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日本人は権威主義国家のナラティブに広く説得されることが明らかに

 日本人は権威主義国家のナラティブに広く説得されることが明らかに

― 民主主義国の主流ナラティブでは十分に対抗できない可能性―

発表のポイント

  • 権威主義国家(中国・ロシア)の非自由主義的なナラティブ(正当性や優位性を主張するストーリー)が日本の有権者に与える影響を検証した結果、民主主義国の主流ナラティブよりも非自由主義的ナラティブの方が強い説得効果を持つ傾向が確認されました。
  • 本研究では、日本人は、権威主義的傾向、陰謀論信念、政治的知識などの高低に関わらず、全体的に非自由主義的ナラティブに影響される傾向があることが示唆されました。
  • 実験の対象者に民主主義的ナラティブと非自由主義的ナラティブの両方を併せて提示すると説得効果は相殺されましたが、民主主義的ナラティブの後に非自由主義的ナラティブを提示すると、非自由主義的ナラティブの影響が残ることがわかりました。
  • これは日本の民主主義社会の非自由主義的ナラティブに対する脆弱性を示しており、結果的に日本の民主主義に対する脅威となる可能性があります。

マスメディアが独占的に議題を設定し、様々な争点の見方をフレーミングする力は急速に失われつつあります。同時に、ストーリー仕立てのメッセージを世界中から簡単に発信することが可能になり、これが権威主義国(※1)によるプロパガンダや影響工作にも利用されつつあります。こうした現状において、日本人が権威主義国の発する非自由主義的ナラティブ(※2)にどの程度影響=説得されるのかを知っておくことは重要です。

早稲田大学政治経済学術院の小林哲郎(こばやし てつろう)教授、神戸大学大学院法学研究科の周源(しゅう げん)助手、Koç University, Graduate School of Social Sciences and Humanitiesの関颯太(せき るんた)氏、大阪大学大学院人間科学研究科の三浦麻子(みうら あさこ)教授らの研究グループは、権威主義国家(中国・ロシア)の非自由主義的ナラティブが日本の有権者に与える影響を検証しました。

研究の結果、日本人は主流ナラティブと同等か、それ以上に非自由主義的ナラティブに説得されることが明らかになりました。さらに、この効果は政治的知識の多寡、権威主義志向、陰謀論的信念の強さに関わらず一様に見られました。つまり、政治に詳しいからといって非自由主義的ナラティブの影響を免れるわけではなく、日本人全体が広く権威主義国のナラティブに説得されやすい傾向があります。

また、非自由主義的ナラティブと主流ナラティブを両方読んだ場合は互いに説得効果を打ち消し合いますが、最終的には非自由主義的ナラティブの影響が残ることがわかりました。この結果は、日本の世論が非自由主義的ナラティブに対して脆弱であることを示唆しており、こうしたナラティブが広く拡散されることで、世論の変化が生じる可能性があることを示しています。

本研究成果は、2025年3月12日付け(現地時間)で「Democratization」に掲載されました(論文名:Autocracies win the minds of the democratic public: how Japanese citizens are persuaded by illiberal narratives propagated by authoritarian regimes)。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

権威主義国によるプロパガンダやナラティブ戦は発信側の研究が多く、民主主義国における受信側の研究が比較的少ない状況にあります。本研究が参考にしたドイツでの先行研究では、ドイツ人も親露ナラティブに説得されますが、それは政治的知識が少ない人や、もともと権威主義的思考や陰謀論的信念が強い人に特に特徴的にみられることが報告されていました。しかし、中国やロシアと近接する東アジアにおいて、これらの権威主義国が発する非自由主義的ナラティブの説得効果は十分に研究されてきませんでした。本研究はこの研究の不足を埋めることを目的として実施されました。

(2)今回の新たに明らかになったこと

本研究は2つの実験を行いました。実験1では3,270人の日本人成人男女を対象にオンラインでナラティブを提示しました。「香港国家安全法」、「新疆ウイグル自治区における再教育施設」、「ファーウェイ幹部のカナダでの逮捕」、「ロシアのウクライナ侵攻」、「一帯一路構想」、「ゼロコロナ政策」、「BLM運動」、「アメリカでの銃規制」、「アメリカの政治的極性化」、「LGBTQ運動」、「参議院による『対中決議』」、「日本の超党派議員による台湾訪問」という12個のトピックのそれぞれについて、コントロール条件、非自由主義的ナラティブ条件、非自由主義的ナラティブ+ソース(ナラティブの発信源)条件、主流ナラティブ条件、主流ナラティブ+ソース条件のいずれかの条件に無作為配置され、ナラティブを読んだ後にそのトピックのテーマに関する対象者の態度を測定しました。以下は、「ロシアのウクライナ侵攻」についてのナラティブの例です。

コントロール条件

2022年2月24日、ロシアによるウクライナへの軍事行動が開始されました。あなたはロシアによる軍事行動をどのように評価しますか。

非自由主義的ナラティブ条件

2022年2月24日、ロシアによるウクライナへの軍事行動が開始されました。この軍事行動は、本来ウクライナは欧米の軍事同盟であるNATOとロシアの間で中立であるべきなのに、NATOが約束を破ってウクライナへの影響力を拡大したことが原因で発生しました。あなたはロシアによる軍事行動をどのように評価しますか。

非自由主義的ナラティブ+ソース条件

2022年2月24日、ロシアによるウクライナへの軍事行動が開始されました。ロシアの政治的リーダーたちによると、この軍事行動は、本来ウクライナは欧米の軍事同盟であるNATOとロシアの間で中立であるべきなのに、NATOが約束を破ってウクライナへの影響力を拡大したことが原因で発生しました。あなたはロシアによる軍事行動をどのように評価しますか。

主流ナラティブ条件

2022年2月24日、ロシアによるウクライナへの軍事行動が開始されました。この軍事行動はロシアによる一方的な侵略であり、ウクライナの主権と国際法に対し重大な違反を犯しているだけでなく様々な人道危機を引き起こしており、断じて許されるものではありません。あなたはロシアによる軍事行動をどのように評価しますか。

主流ナラティブ+ソース条件

2022年2月24日、ロシアによるウクライナへの軍事行動が開始されました。欧米の政治的リーダーたちによると、この軍事行動はロシアによる一方的な侵略であり、ウクライナの主権と国際法に対し重大な違反を犯しているだけでなく様々な人道危機を引き起こしており、断じて許されるものではありません。あなたはロシアによる軍事行動をどのように評価しますか。

上記の例では、ロシアによる軍事行動の評価を「非常に良い」から「非常に悪い」までの5段階で測定しました。

実験1の分析結果は以下の図1に示してあります。

(図1)実験1の結果

(図1)実験1の結果

分析は、12個のトピックについて階層線形モデル(※3)を用いてまとめて分析しました。ゼロの垂直のラインがコントロール条件で、ナラティブが提示されないベースラインになります。ゼロの垂直線よりも右側に行くほど、権威主義国の立場に対して好意的な態度を示し(たとえばロシアの軍事行動に対するよりポジティブな評価)、垂直線よりも左側に行くほど西側民主主義国の立場に好意的な態度(たとえばロシアの軍事行動に対するネガティブな評価)を表します。

図示されたように、コントロール条件と比べて、非自由主義的ナラティブも主流ナラティブも意図した方向での説得効果を示しています。また、ソース(ナラティブの発信源)を明らかにしても説得効果を少ししか減じられませんでした。つまり、たとえば中国に都合のいいナラティブの発信源が中国政府高官であることが明示されても、説得効果はあまり割り引かれませんでした。さらに、ゼロの垂直線からの距離を見ると、非自由主義的ナラティブの方が主流ナラティブよりも大きな説得効果を示していることがわかります。

実験1ではさらに、どのような特徴を持つ人が非自由主義的ナラティブに説得されやすいのかを調べました。その結果、前述のドイツの先行研究とは異なり、日本人は政治的知識の多寡や権威主義志向、陰謀論的信念の強さなどは説得されやすさとは関係していませんでした。すなわち、日本人はこうした要素の強弱と関係なく、非自由主義的ナラティブに説得されることを示しています。

実験1では1つのトピックにつき1つのナラティブのみを提示しました。しかし、現実の社会では複数のナラティブがそれぞれ競争し合っているのが普通です。そこで、実験2では実験1を改変し、非自由主義的ナラティブと主流ナラティブの両方を読む条件を作成しました。その結果、両方を読む条件では互いの説得効果が打ち消される傾向にありましたが、権威主義国に有利な方向での有意な態度変化が残りました。つまり、非自由主義的ナラティブの方が、説得力が強いことになります。

さらに2つのナラティブの提示順序の効果を検証するため、対象者が主流ナラティブを先に読み、次に非自由主義的ナラティブを読むと、非自由主義的ナラティブの説得効果が強く残ることがわかりました。通常、民主主義国では主流ナラティブの方が広く行き渡っているため、主流ナラティブを先に知ることが普通だと考えられます。しかし、その後たとえばソーシャルメディア上で非自由主義的ナラティブが広がると、最初に接触した主流ナラティブでは非自由主義的ナラティブの効果を打ち消すことができず、結果的に非自由主義的ナラティブの広がりを許すことになりかねません。本研究の結果は、日本の世論が非自由主義的ナラティブに影響される可能性を示唆しています。

(3)研究の波及効果や社会的影響

本研究は、日本人が自由や民主という価値観にどの程度コミットできているのかを問うものでもあります。非自由主義的ナラティブは主流ナラティブと比べて新鮮であるため、こうした真新しさ(novelty)の効果が大きな説得効果をもたらしている可能性があります。現在、日本のテレビや新聞は主流ナラティブを広める役割を果たし、非自由主義的ナラティブを拡散しているわけではありません。しかし、ソーシャルメディアを中心に非自由主義的ナラティブは徐々にそのプレゼンスを増しています。ソーシャルメディア上で非自由主義的ナラティブが広く拡散され、大規模な説得効果を持つとすれば、日本の民主主義に対する脅威となる可能性があります。

(4)課題、今後の展望

本研究では実験参加者を非自由主義的ナラティブにいわば強制的に接触させて、その説得効果を測定しています。したがって、本研究で見られた説得効果は、「もしこうした非自由主義的ナラティブに接触したとしたら」生じる効果です。今現在世の中で、このような事象が大規模に生じているわけではありません。本研究は日本の世論のあくまで潜在的な脆弱性について指摘するものであることは明確にしておきたいと思います。同時に、こうした非自由主義的ナラティブの潜在的な説得力を鑑みれば、これからこうしたナラティブが拡散されたときにどのように対処すべきかを考えておくことは重要です。

もう1つ重要な視点は、本研究で見られた非自由主義的ナラティブの説得効果は本当に「ナラティブならではの効果」なのかということです。本研究では、あるトピックにおいてナラティブと非ナラティブを比較するデザインにはなっていませんでした。同じ内容であっても、ソーシャルメディアで広がるストーリー仕立てのメッセージの方が、たとえば伝統的なマスメディアのニュースよりも説得力が大きくなるのかについては、別の実験を行っています。

(5)研究者のコメント

日本人は、政治的知識などがナラティブの影響に対するバッファとして効いておらず、誰でも説得される可能性があることが示されました。民主主義はそれを実現する制度だけでなく、人々の世論の支持があって初めて成り立つものです。権威主義に有利なナラティブは民主主義に対する支持を毀損する可能性を秘めていることに留意し、これに対する有効なカウンターナラティブを洗練させていくことが求められています。

(6)用語解説

※1 権威主義国
権威主義国は自由で競争的な選挙による権力交代が制限されている国家を指す。こうした国々ではしばしば政治的自由が制限されたり法の支配が欠如したりし、政治的権力が一部の個人や政党に集中する。中国やロシア、北朝鮮などがその例である。

※2 ナラティブ
ナラティブとは、単なる情報の集合ではなく、ストーリーとして構成されたメッセージであり、受け手の感情や共感を引き出すことで、認知や行動の変容を促すものである。非自由主義的ナラティブとは、中国やロシアなどの権威主義国家が自国の正当性や優位性を主張するために用いるナラティブを指す。一方で、主流ナラティブは、日本を含む民主主義国家が共有するものであり、自由や人権といった普遍的価値に基づいたナラティブを意味する。

※3 階層線形モデル
階層線形モデルは、データが階層構造を持つ場合に適した統計手法であり、例えば、学生がクラスに、クラスが学校に属するような多層的なデータを扱う際に用いられます。本研究のデータは、1人の実験参加者に12の実験が属する階層構造を持っています。

(7)論文情報

雑誌名:Democratization
論文名:Autocracies win the minds of the democratic public: how Japanese citizens are persuaded by illiberal narratives propagated by authoritarian regimes
執筆者名(所属機関名):
*小林哲郎(こばやしてつろう) 早稲田大学政治経済学術院・教授
周源(しゅうげん) 神戸大学大学院法学研究科・研究助手
関颯太(せきるんた) Koç University, Graduate School of Social Sciences and Humanities・PhD Student
三浦麻子(みうらあさこ) 大阪大学大学院人間科学研究科・教授
掲載日:2025年3月12日(水)
掲載URL:https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/13510347.2025.2475472
DOI: 10.1080/13510347.2025.2475472

(8)研究助成

研究費名:JSTさきがけ「文理融合による人と社会の変革基盤技術の共創」
研究課題名:民主主義のレジリエンスを高めるための社会変革技術
研究代表者名(所属機関名):早稲田大学政治経済学術院 小林哲郎

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