龍角散の発祥の地は美郷町ではありません。 秋山高志 茨城県史の研究(1980年)の195 ページより 藤井玄信(名・忠貞) 岩根村(現在の茨城県水戸市) 原南陽(はらなんよう)の門人

Joined September 2021
それでは行きましょうか! 秋山高志さんの本が手に入らない! と思ってる皆さんへ少しだけヒント。 Googleの『書籍』に「藤井玄信」と入れると こんな風に少しだけ本の内容が表示されます。 後はネット通販で売ってる店を探しましょう。調査とは、本来は地味なものなのです。
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中には本の内容が数ページだけ見られるものもありますので、まずは試してみましょう。
それでは行きましょうか! 秋山高志さんの本が手に入らない! と思ってる皆さんへ少しだけヒント。 Googleの『書籍』に「藤井玄信」と入れると こんな風に少しだけ本の内容が表示されます。 後はネット通販で売ってる店を探しましょう。調査とは、本来は地味なものなのです。
こうなると次は、秋田ノーザンハピネッツの関係者及び、ブースター達でしょう。また美郷町出身の医師の一家が〜だとかリポストキャンペーンとか始めないといいですね。 後これに関しては放置している秋田市や大仙市の市役所の対応にも問題はあるのですから。 さあ、どんどん逃げられなくしましょう。
お芝居のストーリーを説明ししつつ龍角散は六郷のものみたいにミスリードさせて、SNSに投稿している人は誰か? またもや劇団わらび座の方でしたね。 以前からの指摘通りでした。 この人のお母さんをフォローしてたので、こういうことはしたくなかったのですが、まあ、仕方ありません。
お芝居のストーリーを説明ししつつ龍角散は六郷のものみたいにミスリードさせて、SNSに投稿している人は誰か? またもや劇団わらび座の方でしたね。 以前からの指摘通りでした。 この人のお母さんをフォローしてたので、こういうことはしたくなかったのですが、まあ、仕方ありません。
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これは皆さんも気づいているでしょう。 美郷町の広報や町議会の議事録を追っていけば分かるように、龍角散の知名度を悪用し、政治的に使おうとした美郷町の責任です。 早い段階から、当方のフォローを外し、「政治的なツイートには反応しないようにしていたけど・・・」と書いてた人いましたね。
フェイスブックのコメント消えてたので、こちらですみません。 お芝居の設定を楽しむための投稿なら何の問題もないはずです。 しかし当方のコメントを消すということは、そこに「何かある」と思われますよ。 そもそも、わらび座の皆さんは何かトラブルに巻き込まれたのではないでしょうか。
フェイスブックのコメント消えてたので、こちらですみません。 お芝居の設定を楽しむための投稿なら何の問題もないはずです。 しかし当方のコメントを消すということは、そこに「何かある」と思われますよ。 そもそも、わらび座の皆さんは何かトラブルに巻き込まれたのではないでしょうか。
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藤井得三郎の兄らの生年月日等は不明。 これは明治19年※の秋田町(秋田市)の大火災により、様々な資料が燃えたことが影響しています。 東京側は関東大震災、東京大空襲※が影響している。 ※資料通りです。
龍角散公式のノートですが、過去の資料だと「子の玄信が蘭学を学んだ知識を取り入れ、龍角散を作った」となっており、そもそも当時の新聞記者さん達が 玄信 玄淵 を混同して記事を書いていたのではないかと推測されます。 正確には江戸中期の玄信は、藤井忠貞(篤、屋号は玄信、水戸岩根村)です。
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秋口にポスト(投稿)減らしていた時に、いくつかのアカウントを地道に調査していましたが、何1つ明確な根拠もなしにやってたんだなということで、非常に残念に思いました。 ネットの画面だけを見て、判断しているんだろうなと。
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冨樫様、北は北海道、南は沖縄までいる劇団なのでしょうが、いまいち史実とお芝居との境目が分かっていない人がいるみたいなので、お気をつけください。 これには10年以上前の早い段階から、SNS上で龍角散は六郷のものだと投稿しているのが、わらび座様の取り巻きの方であるのが非常に気になります。
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これはあくまでも自分たちが構築したデータベースを軸に話を展開し、その人に合わせてしゃべるからこういうことが起きるのですね。 人間でもこういう人いますよね。 #風見鶏
と思いきや、試しにスタッフの個人アカウントでgrok 3に聞いてみたら、また捏造を始めやがりました。 書いてないものを、書いてあるという情報を流していました。 ◯☓の本の◯☓ページに龍角散に関することは書かれてません。 いい加減にしろ!
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これをやると、ムキになって、 龍角散と六郷とは〜 オレはそう聞いたんだ! あたしが知ってる龍角散は〜 とやる人が過去に何人もいました。 それは誰でしたか? さあ、フォロー、フォロワーの中にいる不審者をあぶり出せ! #疑惑の本拠地
龍角散公式のノートですが、過去の資料だと「子の玄信が蘭学を学んだ知識を取り入れ、龍角散を作った」となっており、そもそも当時の新聞記者さん達が 玄信 玄淵 を混同して記事を書いていたのではないかと推測されます。 正確には江戸中期の玄信は、藤井忠貞(篤、屋号は玄信、水戸岩根村)です。
よーし、ついに明日全国公演初日だ 今日は大好きな長浜ラーメン食べたので、明日はきっと頑張れる ドキドキするなー あー、猫吸いたい 🐉龍角散さんのホームページです note.ryukakusan.co.jp/n/nefb…
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森下様、北は北海道、南は沖縄までいる劇団なのでしょうが、いまいち史実とお芝居との境目が分かっていない人がいるみたいなので、お気をつけください。 これには10年以上前の早い段階から、SNS上で龍角散は六郷のものだと投稿しているのが、わらび座様の取り巻きの方であるのが非常に気になります。
藩に上がるには何代か続いた家であること、遊学するためには2ヵ年藩で学ぶ必要があること、正亭(古い資料だと正亭治とは書かれていない)が長崎へ遊学した時、のち佐竹義堯と名乗った人物は相馬にいること。 秋田藩主は佐竹義睦。 まだこの段階では岩崎藩主になっていないなど、様々な疑問点あり。
Replying to @MiU_ShainP
おはよ〜🌱💖 今日もビシバシ猛拡散! ゴホンと来たら龍角散!
正亭治が遊学した理由は資料によって違うので、気をつけてください。江戸末期に正亭の店があったのは秋田市と大仙市(大曲)です。 そして佐竹義堯が東京進出したのは明治5年とされます。 ※秋田県の辞典(事典)、大曲市史、龍角散の社内報、過去の社長・会長によるものです。
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Replying to @data_max_sns
念の為、史実を書いておきますね。 秋山高志 茨城県史の研究の195ページより 藤井玄信(名・忠貞) 岩根村(現在の水戸市) 原南陽の門人 かていやく第12号より 龍角散は藩医の処方ではない 幕府の医者の処方だ よその土地の薬を飲むなんて不見識でいかん その処方を明かしてもらって本家で作れ
まだ確定情報ではありませんが、次のターゲットは美郷町出身の報道系ですね。 皆さんのSNSのフォロー、フォロワーさんの中にも、龍角散関連の怪しい情報発信源はいませんでしたか? よくご確認を! #メディアの闇