剣姫はもういない


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作:ra0u0nu0ma0
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似たもの同士


商店街での出来事から数日が経ち、私たちの新居での生活は少しずつ形になってきた。ベルが「食材を買いに行く?」と聞いてくるたびに、私は「行く」と即答する。街に出るたびに、毎回腕を組んで歩くのが、なんだか少しずつ癖になってきている。ベルは最初こそ照れていたけれど、最近は私の手を握り返してくれるようになった。手のひらから伝わる温もりが、私の心をぽかぽかと温めてくれる。

でも、今日は少し違った。ベルが「今日はちょっと用があるんだ」と言い出したのだ。

「アイズ、悪いんだけど、今日は僕だけで出かけてきてもいいかな?」

「ん?」

私は一瞬、キョトンとしてしまう。ベルが私を置いてどこかに行くなんて、なんだか少し寂しい。いや、寂しいなんて、剣姫アイズ・ヴァレンシュタインが思うような感情じゃないはずなのに……。でも、ベルを見ると、彼の顔が少し緊張しているように見えた。

「うん。いいよ。気をつけてね、ベル」

「ありがとう、アイズ! すぐ戻るから!」

ベルはそう言うと、急いで玄関を出て行った。私はその背中を見送りながら、胸の奥で小さな不安が膨らむのを感じた。ベルが何かを隠しているような気がしたのだ。いや、隠しているわけじゃない。ベルはそんな人じゃない。でも、なんだろう、この気持ちは。

「嫉妬、かな?」

デメテル様とのやり取りの時も感じた、あの「ベルが盗られるかもしれない」という不安に似ている。でも、今回はもっと漠然としたものだ。私はリビングのソファに腰を下ろし、ふうと息をついた。ベルがいない家は、なんだか少し広すぎる気がする。

 

 

 

僕はアイズに嘘をついてしまった。いや、嘘じゃない。ちょっとしたサプライズを準備するために、必要なことだったんだ。アイズには悪いけど、今日だけは我慢してもらおう。

目的地へ向かう途中、僕は何度も後ろを振り返った。アイズが追いかけてきていないか、つい確認してしまう。だって、アイズのことだから、「やっぱり一緒に行く」と言い出しかねないんだから。いや、アイズの事を信じてない訳じゃないけど、やっぱり気分屋な所がある気がする……。でも、アイズの「ん?」ってキョトンとした顔を思い出すと、なんだか胸がキュッとなる。あぁ、早く帰りたい。

そうして歩いていると、目的の場所に着くことが出来た。ここ数日空けていた、僕のもうひとつの家。そして、敷地に入り、工房へ向かう。すると、

「お、ベル! やっと来たか!」

扉を開けるなり、ヴェルフが豪快に笑いながら迎えてくれた。工房の中には、鉄を叩く音と、熱気が充満している。ヴェルフの背後には、リリとヘスティア様の姿も見えた。

「ベル様! リリはこんなめんどくさいこと、引き受けるべきじゃなかったと後悔してます!」

「まあまあ。ベルくん、何某にはちゃんと内緒にしてるんだよね? せっかくのサプライズなんだから、バラしちゃったら意味ないぜ?」

リリの不満げな声と、ヘスティア様の宥めるような楽しそうな声が重なる。僕は慌てて手を振った。

「う、うん! アイズには何も言ってないよ! それで、ヴェルフ。遂に出来たの?」

「当たり前だろ。俺を誰だと思ってるんだ?」

ヴェルフがそう言うと、工房の奥から小さな箱を持ってきて、僕に渡してくれた。蓋を開けると、そこには銀色の細いリングが二つ。表面には、まるで風が舞っているような緑の模様と、赤色の宝石が施されている。僕がヴェルフに頼んだのは、アイズと僕のための「ペアリング」だ。アイズがいつも剣を握る手に、僕の存在を少しでも感じてほしい――そんな思いを込めて。

「ヴェルフ、すごい……! ありがとう!」

「お前がアイズに渡す瞬間を想像すると、ちょっと笑えるけどな。まぁ、がんばれよ」

ヴェルフが肩を叩いてくれる。リリはため息をつきながら、

「ベル様がこんなロマンチックなことを考えるなんて、リリには信じられません。剣姫様に渡す時、ちゃんとカッコよくやってくださいね!」

と、なぜか怒ったようにアドバイスしてくれた。ヘスティア様は目を潤ませながら、

「ベルくん、何某くんを、いや、この言い方は良くないか。アイズくんを幸せにしてあげるんだぜ!女神として、ちゃんと祝福するから……!」

と、なんだか泣きそうな顔で言ってきた。僕は少し照れながら、頭を下げた。

「うん、ありがとう。みんなのおかげだよ」

 

 

 

ベルが帰ってくるまでの時間、私は家の掃除をしたり、夕食の準備をしたりして過ごした。でも、心の中では、さっきの不安が消えない。ベルはどこに行ったのだろう。誰と会っているのだろう。まさか、またデメテル様みたいな女神様に会ってるんじゃ……?

「だめ、私、何を考えてるの?」

私は首を振って、自分の考えを打ち消した。ベルはそんな人じゃない。ベルは、私を不安にさせるようなことは絶対にしない。私はそう信じている。なのに、なぜか胸がざわつく。ロキの声が頭の中で響く。

「アイズたんもなかなか嫉妬深いんやなぁ。あぁ、うんうん、分かっとるで。不安なんよな。でも、そういう感情があるってことは、アイズたんは少年のことが大好きってことや。まったく、羨ましいなぁ」

ロキの言葉を思い出して、私は顔が熱くなるのを感じた。嫉妬なんて、私らしくない。でも、ベルが大好きだから――ベルが私のそばにいてくれることが、こんなにも幸せだから、不安になってしまうんだ。

「だったら……」

私は立ち上がり、キッチンの棚から小さな箱を取り出した。そこには、私が数日前から準備していたもの――ベルへのプレゼントが入っている。ベルがいつも身につけてくれるように、翡翠を使った小さなペンダントだ。私が人目見て気に入ったものを、工房で加工してもらったのだ。ベルがどこに行っても、私のことを思い出してくれるように――そんな気持ちを込めて。

「ベルに渡そう。帰ってきたら、すぐに」

私はそう決意して、箱を手に持った。その時、玄関の扉が開く音がした。

「アイズ、ただいま!」

ベルの声だ。私は急いで玄関に向かい、ベルを迎えた。ベルは少し汗をかいた顔で、でもなんだか嬉しそうに笑っていた。

「ベル、おかえり。遅かったね」

「うん、ごめんね。ちょっと時間がかかっちゃって……」

ベルは少しバツが悪そうに頭をかいた。私はそんなベルを見て、胸の不安が少しずつ溶けていくのを感じた。ベルはベルだ。私が大好きな、安心する笑みと、優しさをもっているベルだ。

「アイズ、実はさ、渡したいものがあるんだ」

「ん?」

ベルがそう言うと、ポケットから小さな箱を取り出した。私は一瞬、ドキッとした。ベルがこんな風に何かくれるなんて、初めてかもしれない。ベルは少し緊張した顔で、箱の蓋を開けた。そこには、銀色のリングが二つ。風のような模様が刻まれていて、まるで私の剣技を象徴しているようだった。

「アイズ、これは僕とアイズのためのリングだよ。いつもそばにいるって約束の証に……って、思ったより恥ずかしいな。でも、アイズにはいつもそばにいてほしいから……」

ベルの顔が真っ赤になっている。私はその姿を見て、胸が熱くなるのを感じた。ベルがこんなことを考えてくれるなんて。ベルが、私のためにこんな素敵なものを用意してくれるなんて。

「ベル……ありがとう。私も、渡したいものがあるの」

私はキッチンから持ってきた箱をベルに渡した。ベルは驚いた顔で箱を開け、そこに入っていたペンダントを見た。

「アイズ、これは……?」

「私が人目見て気に入った宝石を、加工してもらったもの。ベルがどこに行っても、私のことを思い出してくれるように……って、思ったんだけど⋯」

同じだった。大好きなベルが私と同じような思っていたということに心が暖かく、同時に恥ずかしさもあった。

「アイズ、ありがとう。僕、すごく嬉しいよ」

「ん。私も」

私たちはお互いのプレゼントを手に持つと、自然と笑い合った。ベルは私の手を取り、その指にリングをはめてくれた。私もベルの首にペンダントをかけてあげた。指に感じるリングの冷たさと、ベルの手の温もりが、私の心を満たしていく。

「これで、僕たちもっと近づけたかな」

ベルがそう言うと、私は小さく頷いた。

「うん。ベルと一緒にいるのが、私の幸せだから」

そうして私たちは目を合わせながら、まるで引き寄せられるかのように互いの息づかいを重ねた。私の風が彼の炎を包み込み、彼の炎が私の風を優しく揺らし――その瞬間、私たちの心は一つになった。

 

 

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