第14怪 蹂躙劇

 目出し帽の男の体躯は小柄――というより子供にしか見えなかった。それはこの部屋の共通認識だったらしく、お楽しみを邪魔された憤りが至所から沸き上がり、

「いいところだったのにぃ! ガトちゃん、その餓鬼、とっととやっちゃってッ!」

 さも不快そうに真っ白なワンピースを着た女が美しい造形の顔を醜悪に歪めながら怒声を上げる。我頭がとうが面倒臭そうに舌打ちをすると、

「あとで的に使える。両腕両足折って案山子にしておけ」

「あいよ。折るならやっぱこれだよなぁ」

 ブカブカの衣服を着た坊主の男が大きく頷くと、傍に置いてあった血糊のついた釘バッドを持つとニヤケ顔で近づいていく。

「お前――」

 坊主の男が目出し帽の子供に近づこうとしたまさにそのとき――。

「へ?」

 目出し帽の子供は坊主の男の目と鼻の先にいた。そして、足を払われて空中で数回転する。そしてそれを目出し帽の子供は蹴り上げる。蹴られた坊主の男は、一直接に高速回転しつつ、真っ白なワンピースの女に衝突してしまう。

 白目を剥いて陸に打ち上げられた魚のようにピチピチと小刻みに痙攣するワンピースの女など歯牙にもかけず、目出し帽の子供は床に転がる釘バッドを拾うと、坊主の男に近づいていく。

「おい、起きろ」

目出し帽の子供は左手に持つ釘バッドで坊主の男の頬を叩く。

「確か、案山子にするんだったよな?」

 痛みで目が覚めた坊主の男の左腕を踏みつける。坊主の男の左腕はクシャッと左腕が明後日の方に拉げる。

「ぎゃあっーー!」

 痛みで気が付き絶叫を上げる坊主の男を羽虫でもみるような冷たい目で見降ろしながら、

「やっぱり、こんなもので殴るより、実際に踏みつけた方がよほど威力があるな」

ボソリとそんな狂った感想を述べる。実際、子供の小さな足で踏みつけた床には、蜘蛛の巣状の大きな亀裂が入っており、相当な物理的力が加わっている事は素人の舞でも容易に伺い知れた。

「つまらん」

 目出し帽の子供は、そう吐き捨てると釘バッドを放り投げる。バッドはクルクルと回転して丁度立ち上がって部屋の隅に退避しようと走り出していたドレス姿の女の背中に衝突して泡を吹いて悶絶してしまう。

「ひいっーー!」 

 女たちから悲鳴が上がる中、

「少し黙ってろ。泣いても喚いても、どのみち、お前らは一匹たりとも逃がしやしない」

 目出し帽の子供にギロリッと眼球を向けられたけで、女たちは腰を抜かして床に尻もちをつく。そして今も痛みで絶叫を上げつつ床をローリングしている坊主の男の右腕を踏み砕く。さらなる絶叫を上げる坊主の男。

「確か、お前は案山子がお好みだったよな?」

ニィと口角を上げる目出し帽の子供は、そのまま、坊主の男の残りの四肢全てをゆっくりと踏みつぶす。

 そのまさに悪の化身のような姿を目にしただけで、傲岸不遜で凡そ動揺とは無縁と思えた我頭がとうの顔が恐怖に染まり、腰のホルスターから銃を抜き放つ。

 同時に、サングラスに無精髭の男を初めとする、全員が銃口を目出し帽の子供へと向ける。

「う、動くなっ! 動けば――」

 震え声で叫ぶ金髪の長身の男に、

「馬鹿が」

 侮蔑のたっぷり含んだ声とともに、目出し帽の子供から放たれる銀色の光の筋。それは銃を持つ金髪長身の男の右手を打ち抜いた。

「ぐがぁっ! お、俺の手がぁっーー!」

 血塗れの右手を持って泣きわめく金髪の男に、

「騒々しいぞ。黙れ」

 目出し帽の子供は笑顔でそう厳命する。目出し帽の子供の声は、ことさら大きいわけでも感情が籠っているわけでもなかったが、

「……」

そう命じられただけで、金髪の男は涙を流しながら何度も頷く。

 目出し帽の子供は倒れた椅子を起こすと、そこに座る。

「いいか。勘違いしているようだから、その致命的な思い違いを正してやる。動くなというのは私の台詞だ。お前らが指先一つ動かせば、そこの馬鹿のようになる」

「ふ、ふかしてんじゃねぇ!」

 サングラスに無精髭の男が叫びつつも、トリガーを引こうとするが、その銃の持つ右手が破裂してしまう。

「ぐぎゃッ!」

 血塗れの右手を押さえて痛みに歯を食いしばるサングラスに無精髭の男に、

「トリガーに力を込めた時点で私はお前ら全員を撃ち抜くことができる。もちろん、信じられないなら試してみたらどうだ? 私は一向にかまわんぞ」

 低い声で問いかける。

 蹲って痛みに必死に絶えているサングラスに無精髭の男を眺めながら、部屋にいるグレムリンの幹部たちは恐怖にカタカタと身を小刻みに震わせながら、何度も頷く。

「お、お前、どこのもんだ? 海外系のマフィアか?」

 我頭がとうが顔面の筋肉をヒクヒクと痙攣させつつも恐る恐る尋ねる。

「海外系マフィアねぇ。私がそんなものに見えるかね?」

 さも可笑しそうにクックッと笑いながら、逆に問いかける目出し帽の子供に、

「お、俺と手を組まねぇかっ! あんたと俺ならば、この東京を――」

我頭がとうが必死の形相で勧誘する。

「それ、不快だぞ」

 目出し帽の子供が小さな舌打ちをすると、我頭がとうの銃を持っていた右手が弾け飛ぶ。

「ぐぅっ!」

 脂汗を流しながら、目出し帽の子供を見上げるその目の中には濃厚な脅えの感情が色濃く浮かんでいた。

「た、出すけてくれっ! 俺たちはサツに出頭するっ!」

 そう叫んで銃を投げ捨てようとした白スーツにパイナップル頭の男の左手が爆ぜる。

「動くな。そう忠告したはずだ」

 足を組みながら、そう一方的に告げながら薄気味の悪い笑みを浮かべる目出し帽の子供。我頭がとうたちは、舞にとっては絶対的強者だった。それが、あの目出し帽の子供に成す術もなく嬲られている。この場を支配しているのは、間違いなくさして強くも見えないあの子供だった。

「……」

 無言の室内にガチガチと打ち鳴らされる我頭がとうたちの歯の音。金髪の男も、サングラスに無精髭の男も、あの我頭がとうさえも、涙と鼻水をだらしなく垂れ流しながら、目出し帽の子供を眺めていた。

 目出し帽の子供は、部屋の中を改めて見渡して左肩を負傷している茶髪の少年に視線を固定すると、舞とその右手に持つナイフを見て、

「人間ダーツの遊びを好むという噂は真実だったということか!」

そう叫んで声を上げて笑い出す。

 初めて見せる目指し帽の少年の激情。その異様な様相に、しばし一同が絶句していると、ピタリを笑うのを止めて、

「その少女にその少年を殺させて後戻りをできなくした上で、骨までしゃぶりつくそうという腹か。お前ら、とことんまで腐っているな」

 ギラギラとした獣のような形相で睨みつける。そして、テーブルに置いてあるナイフを持つと、茶髪の少年に近づいていく。

「こ、こないで……」

 金切り声を上げる茶髪の少年には応えず、血で赤く染まった左肩の衣服をナイフで切り裂き傷口を精査する。

「かすり傷だ。今すぐ病院で縫ってもらえば問題ない」

 ぶっきらぼうにそう告げると、舞に向き直り、

「ここの外はもう安全だ。この少年を連れて今すぐ病院へ行け」

 強い口調で指示を出してくる。

「う、うん!」

 金縛りが解けたかのように身体は舞の制御へと戻り、少年に駆け寄ると彼を肩に担いで懸命に外を目指して走り出す。

 少年の言通り、扉の外には見張りは一人もいなかった。というより、全員、一目見て動ける状況ではなかった。両腕が拉げているもの、血だるまになっているもの、まさに地獄絵図の血塗れの現場を抜けて外に出ると、大声で助けを呼ぶ。何事かと集まってくる人のサラリーマンと思しき人に救急車を呼んで欲しいと頼み、彼がスマホで救急車に電話を掛けるのを目にした途端、

「あれ?」

 足の力が抜けて地面にペタンと尻もちをつき、一歩たりとも動くことはできなくなってしまった。


 それから十数分程度で救急車が到着して舞達は近くの総合病院へ搬送されて治療を受ける。

 おかっぱ頭の少年も数針縫うだけの処置で済む。おかっぱ頭の少年にも改めてお詫びをして許してもらった。

 その後、病院から通報を受けた古戸里奈ふるどりなという名の女性警察官が事情を聴きにくる。

 目出し帽の彼の体躯はもちろん、声色も肉体的には全ての要因が子供だと主張していた。その子供がたった一人で銃を所持していたハングレ集団を壊滅させた。しかも、素手でだ。警察は荒唐無稽だと信じないと思っていた。しかし――。

「その目出し帽の男は子供だったのね?」

 スーツ姿の黒髪をポニーテールの女性は、舞が助けてくれたのが子供と聞いても眉一つ動かさず、むしろ、確信を持っているかのようであった。

「あの……彼を知っているんですか?」

「ええ、数年前にちょっとね……」

 言葉を濁される。

 舞が彼について碌に知らないと知ると、里奈さんはこの件を全て忘れて他言しないように厳命してくる。

 奴らに命令されていたとはいえ、舞はナイフで他者を傷つけたのだ。それが一切お咎めなし。これは異常だ。きっと、これも全て彼のせいなのだと思う。

 警察の人も彼を犯罪者として追っていたようではなかった。なぜなら、彼女たちからは彼に対する嫌悪感のようなものが一切感じられなかったのだから。

(そういえば、お礼を言い忘れてたな……)

 この時舞は強烈な心残りを感じていた。舞のこの心残りは、以来ずっと舞の心の奥底に残り続けて、思わぬ場所で叶う事になる。

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