俺はさっそくオラリオの中心にあるダンジョンにやってきた。ダンジョンの入り口は人混みであふれかえり、そこには歴戦といった風の冒険者や駆け出し風の冒険者がいる。魔法使いの装飾をしている者もいて、自分がファンタジーな世界に来たことを改めて認識した。
ダンジョンに入り地下へと進んでいくと、視界を埋め尽くすほどの薄青色に染まった壁や天井が現れた。まるで洞窟のようにどこまでも先につながっている。
「ここが一階層か」
あらかじめ『ギルド』で得ていた情報によると一層での死者はほとんどなく、大抵は駆け出し冒険者の軽傷といった具合らしい。もちろんこれはイレギュラーを除いた場合に限る。なのである程度は安心して冒険に臨めるということだ。
周りにはまだ冒険者がいるので少し離れるために先へと進む。地面は平坦としていて足下を心配する必要はない。しばらくすると自身の周りに誰も居なくなり、辺りは一時の静寂で包まれる。
『グギャ!』
その静寂を引き裂くように耳障りな鳴き声が迷宮内に響き渡る。眼前を注意深く見ると、薄暗い先から小柄な体躯で小鬼の姿をしたモンスターが現れた。そのモンスターは迷宮に出現する中でも最弱とされているゴブリンだ。その片手には小剣を握っている。
「さぁ、初のモンスターとの戦闘だ」
自身の腰に携えている鞘から刀を抜き、前に踏み込む。一瞬のうちにゴブリンとの距離を詰め、首を狙って一閃。胴体から頭がずるりと滑り落ちた。顔を見ると、まるで何が起こったのか理解できていないかのような表情だった。
「意外とあっけなかったな」
次の瞬間、ゴブリンの亡骸は灰となりその場には小さな石のようなものがコツンと音を立てて地面に残った。俺は剣を抜いたまま近づき、それを拾う。濃紫色をしたそれは手の内で淡い光を放っている。
「ふーん、これが魔石か」
魔石とは、モンスターから獲得できる魔力が凝縮した結晶で、冒険者はギルドで換金することで収入を得ている。この『魔石』を加工することで様々な魔石製品を製造し、幅広い応用が可能となっている。
なので当然、この世界での魔石の需要は計り知れない程に膨大である。他にもモンスターから獲得できるものとして、ドロップアイテムがある。これもギルドで換金することが可能で、冒険者の防具や武器の製造に利用されたりする。
それにしても、と思う。この世界に来た直後の
これから先、俺はダンジョンのさらに下の階層を目指していくつもりだ。故に、なるべく早い段階でこの身体に身に付いた戦闘技術をコントロールしなければならないだろう。
それから俺はモンスターを倒しながら迷宮を進み、今は6階層まで来ていた。道すがら戦闘を行ったが苦戦するような相手はいなかった。ゴブリンやコボルト、ウォーシャドウなどのモンスターを相手に戦った経験を自分の頭の中で噛み砕き、一つ一つの技術を咀嚼していった。
「そろそろ地上に戻るか」
俺は今日、初めて迷宮に潜ったばかりだ。そこまで下の階層に行く必要も急ぐ理由もない。それに俺の知らない内に疲労が溜まっているかもしれない。地上に戻ることを決めたところで、ふと思い出したことがあった。
「俺、宝具使えるんだった」
そう、アフロディーテ様から与えられた俺の
「まぁ、あらかじめ自分の手札を知っておくことは大事か」
そんな建前を呟き、俺は的となるモンスターを探す。幸い《宝具》の詠唱は一目見て記憶していたので何ら支障はない。元の世界には《宝具》は当然として《魔法》なんてものも存在せず、創作物の中だけの話だったのだ。それ故、俺が使えることにワクワクする心を抑えきれない。
「あぁ、楽しみだなぁ」
このことで頭が埋め尽くされながら辺りを探索していると、ウォーシャドウが一体、前方に現れた。これでようやく使えるのだ。
よし、と心の中で意気込み、
刀を構えその
「一歩音超え、二歩無間、三歩絶刀……!」
そして、繰り出すは必殺の魔剣。
───『無明三段突き』
それは構えから踏み込みの足音が一度しか鳴らない内に三発の突きを繰り出す、超絶的な技巧とスピードが織り成す防御不可の「魔剣」
瞬間、相手の懐へと潜り込み弱点である魔石に向かって同時に三発の突きを放った。余りにも素早い動きにウォーシャドウは身動ぎも取れずにそのまま灰となった。魔石は威力の高すぎる技に耐えきれなかったのか、砂粒程のサイズへと粉々になった。
「これが、俺の必殺技……!」
数千のモンスターを燃やし尽くす魔法や、海を断ち切る魔法といったものとは規模が異なり対人用のようで、もう少し派手さというか魔法っぽいものが欲しかったが高望みはいけない。この技は使い所こそ限定されるが、防御不可の必殺は非常に有効な手札となる。
程なく、眼前に一体のウォーシャドウが現れる。
しかし瞬時にその姿は灰と化し、俺は構えを解いた。
それから暫く俺は6階層を探索しモンスターを見つけては縮地で距離を詰めて倒し続けていた。それ故に《宝具》に対する理解も深まり、より効率的に【縮地】が放てるような構えをミリ単位で修正することができた。
肉体のスペックが余程高いのか、面白いほどに技や構え、歩き方に至るまでも洗練されていく。そして今、俺の心は満足感で満たされている。
「ふー、だいぶ分かってきた気が───」
その時ぐらっ、と急に身体の制御が効かなくなり、俺はその場に膝から崩れ落ちた。同時に、暴力と呼べるほどの疲労感が俺を襲った。
「やばっ、これッ…!」
俺は焦燥感と共に未知の現象へと思考を割く。が、今は身の安全を最優先に考えるべきで瞬時に思考を止める。
俺は力を振り絞って、近くにあった行き止まりの通路へと入る。そして壁に背を預け、その状態から俺は気絶するまで刀で壁や天井を切り刻んでいく。
ダンジョンはモンスターのリポップよりも迷宮の修復を優先するので、傷を付けておくことで近くでのモンスターの出現を抑える考えだ。
少しして、俺は刀を振れなくなった。腕に力が入らなくなり、意思に反して腕がだらんと下に落ちた。いよいよ気が遠のいて行くなか、俺は、迷宮内に似ても似つかぬ一筋の銀色の糸を見た気がした
「──────
◆◇◆
ぱちり、と目が覚める。頭の下からは硬い感触が伝わってくる。腕を動かそうとすると俺の意思に沿って動いてくれる。足を少しばたつかせてみても問題はない。周囲には人一人しか気配がないので、再度自身の体を確認しつつ起き上がる。
「ふん、丁度いい。起きたか」
はたと俺は気づく。すぐ近くに人が立っていることに。反射的に居合いの体勢をとり、俺は目に警戒の色を宿しその人間を見据える。
そこには漆黒のロングドレスを身に纏った灰色の髪の少女が立っていた。胸の前で腕組みをしながらこちらを見る眼差しには呆れを多分に含ませていた。その目の色は右目が翠、左が灰色のオッドアイだ。
俺はその少女に害意がないことを確認すると、構えを解き状況を整理するため周囲を見渡す。ここは迷宮。その壁や天井は修復されている。少女が一人。足元には魔石が一つ。
なるほど。俺の予想が正しければこの少女には返しきれないほどの恩が出来た。一応彼女にも尋ねてみる。
「えーっと、俺は何らかの原因で気絶。モンスターに襲われようとしている所を君が助けてくれた、んだよな?」
「ああ、貴様が
そうか。やはり。彼女には大恩が出来てしまった。感謝してもしきれない。それにしても
「助かったよ、本当にありがとう。君は命の恩人だ。返しきれるものじゃないけど何かお礼がしたい。俺に出来ることがあれば何でも言ってくれ」
「ふん、そんな事は気にするな。私は特に何も…いや、」
彼女はそう言って黙り込んでしまった。
──少しの沈黙が流れ、彼女はポツリと呟いた。
「貴様、私とパーティを組め」
それは俺にとって予想し得なかったことだった。ほんの少し言葉を交わした程度だが、彼女は一人でいることを好む性質の人間だと思っていた。それに佇まいからして優秀な冒険者に違いなかったので、意外に思ってしまったのだ。
しかし、俺としてもこの提案は十分にメリットのある話だ。ダンジョンを攻略して行くなかでは自然と役割ができ、パーティを各々組んでいく。
それは必要だから生まれる訳であって、大まかに言えば前衛、中衛、後衛、さらにサポーターといった風にパーティを組んでいく。俺にとってもそれは例外ではなく、これから先のことを考えるとパーティを組むことは必要だ。
────故に返事は決まっている。
「