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秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
ここは秋田の美郷町ですか? 秋山高志 茨城県史の研究(1980年)の195 ページより 藤井玄信(名・忠貞) 岩根村(現在の茨城県水戸市) 原南陽(はらなんよう)の門人
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秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
Mar 15
コツコツ教え込んで行ったら自白コメント出ました。 grok 3は中々面白い分析をしますね。その一方でグーグルのAIや某劇団の取り巻き連中のように、 龍角散は美郷町(六郷)のものでないといけない的な主張(またはミスリード)を繰り返すのは論外ですね。
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秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
3h
これをやると、ムキになって、 龍角散と六郷とは〜 オレはそう聞いたんだ! あたしが知ってる龍角散は〜 とやる人が過去に何人もいました。 それは誰でしたか? さあ、フォロー、フォロワーの中にいる不審者をあぶり出せ!
#疑惑の本拠地
秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
3h
龍角散公式のノートですが、過去の資料だと「子の玄信が蘭学を学んだ知識を取り入れ、龍角散を作った」となっており、そもそも当時の新聞記者さん達が 玄信 玄淵 を混同して記事を書いていたのではないかと推測されます。 正確には江戸中期の玄信は、藤井忠貞(篤、屋号は玄信、水戸岩根村)です。
森下彰夫
@akiosyo2718
Mar 12
よーし、ついに明日全国公演初日だ 今日は大好きな長浜ラーメン食べたので、明日はきっと頑張れる ドキドキするなー あー、猫吸いたい 🐉龍角散さんのホームページです
note.ryukakusan.co.jp/n/nefb…
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@fujiiyakuho
3h
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@akiosyo2718
@Ryukakusan_PR
森下様、北は北海道、南は沖縄までいる劇団なのでしょうが、いまいち史実とお芝居との境目が分かっていない人がいるみたいなので、お気をつけください。 これには10年以上前の早い段階から、SNS上で龍角散は六郷のものだと投稿しているのが、わらび座様の取り巻きの方であるのが非常に気になります。
秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
4h
ちゃんと裏を取りましょう。
秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
5h
藩に上がるには何代か続いた家であること、遊学するためには2ヵ年藩で学ぶ必要があること、正亭(古い資料だと正亭治とは書かれていない)が長崎へ遊学した時、のち佐竹義堯と名乗った人物は相馬にいること。 秋田藩主は佐竹義睦。 まだこの段階では岩崎藩主になっていないなど、様々な疑問点あり。
マフティー🥑
@mio_donburi
Mar 17
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@MiU_ShainP
おはよ〜🌱💖 今日もビシバシ猛拡散! ゴホンと来たら龍角散!
秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
7h
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@mio_donburi
@MiU_ShainP
正亭治が遊学した理由は資料によって違うので、気をつけてください。江戸末期に正亭の店があったのは秋田市と大仙市(大曲)です。 そして佐竹義堯が東京進出したのは明治5年とされます。 ※秋田県の辞典(事典)、大曲市史、龍角散の社内報、過去の社長・会長によるものです。
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秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
7h
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@data_max_sns
念の為、史実を書いておきますね。 秋山高志 茨城県史の研究の195ページより 藤井玄信(名・忠貞) 岩根村(現在の水戸市) 原南陽の門人 かていやく第12号より 龍角散は藩医の処方ではない 幕府の医者の処方だ よその土地の薬を飲むなんて不見識でいかん その処方を明かしてもらって本家で作れ
秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
Mar 17
まだ確定情報ではありませんが、次のターゲットは美郷町出身の報道系ですね。 皆さんのSNSのフォロー、フォロワーさんの中にも、龍角散関連の怪しい情報発信源はいませんでしたか? よくご確認を!
#メディアの闇
秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
Mar 17
grok 3は美郷町のスパイですね。本を捏造し、何の証拠もないのに、龍角散は自分の街のものだと主張する危ない街です。 これには 妻が六郷出身 父方が六郷 など、やはりその背後に六郷関係者あり。歴史を捏造しないでください!
秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
21 May 2023
今度は、秋田県とはなんの関わりもなかったアカウントが、龍角散はなんとやらとつぶやく可能性があります。 ミュージカル用の系図を張り付け、「これが龍角散の歴史だ」とつぶやいている連中は詐欺なので、ブロックして、報告してくださいね!!!
#特殊詐欺
秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
Mar 16
と思いきや、試しにスタッフの個人アカウントでgrok 3に聞いてみたら、また捏造を始めやがりました。 書いてないものを、書いてあるという情報を流していました。 ◯☓の本の◯☓ページに龍角散に関することは書かれてません。 いい加減にしろ!
秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
Mar 15
コツコツ教え込んで行ったら自白コメント出ました。 grok 3は中々面白い分析をしますね。その一方でグーグルのAIや某劇団の取り巻き連中のように、 龍角散は美郷町(六郷)のものでないといけない的な主張(またはミスリード)を繰り返すのは論外ですね。
秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
Mar 16
康男前社長は多趣味な文筆家として知られていましたが、その一方で当時の東京側には、康男前社長以外にも江戸の研究をする人がいましたね。 この手の話が色々と引き継がれていないのではないでしょうか。
秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
Mar 15
ちなみに秋田県側の事典(辞典)・図鑑によると、佐竹義堯が東京へ進出したのは明治5年となっています。 別の龍角散関係の資料だと、藤井家が江戸時代から美倉橋にあり。 正亭治が江戸末期から江戸に住んでいるのは、「かていやく」より。 ちゃんと自分の会社の歴史を調査しましょうね!
秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
Mar 16
1974年の「商魂の系譜」や龍角散の社内報ですと、現在とは違う説が載っており、抜粋すると、 ↓↓↓ 「藤井正亭治は盛んに渡来していた蘭学を学ぶため、藩から選抜されて長崎へ行った」 ↑↑↑ と書かれています。 佐竹義堯という言葉はなし。 おー!噂の令和ロマンさん。
秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
6 Apr 2024
1974年の「商魂の系譜」や龍角散の社内報ですと、現在とは違う説が載っており、抜粋すると、 ↓↓↓ 「藤井正亭治は盛んに渡来していた蘭学を学ぶため、藩から選抜されて長崎へ行った」 ↑↑↑ と書かれています。 佐竹義堯という言葉はなし。
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秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
Mar 15
ちなみに秋田県側の事典(辞典)・図鑑によると、佐竹義堯が東京へ進出したのは明治5年となっています。 別の龍角散関係の資料だと、藤井家が江戸時代から美倉橋にあり。 正亭治が江戸末期から江戸に住んでいるのは、「かていやく」より。 ちゃんと自分の会社の歴史を調査しましょうね!
龍角散公式
@Ryukakusan_PR
Mar 14
/ 本日は
#ロングセラーブランドの日
\ 当社のロングセラーといえば、微粉末生薬製剤の
#龍角散
がございますが、実は
#おくすり飲めたね
も今年で発売から25年を迎えます。 「龍角散」や「おくすり飲めたね」を使ったことがあるよという方、いいねやリポストで教えてください‼️
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秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
Mar 15
親を飛び越しの間違いでした。 すみません。
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@fujiiyakuho
Mar 15
今度は当方のポストを分析してくれると言ってますが、似たような話題しかないのに申し訳ない感じがしますね。
秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
Mar 15
コツコツ教え込んで行ったら自白コメント出ました。 grok 3は中々面白い分析をしますね。その一方でグーグルのAIや某劇団の取り巻き連中のように、 龍角散は美郷町(六郷)のものでないといけない的な主張(またはミスリード)を繰り返すのは論外ですね。
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龍角散公式
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Mar 14
/ 本日は
#ロングセラーブランドの日
\ 当社のロングセラーといえば、微粉末生薬製剤の
#龍角散
がございますが、実は
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も今年で発売から25年を迎えます。 「龍角散」や「おくすり飲めたね」を使ったことがあるよという方、いいねやリポストで教えてください‼️
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秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
Mar 15
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@fujiiyakuho
@Ryukakusan_PR
そして「龍角散」という名前の由来については、江戸中期の水戸由来ではないかとされます。 また、江戸後期の1835年頃の武士の日記には、「江戸で龍角散を買い求めた」と書かれています。 それでは龍角散の社内報及び、秋田県にある各資料をしっかりと確認してみてくださいね!
秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
Mar 15
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まず、正亭治が遊学した理由は他にもあり、当時の名前も「正亭」となっています。 佐竹義堯が東京へ進出したのは明治5年です。正亭と得三郎らは江戸末期から今の東京に家があったとされ、他にも藤井忠貞(玄信)、貞民、利庵(としあん?)という久保田藩医が存在したとされます。 ※資料通りです。
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秋田市にあった藤井薬舗。本来の龍角散のルーツは水戸(幕府の医者の処方)が正解
@fujiiyakuho
Mar 15
8代目となっていますが、まず3代得三郎(勝之助)は得三郎商店(龍角散)の社長※ではありません。 社内闘争のため、社長になれず、親子(勝之助)を飛び越し、康男氏が社長に就任した訳です。 または「同族経営から脱皮をはかるため」と書かれています。 ※龍角散の社内報、商魂の系譜によるもの。
龍角散公式
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Mar 12
龍角散公式note📝 no.17「劇団わらび座「ゴホン!といえば」全国公演はじまります」
@art_warabiza
ぜひ記事の閲覧と、最後に「スキ」をお願いいたします📷
note.ryukakusan.co.jp/n/nefb…
#note
#龍角散
#わらび座
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