ラトビア出身のクリエイター、ギンツ・ジルバロディス/Gints Zilbalodis監督のアニメーション長編『Flow』。第97回アカデミー賞 長編アニメーション賞を獲得したことで世間的にも大きな注目をあつめる本作だが、3月14日(金)より日本でも全国公開となる。日本公開を記念して、ジルバロディス監督のSNS投稿や海外メディアの記事を参考に、『Flow』の画づくりを概観する。
2025年3月14日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷他全国ロードショー
https://flow-movie.com/
大規模制作の経験がないからこそ実践できた、少数精鋭&オープンソースベースのアニメーション制作
CGWORLD読者の多くはご存知の通り、本作は全編がBlenderで制作されている。
さらに、これまで発表してきた監督作品を個人もしくは少数精鋭で手がけてきたジルバロディス監督独自のワークフローを用いることによって、制作費350万ユーロ(約5.5億円)、スタッフ総数50名弱という、従来の3DCGアニメーション制作の常識を打破するという意味でも歴史的な快挙を成し遂げた。
ジルバロディス監督の長編アニメーション第1作『Away』はMayaで制作されていたが、『Flow』を作るにあたりBlenderに乗り換えた決め手は、Blender 2.80で実装されたリアルタイムレンダラ「EEVEE」だったという。
2019年、ジルバロディス監督はメインツールをBlenderに切り替えるのと同時に、母国ラトビアでDream Well Studioを設立。最初の1年間は、脚本の執筆とBlenderの習得、そして『Flow』制作のための資金集めに取り組んだという。
2020年、当座の資金を確保すると制作現場をコワーキングスペースへ移転。そこで、マールティシュ・ウピティス/Mārtiņš Upītis氏とコンスタンチン・ヴィスニフスキー/Konstantīns Višņevskis氏という『Flow』の中核スタッフとなるふたりと出会ったそうだ。
ウピティス氏は10年以上にわたってデジタルアーティストとして活動した後、2019年にPhysical Addonsというソフトウェア開発会社を起業し、主にBlenderアドオン「Physical Starlight and Atmosphere(PSA)」の開発・販売に取り組んでいた。
一方のヴィスニスキー氏は2009年頃からデジタルアーティストとしてのキャリアをスタートさせ、物理シミュレーションやリギングを中心にゼネラリストとして活動してきたようだ。
両氏は『Flow』の水表現のR&Dをリード。最終的にウビティス氏は水表現用のBlenderアドオンを新規に開発。
ヴィスニスキー氏は、水飛沫などの小規模のシミュレーションを担当したほか、動物キャラクターの毛皮や羽毛用のシェーダ開発や、リギング、モデリングを担当。また、ジルバロディス監督がBlenderを習得する上でも彼の豊富な知識に助けられたそうだ。
2020年は世界的にコロナ禍が拡大した時期だが、当時のDream Well Studioはジルバロディス監督の個人スタジオだったため、コロナ禍の影響はあまり受けなかったそうだ。
最初に着手したのは約1分半のパイロットフィルム制作だった。その制作を通して全体的なワークフローを検証することができたそうだが、公開せずに新規にティザー動画を制作し、そちらを使ってピッチ(投資家向けプレゼンテーション)を行い、本制作のための資金集めを行なったという。
2022年になると、フランスのSacrebleu Productionsと、ベルギーのTake Fiveが合流し、キャラクターアニメーション制作を担当。両社でも新たなツールやリグをさらに開発し、キャラクターとインタラクションするものを除きアセットを再構築。効率化が図られた。
ただし、制作規模が大きくなったといっても最大で50名ほどだった模様。少数精鋭を完遂できた背景には、ジルバロディス監督が多くの作業を自ら担当したこと。中核メンバーも、水表現だけでなくキャラクターのリグ開発やモデリングも担当したヴィスニスキー氏のように複数のタスクを兼務することで作業を効率化する方針が徹底されていたようだ。
気になるのは、ラトビア、フランス、ベルギーの3拠点でどこまでパイプラインを共通化させていたのかだが、それについては担当する作業を明確に分けることで、必要十分で済ませていたようだ。The Blender Foundationが公式サイトに公開したジルバロディス監督へのインタビュー記事によると、アニメーションデータのみを受け渡すかたちで対応したようだ。
Blenderのバージョンについては、ジルバロディス監督が直接率いるラトビアのチーム(Dream Well Studio)では、プロダクション期間中でも常にアップデートしていたという。2019年に始動した当初はBlender 2.8アルファ版を使い、フランスとベルギーのチームが合流したときは2.9か3.0を使用。ライティング工程に入った段階では3.6を使っていたという。
Dream Well Studioのメンバー間では、シーンファイルをあえて共有せずに、それぞれ独立した環境で作業を行うことで制作途中でもBlenderのアップデートに応じて、最新版に切り替えることができたそうだ(もちろんアップデート前には、作業ファイルに不具合が生じないかテストも行われた)。
一方、フランスとベルギーのアニメーションチームはバージョン3.3に固定。両チームからパブリッシュされたアニメーションデータをBlender 3.6にインポートしても問題なかったという。アセットも含めてデータを共有する手法も考えられたはずだが、制作中はスピードを最優先にするべく、できるだけシンプルなワークフローを選んでいたそうだ。
少数精鋭と同時に、複数の工程を同時並行で行うという独自のスタイルを採り入れることで作業の効率化が図られた。
その好例がストーリーボードをあえて作らず、3Dシーン上でカメラを動かしながらロケーションスカウティングを行い、アニマティクスを作成したこと。この手法は、長尺のトラベリングショットで特に効果を発揮した。
また、全カットのライティング作業をジルバロディス監督自身で行なったそうだが、アニマティクスの段階で構図に合わせてキーライトなどを決めておくことで、シーン全体を作り込むのではなく、カメラビューに映る領域に絞ってライティングとセットデザインをブラッシュアップすることで効率化が図られた。こうした手法は、日本のアニメーション制作現場でも一般的な手法のため、共感する読者も多いはずだ。
ジルバロディス監督は、長編1作目『Away』の制作では大規模の群衆表現や複雑なエフェクトを使わずにストーリーを構成するようにしたという。またルックもあえてMayaのプレイブラストで仕上げたそうだが、同作は2019年のアヌシ―国際アニメーション映画祭にてコントルシャン賞を獲得するなど、複数の映画祭で受賞に輝いた。そうしたジルバロディス監督のポイントを的確に見定めた制作スタイルが、『Flow』でも遺憾なく発揮しているのではないだろうか。
アニメか実写かを問わず、多くの人を感動させるインディーズ映画はいくつもあるが、それらに共通するのは、魅力的なキャラクターと適確なストーリーテリングだろう。予算の規模や画の情報量といった、数値化できる指標では判断しきれない、まさに作り手の創造力が鍵となる。
『Flow』は、未曾有の大洪水に遭遇した一匹の猫が流れてきたボートに乗り合わせた犬やカピバラ、キツネザルたちと共に冒険に旅立つ物語である。それは、ジルバロディス監督自身が『Flow』プロジェクトで取り組んできたことに相通じるものがあるように感じる。
映画の魅力、映画制作の可能性を再確認させてくれた本作。ぜひ劇場でご覧いただきたい。
CGWORLD関連情報
●たったひとりでつくりあげた美しい世界。映画『Away』ギンツ・ジルバロディス監督インタビュー
映画『Away』が全国の映画館で2020年12月11日(金)より公開される。『Away』は国際アニメーション映画祭で9冠を達成し、世界中の映画祭を席巻した。同作を手がけたラトビア出身の映画監督ギンツ・ジルバロディス監督は、3DCGアニメーションを用いてたったひとりで作品をつくりあげている。今回、特別にジルバロディス監督へのインタビューが実現したので、作品制作の苦労や3DCGを用いた工夫について詳しく話を聞いた。
https://cgworld.jp/interview/202012-away.html
TEXT_NUMAKURA Arihito