できない僕が、繰り返す


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作:EXEC
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1.できない僕が、繰り返す(1)


一発ネタ。
できない私が繰り返すというPCゲームのOP、Re:Callを聞いているときに閃いた話。
もっとも、そのゲームはやったことないです。あくまで曲だけ。

連載の方の導入でつまずいて考え込んでいると、気づいたら書いていました。
ノンストップで勢いのまま書きました。


「ベル、お主にこれを渡そう」

 

おじいちゃんはそう言って僕に綺麗な時計を渡した。表の秒針がチク、タクと音を奏で、ガラスに隔たれて中に空いている二つの穴から歯車が動いているのが見える。

 

「わぁ、こんな綺麗な時計もらっていいの?」

 

もらった時計の鎖を首にかけてから、僕は言う。

 

「うむ。儂が昔、仲間たちと作り上げた集大成じゃ。大切にしておくれ」

 

そう言っておじいちゃんは皺くちゃの顔をもっと皺くちゃにして笑った。そして、続けて言ったんだ。

 

「もし儂が死んだ後、オラリオに行くことがあったらそれを必ず持っていきなさい」

 

「その時計はお主の力になるじゃろう」

 

 

―――――――――

 

 

子供の頃の夢を見た。おじいちゃんに形見の時計を渡される夢。

 

おじいちゃんの言ったとおり、僕はオラリオに来て、今もその時計を首に掛けている。この時計が果たしてどんな役に立つのかわからないけれど、おじいちゃんの形見だから売るわけにはいかないし、当然だ。

あれから何年も経ったのに、この時計は傷一つついていない。それに少しの狂いも無く動き続けている。それなりに大切にしているとはいえ、多少の傷くらいはつくと思うんだけど、それさえない。何か特別な素材で出来ているのかもしれない。

 

何となく時計を弄びながら、迷宮に向かう。

今の僕は駆け出し冒険者だから、迷宮に潜ってお金を稼がないといけないのだ。といっても、生活費を稼ぐのが精一杯でそれ以上なんて無理なんだけど。

 

今日も今日とて、僕は迷宮に下りていく。

 

 

4階層まで行ってしばらく戦うと、少しモンスターが弱くなっている気がした。いや、正確には僕が強くなっているんだと思うけど。

神の恩恵は戦えば戦うほど、人を強くする。きっと日常的にモンスターと戦っていることで、ステイタスが上がったんだろう。

 

今まで戦っていた4階層だと、少し物足りなく感じて、ちょっとだけ5階層を覗いてみることにした。

 

4階層から5階層へと降りていく。正直自分でも焦っているとわかっている。でも、少しでも強くなって、神様の生活を楽にしてあげないといけないんだ。

僕なんかをファミリアに入れてくれた神様にいつまでも屋台のバイトなんてさせていられない。

 

襲い掛かってくるモンスターを倒して、魔石を取り出す。少しモンスターが強くなっている気がするけど対処できないほどじゃない。このまま進んで魔石を集めよう。

 

そう考えて、モンスターを探していく。

 

けれど、迷宮ではアクシデントが付きものだ。

 

そこに例外は無く、突然のアクシデントによって多くの冒険者が命を落としてきた。

 

角を曲がった瞬間、そこにいたのは棍棒を振り上げているミノタウロス。振り下ろされたそれに反応すらできず、僕の頭はぐしゃりとミノタウロスの棍棒によって叩き潰された。

 

その瞬間、僕の首に掛かっていた時計の針が逆に廻った。

 

 

 

今日も今日とて、迷宮に潜る。

 

ただ、何となく嫌な予感がする。迷宮の通路の影からモンスターがぬっと出てくる姿がどうしてか思い浮かぶ。

 

頭を振ってその想像を振り払うと、僕は出現したモンスターを倒すために短剣を構えた。

 

4階層のモンスターってこんなに弱かったっけと首を傾げながら、手早く複数のモンスターを処理していく。昨日は複数相手に囲まれたら苦戦したはずなのに今日は大分楽になっている。思えば体も軽い気がする。

 

これなら、5階層に活動場所を変えても大丈夫じゃないだろうか。

 

一瞬担当アドバイザーであるエイナさんの"冒険者は冒険してはいけない"という口癖が過ぎったけれど、頭から追い出した。

 

大丈夫、ちょっと試してみるだけだ。僕は新しい階層に少しわくわくしながら5階層へ向かった。

 

 

「何でこんなところにミノタウロスがいるんだ!」

 

愚痴を叫びながら、僕は全力で走る。

5階層をモンスターを倒しながら進んでいると、突然曲がり角からミノタウロスがぬっと現れたのだ。何となく嫌な予感がしてたから警戒していて助かったけど、そうじゃなければ棍棒を回避できずに脳天に直撃して死んでいただろう。

 

せっかく5階層のモンスターも十分に処理できるとわかって、今度から5階層を探索しようと思っていた矢先のことである。

 

4階層への通路を目指して、走り続ける。いつもより体が軽いおかげで、まだ追いつかれていない。けれど、それも時間の問題だろう。

ミノタウロスの適正レベルは2。僕はレベル1で、通常一つレベルが離れていればほぼ勝てない。追いつかれれば一巻の終わりだ。

 

しかし、曲がり角を曲がった瞬間、モンスターと戦っている四人組みのパーティーが視界に入る。

 

――どうすればいい?

 

一瞬の迷い。けれどその一瞬でミノタウロスには十分だったらしい。速度が緩んだ僕の頭をミノタウロスの棍棒が薙ぎ払った。首から上が吹っ飛ぶ。

 

――――針が廻る。

 

 

 

曲がり角を曲がると、四人組のパーティーが視界に入った。モンスターと戦っている。

 

少しだけ、迷いそうになって。

 

――しかし足は止まることなく、むしろスピードを上げて、僕の体は彼らの間を駆け抜けていった。

 

聞こえてくる悲鳴と怒号から逃げるように、僕は走り続けた。

 

 

翌日のこと。

ヘスティア様に酷い顔色をしていると、迷宮に行くのは止められたが、それを振り切って迷宮に向かう。

 

迷宮の中を小走りで、5階層へ進む。徐々に速度が落ちて最終的に歩くような速さになったころ、昨日僕がミノタウロスを擦り付けたパーティーがいたところにたどりついた。

 

そこには何も残っていない。もう一日が経っているので迷宮に取り込まれたのだろう。

 

ここに来る前、ギルドでエイナさんに彼らのことについて聞いた。4人のうち他の3人が囮になって、一人だけが逃げ出せたらしい。

 

僕はそれを聞いて、縋るような思いで、僕に何か罰則がないか質問した。後悔でどうにかなってしまいそうで、少しでも罰が欲しかった。償いたかったんだ。

 

だけど、エイナさんは首を振っただけだった。そして、苦笑して"ミノタウロスを逃がしたロキファミリアの責任になった"と言って、その後"仕方がなかったことだよ"、"私は君が生きていて嬉しい"と続けた。

 

そのまま迷宮の中で立ち尽くす。このままモンスターに殺されてしまおうか、そう思ったけれど、やめる。せめて生き残った人に謝りに行こう。許してくれなくてもいい。許してくれない方がいい。どんな償いだってしよう。どうか僕を糾弾して欲しい。

 

そうして、踵を返そうとした瞬間、背後から衝撃が走って、僕の胸から銀色の何か突き出る。

 

「ははっ、此処にくると思ってたぜ」

 

「俺たちにミノタウロスを擦り付けて楽しかったかよ?」

 

「あんなに何の迷いもなく、怪物進呈をするんだから、さぞ楽しかっただろうな。現場をもう一度見に来るくらいだもんな」

 

「仲間の仇だ。さぁ、死ね」

 

最後の言葉と共に、剣が引き抜かれる。最後に見たのは視界の中央に迫ってくる尖った銀色だった。

 

――――時計の針が刻む時が反転する。

 

 

 

今日も今日とて、迷宮にもぐr――

 

――怪物の姿を幻視する。何の脈絡も無い4人組みの姿も。そして、何より、背筋に極大の悪寒が走った。

 

足を止める。

今日は迷宮に潜るのはやめよう。今日は屋台でも冷やかしながら遊ぼう。たまにはサボってもいいだろう。

迷宮の淵を見る。その先には闇が広がり、全てを飲み込んでいくかのように見えた。

 

 

屋台を冷やかす際に、神様に会って、サボりを見られて笑われたけど、楽しい一日だった。

 

 

昨日はサボったから今日こそダンジョンに行こうと思って、ギルドへ向かう。

 

そこでギルドの前で泣いている子供とその前で慌てて困っているらしい金髪の女性が見えた。困っているように見えるので、金髪の女性に声を掛けると、泣いている子供は迷子らしい。両親と逸れて泣いているそうな。どうでもいいかもしれないけど、金髪の女性は物凄く綺麗な女性だった。

困り顔で泣いている子の頭を撫でる女性を助けるために、ポケットに入っているはずの飴玉を探す。幸い僕は子供の相手が得意なのだ。すぐに泣き止ませてご覧にいれよう。

 

さっきまで泣いていた子供を挟んで、女性と通りを歩く。僕も女性もその子供と手を繋いでいる。傍から見ると、親子みたい見えるかもしれない。いや、流石に年齢的に無理があるか。

 

金髪の女性――アイズ・ヴァレンシュタインと名乗った――はこの子の親を探すつもりだったらしく、僕もそれに協力している。二日連続で何をやっているのかと少し思うが、迷子の子相手に右往左往するヴァレンシュタインさんを放っておくわけにもいかない。

最初はヴァレンシュタインさんだけが迷子の子と手を繋いでいた。ただ、一度迷子の子が何かを見つけたとき、突然手を振り払って走り出して馬車にひかれそうになった。そのため、ヴァレンシュタインさんだけでなく僕も加わってその子の両側から手を繋ぐことにした。

 

ヴァレンシュタインさんはどうも子供を相手にするのが慣れていないようで、ちょっと危なっかしい。

 

迷子の子を挟んで、色々話しかけてみると、彼女は大きなファミリアに所属する冒険者らしい。話が進むうちに聞けたのだが、彼女は最近失敗したことがあって落ち込んでいるそうだ。それで、気分転換に街を散策しているうちに迷子の子を見つけたらしい。

談笑すると意外に話が弾んで、楽しかった。たまに仲間外れにされてむくれる迷子の子をなだめてあやしながら、その子の両親を探す。

 

そのとき、僕たちに向けられていたドロドロとした感情の篭った粘つくような視線に僕は気づかなかった。

 

 

迷子の子の両親が見つかって、ヴァレンシュタインさんと別れた頃にはもう少しで夕方という時間だった。しょうがないので、今日は迷宮に行くのを諦めて、ホームに戻ることにした。

ホームで神様に二日連続で何をしているのか、と呆れられた。自覚はしてます。でも、神界の頃の友神のところでニートをしていたらしい神様に言われたくはなかった。

 

 

本当に今日こそはダンジョンに行くぞ、と思ってホームを出る。通りを歩いていると、何となく首筋に粘つく何かを感じて、背後を振り返って首を触る。もっとも人ごみがあるだけで、何もなかったけど。

 

モンスターがはっきりと弱く感じる。4階層のモンスターが何匹いようが脅威に感じない。おかしいな、と思いながら5階層に下りる。

5階層のモンスターもかなり弱く感じたが、一日で二層進むわけにもいかないので、5階層で留まって戦うことにする。後で、神様に相談しよう。

 

5階層のとある地点にたどりついた時。僕の足は止まった。

何の変哲もない通路だ。だが、初めて訪れたはずの5階層の通路に激しい既知感を覚えた。何に感じているのかもわからない強い後悔が胸の奥から湧き上がってくる。

 

気分が悪くなって、今日は帰ろうと思い立つ。幸い、今までに無いスピードで魔石を集められたので、それなりの数が集まっている。

 

そうやって、嫌な感じのする通路から離れて歩き出すと、通路の奥から何かが飛んできた。それはかなりの速さで飛んできて僕の心臓へ向かう。僕も咄嗟に体を捻ったが、避け切ることができず、少し外れて肩に突き刺さった。肩に鋭い痛みが走る。

 

それは、ナイフ。迷宮のモンスターが持つないはずの人工的な刃物だった。

 

「当たったか」

 

通路の暗闇から、一人の男が現れる。その男が視界に映った瞬間、僕の心臓が強く跳ねる。初対面のはずなのに感じる既知感と罪悪感。それを抑えて、僕はナイフを抜いて捨てると問いかけた。

 

「……どういうつもりですか」

 

思ったより冷たい声が出た。このままこの男と戦うことになるかもしれないのに、頭の奥が何故か冷静なままだった。

 

「お前、剣姫と一緒にいた奴だろ」

 

「剣姫?」

 

恐らく、二つ名だ。だが、二つ名を持つレベル2以上の冒険者の知り合いはいない。

 

「あぁ、ロキファミリアの剣姫、アイズ・ヴァレンシュタインだよ」

 

しかし、次に男が発した言葉で理解した。ただ、僕はあの人とは昨日が初対面だし、狙われる覚えもない。彼女に何か恨みがあるのかもしれないが、それに僕は不適格だ。

 

「確かに、一緒にいましたが。彼女とは昨日が初対面です。なぜ僕を狙うので?」

 

僕の問いかけに男は肩をすくめると、大仰な仕草で首を横に振って言った。

 

「関係ないね。関係ないんだよ。ロキファミリアの誰かに少しでも苦痛を与えられれば」

 

「二日前のことだ。ロキファミリアが遠征から帰って来た。その帰り道、ミノタウロスの群れを討ち漏らして、一匹のミノタウロスが5階層まで上がってきた」

 

「そのとき俺も5階層で仲間たちとモンスターを狩っててな」

 

"後は、わかるだろ?"と道化のような仕草で笑って見せる男。

 

「仲間たちが囮になって逃がしてくれて、生き残ったのは俺だけだ。まぁ、それはある程度仕方ないところもある。仲間たちの葬儀代とかもロキファミリアが出してくれるらしいから、恨みつらみは何とか飲み込んださ」

 

「では、どうして僕を狙うのですか?」

 

男の言葉に疑問を感じて即座に問いを投げる。それに対して男は"まぁ、そう慌てるなよ"と言って、不気味な笑い声を上げる。

先ほどから、この男は笑ってばかりだ。仲間が死んだはずなのに。そこが、酷く気味が悪かった。

 

「その翌日、剣姫と笑って通りを歩くお前を見つけたわけだが、そこまでは許せたさ。むかついたのは確かだがな」

 

視線で続きを促す。

 

「その日、仲間たちを悼むために酒場に行って、飲もうとしたんだよ。ただ、そこにロキファミリアも来ていてそこの狼人、確かベートって名前だったかが、言ったんだよ」

 

"ダンジョンで雑魚なんて死んで当然だろ。単に弱かった奴が悪い。わざわざ葬儀代なんて払わなくてもいいだろうが"

 

相変わらず顔に笑みを貼り付けたままの男が言う。だんだんわかってきた。この男はおかしくて笑っているわけでも、愛想笑いを浮かべているわけでもない。

 

「それを聞いた瞬間、ぶち切れたぜ。発狂したみたいにベートってやつに襲い掛かって、暴れた。だが、すぐに鎮圧されて、店をたたき出された」

 

突如、男の顔に貼りついていた笑みが消える。

 

「俺は突然酒場で発狂して暴れた冒険者だそうだ。ロキファミリアの誰も俺の顔なんて覚えちゃいない」

 

そして、次の瞬間、顔を憤怒と憎悪に染め上げて、怒声を上げた。

 

「俺は!奴らからすれば、虫けらみたいなもんかもしれねぇ!あぁ、そうだ。底辺でのたくってるクズさ」

 

「だからよぉ!虫けらにも五分の魂があるってことを奴らに思い知らせてやる!あいつらが踏み躙ってきたものが何なのか思い知らせないと気がすまねぇ!!」

 

「そうしないとよぉ、俺の仲間たちも浮かばれないだろ?」

 

怒りと憎しみに染まっていた顔が再び笑みの形に歪む。

 

「手始めに、お前だ。あぁ、ほとんど関係ないのは分かってるぜ。ただ、まぁお前を殺せば少しくらいあいつらも悲しむかもしれないだろ?俺と同じ虫けらのお前じゃ無理かもしれねぇけど」

 

「まぁ、つまり、お前は俺の八つ当たりに巻き込まれたってわけだ。せいぜい剣姫を恨んでくれ」

 

あぁ、今分かった。この男は――――壊れてしまっている。

 

 

男が剣を構えるの見て、僕も短剣を構える。もう躊躇はない。先ほどまで罪悪感があった所には、ただ虚無感だけがあった。

 

男に向かって駆け出す。この男はもう終わっている。せめて罪を重ねる前に殺すべきだ。

 

一瞬で間合いを詰めて短剣を男に振るう。男は驚いた顔をして、咄嗟に剣で受けた。気にせず、連撃で男を攻める。最後の一閃が男の左腕の腱を切いた。

 

そのまま立て直されて反撃される前に距離をとる。体が想像通りに動く。さっきの対峙で見たところ、男は然程強くない。少なくとも原因不明で上がった今の身体能力なら、苦戦はしないだろう。

 

今度こそ、男に止めを刺そうと踊りかかろうとして、突然視界がひっくり返った。迷宮の天井が視界に映る。どうやら、倒れたらしい。同時に喉から何か熱いものがせり上がってきて、ごふっと吐き出す。吐き出されたのは血だった。

 

「ふー、焦ったぜ。毒の効きも悪いし、その強さ本当にレベル1かよ。最初の奇襲でナイフを当てられなかったら詰んでたぜ」

 

朦朧とし始めた意識で毒という単語を聞き取る。どうやら、最初のナイフに毒が塗っていたらしい。モンスターに毒は効きづらいので、冒険者相手に警戒していなかった。

 

「ひひっ、まぁ心配するなよ。首だけだが死体は持ち帰ってやるよ。これが終わったらロキファミリアのホームに投げ込むんだぜ」

 

勝利を確信したらしい男が笑いながら言う。

 

「なーに、先客がいるから寂しくないさ」

 

――先客?僕の前に殺された誰かがいるのか。

 

僕が抱いた疑問に答えるように男が言う。

 

「あぁ、先客っつーのは、お前と剣姫と一緒にいた迷子の子供とその両親だよ」

 

―――――――――――――――――――――この男は今、なんと言った?

 

「いーひっひっ、泣きながら子供だけはって言ってるのを無視して目の前で子供の首を落とした時はさいこーだったぜ」

 

「今頃、ロキファミリアのホームは大騒ぎだろうなぁ。想像するだけで笑えてくる」

 

あの子を殺した?あの子の両親を殺した?

 

 

雫が落ちる。

 

「あ?なんだ泣いてんのか。あの子が死んだのが悲しいのか?一度会っただけの子供が死んで泣くとか、良いやつだなお前。そんな良い奴を子供のところに送り込む俺も良い奴だな」

 

狂ったように意味の通らない言葉を喚く男。いや、もう完全に狂ってしまっているのだろう。

 

僕は、震える口で声を絞り出す。

 

「こ、殺さないで……」

 

「あん?」

 

男の顔に怪訝そうな色が思い浮かぶ。

 

「助けてくれ、死にたくないっ」

 

僕は続けて男に向かって命乞いをする。

 

「……はぁ。なんだ、つまんね。何だよ、泣いたのは死ぬのが怖いからかよ。笑えるぜ」

 

機嫌良さそうに笑っていた男は一転、萎えたような表情になって無防備にこちらに歩いてくる。そして、僕の傍らにしゃがみこむと剣を構えて心臓に突き刺そうとする。首を落とすのは死んでからにするつもりか。

だが、気にする必要は無い。そんな未来はやってこない。

 

剣が突きこまれる瞬間こちらも解体用のナイフを腰から抜いて、男の心臓に突き刺した。

 

 

あの子を殺したと男が言ったとき、僕が抱いたのは、悲しみでも恐怖でもなく、怒りと憎悪だった。

ただ、激しく強い、怒りと憎悪。八つ当たりで子供を殺して、へらへら笑っている男への怒り。明らかな邪悪に手を染めて、それでも平然と生きている男への憎悪。

限界まで僕の心から発揮された怒りと憎悪は涙という形で表に現れる。悲しいときだけでなく、怒っているときにも涙は出るんだと、場違いに思った。

――あぁ、この男はここで殺さなければならない。

 

故に命乞いで男を油断させた。

加えて、男は僕が毒で死ぬまで、いや死んでもしゃべり続けそうだった。それは困る。徐々に視界が霞む中で男を殺すには、近寄ってもらわなければならない。

ここで命乞いをするのは状況にぴったりだった。怒りと憎悪で唇が上手く動かせず、声が震えたのも功を奏したのだろう。

男は僕が恐怖で命乞いしていると思ったはずだ。男の気分に水を差すことができ、更に油断させることもできた。

 

後は、男が近づいてきたところで、急所に解体用のナイフを刺し込めば、終わりだ。

 

男の手から、剣が零れ落ちる。僕の心臓の真上にぴたりと狙いが付けられていた剣は、重力に従って僕の心臓を貫いた。

 

「うぐっ!」

 

どうせ、ここで男を退けても毒で死ぬのは間違いない。恐らく毒は致死性だろうし、そうでないとしても迷宮で動けなくなれば死ぬ。

 

モンスターに嬲り殺しにされるよりは、この男と相打ちになった方がいい。この凶行を為した男を命と引き換えに殺したんだ。勲章ものの功績だろう。

 

視界の向こう側から急速に闇が迫ってくる。それに同調して、僕の意識もどんどん薄れていく。最期に、僕の横に倒れ込んだ男が、3人分の名前らしきものを呟いたのが微かに耳に届いて――僕の意識は闇に飲まれた。

 

――――針が逆回転し、再び同じ時間がやってくる。

 

 

 

僕は迷宮の闇を見つめると、背筋から感じる極大の悪寒を無視して、その闇に飛び込んだ。

 

息が切れない程度の速度を保って、ダンジョンを走り抜ける。

 

胸の奥から後から後から焦燥感が湧き出してくる。それに突き動かされて、走る、走る。

 

何をすべきかは心の深くに刻み込まれている。それが、どれだけ難しいのかもたぶんわかっている。十中八九死ぬだろう。だけど。

――だけど!

 

いつもの狩場である4階層で足を緩めることなく、5階層を目指す。何度も行ったことがあるかのように、一切迷うことも止まることもなく、5階層にたどり着く。

 

焦燥感も謎の目的意識も、確かに不思議だ。でも、心のどこかではっきりとわかっている。僕はここで戦わなければならない。成し遂げなければならないのだと。

 

全ての疑問を後回しに、何故か見ると胸が痛む通路を抜ける。そのしばらく先、曲がり角を見て、疾走を止める。

 

曲がり角から距離を取ってしばらく待つ。

 

やがて、見覚えのある巨体が曲がり角から現れる。その怪物を見た瞬間、僕の胸の奥から、死の恐怖が、どうしようない後悔が、激しく猛る怒りと憎悪が溢れ出す。

ぐちゃぐちゃになった心が極限まで揺れ動き、僕に向けて一つの事実を叫ぶ。――そのミノタウロスを殺せ。そいつは、どうしようもないくらいに僕の敵だ。

 

同時、その怪物、ミノタウロスは僕に気づいて、僕を視界に収めると咆哮を上げて襲い掛かってきた。

 

「――勝負だ!!!」

 

溢れ出す感情のままに、僕自身もその咆哮に負けないようにミノタウロスに宣戦布告すると、ミノタウロスを迎え撃った。

 

 

初撃を回避する。大振りな一撃だ。威力は高いが、一撃くらいなら回避は難しくない。

棍棒を空振ったミノタウロスの懐に飛び込むと、その分厚い胸板に短剣を突き刺す。僅かに血が滲んだもののそれが限界。

 

やがて回避方法が見切られ始め、学習したミノタウロスによる小振りの一撃が直撃し、そこから追い詰められた僕は、ミノタウロスに殴られて頭が割れて死んだ。

 

――時の針が逆に廻る。

 

過去最高速で回転する思考に何かが割り込む。僕はそれに従って、ミノタウロスの小振りの一撃を転がりながら回避した。

 

追撃を回避して、ミノタウロスの腕に短剣で傷をつくる。何故か先ほどまでよりもそれは深くまで食い込んだ。

 

だが、無駄だ。傷が深くなったといってもせいぜい爪の先程度。針の一刺しがかすり傷になったところで何の意味があるのか。

 

棍棒を捨ててタックルを敢行したミノタウロスに捕まり、そのまま捕らえられて首の骨を折られた。

 

――針が廻る。

 

タックルをしてきたミノタウロスをひらりとかわすと、すれ違いざまに短剣をミノタウロスの膝裏に突き刺す。

今までのように筋肉の表面で刃先が滑ることなく、確かな手ごたえを持って突き刺さった。

 

「ウォォォォ!」

 

ミノタウロスが痛みによって咆哮を上げる。それを至近距離で食らって僕の動きが止まる。最期に見えたのはミノタウロスの馬鹿でかい拳だった。

 

――時が、繰り返す。

 

――繰り返す。

 

――何度も、何度も。

 

上手くミノタウロスを転ばせた。そのまま腰から解体用のナイフを抜いて、ミノタウロスに投げつける。

一度も練習していないはずのナイフ投げは、真っ直ぐに飛翔して、ミノタウロスの眼球に突き刺さる。

 

暴れだすミノタウロスの懐に飛び込む。めちゃくちゃに振るわれる拳が目の前に――時が巻き戻る――拳をかいくぐって振るわれた短剣はミノタウロスが振るう拳の勢いを利用して右腕の肘裏に突き刺さると、右腕をほぼ切り落とした。

 

ミノタウロスから距離を取る。ミノタウロスの右腕は肘を境に骨まで断たれて、僅かな筋肉によってのみ繋がっている状態だった。仮にこのままミノタウロスの筋力のままに振り続ければ、遠からず千切れ飛ぶだろう。

 

それに対して、僕は無傷。短剣は少し刃こぼれしているものの、そこまで支障はない。何故か僕がミノタウロスの体を断てるようになった以上、レベル差はそれほど関係ない。僕に有利だ。

 

そう油断して張り詰めていた息を吐いた瞬間、僕の顔に直撃するコースで投げられた何かが見えた。一瞬で切り替えて回避する。回避した何かはミノタウロスの右腕だった。自分でむしり取って投げつけたらしい。

その事実が僕の意識に微かな隙を作る。その隙は格上と戦っている現状では、どうしよう無いくらい大きい隙だった。

 

頭に衝撃が走る。視界が激しく揺れる中、僕の視界に映ったのは茶色の何か。どうやら最初に持っていた棍棒を蹴り上げて、僕にぶつけたらしい。

 

平衡感覚を失って倒れる中、僕は視界いっぱいに広がったミノタウロスの足に踏み潰された。

 

――首にかかった時計の針が廻る。

 

平衡感覚を失って倒れたはずが、突然感覚が戻る。ミノタウロスの足に踏み潰されるのを回避するため、転がる。

ドスンと土煙を上げて、ミノタウロスの足が迷宮の地面を踏み潰す。仮にあそこに僕の頭があったら、爆発した西瓜のようになっていただろう。

 

先ほどの油断を自ら戒める。冒険者は何度も戦いを繰り返す関係上、格下とばかり戦うことが多い。そのため、こういう格上との戦いで致命的な失敗を犯す。

どうやら、それは僕も例外ではないらしい。

 

再び、ミノタウロスに強襲をしかけようとして――足にブレーキをかけて、横っ飛びに回避した。

 

ミノタウロスの体に銀色の線が走る。

 

ミノタウロスの体が斜めにずれ、回避したはずの僕にも結構な血がかかった。

 

「大丈夫?」

 

ミノタウロスの体の向こうから、金髪の女性が声を掛けてくる。初対面のはずの彼女に既知感を感じるとともに、何故か少しだけもやっとした。具体的には、全く関係ない誰かが原因の八つ当たりで襲われて、それでもその誰かに責任がないから恨むに恨めない、みたいな感じだろうか。

 

「……まぁ、何とか」

 

それだけの言葉をどうにか搾り出す。ミノタウロスの死を認識した瞬間、心の底から安堵が広がって、力が抜けたのだ。

 

今頃になって、足が震えてきた。我ながら、何でミノタウロスに喧嘩を売ったのかわからない。何かはっきりした目的があってミノタウロスと戦ったのはわかるけど、その目的がごっそりと抜け落ちていた。

 

「――良かった」

 

心から安堵したように彼女が言う。

それが僕と彼女――アイズ・ヴァレンシュタインとの()()()だった。

 

 

彼女――アイズ・ヴァレンシュタインと名乗った――曰く、さっきのミノタウロスはロキファミリアが逃がしてしまったらしい。中層で遠征部隊とぶつかったミノタウロスの群れが恐慌を起こして逃げ出して、更に上層まで行ったため追いかけてここまで来たそうだ。

ヴァレンシュタインさんが言うにはさっきのミノタウロスで最後とのこと。その言葉を聞いて安心する。もう大丈夫だ、そんな思考が過ぎる。何が大丈夫なのか自分でもイマイチわからないが。

 

ヴァレンシュタインさんはダンジョンの入り口まで送ってくれると言ったが、僕は固辞した。後から追いついてきた狼人の冒険者が何か喚いていて、睨んできたからだ。――その狼人は足を震わせている僕を見て、ミノタウロスと見比べると、鼻で笑っていた。

 

 

何とか疲れ切った体を引きずって、迷宮を戻っていく。

 

途中で四人組の冒険者がモンスターとの戦いを終えて、仲間たちと笑い合っていた。その中の一人にふと引っかかりを覚えたが、穏やかな顔で笑っている彼を見て、その引っかかりもすうっと消えていった。

 

地上に戻ると、僕はギルドの受付でエイナさんに顔を出して、今日あったことを報告した。

もちろん怒られた。ミノタウロスの件は戦ったと言うと怒られそうだったので、5階層でミノタウロスに遭遇してヴァレンシュタインさんに助けてもらったとだけ報告したのだが。

しかし、言われるまで気づかなかったが、5階層は僕が行っていい階層ではなかった。前も先の階層に行って注意されていたので、今回は念入りに怒られた。

 

ただ、説教中に怒られているはずなのに、笑みが浮かんできた。エイナさんに説教されて危険から日常に帰って来たという気がして、安心したのだろう。

説教の時間は倍になったが、少し楽しかった。

 

 

説教を終えて、ホームに戻る。僕のファミリアのホームは廃れた教会だ。メンバーは僕一人。

 

「ただいまー」

 

廃教会の中に入って、地下に続く扉を開けると、中に向かって声を掛ける。

 

「おかえり、ベルくん」

 

ソファに座る神様が帰って来た僕に声をかける。黒髪に露出度の高い白のワンピース。とりあえず、第一印象はおっぱい。あと、紐。

 

僕の主神、ヘスティア様だ。

 

 

「よく生きてたねー」

 

ステイタス更新のための準備をする神様が、僕の話を聞き終えて言った言葉だ。

実際、その言葉は正しい。レベルとはほぼ絶対の強さの指標であり、一つ違えばまず勝てない。僕が生き残ったのは奇跡なのだ。

 

「あまり、無茶しちゃ駄目だよ。君が死ぬとボクは悲しい」

 

「うぐっ、気をつけます」

 

そんなやり取りをしながら、僕は上着を脱いでソファにうつぶせに横たわる。そこへ神様が僕の背に馬乗りになる。

 

「じゃあ、お楽しみのステイタス更新だね。色々あったみたいだし、期待できるはず」

 

そう言って、指先に針で傷をつけ、血を一滴だけ僕の背に垂らす神様。

 

「……」

 

しかし、普段は背のステイタスを紙に書き写してくれるはずの神様から一切の反応がない。

 

「神様?」

 

背後へと声を掛けると、再起動した神様が紙へとステイタスを書き写してくれる。

 

「……何かやたらと高くないですか」

 

「……さぁ?成長期とか?」

 

「何か隠してないですか?」

 

「神にだって隠し事の一つや二つあるよ。でも、なぜこんなにステイタスが高くなってるのかはボクにもわからない」

 

そう言って、ため息をつくヘスティア様。どうやら、本当にわからないらしい。

 

とりあえず、納得してステイタスの大幅な上昇を喜ぶ。ホームに帰って来たことで本格的に気が抜けた僕は、神様に声をかけると、ソファに寝転がって眠りについた。

 

 

―――――

 

ボクは先ほど見たベル君のステイタスを思い出す。

 

「本当に、君は何なんだろうね、ベル君」

 

 

ベル・クラネル

 Lv.1

 力 :B 798

 耐久:B 721

 器用:A 803

 敏捷:A 842

 魔力:I 0

 

《魔法》

 【  】

 

《スキル》

【因果収束】

・因果を集める

・基準線を基準に回避した因果に応じた報いを受ける

 

【死ニ臨ム者】

・死を感じると発動

・発動する度に永続的にステイタスが向上

 

【死線超越】

・絶望に挑む覚悟を持つとき発動

・発動すると失った感情を払い戻される

・払い戻される感情の大きさに応じて一時的にステイタスが向上する

 




連載の方を書かないといけないのはわかってるんですけど、頭の中にこのネタがちらついて筆が進まなくなったので書きました。

まぁ、連載の方もぼちぼち書きます。
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