こちらの記事は
少し前にアメンバー限定
の記事として掲載させて
頂いたものです。


5年前の今日
主人の病気が分かりました。

家族全員が
呆然とした状態で
それでもどういうわけか
明るい雰囲気を装いながら
過ごした夜でした。

今、その時のことを
思い出しています。



以下、記事になります。



日差しの温もりを
強く感じる今日


私が、私達家族が
大切に守ってきた
一枚の写真

皆様に
ご紹介させて頂きます。



スマホの機能で
フォトアルバムが
作られて

「2021年夏」の
タイトルと共に

今朝、目に飛び込んできた
のが、この写真でした。


ずっと見られずにいた
この頃の写真。

でも…
この写真を今見て


温かな日差しに
包まれながら

静かに休んでいる主人と
穏やかな目の私が

寄り添っている


いい写真だと思えたのです。


緩和ケア病棟で
静かに穏やかに流れる
大切な時間

この写真から
感じ取っていただけると
幸いです。



何故、このタイミングで
写真公開?と言いますと

実は、理由はありまして…


それについては
また改めまして
一般のブログで、皆様に
お知らせしたいと思います。



以上



あの日から始まった
主人と家族との日々

私も歳ですので(笑)

忘れないうちに
曖昧になる前に

皆様に伝えたい!と
思ったお話を
そろそろ始めようかな
と思いました。


緩和ケアに関するお話も
です。


写真から
穏やかな空気を
感じ取っていただけたら
嬉しいです。

緩和ケアに対しての誤解が
(私達もそうでしたが)
あるならば、正しい理解が
進むことを願っています。


近く、お世話になった
緩和ケアの看護師さんに
お会いしてきます。

それを待って
(色々お話もしたいですし)

気持ちの整理をして

皆様にお話させて頂きたい
と、考えております。



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  • 大島康徳さんの本、読了。

    報告忘れてましたが、読み終わりました。とくに前半ほぼ中日ドラゴンズの思い出話なので、懐かしかった。ガンについては終わり頃の数ページだが、言いたい事が、ぎゅっとまとまっている感じだった。〜〜〜〜〜〜このブログでの大島さん記事の最初。『がんばれ!大島!!』ふと、もうじきWBCが始まるのに、なんか足りないな〜。なんか忘れてるだろ?と思っていたところでした。。。アメブロのニュースに、あの元ドラゴンズの大島さんが、闘…ameblo.jp『負くっか魂!』憧れのスターが大病から再び立ち上がり、職場復帰。もう喜びしかないでしょ〜〜!!今週も週刊ベースボール連載の「冷静と情熱の野球人大島康徳の負くっか魂!!」(負く…ameblo.jp「大島」のブログ検索結果。違う内容も含まれます。【大島】のブログ記事検索結果|Ameba検索Ameba(アメーバブログ)内に存在する、【大島】に関連するブログ記事の検索結果です。search.ameba.jp私が高校生まで過ごした板倉町には本屋は無く、まったくの情弱であったので、野球関係の雑誌の存在も知らなかった。館林で買ったレコード(たぶん実家のどこかにある)のジャケットを下敷きに入れていた。画像は拾ってきました。いやー星野さんも田尾さんカッコいいけど、やっぱり大島さんだったな。勝利の叫び/燃えろ若竜www.ichihara.com中日が優勝した1974年は、まだウチの弟が野球に興味が無くてテレビで見てなかったのだが、見るようになってからは、母と弟が巨人を応援するので「巨人に強い」中日を応援するようになった。という話は前にも書いた。ただのアンチがスタートだった。当時SNSがあったなら!女子美の寮に入ってからはテレビが見られず(テレビあるにはあったが「テレビ室」の鍵はほぼ先輩方のもの)課題をやりながらのラジオ観戦。しかし、東京には本屋が山ほどあり、何と「月刊ドラゴンズ」なる雑誌まであるとは!東京バンザイ!至福の時であった。1982年の優勝の日は母校の中学に教育実習に来ていた。実習に就いていたクラス担任の先生は巨人ファンだったため機嫌が悪かったのを思い出す。グンマーは圧倒的に巨人ファン。誰とも喜びを分かち合えなかった。ああ、せめて雑誌が買えたなら。相変わらず板倉町には本屋が無かった。当時SNSがあったなら!そうしているうちに、就職、一人暮らし。バタバタしてるうちに大島さんは、テレビにあまり映らないパリーグ日ハムに移籍。それと前後して私はプロレスにドハマりしていった。プロレスではアンドレ・ザ・ジャイアントのファンであった。アンドレが亡くなった日、仕事から帰って遅い時間のニュースで知って、たった一人で悲しんだ。当時SNSがあったなら!あったなら!!あっ話それた。〜〜〜〜〜〜次に大島さんを見かけたのはNHKの野球解説でだったか、WBCのコーチでだったか、その頃、ブログも見つけて読んだ。(Amebaよりも前)あった。旧ブログ残してくれてた。大島康徳公式ブログ■バレーボールに情熱を燃やし活躍していた中学時代。高校に入りある人との出会いで、その情熱の矛先はバットを握る手へ。 ■”自分で決めたことは絶対やり遂げる”彼の強い信念は、中日/日ハムでの20年以上にわたる現役生活での結果に集約される。 ■2006年WBCでは、日本代表熱血打撃コーチとして参戦。選手以上に悔しがり・歓喜する姿は、皆様の記憶にも新しいところ。 ■…ohshima-yasunori.at.webry.info学生の頃持ってたイメージと全然違っていた。なんつー面白いおっさんやないか!と。WBCではベンチで記念写真ばっかり撮ってたんじゃないか?とネット炎上しかけていたが、お構いなしだ。面白過ぎ!(あっそうそう、本には、あの時のイチロー選手とのやりとりもあって胸熱)そして、ある日突然、ブログのお引越しとともに、衝撃のガン公表。。。2019年、なぜか、私までガンになってしまい、こりゃ親近感しかないっす!パイセン!という気持ちで毎日読んでいた。大島さんの本の話に戻る。最後の最後に「緩和ケア」についての文章も少しあり、それについては、きっともっと話したかったのかもしれないなあ、と。それを奥様が引き継ぐための新規ブログ開設なのかなあと思った。ナオミ姐さんが元気になるまで見守ろう、という気持ちで読み始めたが、逆に元気付けられる事が多いんだよね。

    satoko03

    2021-10-27 21:28:21

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