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「人のおかげ」といえば、私は他者曰く晴れ女らしく、出かけるところ出かけるところ割と晴れていることが多いようなのですが、それを「私が晴れさせている」と思い込む人が周りにその狂気を伝播させていった時は恐怖でした。「海が荒れたらおまえのせいだから海に投げ込む」みたいな係を押し付けられたようで。
何度否定してもひっかけ丸さんや刀のお陰にうまくスライドさせようとしてもスルーで、毎回口々にプレッシャー与えてくるんですよ。
本気でそういう霊力みたいなの信じていたらヤバい人でしょ、でもそういう人達に限って異様に繊細&爆発癖あるから正面からの指摘は受け入れないんですよ…(雨の日に好んで出かけないだけですよ)
話は変わりますが、私が時折「刀のご縁」「(人間以外の何らかの存在)のおかげ」という表現を日常で使うの、「生身の人間のおかげ」はそれを信じる人を狂わせることが昔からよくある、そうしたケースを見聞きしているからなんですよね…。己のおかげとおもうにせよ、「教祖」のおかげと思い込むにせよ。
人類が「神」を発見し「仏」に出会ったのは、集団が大きくなるに伴いこうした「人の期待や失望を一個人に背負わせるには重過ぎる」ケースが頻発するようになったからなのかなと、ふんわりと思います。概念としての「推し」もそうですが、すごい発明なんですよ。
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