転生したら秋庭怜子のマネージャーになった件   作:幽玄の鬼

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9:秋庭怜子のマネージャーは、歌姫とともに空から舞い降りる【上】

 堤防の縁ギリギリまで身を寄せた宏一は、怜子とコナンの位置を目視すると叫んだ。 

 

「2人とも、もう少し僕の方に! ギリギリまで舟を寄せて!」

 

 そう叫び、宏一は車の方へと引っ込んだ。

 

 蜂塗りカマロのバックドアを開けると、長くて太いロープを取り出して肩に担ぐ。

 

 ロープの端をその辺に生えてる太い木の幹に、ちょっとやそっとでは外れないようにキツく縛り付ける。

 宏一は革手袋を嵌め、ロープのもう片方を放り投げると、ロープを握りしめ堤防の斜面を飛び降りる様に下降し始めた。

 

 ロープを握り、摩擦を緩めながら斜面を蹴り、後ろ歩きの要領で斜面を下降するその手法は俗に言うラペリングと呼ばれる降下技術そのもの。

 

 宏一はあっという間に下まで降りると、怜子とコナンが手漕ぎで寄せた小舟の上にストンと丁寧にまるで猫の如く静かに飛び降りた。

 

「2人とも怪我はありませんか?」

「私は平気よ。坊やは?」

「うん。僕も平気だよ」

 

 ラペリングで降りてきたことを、正直ものすごく追及したいコナンであったのだが、コナンは内なる好奇心をグッと抑えて、平気だよと返事をしたのだ。

 

「そう、なら良かったです。とにかく上に上がりましょう。探偵坊主は一人で上がれますか?」

「うん。ハワイでパパに教わったから僕、登れるよ」

「なら、大丈夫ですね。秋庭さん……って、一体何を?」

  

 でた、ハワイ。

 とは思わなくなかったが、ぐっと堪えて怜子のエスコートを申し出ようとした、……のだが。

 

 当の怜子は、白のロングドレスのスカートを膝が出る丈まで折っている最中だった。

 怜子の白くて艷やかな、白雪の様に美しい生足が露わになる。

 スカートの裾を折り曲げていた怜子は、片腕を宏一に向かって伸ばした。

 

「ベルト」

「ベルト?」

 

 オウム返しする宏一。

 怜子は、イラッとしつつ再度しゃべる。

 

「いいから、宏一のしてるベルトを寄越しなさい」

 

 有無を言わさぬ迫力。

 宏一は素直に自身のベルトを外し、怜子に手渡した。

 怜子はさっとベルトを奪うと、腰に回して、折ったスカートの丈を固定するのに使う。

 そして、今度はシルクの純白のロンググローブを脱ぎ、そしてそれを怜子は宏一に押し付けた。

 

「宏一、これ持っといて」

「はぁ? 良いですけど」

 

 宏一がロンググローブを受け取り、懐に仕舞う――や否や怜子はロープを掴んで、すいすい自力で堤防を登り始めた。

 

「えぇぇえ……」

 

 宏一は声にならない声を出し、コナンは唖然とした様子で怜子を仰ぎ見る。

 

「私、さきに登ってるから。宏一は坊やのことお願い」

 

 スカートの中覗いたら殺すから、と宏一……よりもコナンに釘を差しながら怜子はすいすいと登ってゆく。

 その姿に、迷いはない。

 

 宏一とコナンは顔を見合わせると、宏一は無断でコナンを背負い怜子の後を追って壁を登る。

 

「えっ!? ちょっ、ちょっと宏一さん!? 僕、一人で登れるけど!?」

「……」

 

 ひたすら登る登る。

 

 

 壁を登り切ると、怜子が腕を組んで待ち構えていた。

 宏一は、コナンを降ろすと、愛車へ向かって歩き出した。

 

「状況は?」

 

 怜子の問いかけに、宏一は歩きながら答える。

 

「貴方がいないと騒ぎになりましたが、千草ららが代役を申し出ました」

 

 助手席側のドアを漁り、メイクセット一式の入ったハンドバッグを宏一は取り出した。

 

「コンサートはそのまま開催。本日目玉の歌姫は行方不明、代役の新人の重圧やこれ如何に……というドラマに加えて、オプションでややこしいシチュエーションが付随してます」

 

 という訳で、と言いながら宏一はメイクセットを取り出して、怜子に向き合った。

 

「怪我のメイクをしましょう。たぶん、このままじゃ警察のヘリには乗せてもらえないですから」

「……何かあったの?」

「爆発音、聞こえましたよね? あれ、堂本ホールが爆発したからなんです。ラジオで、周りが火の海だと言っていました。ヘリに乗れないと、会場に入れないと思います」

 

 ですから。と、そう言って宏一はメイクセットを掲げて

 

「特殊メイクしましょ? 堤防を登り切ってしまった僕たちが、舞踏会の空飛ぶ馬車に乗るために」

 

「ならうなじにしましょう。少し、血の滲む程度で良いはずよ」

 

 宏一渾身のポエムには取り合わず、怜子はポニーテールをかき上げて宏一に背を向けて言った。

 

「警察のヘリがあとどれくらいで着くのか知らないけど、早い方がいいんじゃない?」

「了解しました」

 

 宏一は早速特殊メイクに取り掛かる。

 そんな様子を、じっと見ていたコナンだったが、伊達メガネを光で白く反射させながら口を開いた。

 

「ねえ、宏一さん。宏一さんって何者なの?」

 

「何ですか、探偵坊主。藪から棒に。今すごく忙しいのが分かりませんか?」

 

 怜子のうなじに、テキパキとメイクをしながら、宏一はコナンの相手をする。

 

「どうしてここが分かったの?」

「どうしてって……そりゃあ聞き込みをしたからですよ」

 

 宏一は流れるように嘘を吐く。

 流石にコナンが相手とは言え、真実を告げることが憚られるからである。

 宏一はメイクの手を止めずに嘘を垂れ流す。

 

「2人を見つけるために館内をくまなく探して、それでも見つからず、だから聞き込みをしました。すると貴方たちが外に行ったきり戻っていないことが判明したので、湖畔を調べました。もしやと思って、船小屋を探してみたら舟が一艘消えていて……」

 

 だから犯人に襲われて、舟に乗せられて川に流されたのかもしれないと考え、下流域の中で1番可能性のありそうな……まさにコナンたちが今いる場所にアタリを付けて車を飛ばしたら見事ビンゴした。

 これが宏一の言い分である。

 

「さっき堤防を降りたあの動き。あれってラペリングって言うんだよね? 軍隊とか、警察だと特殊部隊が使っている」

「海外自己啓発の一環として習いました。これくらい一流のマネージャーの嗜みです」

 

 絶対に違う。

 そんなことあっていい筈ない。

 

 真面目に答える気がないのだと、コナンは直ぐに察する。

 

「拳銃はどこで手に入れたの? それにただ所持してるだけじゃなくて、すごい腕前だった。それも自己啓発の一環なの?」

「銃に関しては高校時代にアメリカ留学してまして、ついでに覚えました。これは本当です。全米ライフル協会公認の射撃場でひたすら訓練しました。入手経路につきましては機密事項(Confidentiality)です」

「拳銃を持ち歩いてて、しかもかなりの腕前があって。パルクールが出来て、ラペリングも出来て。読唇術で秘密の会話をするのに、本当にただのマネージャーさんなの?」

 

 コナンが宏一に対して不審に思っている点を羅列し、最後にもう一度、宏一の正体を尋ねるのだが、宏一は答えない。宏一は、フッと鼻で笑った。

 

「君は本当に詮索が好きな子供ですね」

 

 怜子の特殊メイクを終えた宏一は、小道具をケースに仕舞う。

 今まで黙ってコナンの追及に耳を傾けていた怜子が、満を持して、コナンと宏一の情報合戦に参戦した。

 

 彼女は開口1番に、少しだけ意地の悪い顔をして意地の悪いことを言い放った。怜子が良く浮かべる、人を挑発する顔。 

 

「あんまり余計なことばかり聞くけど、宏一に口封じされるかもしれないとは考えてないの?」

 

「だって、怜子さん。怜子さんの前で宏一さんを疑って悪いことしてるなって思ってっけど。だけど、この人。むちゃくちゃ怪しいよ!?」

 

 コナンの口から飛び出た、あんまりの発言。

 子供の様に駄々を捏ね、普段の賢い知的な発言がなりを潜め、だって怪しいだもんって喚くコナンを見て、宏一が先に笑いだした。

 

 必死に宏一を指差して、怪しい怪しいと宣うコナンの姿があまりに愉快だったのだ。

 

「探偵坊主はそんなに僕に秘密が多いことが気に入らないんですか?」

「だって、俺は犯人じゃないって分かったから良いけど、端から見たら超絶怪しい人なんだもん、宏一さんが」

「秘密主義なのは君も一緒でしょう? 江戸川コナンくん」

 

 え? なんのこと。素でそんなことを言うコナン。

 宏一が目配せをすれば、意図を察した怜子が、自身の髪の毛に手を入れてまさぐり、髪の毛の中に忍ばせていたある物を取り出した。

 それは――。

 

「これって君のよね?」

「げっ!?」

 

 怜子の指先に摘まれ掲げられていたのは、小さな盗聴器だった。

 コナンはしまったという顔になる。

 

「昨日、私の部屋に勝手に上がり込んだ時に仕掛けたんでしょ? ねぇ、知ってる坊や」

 

 こういうの、盗聴っていうのよ。

 怜子の告げる死刑宣告を前に、小さな探偵コナンは血の気の引いた顔になった。

 

 そういえば。と、宏一は追い打ちをかける。

 

 血の気が引いてコナンは既に真っ青なのに、それでもまだ追い打ちをする宏一の顔は、悪どかった。

 宏一はわざわざしゃがんでコナンと同じ高さになると、コナンの顎をくいっと持ち上げ強制的に瞳と瞳を合わせて、口の端をニイィィィっと吊り上げる。

 

「つい先日、違法改造のスケートボードで公道を爆走する道交法を真っ向からぶち破った少年を見かけたんですけど……心当たりありませんか?」

 

「ええっと。そのー……」

 

 青い顔の小学生を、大の大人の男女2人掛かりで追い詰める図がそこにはあった。

 

 悪魔。悪魔が、この場に降臨していた。  

 

 今まで犯人を理詰めで追い詰めることはあっても、理詰めで違法行為を追及されたことはないコナンは慌てふためく……が。

 

「なんてね……別に責めてる訳じゃないの」

 

 ウィンクして怜子は、これまでと一転茶目っ気あふれる口調になる。

 それに倣い宏一も、柔らかな笑みに切り替える。

 

「僕も探偵坊主も互いに秘密主義同士。互いの秘密を暴き合ってギスギスしないで仲良くしていきたいなと僕は考えています」

 

 宏一はコナンに握手の手を差し伸べた。

 

「秘密主義同士。今回のことはとりあえず置いといて、共闘と洒落込みませんか? 探偵坊主」

 

 そして、宏一はニカッと笑った。

 コナンは呆気にとられて、そして仕方なく宏一の提案に乗ることにした。コナンは宏一の手を取り、握手を交わす。

 

 そして散々してやられた鬱憤を晴らすべく、コナンもまた意地の悪い挑発的な笑みで、宏一のことを真正面から見つめる。

 

「今回だけだよ、とっても怪しい宏一さん。だけど、いつか貴方の正体を暴いてみせるから」

「受けて立ちましょう。小さな探偵坊主」

 

 

 宏一もまた、そう返す。

 

 

 

 

 そして――。

 

 

「来たわよ、2人とも!」

 

 

 東京警視庁が所有するヘリコプターが、歌姫を舞踏会に送るべく、迎えにやってきた。

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