九州は「男性優位」なのか? 数量データからわかること
▼九州は「男性優位」?
西日本新聞の記事がきっかけで、ソーシャルメディア上で議論(?)が盛り上がっている。
「男尊女卑やゆ「さす九」SNSで拡散 性別による無意識の思い込み調査、九州の傾向は」(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1324599/)
ソーシャルメディアで注目を集めているのは、「九州出身だが、こんなひどい差別的経験をした」といった、個人的体験についてのポストのようだ。中には数万の「いいね」をもらっているポストもある。
個人的な体験は、当の本人からすれば大きな影響力を持つもので、決して軽視すべきことではないのは言うまでもない。そして、個人的体験を尊重することと、全体的な傾向もあわせてみるべきだということは、当然ながら両立する。
私自身、出身は福岡だ。ちょっとだけ(小学校に上がる前)佐賀にいたこともある。しかし九州では男性優位な意識が強いのかといわれれば、確かにそうであるような気もするが、実際のところよくわからない。比較できないし、男性優位といってもいろんな意味がある。
当の西日本新聞の記事は、内閣府が行った「性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究」あるいはそれを地域でレプリケート(再調査)したデータを参照しているらしい。有料記事なので中身を見た人はあまりいないかもしれない。
実は私は、内閣府の依頼で当該調査にかかわったいきさつで、都道府県別の集計結果を参照できる立場にあった。
ただ、都道府県別のデータは一般には公表されていない。あえてしなかったのだ。下手に公表してしまい、断片的な集計結果から偏りのある読み込みが一人歩きしてしまうことを避けるためだろう。民間企業が実施する調査では、しばしば「都道府県ランキング」が発表されるが、なかには注目度を優先して筋の悪いデータの出し方をしているものもある。
そういう事情もあってあまり詳しくはいえないのだが、同調査の各種項目(「家事・育児は女性がするべきだ」「男性であればいい大学を出て出世を目指すべきだ」「組織のリーダーは男性の方が向いている」など41項目)の都道府県別結果からは、特に九州の県が全体的に男性優位だという傾向は見いだせなかった。むしろ平均的な水準だった。男性優位の意識が若干目立ったのは、東北地方、中部地方、そして四国地方の一部の県だった。
ただこれとて、設問や項目によって傾向が異なる。内閣府調査では、男性優位についての自分の考えに加え、男性優位的な言動を直接経験したか(言われたことがあるか)、間接的に見聞きしたか、のように、体験の仕方別の設問を設けている。ある地域ではそもそも価値観が男性優位である、別の地域では間接的に見聞きした頻度が高い、のように差が出てくる。ただ、直接体験(上記のようなことを言われたことがあるか)や間接体験(見聞きしたか)についても、九州地方が全体として頻度が高いわけではない。
▼都道府県データを使える全国調査ではどうか
内閣府の調査はユニークな設問設計で貴重なデータではあるのだが、自由に分析できる状態にないし、インターネットモニター調査であることからくるバイアスも無視できないかもしれないので、日本家族社会学会が2019年に行った全国無作為抽出調査である「第4回全国家族調査(NFRJ18)(抽出方法の詳細はこちら)」の集計結果から、九州地方の特徴をみてみよう。
まずは価値観である。NFRJ18には「男性は外で働き、女性は家庭を守るべきである」などいくつかの家族規範についての賛否を問う設問がある。統計学的な検定で、「地域」ごとの違いがあるのかどうかの一覧を示す。
- 注)「地域」は就業構造基本調査(総務省)等で用いられている「北海道、東北、南関東、北関東・甲信、北陸、東海、近畿、中国、四国、九州」カテゴリーである。
この表からわかるように、特に九州地方において「保守的」意識が強いわけではない。最も「リベラル」なのは東京、千葉、神奈川などの南関東、北海道、北陸だが、他の地域では項目別に差の傾向がバラバラである。
あまり意味がないかもしれないが、南関東と比べたときの保守傾向が検出された項目の数でいえば、四国が6つ、北関東・甲信と東海が5つで多めである。九州は3つで、特に多くも少なくもない。このデータからは、九州地方の人が特に家族について「保守的」な意識を持っているという証拠はみつからなかった。
▼九州の男性は家事をしない?
アンケート調査の意識項目への回答は、しばしば「望ましい」(最近では「リベラル」な)選択肢に偏る傾向があるため信頼性に欠けるという見方もある。とはいえ、この傾向が特定の地域で強いということがないのなら、以上の結果はとりあえず受け止めておいてよいだろう。
では、よりバイアスが出にくいと考えられる実際の行動についてはどうか。NFRJでは夫婦間の家事分担についての観察があるため、こちらでみてみよう。
見ての通り、夫と妻の家事頻度(3項目)に差が出た(南関東に比べて妻への偏りが多かった)のは東海のみで、あとは九州を含めて南関東との差は検出されなかった。
急いで追記したいが、家事分担の地域差など、東海地方を含めて微々たるものだ。週あたり頻度の妻夫差の、南関東と東海の差は、統計学的に偶然ではないと判定されたとはいえ、「食事の後片付け」で0.49回、「子どもの身の回りの世話」で0.35回ほどである。圧倒的な差は夫婦間の差にあるのであって、「食事の用意」で週あたり4.6回、「食事の後片付け」で3.9回、「子どもの身の回りの世話」で1.9回の差がある(当然妻の方が多い)。三つ目の「子どもの身の回りの世話」についても、(量的調査からはわからないが)「1回」の内容にはかなりの負担の差があるはずだ。
▼結論:九州は男性優位社会か?
もちろん結論は「わからない」である。
質的情報にも限界はあるが、量的情報にも当然限界がある。注目を集めるソーシャルメディアのポストのような体験が首尾よく拾えないかもしれないからだ。今回は家族・ジェンダー意識と行動(家事育児)についてのみみてきたが、他にもいろんな指標がありうる。測り方によっては違った結果になるということだ。
そのことを踏まえて言えば、少なくとも全国無作為抽出のデータの分析結果からは、九州において特に男性優位の意識や行動が目立つという明確な証拠は見いだせなかった。むしろ他の地域(北関東・甲信、東海、四国など)のほうがその傾向があるように見えた。
もちろん他の指標や測定法を用いれば、別の結果がでるかもしれない。もっと細かく、地域ではなく県別にデータを見ると違った傾向が見えてくる可能性もある。
いずれにしろ、家事分担のデータを見てもわかるが、「どこの地域が男性優位か」を問題にする前に、問題とすべきことはたくさんある。下の表をみてもらうとわかるが、夫婦ともにフルタイムの正規雇用であっても、圧倒的に家事負担は妻に偏っているのである。地域差について議論するのもいいが、こちらもなんとかしたほうがよい。
(注)データの集計にあたり、東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究センターSSJデータアーカイブから「全国家族調査(日本家族社会学会全国家族調査委員会)」の個票データの提供を受けた。
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