これでも俺は村で一番の怪力男としてそれなりに重宝されていた。
どれだけ狂暴な猛獣や、冒険者崩れの山賊が襲ってきても、拳と棍棒を振り回してりやぁ何とかなったから。
狩人の息子ということで物心つく前から弓の練習はさせられていたが、家の家訓で射るより殴れという訳わからんものがあるせいで無駄に努力を重ねるばかり。正直、狩人というよりは用心棒として生計を立てていたと思う。
「――なぁ、オリオンや。お主ハーレムに興味はないか?」
時折、村から離れた山奥に孫と二人で暮らしているという爺さんが訪ねてくる。
女の趣味は合うので会話する分には楽しいが、あの歳にして英雄願望でも抱いているのか、年季の入った英雄の物語を広げては、英雄になれば女にモテるのになぁ、と楽しそうに話す少しだけ変わった老人だ。
「でも俺は女に言い寄られるより口説きたいからなぁ~」
「しかし、オラリオの女はいいぞ?
特にヘスティア神はロリ巨乳天然デレデレ押し弱娘じゃ」
「ロリ巨乳天然デレデレ押し弱娘……?」
「それだけじゃない、フレイヤ神にイシュタル神……虎の子のロキ……ヤツをただのエセ関西弁娘と侮ることなかれ、ヤツの意外な母性に眷属は皆ギャップ萌えするのじゃ」
オラリオにやけに詳しく、さては若い頃はオラリオに夢を見て冒険者をやっていた口かと聞けば、図星をつかれたような…苦い思い出を振り返るような困った笑みを浮かべる爺さん。
「冒険者には興味ねぇけど、金がたまったら件の女神様を拝んでみるのも悪くねえな」
その時は想像もしていなかったが、
偶々村に訪れた元ニ級冒険者のアマゾネスに一目惚れされ、精根残さず絞り取られそうになって村を飛び出したのはそれから直ぐのことだった。
「くそぉ、俺の安定した老後人生が全部パーだ」
レベル1冒険者なら何人束になっても返り討ちに出来る、レベル2だって一対一なら負けはしない、搦め手を使えばレベル3だって相討ちに持ち込めるだろう俺様も流石にレベル4の冒険者ともなると手の出しようがなく、身一つで逃げ出した俺は森の奥底で途方に暮れていた。
「何処だ、ここ…」
半日以上全速力で走った。狩人は半分副業みたいなものだったからそんなに森の地理を把握している訳でもないし、夜が明けない内は引き返すことも森の外に出ることも出来なくなったオリオンは地べたに腰をつける。
途中で激流に飛び込んだり、泥を纏ったりして完全に匂いも足跡も断ったのだから、いくらレベル4冒険者といえど俺を見つけるのは難しいだろう。そう自分に言い聞かせるとふと、尿意を感じてぶるりと震える。
「ふぃ……」
オリオンは近くに泉があったのを思いだして、小走りしながらそこへ歩く。
「「……あ」」
そこで初めてアルテミスと出会ったのだ。
第一話【初めての眷属】前編
下界に降りたってから半年ほど経ったであろうか。
アルテミスはついに下界へと降り立った本来の目的を果たすべく、身支度を整え、森の外へと出ようとしていた。
「よ、今日は熊肉の干物だ」
そんな彼女の前に壁が出来る。
――なんだこれは……オリオンだ。
「退け、貴様などに構っている時間はない」
アルテミスは馬車を待たせていた。
旅路はオラリオを訪れて親しい神々に挨拶を済ませた後に適当な街を拠点に眷属を集めようという計画である。
当初はオラリオに腰を下ろそうかと考えてもいたが、ヘルメスを初めとする遊楽の神々が既に根を張っているらしく、嫌悪感を覚えた彼女は仕方なく断念した。
これで親友であるヘスティアがいればまた話も変わっていたが、彼女が天界より降りるのはこれから数年後のことであった。
「そんなつれないこと言うなよ。どっかに行くんだろ?
俺も暇だし、着いていっても…いや用心棒になってやるよ!」
「何故貴様のような汗臭い男などを護衛にせねばならん。第一私は馬車の護衛として雇われの身だ」
「何で護衛なんてする必要があるんだよ……?そんなの冒険者に任せればいいだろ。ずっと森に籠りきりだからって、まさか無一文な訳でもあるまいし」
「……チッ」
痛いところをつかれた。
実をいうとアルテミスの懐事情は心許ない。男嫌いである彼女がオリオンを邪険にしつつも受け入れ、食を共にしたのは真面目に死活問題であったからだ。
彼女とて夢をもって下界に降りた。少しのプライドで餓死するぐらいなら歯を食い縛って心の扉を開く。
「(……これでは、私が恩を仇で返したみたいじゃないか)」
しかしアルテミスは堅物である。
男に感謝を告げるなど死んでも御免であった。
だが神が地上の子供に奉仕され、例えそれが憎むべき男であろうと、恩を受けたのならば三倍にして返そうとするギリシャにしては珍しい義理人情に厚い神格でもあった。
オラリオに行くのは天界での親友を頼ってこの男に質の良い弓を見繕ってやろうという考えもあってのこと。多少は借金することになるだろうが、これで厄介なのと縁を切れるなら十分見返りがくる。
――何かズレている気もするが神にとって人間は子供のようなもの。ただ裸を見られたぐらいで
弓を送るというのは狩猟の女神として、彼女なりの照れ隠しというやつである。
「……なぁ、馬車っていつぐらいに来るんだ?」
「着いてくるなと言っただろう」
街道にて、何故かそわそわするオリオンと眉間に皺を寄せるアルテミス。
太陽が天に一番高く輝く時に訪れるという約束を交わしていた女商人の姿が見えないことに彼女は小さな不安を覚え初めていた。
ダンジョンの外でもモンスターが湧く。だから護衛が必要とされる。
その事を知識として修めていながら彼女が下界に降り立ってからまだモンスターは見ていない、聞きもしないのに勝手に語りだすオリオンの武勇伝でもモンスターと戦ったという話は聞いていないことから無意識にモンスターがどれ程の頻度で出没するのか、その数値を低く見ていたのかもしれない。
真上に登った太陽が15度、30度と西へ傾いていけば、流石にいても経っても要られなくなり、街道を沿って歩きだしていた。
「あら、待ち合わせ場所はここじゃねえの?」
オリオンは当然のように着いてくる。冒険者ですらない彼は人間にしては腕が立つようだが
「だから着いてくるなと……いや、少し忘れ物をしただけだ。お前は馬車が来たときの為にここで待っていてくれないか」
「なんだそう言うことか、任せとけ!」
……オリオンの言葉に嘘はない。
神は嘘が分かるのだ。
少なくとも数時間は待ちぼうけてくれる事を確信してアルテミスは走り出した。