【 Think Core of Cinema 】…… ヴィム・ヴェンダースの映画 『 パーフェクトデイズ ( 2023 ) 』について ②

 

【 以下の記事からの続き 】

Chapter4 〉 美化されたトイレ、美化された人間

a 〉  前章では、『 パーフェクトデイズ 』というタイトルが由来するルー・リードの "Perfect Day" との比較論を述べたのですが、ここからは本作の中心モチーフである "トイレの描き方" について、ダニー・ボイルの『 トレインスポッティング ( 1996 ) 』との比較論を試みていきます。

b 〉  なぜ、ここで唐突に『 トレインスポッティング ( 1996 ) 』なのか? 『 トレインスポッティング 』のサウンドトラックのひとつにルー・リードの "パーフェクトデイ" が使用されているのは結構知っている人もいるかもしれない。言うまでもなく、その背景には前章でも言及したルー・リードの "パーフェクトデイ" をドラッグについて間接的に語った "ドラッグソング" として過激に解釈する一部批評への参照がある ( ルー・リード自身が語るように僕もそうではないと思うのですが )。

c  さて、ここで付け加えたいのは、『 トレインスポッティング 』を観た事がある人ならばトラウマにもなったかもしれない強烈なトイレの場面です。主人公レントン ( ユアン・マクレガー演じる ) がスコットランド1汚いと称されるトイレに下した汚物の中に一緒に落したドラッグ禁断症状を抑える座薬を探そうとして、トイレの中に手を突っ込み、やがて体ごと潜り込んでいくという幻覚世界 ( 言うまでもなく、その幻覚は座薬の効果が切れた事を示唆するものとなっている ) がそこで描かれる ( 1~12 )。

 

d 〉  "パーフェクトデイ" と "トイレ"、これらを用いた『 トレインスポッティング 』は精神分析的に考えるならば、『 パーフェクトデイズ 』の 無意識的ネガ となっていると解釈出来るでしょう ( まあ、ヴェンダースもこの映画の事を知らないはずないと思いますが )。一方は綺麗すぎるトイレ、もう一方は極端に汚いトイレ。この対比描写の哲学的かつ精神分析的意味は、汚物それ自体が元々は人間体内から排出された分離物である のに、それを見ないよう ( 見せないように ) にするという潔癖的振舞い が、自分も含めた人間類型の存在を無視しようとする対人 ( 対自 ) 関係構築 に繋がりうるものだという事です。

e 〉  もちろん、ここで言う汚物とは それぞれの人間の隠れた本質の象徴 である事を強調しておきます。そう言っておかないと、短絡的に、他人 ( 自分 ) の汚物なんて見たくないに決まっているだろうなどというどうしようもない意見が出て来ますからね ( まあ、そう思わせる程『 トレインスポッティング 』はエキセントリックな作品なのですが )。
 さてこの後、『 トレインスポッティング 』の主人公レントンは更生のへの道を歩もうとする ( それが上手くいくかどうかは分からないが ) という意味で、主体の自己更新・自己革新とでもいうべき自分への関りを構築する事になる。破滅しようとするのではなく生き延びようとする意志を自分の中で強めていく変化の過程が描かれるのですね。 

f 〉  これに対して『 パーフェクトデイズ 』はどうかと言うと、そもそも出発点が違う。人間を描こうとしても余りにも商業主義的過ぎるんですね。元々が「 THE TOKYO TOILET 」のPR企画として始まったものだから、トイレを汚く描くはずもないし、脚本の高崎卓馬も敢えてそうする必要性はないと判断したと言ってますから。それは仕方ないとしても、物 ( トイレ ) を綺麗に見せる事が人間を綺麗に見せる事に繋がってしまっている限界 が露呈している。

g 〉  確かにトイレを綺麗に見せる事は観客にとっても精神衛生的に気持ちのいい事なのは分かるのですが、臭いものには蓋をする事で、トイレだけでなく人間の本質も隠してしまっている。映画のトイレが人々の共有物である事の意味を考えるならば、平山のように清掃する人もいれば、用を足す事で汚くする人もいるはず。本来、公共物とは人々が雑多に行き交う場所であり、それがトイレであるならば、綺麗でありながらも汚れている / 汚れていながらも綺麗である、という 澱んだ空間性 を最も具現化しているはずです。それこそが人々が交流している事の証左であり、人間が生きている事の痕跡でもあるはずなのですが。『 パーフェクトデイズ 』は観客を気持ちよくさせるミニマムな物語を提供するに留まったのだという事でしょう。仕方の無い事です。それにしても、果たしてあそこにあったのはトイレだったのでしょうか。ルネ・マグリットの言葉 ( "これはパイプではない / Ceci n'est pas une pipe" ) を借りて、これはトイレではない、と言いたくなりますね。

 

 

              【 END 】

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