第21話 リャンホン王子と魔境

 その日、俺は塀外舎の部屋で煉丹炉を使って剛狼糸を紡いでいた。玄関付近で大声が響き何事かと思い玄関に向かう。インジェとゼングも一緒に出てきた。


 外に出ると内弟子のリキョウと見知らぬ者たちが立っていた。インジェが代表して話し始めた。

「リキョウ師兄、何か御用でしょうか?」


「こちらはファン国の王子リャンホン殿下である。魔境を案内する事になったので、一緒に来い」

「分かりました」


 俺とインジェ、ゼングは準備をするために部屋に戻った。部屋で山刀と白狼戦鎚、それに剛狼糸製の防刃ベストを上着の下に身に付けると外に出た。


 この防刃ベストは剛狼糸を編んで作ったTシャツのような形のセーターだった。少し大きめに作ってあるが、成長期なのですぐに身体に合わなくなりそうだ。その時は解いて編み直す事になるだろう。


 外に出るとインジェとゼングは、すでに準備して待っていた。

「遅いぞ。……さあ、行きましょう」

 リキョウが先頭に立って案内を始める。俺はシゴウ将軍の横を進みながら周囲を警戒するように指示された。リキョウは王子たちを少し先にある丘に案内しようと考えているようだ。丘の頂上からだと周りの魔境の様子がよく見えるので、その景色を見せるつもりなのだろう。


「名前を聞いてもいいか?」

 シゴウ将軍が話し掛けてきた。

「外弟子のコウです。コウと呼んでください」

「君はずいぶん若く見えるが、何歳なのだ?」

「十一歳になりました」


「道士は見た通りの年齢ではないと聞いていたが、君は見た目通りなのだな。そうなると、不安になるのだが」

「何が不安なのです?」

「妖魔と遭遇した時、戦えるのかね?」

「経験がありますから、問題ありません」


 それを聞いたシゴウ将軍は驚いたような顔をする。この歳で妖魔と戦った経験のある者は少ないのだろう。シゴウ将軍は驚いた後に、信じられないという顔をしていた。


 護衛はシゴウ将軍の他に四人居り、全員が腰に剣を吊るしていた。それは典型的な対人用の刃渡り七十センチほどの剣である。


 リキョウは王子たちを魔境外縁部の東側に案内した。そこは牙兎や刺突狼くらいしか妖魔が居ない場所だ。虚礼山の裏に回り、山道を魔境の方へ下りる。


 魔境に入ると、リャンホン王子はキョロキョロと周りを見回した。季節は春なので若々しい緑に囲まれている。その奥には妖魔が潜んでいるのだが、リャンホン王子はその危険に気付いていない。


 周囲の気配に注意を向けていた俺は、左側にある茂みの向こうに何か居るのを感じて山刀を抜いた。それに気付いたシゴウ将軍が俺に視線を向ける。


「コウ、どうした?」

 その瞬間、茂みがガサリと鳴って刺突狼が飛び出してきた。俺は刺突狼の牙を躱しながらすれ違い様に毛深い首に山刀の刃を振り込み、首を刎ねた。角がある狼の頭が宙を舞う。


 その頭がリャンホン王子の足元に落ちて転がる。

「わっ!」

 王子が驚いて声を上げた。シゴウ将軍は刺突狼が襲ってきた瞬間に剣を抜いたが、四人の護衛兵は刺突狼の首が落ちた後に抜いていた。俺の目から見て護衛兵の練度がもの足りないと感じた。


 リャンホン王子が地面に落ちた刺突狼の頭と俺を交互に見ながら信じられないという顔をする。シゴウ将軍も唖然とした顔で俺を見ている。


「見た目と実力が違うのだな。これが道士なのか」

 シゴウ将軍が変な感心の仕方をしている。リャンホン王子が頷いていた。

「見事であった」

 王子に褒められた。


 それから何度か牙兎と刺突狼が襲ってきた。別の刺突狼と遭遇した時は、インジェが刃が分厚い長剣を舞うように使って刺突狼の首を切り飛ばした。インジェが使っているのは、重奏剣だ。書庫の指南書を読んで習得したらしい。


 牙兎と遭遇した時は、ゼングが槍で牙兎の胸を刺し貫いた。仙礎気闘術を習得したゼングは、今まで以上に鋭く力強い動きができるようになっていた。


「リキョウ殿、我々も妖魔と戦ってみたいのですが」

 妖魔との戦いを見ていたシゴウ将軍たちは、自分たちも妖魔と戦いたいと思ったらしい。護衛なのに道士に守られているのが、納得できないという事なのだろう。


「……分かりました。次に遭遇した妖魔と戦ってもらいましょう」

  リキョウは一瞬困ったという顔をしてから、許可した。ここの妖魔だったらシゴウ将軍たちでも倒せると考えたのだ。


 しばらく歩いた頃、前方に妖魔の気配がした。

「前に妖魔が居ます」

 俺が声を上げるとシゴウ将軍たちが剣を抜いて構える。俺たちが王子の横まで下がった時、前方から刺突狼二匹が現れた。


 刺突狼が護衛兵に襲い掛かった。護衛兵の剣が迎え討ち、その毛深い背中を切り裂こうとした。だが、剛毛と頑丈な筋肉に邪魔されて刃が深く食い込まない。刺突狼の毛は剛狼に比べると弱い方なのだが、それでも普通の野生動物より頑丈なのだ。


 護衛兵が体当りされて地面を転がる。他の護衛兵が取り囲んで斬撃を加えるが、仕留めるのに苦労している。一方、シゴウ将軍は一人で一匹の刺突狼を相手していた。


 飛び掛かってくる刺突狼の爪を躱したシゴウ将軍が、斬撃を刺突狼の背中に叩き込む。

「むっ、堅い」

 一撃で仕留められなかったので、妖魔がタフな事を実感したようだ。それから二撃、三撃と攻撃を加えて刺突狼を仕留めた。


 護衛兵たちも刺突狼を仕留めたが、短時間の戦いだったのに呼吸が乱れている。リャンホン王子はシゴウ将軍たちが仕留めるのに手間取ったように見えたので、不思議に思ったらしく納得できないという顔をしている。


「妖魔の狼は、手強いのか?」

「普通の狼に比べ、毛と筋肉が硬いようです。その硬さに慣れるまでは、苦戦するかもしれません」

「なるほど。道士たちは慣れているという事か」


 その戦いを見ていて分かった事がある。シゴウ将軍たちは気をほとんど使っていないようだ。シゴウ将軍だけは気を練って筋肉を強化しているようだが、その使い方は洗練されていないように感じた。


 それから妖魔に遭遇する事もなく丘の頂上まで辿り着いた。そこから見る魔境は素晴らしいものだ。魔境の中央を蛇のようにくねりながら流れる『晶禍江しょうかこう』という大河が見え、その周囲に広がる森林には数多くの妖魔が棲息している。ちなみに、晶禍江の近くには手強い妖魔が居るので、外弟子は近付かないように言われていた。


 その景色を見たリャンホン王子は満足したようだ。俺たちが虚礼洞へ戻ろうとした時、下から妖魔が登って来るのが見えた。ここに居るはずのない妖魔、剛狼だった。


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