日本語の「宗教」という概念自体が明治以降に新しく創作されていったものでして……「宗教」概念の創作過程に関与した真宗僧侶の島地黙雷は「宗教進化論」を採り、真宗は日本のプロテスタントであり神道は「宗教」ではないとして、神々への帰依を「未開」だとしてボロクソにけなしていました。日本において「宗教」という新しい概念が創作されていく過程は、単にジャンル概念が一個増えたというだけの話では決してありませんでした。それは、キリスト教を強固なものさしとして、キリスト教(特にプロテスタント)に近いと“された”ものが「文明」の「宗教」だと“される”一方で、そこから外れたものが「野蛮」だと“されて”いくプロセスでした。
キリスト教(特にプロテスタント)をモデルにして、「宗教」と「非宗教」が暴力的に切り分けられていく過程だったわけです。キリスト教に近いものが「文明」の名に値する「宗教」だとされる一方で、キリスト教から遠いものは「非宗教」であり「野蛮」であるから排除してもかまわないとされたのです。「宗教」というのは決して「中立的」な概念ではなく、西洋中心主義的な暴力性を帯びた概念なわけです。
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Java-lan(じゃばらん)
@lan_java
名作シュミレーション「シヴィライゼーション」で、多神教が一神教の土台扱いの技術ツリーに涙が出ますよ…(´・ω・`)
※概ね自然崇拝や多神教は、シミュレーションゲームでは劣る扱いというナチュラルヘイト x.com/chick3T/status…