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<Meet STEAM>「チ。」で宗教と科学の戦い描く 漫画家 魚豊さん

2022年10月19日 13時17分 (10月19日 13時32分更新)

知性と暴力 それを隔てるものは「疑問」


 中世ヨーロッパで迫害を受けながらも地動説を研究する人々を描いた漫画「チ。-地球の運動について-」。宗教と科学の戦い、そしてそれぞれが知性と暴力を内包するという複雑なテーマに挑んだ作品は、単行本全8巻の累計が280万部を超えるヒットになっています。優れた漫画に贈られる第26回手塚治虫文化賞のマンガ大賞も受賞。作者の魚豊(うおと)さん(25)に、話を聞きました。(聞き手・宮崎厚志)

 うおと 1997年、東京都生まれ。2017年にデビューし、18年に初の連載となる「ひゃくえむ。」を発表。20年9月に週刊ビッグコミックスピリッツで「チ。-地球の運動について-」の連載をはじめ、22年4月に完結。同年、第26回手塚治虫文化賞のマンガ大賞を受賞。ペンネーム「魚豊」は、好物の魚のハモから。

「チ。―地球の運動について―」の1巻より。ⓒ魚豊/小学館

 -宗教VS科学というテーマにしたきっかけや理由は。
 知性と暴力について描きたいと考えている中で、ぴたりと当てはまったのが中世ヨーロッパの地動説を巡る話でした。作中では、科学が知性で宗教が暴力を象徴しているように見えますが、その逆の宗教が知性的で、科学が暴力的という場面もあります。科学は宗教を否定しているわけではないし、むしろ地動説を支持する側がカルト的な集団です。そういう複雑さを描きました。
 -連載終了後に安倍晋三元首相の銃撃事件があり、宗教、そして暴力への注目が高まりました。
 図らずもそういうタイミングになりました。何を信じ、何に救われ、何を指針として生きていくのか。それは人それぞれで、科学を信じていても、宗教に救われることだってある。1巻の主人公ラファウは宗教に裏切られ、科学に救われたけれど、そうではない登場人物もいます。現代人は、宗教はあいまいなもの、科学は絶対的なもの、と考えがちですが、常に間違っているかもしれないと疑うのが科学です。一方で、宗教は死ぬことすら受け入れさせる絶対的な強さを持っています。あらゆるものに両面がある。では、知性と暴力、それを隔てているものは何でしょうか? その答えは「疑問」だと思います。現状を疑うこと自体が知性的な営みであり、絶対だと信じて疑わないことは暴力的だと言えます。

プロフィール写真代わりの自画像ⓒ魚豊/小学館


 -自身が学校で学んできたものは物語に反映されていますか。
 高校の授業では倫理が好きで、大学は哲学科に入りました。作中にもプラトンなど僕が読んで好きだった哲学者の考えが反映されています。一番色濃く出たのはニーチェかもしれないですね。連載を始める前には天文学史を調べたり、歴史家に取材したり、印刷に関する博物館に行ったりもしました。
 -周囲に流されず、知的好奇心に突き動かされる登場人物たちの姿は、現代の探究的な学びへのエールのように感じます。
 それも大きなテーマの1つです。知識欲や探究心、好奇心は本能の1つ。知性というと情報の詰め込みや記号を覚えることのように思われがちですが、そうじゃない知性、もっとダイナミックでストリートから生まれるような知性もあるはずです。地動説をつないでいく主要な登場人物たちが、いろいろな階級、人種、年齢、性別の人たちなのは、好奇心はあらゆる人に開かれているんだということを描きたかったからです。

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