第16怪 今までありがとう
ハングレ組織グレムリンは、警察の一斉摘発により跡形もなく解体され消滅した。同じくして四極会の一つ、
ともあれ、
こうして、来月の3月20日に13歳となり、僕は4月から中学生となる。
今日は古戸流道場が主催する年少の部最大の大会が開催されている。開催の会場は古戸流の所有する蔵戸町にある巨大武道館。古戸流が主催する全国的な大会が開催されるときは決まってここで実施されている。
この大会の出場資格は全ての小学5年、6年生であり、古戸流の門弟に限られない。本大会は近年の格闘技ブームにより、地上波でも全国放送され、仮に決勝トーナメントに残れば超名門学園、【慶皇館大学付属中等部】へのスポーツ推薦入学の切符を手に入れられる。故に、出場者のほとんどは、この大会での決勝トーナメントへの進出を目標としている。
まあ、僕は例のごとく早々に目立たぬ一回戦を敗退することができた。今大会の目玉である初音の試合が開始されるところであり、観客席で見学しているところだ。
今僕が据わるこの席は観客席の前から二番目の隅。ただでさえ見えにくいのに加え、立ち見の者たちがいれば、あまりよくは見えない。初音は去年の年少女子の部優勝者だ。既に世間ではアイドル化しており、立ち見で溢れる事になることだろう。要するに半端じゃなく見えにくく、会場の中でも特に人気のない場所ってわけだ。この位置でも十分初音の試合を観戦できるし、極力目立ちたくない僕としてはベストポジションというわけだ。そう。それがあくまで僕一人であるなら――。
僕の隣に座る気配に眼球だけ向けると、そこには古戸流で僕が話す数少ない人物、九条司が座っていた。
周囲からの視線が僕らに集中し、女子たちの黄色い声が聞こえてくる。
司は今や、初音と同様、年少男子の部の準優勝者。初音ほどではないが、格闘技に興味がある者の間では知名度は圧倒的だ。
目立ってはいるが、別にいいさ。強烈な存在感のあるものの近くにいる一般人は、よりモブ感が増すことに最近気づいている。
「初音の試合、そろそろ始まるな」
僕の隣の席で、司が初音を凝視しながら呟く。
「うん。ま、結果は分かりきっているけど」
初音の強さはこの古戸流では別格だ。彼女に勝利できるものが、年少の部でいるとはとても思えない。
試合の会場に二人の少女が現れる。割れんばかりの歓声。テレビの中継もあるようだし、一古流が主催する試合とは思えない規模だ。
「それは同意するぜ」
一人は赤い髪の前髪を切りそろえた美少女。彼女が初音。
その対戦相手は金色の髪を縦ロールにした長身の少女。金髪に碧眼、フランス人形のような容姿からして北欧出身だろう。
「年少の部女子無差別級全戦無敗、前年度優勝者! 戦姫とも称される最強の小学六年生、
司会者が初音に右手を向けて大声で宣言する。初音が一礼すると刹那、耳を弄するがごとき割れんばかりの声援。相変わらず、すごい人気だ。まあ、初音はその飛びぬけた美しい容姿も相まって、地上波のバラエティー番組などに頻繁に出演しており、アイドルさながらな人気となっている。無理もないことかもしれない。
司会者は今度縦ロールの少女に右手を向けると、
「同じくこの決勝まで勝ち上がってきたのは、ソフィア・エル・スペンサー! 彼女は北欧の雄、エルドラの名門、ノーストラル校に在籍する超エリート! この度、【慶皇館大学付属】の交換留学制度を利用してジパングに留学し、今大会に出場。破竹の勢いで勝ち上がってきましたぁっ!」
懇切丁寧な紹介をしてくれた。
エルドラか……北欧では王政をとっている数少ない国の一つ。強大な軍事力と世界的な大企業を抱えるEUの中でも優等生であり、ジパングとの関わりも強い。しかも、ノーストラル校はエルドラが誇るパブリックスクールの一つ。
今大会はジパングに住む小学5年、6年生であればだれでも出場が可能だ。もちろん、交換留学生も可能。もっとも、実際に勝ちあがることは滅多にないだろうが。
「始まるぞ」
司の言葉に現実に引き戻される。
審判が前に出て、
「ファイト!」
試合開始の合図をする。
僕らの予想はあっさり裏切られ、初音とソフィアの試合は一進一退の攻防を見せていた。
初音は既に大学の男子選手にも楽々勝利する力がある。彼女のあの膂力や動体視力は人の常識を超えている。それを日々の血のにじむような鍛錬により、達人の領域まで昇華している。その初音と形だけでも互角なのだ。ただの少女では到底ありえない。その理由にも凡その検討が付く。
「驚いたな……」
司の驚きの呟きに、
「あれは魔術か……」
僕はその言葉を絞り出していた。
「ん? カツキ、何か言ったか?」
「いんや、なんでもない」
まさか、未熟とはいえこんなところで、同じ魔術師に会えるとはな。だが、あまり嬉しくはない。あの身体強化の魔術はいわば、反則的な超常の力。個人の努力さえも全て台無しにしてしまう類のものだ。元来彼女の武術の技術自体、相当なもの。幼い頃から血のにじむような鍛錬をしてきた証拠。だからこそ、魔術など使用しなくても善戦はできたはずだ。少なくともこんな公の場所で使用するべきでは断じてない。
「まったくの互角だが、どっちが勝つと思う?」
普通なら言葉を選ぶ司の問に、
「膂力や俊敏性では一応互角だね。ならば、技術が差を分ける。初音が勝つさ」
苛立ち気に答えてしまう。
「俺には技術も互角にみえるぞ?」
「互角? 馬鹿を言わないでくれ。そう見えるだけさ。単に初音が彼女の不自然な身体能力に警戒して様子を伺っていただけだ。いざ本気になったらすぐに終わる。ほら、みろよ」
僕が促したとき、初音がソフィアの目の前でパチンと手を合わせる。ほんの一瞬ソフィアの動きが止まったその刹那、彼女の足を払う。数回転して仰向けに倒れるソフィアの顔面に初音の正拳が振り下ろされる。
「……」
それはソフィアと目と鼻の先で止まっていた。
「勝者、
審判の初音の勝利宣言で建物をビリビリ震わせるほどの大歓声が会場に響き渡る。
古戸流の師範たちが喜色たっぷりの表情で初音にかけより、労いの言葉をかける中、
「カツキ、お前、なぜ、初音が本気じゃなかったとわかったんだっ!?」
司が僕の両肩をつかむとすごい剣幕で捲し立ててくる。
「それは私も聞きたいね」
背後を振り返ると金髪の西洋人が薄気味の悪い笑みを浮かべていた。
誰だ、こいつ? 心当たりなど微塵もない。この手の正体不明の人間には基本関わらないのが最良。
「なんとなくですよ」
金髪の紳士に端的にそう返答すると、席を立ちあがって司を見据えて、
「初音におめでとう、と伝えて置いてくれ」
それだけ伝えて司に背を向ける。
「伝えてくれって、初音に会っていかないのか?」
会っていかないかか。確かに友として最後に初音に直接結わいの言葉を送ろうと思っていた。だが、この調子ではそれも難しそうだ。少々、心残りなのは確かだが、致し方がないさ。
「うん、あれじゃ当分会えそうもないしさ。僕は人混みが苦手なんだ」
「ちょっと、待てって!」
司の制止の声にも振り返らず人混みの雑踏の中に僕は姿を溶け込ませる。
今日、このとき僕の古戸流古武術での修行は終了した。古戸流古武術年少の部は、体術、剣術、柔術の基礎を学ぶ場所。中等部以降は、体術、剣術、柔術の各分野に分かれて年少の部で学んだ基礎を実践で昇華していくことになる。
もし、僕が目指す目標が世界一の格闘家なら迷わず続けていただろう。だが、僕が目指すのはあくまで至高の怪人Aだ。格闘技のような公の試合ではなく、命をかけた死合。実戦はより最適な場所を想定している。
僕は古戸流の武道館に向き直り、深く頭を下げると、
「今までありがとう!」
心からの感謝の言葉を述べたのだった。
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