トランプ再来で科学大国の座失う米国 サイエンス編集長が語るカオス

聞き手・小林哲

 トランプ政権の再来で米国の科学界がゆれている。研究費の大幅削減と研究者の大量解雇で、科学研究においても盤石だった「世界のリーダー」の地位を失いかねないという。潤沢な予算で優秀な人材を引き寄せ、技術革新による経済成長で繁栄を享受してきた科学大国はどこへ向かうのか。来日した米科学誌サイエンスのホールデン・ソープ編集長に聞いた。

 ソープ編集長は3月10日に京都大学で開かれた米科学振興協会(AAAS)主催のシンポジウム「サイエンス・ジャパン・ミーティング」のために来日した。AAASはサイエンス誌を発行する非営利団体でワシントンDCに本部がある。会員からの年会費や寄付などの収入で運営されており、米政府から独立した世界最大級の科学団体だ。会員には大学や研究機関の科学者や技術者、行政や教育関係者が多く、民主党支持層が多数を占めるとされる。

知られていない深刻な科学の危機

 ――2期目のトランプ政権になって何が起きていますか?

 多くの科学者たちが不安を抱えています。連邦政府から才能のある人材が次々と排除され、専門知が失われてしまいかねない状況です。研究費の申請などを担っていた人たちも減らされて、手続きがままならなくなる。こうした間接的な影響をこれからすべての研究者が受けることになります。

 ある政府系の研究機関では、科学者の10%が解雇されたと聞いている。今後、大学への助成金がどれだけ減らされるのかわかってくると、大学の研究者も安泰ではいられないと心配しています。つまり米国では今後、大量の専門家の失業が明らかになるのです。これは日本や他国が才能のある人材を雇う大きなチャンスです。もし私が大学や会社を運営する立場だったら、一刻も早く人材確保に走るでしょう。

 ――講演で米国の科学の現状を「カオス」と表現していました。

 大量の人員が解雇され、その後に再雇用されています。裁判所が解雇を違法と認定したり、核兵器の管理など重要な業務を担っていたりする人たちだったからです。裁判になっている例もたくさんあります。

 問題なのは、米国の一般の有権者にこうした事態が何をもたらすのか知られていないことです。実際、最も注目を集めているトランプ政権の動きは、関税や外交政策に関するものであり、ごく少数の人たちしか科学の変化に注意を払っていません。極めて深刻な事態になる可能性が高いのに、大部分の国民に響かないということは、科学界にとって手痛い教訓になるでしょう。

 ――科学が「狙い撃ち」にされているということですか?

 トランプ政権は大型減税のために政府予算をカットしたがっていて、裁量的な部分の多い科学研究の予算は削りやすく、標的になりやすいのです。防衛費や社会保障費を削減するのは、はるかに難しいですから。それによって容易に研究力は失われてしまいます。しかし、どれだけ科学にとって壊滅的であると指摘したところで、おそらく政治的な議論では勝ち目はありません。

 国立衛生研究所(NIH)の予算削減により、大学や大学の運営する医療センターが地域の雇用の大部分を占めるような都市では、巨大な経済的損失に見舞われる恐れがあります。大量の失業に加え、高度な医療へのアクセスが困難になりかねません。人々が最も関心を持つのは、希少疾患に関することでしょう。特に、子どもたちの希少疾患の治療は、NIHから資金提供を受けた専門家が医療センターで行っています。

米国に代わり「科学のリーダー」になる国は

 ――科学の中心であった米国は、今後どうなりますか?

 数年間は、世界の科学のリーダーでなくなる可能性が非常に高いと思います。むしろ、数年であることを願っています。科学技術の成功には基礎研究が不可欠であり、これまで世界の基礎研究のリーダーであったことは、米国の成功の一部でした。米国は後退し、科学においては重要性が低い国になり、アジアと欧州がリーダーとなるでしょう。これまでの立場は逆転し、米国は一から出直さなければならなくなるかもしれません。

 ――米国にとって代わる国は?

 中国は明らかに最も大きな科学への投資を行っています。彼らは最高水準の科学的成果を上げているといえます。もうすでに、中国から出される科学論文の数は、米国を含むどの国よりも多くなっています。そしてやがて、サイエンス誌に発表される論文の数でも中国は米国を上回るでしょう。これは以前から起きていた事実です。

 私の前々任の編集長は2013年に就任し、中国からの質の高い研究論文をサイエンス誌に増やそうと取り組みました。当時は中国からの論文は毎号1本あるかないかでしたが、彼女が退任した16年にはサイエンス誌の表紙を4度飾りました。このままのペースが続けば、5年後には中国からの科学論文が米国よりも多く受理されるだろうと見ていました。例えば材料科学のような分野では、中国はすでに世界のリーダーになっていると言えます。

 ――AAASやサイエンス誌として何か対策はありますか?

 私たちは、これまでと同じ基準、原則、プロセス、そして独立性のレベルで物事を続けていくつもりです。なぜなら、私たちの仕事は、世界中の科学コミュニティーに奉仕することであり、人々に自分たちのジャーナルを信頼してもらう必要があるからです。これまでのサイエンス誌の成功を可能にしてきた原則を守り続けることです。そして、もし米国政府が、その原則がそれほど重要ではないと判断した場合であっても、私たちは妥協しません。

 もちろん、米国の現状は非常に不確実です。ただ、私たちは世界全体に奉仕する団体です。今後も世界の科学者たちはサイエンスに論文を出版したいと思い続けてくれると思います。

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この記事を書いた人
小林哲
科学みらい部長
専門・関心分野
科学全般、気候変動とエネルギー、日米中の科学技術政策、8がけ社会
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    三牧聖子
    (同志社大学大学院准教授=米国政治外交)
    2025年3月17日8時28分 投稿
    【視点】

    トランプ政権のもと、科学研究予算が削減されるのみならず、政権にとって好都合な「科学」の創設が進む可能性がある。とりわけその危険性が顕著なのが、気候変動対策だ。 トランプ政権は既に気候変動対策のためのパリ協定からの離脱を宣言し、化石燃料採掘を進める方針を打ち出しているが、同時に、商務省傘下の気候研究機関であるアメリカ海洋大気庁(NOAA)職員の大量解雇や、気候変動関連の政府ウェブページの削除を進めてきた。 さらに一部報道によれば、温暖化が人類にいかに「恩恵」をもたらしているかを示す研究をまとめようとしているとのことだ(E&E News By Politico 3月10日)。トランプ政権の思いつきにしか見えない政策は、実は、数百名の保守派のアイディアをまとめた報告書「プロジェクト2025」に忠実に沿っているのではないかとの疑惑があるが(同報告書への寄稿者は、複数名政権入りを果たしている)行政管理予算局長官として政権に入ったラッセル・ヴォートは、「気候狂信(climate fanaticism)」を一掃すべきだと寄稿している。近い未来のアメリカで、気候変動の脅威や人類への影響に関する研究が丸ごと「狂信」と断罪され、否定されることはありえなくもない。「トランプのアメリカは人類に戦争を仕掛けている」との嘆きが広がるが、どのようにこの「戦争」を防ぐか、その影響を最小限にとどめるのか、まさに人類の叡智が求められる局面に入ってきた。

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    本田由紀
    (東京大学大学院教育学研究科教授)
    2025年3月17日7時42分 投稿
    【視点】

    記事中の発言に、防衛費や社会保障費の削減と比べて科学研究予算は削りやすいとある。実際には科学研究に加えて教育も、日々の生活や産業を支える上で不可欠なものなのだが、それがどう活かされているかは目に見えにくかったり、あまりに当然視されているがゆえに軽んじられたりしがちである。 このように学術や教育への予算を絞るという事態は日本でもすでに長年にわたって生じている。それに対抗する手段は、「役に立たなくても金を出せ」と主張することではなく、学術や教育が間接的なものを含む幅広い意味でどのように「役に立って」いるかを可視化し説明すること以外に無いと考えている。

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