トランプ氏がアメリカに与えている真の損害とは NYTコラム

デイビッド・フレンチ

 トランプ大統領はアメリカに損害を与えている。その修復には1世代、もしくはそれ以上かかりかねない。次の選挙ではトランプ氏が破壊しているものを修復することはできない。その次の選挙でも。

 大統領に就任後の1カ月半でトランプ氏が米国に与えたダメージの深刻さを理解するには、冷戦との比較が役立つ。共和党と民主党は旧ソ連との向き合い方において、しばしば鋭い対立を見せた。ベトナムをめぐる深い意見の相違も、10年以上にわたって、党内及び両党間での政治の議論を活発にした。レーガン大統領時代には、強力な大陸間弾道ミサイル「MX」や欧州への中距離ミサイルの配備をめぐって激しい論争が繰り広げられた。

 こうした違いも大事だったが、もっと大切な多くの点では合意があった。

 両党はともに北大西洋条約機構(NATO)が必要という認識があり、ソ連を深刻な国家安全保障上の脅威と見ていた。どちらの党も多かれ少なかれ、数十年にわたって、ソ連の圧制を食い止めようと封じ込め政策をとってきた。

 投票所に行ったアメリカ人が、親NATOの候補者か、ソ連とワルシャワ条約機構に同調する候補者かのどちらかを選ぶようなことは一度もなかった。こんな考え自体が幻想的だった。アメリカの選挙が国家安全保障戦略を変えることはあっても、私たちの基盤となる同盟関係や根本的なアイデンティティーを変えることもなかった。

 今までは。

 2月28日にホワイトハウスの大統領執務室で起きたことを考えてみよう。トランプ氏とバンス副大統領はテレビ中継中にウクライナのゼレンスキー大統領を不意打ちした。バンス氏はゼレンスキー氏を「失礼だ」と非難し、トランプ氏は「あなたは数百万人の命を賭けている。第3次世界大戦を賭けている」と攻撃した。

 この攻撃は同盟国に対する攻撃のうちの一つに過ぎない。トランプ氏は大統領に復帰後、私たちの最も重要な戦略的パートナーたちに、すぐに忘れることのできない教訓を与えた。すなわち、アメリカは立場を変えられるし、これからも変えるということだ。アメリカの有権者は、伝統的な同盟関係を破棄し、世界で最も危険で抑圧的な政権を積極的に支援する指導者を選ぶかもしれない。

次の選挙で民主党が勝利しても、「信頼」は取り戻せない

 たとえ2026年の中間選挙で民主党が圧勝し、2028年大統領選で共和党候補が敗北したとしても、この教訓は変わらない。私たちの同盟国は、私たちとの同盟関係がその次の大統領選挙までしか安定しないことや、公約がせいぜい1期しか有効でないことを知るだろう。

 そのような状況下で持続的な防衛戦略をつくりあげることは、不可能ではないとしても非常に難しいことだ。持続的な通商政策や外交を行うこともできない。新政権の発足とともに即座に合意が破棄されるのなら、世界の賢明な国々のうち、いったいどの国が、アメリカの言葉やアメリカそのものを信頼するだろうか。

 トランプ政権はマラリア予防やエボラ出血熱の監視などに資金提供していた数千件の契約を破棄した。また、連邦政府職員の解雇や、政治的盟友に乱発される恩赦、法律に基づいて設立された機関を閉鎖しようとする試みは、外交と同じく内政も不確かなものでしかないことを意味している。

 4年ごとに行政機関を壊し、作り直すような国家は効率よく国民に奉仕することはできない。選挙のたびに機関を閉鎖したり再開したりするようではいけないのだ。

 (2021年にトランプ氏の支持者らが連邦議会議事堂を襲撃した)「1月6日」の真の姿が今こそ明らかになった。トランプ氏は自身の権力への願望と法律に対する軽蔑をあらわにしたのだ。彼はアメリカ政府の構造をひっくり返し、大統領をアメリカの権力の頂点に君臨させようとしている。

万能でないはずの大統領の役割

 トランプ氏の行動の結果を目の当たりにするにつれ、建国の父たちがなぜ大統領に至高の統治権を望まなかったのか、私たちは知るようになった。分裂含みの大きな国家を大統領の独断で統治することの危険性について、国の創始者たちは鋭い洞察力を備えていた。そう改めて思い知らされる。

 建国の父たちの真意を正しく理解するには、アメリカン・エンタープライズ研究所のユバル・レビン氏への私の同僚のインタビューがおすすめだ。

 レビン氏が主張するように、大統領は主に管理する者として存在する。議会が創設した制度を管理し、上院が批准した条約や同盟を見張る立場ではあるが、それらの制度や同盟がそもそも存在すべきかどうかを決める立場にはない。

 もしトランプ氏が自らの意思を成し遂げれば、もたらされるカオスにより民主党が選挙で復活する可能性も出てくる。ただそれだけでは問題の解決にはならないし、不安定な状態を修復することにも、私たちの国を癒やすことにもならない。

 だからこそ、現在繰り広げられている法廷闘争が非常に重要となる。最高裁判所はトランプ氏にウクライナ支援を強制することはできないし、そうできるべきでもない。しかし、政府に取り決めを守らせることはできる。公務員を違法な解雇から守ることもできる。議会が設立した機関を大統領による破壊から守ることもできる。言い換えれば、最高裁には憲法秩序を守る機会があるのだ。

 憲法秩序に異議を唱えることで、トランプ氏はアメリカのシステムそのものの安定性に挑戦状をたたきつけている。

 すでに甚大な被害が生じている。同盟国が再び私たちを信頼できるパートナーと考えるようになるには、いったい何回の大統領選挙が必要だろうか?

チェスタトンのフェンス

 私は保守派として、英国の作家・哲学者チェスタトンにちなんだ「チェスタトンのフェンス」という概念にずっと敬意を払ってきた。チェスタトンは変化に対する最善かつ最も注意深いアプローチとして、道をふさぐフェンスをただ壊すのではなく、なぜフェンスが存在するのかを見極めることが必要だ、と論じている。

 チェスタトンはこう書いている。「近頃の改革者は陽気に障害物に近づき、『私はこれの使い道がわからない。撤去しよう』と言う。これに対し、賢明な改革者はこう言うべきだろう。『使い道がわからないなら、あなたに撤去はさせない。去って、考えなさい。戻ってきて、この障害物の使い道がわかったと言えるなら、破壊の許可を出してもいい』」。

 トランプ氏の動きは保守的なものでも何でもない。チェスタトンのフェンスを喜々としてブルドーザーで破壊しているのだ。

 トランプ氏は制度を壊し、信頼を破壊している。そして、破壊された後に修復するのが最も難しいものが信頼なのである。

(©2025 THE NEW YORK TIMES)

(NYタイムズ、3月2日電子版 抄訳)

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