの実戦で僕は後戻りができぬ経験をすることになる。将来、僕が世界の敵となることもあろう。その際に最悪父は大量殺人犯の親として社会から総バッシングとなる危険性がある。

 それだけは御免だ。だから僕は20歳になったら死を偽装して父の前から永遠に姿を消そうと思っていた。だからこそ、父を支える人物を僕はずっと探していたんだ。

「負担のわけがないだろう。私たちは家族なんだからな」

 優しく頭を撫でてくる父。この人にとって僕はいつまでたっても小さな子供だった。その愛情が十分すぎるほどわかったから、僕は今まで怪人Aとしての一歩を踏み出せずにいたのだ。

「そう、家族さ。だったら、父さんも僕に気を使わないでよ。僕が望むのは父さんの幸せだけさ」

「わかったよ」

 父は僕の心からの要望に大きく頷いたのだった。



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