前出の由紀氏も、志村の狂気を目撃した一人だ。
「私が初めて志村さんに会ったのは、まだ彼がいかりや長介さんの付き人だった'69年です。
当時のドリフの付き人は、いかりやさんが声をかけると、瞬時に反応してなにかリアクションを取らなくてはいけませんでした。志村さんは『おいっ、煙草持ってこい』と言われるたび、『キェー!』とか奇声を発しながらいかりやさんの元へ駆けつけるんです。その目は血走っていて、狂気すら感じました。
あのときのギラギラした表情は、『天才!志村どうぶつ園』のときとはまったく違うものでした。
それはコントを作るときも同じです。たとえば『バカ殿様』でも、何度も何度もストーリーを練り直すんです。いかりやさん亡き後、志村さんも同じように、10人ほどの構成作家を相手に闘っていたのだと思います。
当時、私は収録の前日からスタジオに呼ばれて別室で待っているのですが、細かいところまでは決まらない。本番当日、ギリギリまで台本を作り直し、最後は『こういう動きをしてくれ』、『こんな台詞を言ってくれ』と、口頭で伝えられるんです。
志村さんは、それほどまでに自分を追い込んでコントを生み出していました」