(社会季評)特別扱いの心理学 信頼の総和を大きくするために 東畑開人
「面白いんだよ、みんなが豊かになるんだ」
スクールカウンセラーをしている友人と話をしているときに、「特別扱い」の話になった。大人の社会だとピリピリし、ハラハラするテーマなのだけど、子どもの社会では少し違うらしい。
ある小学校のあるクラスに、授業中に立ち、歩き、のべつ幕なしにおしゃべりをし、周囲にちょっかいを出し続ける男の子がいた。授業にならない。担任も困っていたし、クラスの子どもたちも困っていた。そこで、友人も含めた教職員で対策会議がもたれた。
なんらかの特性もあり、落ち着かないのは理解できる。でも、どうしたらいいのか、良いアイデアは出なかった。すると、担任が冗談を言った。「いっそ先生になってもらいますか?」
みんな笑って、空気が和んだ。ただ、友人は本質的なアイデアだと思った。「確かに先生って、授業中ずっと立って歩いてるし、しゃべってるし、子どもに話しかけてますよね」。この言葉に担任は思うところがあるようだった。
ある日、男の子は担任補佐の役を仰せつかった。特別扱いでミニ先生になったのだ。みんなの前に立ち、プリントを配り、黒板を消す。ときに問題を解き、児童を当てた。担任にツッコミを入れたり、入れられたりした。
授業は掛け合い漫才のようになった。これが大成功だった。クラスメートは笑い、楽しみ、そして面白い授業になった。それからも、ときどき、男の子が落ち着かなくなると、短い授業漫才が開催されるようになった。クラスに名物ができたのだ。
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面白い。友人の話を聞いて、聖書に記された有名なたとえ話を思い出した。100匹の羊を連れた羊飼いは、1匹がはぐれてしまったら、99匹を野原に置いてでも、その1匹を特別扱いで捜しにいく。ミニ先生がその1匹であるように思ったのだ。すると、ものすごく素朴に思う。
「でも、99匹はどう思うんだろう?」
「みんなが豊かになるんだ。第一に羊飼いがパワーアップする」
実際、授業漫才を通して、男の子に対処できた経験は、担任にとっても意義深かったらしい。子どもを単に授業の枠に押し込めるんじゃなくて、それぞれの個性を柔軟に生かすと、授業は楽しい。このクリエーティブな感覚は、似たような問題が起きたときにも発揮されるようになった。
「第二に、こちらがより重要だ。99匹はその様子をじっと見ていて、思うんだ。自分たちのときにも、ちゃんと捜してくれるんだろうって」
子どもたちはあの男の子が特別な危機にあったことがわかっていた。そして、そういうときに特別扱いがちゃんとなされたことを見ていたのだ。すると、自分が危機に陥ったときにも、特別に扱ってくれるはずだと思える。実際、担任の元には以前よりもずっと多くの個人的な相談や打ち明けがなされるようになったらしい。
特別扱いとは、特別なニーズがある人に特別になされるケアだ。それはもちろん、有限のリソースを1匹に割り当てることなのに、なぜか100匹全体のケアを向上させる。ケアとは資源からの引き算ではなく、信頼の総和を大きくする掛け算なのである。
と、一度は思ったけど、やはり思い直す。そんなにユートピア的な話はないだろう。実際のところ、特別扱いには引き算の側面もあるはずだ。
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「でもさ、それでも、えこひいきだって思う子どもはいるんじゃない?」
「もちろん、いる」。友人はきっぱりと答えた。「それで大人は気づかされるのよ。特別扱いを必要としていた子がほかにもいたことを」
羊飼いが1匹を捜しに行く。それを見て、「ずるい」と思う子どももいる。その子は本来自分のものだったかもしれないケアや時間が奪われていると感じており、自分にはそれらが足りていないと訴えている。それはつまり、特別扱いを必要とするような苦境に、その子がいるということだ。
だから、羊飼いはその新しい1匹を捜しに行く。面談をし、日々のふるまいを注意深く観察し、心を砕く。そのとき、漫才とはまた違った特別扱いが思いつくかもしれない。この繰り返しによって、群れは少しずつ修復され、ケアが補充されていく。
「なるほど」と言った瞬間に私は気づき、胸が詰まる。ああ、ケアは100匹を豊かにする無限の掛け算かもしれないけど、その外に有限の疲弊した羊飼いがいる。
「でもさ、担任はどうなるんだろう。時間も体力も無限にあるわけじゃないよな」
「うん……それが難しいんだ」。友人は口ごもる。重たい雰囲気になる。「学校が担任を特別扱いするしかないんだけど……99匹の教師が限界だから、難しいんだよな……」
ここが話の行き止まりだった。再び資源の問題に突き当たったのだ。だから、口ごもるしかなく、気まずい沈黙のままに私たちの会話も終わった。
特別扱いの心理学。それはある学級の話でもあるけど、99匹が自身をはぐれた1匹だと感じているバラバラな社会の話でもある。そういう社会で特別扱いはいかに可能か。これを友人と私は口ごもりながら考えていたし、あなたとも一緒に考えたかったから、この短い会話を残しておくことにした。
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とうはた・かいと 1983年生まれ。臨床心理士。「雨の日の心理学」「聞く技術 聞いてもらう技術」「居るのはつらいよ」など著書多数。
◆テーマごとの「季評」を随時、掲載します。東畑さんの次回は6月の予定です。
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