■3月19日 76歳で亡くなったいしだあゆみ(本名石田良子)さんは子供の頃、フィギュアスケートに打ち込んでいた。母親が大阪・梅田のスケートリンクで喫茶店を開いていたのが縁だった。3姉妹の長女、石田治子さん(79)は1968年グルノーブル冬季五輪の日本代表。次女のいしださんも小6のとき関西ジュニアで優勝している。
同五輪の男子代表で、指導者として浅田真央のコーチを務めたこともある小塚嗣彦さん(78)もそのスケーティングをおぼえている。「歌手になるくらいだから音楽にうまくのっていた。続けていたらお姉さん同様五輪も夢ではなかったろう。真央みたいな氷上のスターになったかもしれない」。
残念ながら、小塚さんによると「本人はフィギュアが根っから好きではなかったように見えた」という。並行して児童劇団に所属していたことで芸能界に進み、14歳で歌手デビューした。歌手としては『ブルーライト・ヨコハマ』などのヒットを飛ばし、映画やテレビドラマで幅広い役柄を演じる大女優になった。
パリダカを舞台に高倉健と共演した映画『海へ See You』のチュニジアロケを取材した小紙OBからこんな思い出話を聞いたことがある。「気さくで空き時間には宿舎のロビーで長い間雑談に応じ、帰国の日は朝4時頃なのにいしださん一人『お気をつけて』と私たちを見送ってくれた。まるでドラマのワンシーン。感動で涙が出そうになった」。
自分の道は自分で切り開き、大好きな歌や芝居で多くの人を喜ばせ、誰にも迷惑をかけず旅立っていった。あれだけの大スターなのに「お別れの会」を開く予定はないというのも、いしださんらしい。ご冥福をお祈りする。(今村忠)