見出し画像

最後まで信じられるものは音楽だった。

東京在住の女性A様から「なぜだかわからないけれど会いたい。坂爪さんには私がどう見えるのかを聞かせて欲しい」とご連絡をいただき、カウンターの寿司をご馳走になった。感じたことをそのまま伝えた。あなたは悲しみをホールドしているように見える。悲しみをリリースすることより、世間体を守ることを優先している。表面的には問題ない幸せな人に見えるが、内面は悲鳴をあげているような気がする。そう言うと、A様は「店選びを間違えました。それを認めると号泣してしまうが、ここで泣くわけにはいかない」と言った。

私に霊視能力はないが、その人が抱えている悲しみのようなものを、勘違いかもしれないが感じ取る傾向がある。人は筒みたいなものだと言うが、最近は「ガラス製のコップ」みたいだなと思う。コップに嫌なものが入れば嫌な気分になるし、コップに好きなものが入れば喜びに満たされる。コップの中身は入れ替わりするが、コップ自体は透明で、その人自身も透明だと思う。だが、悲しみが蓄積すると、コップの底にカルピスの原液みたいなものが沈澱して、固定化されて、純粋な水を入れたとしても、カルピス(悲しみ)の味が滲み出る。どれだけポジティブな言葉を口にしたとしても、ネガティブなものとして伝わる。悲しみを蓄積すると、悲しみにアイデンティティを置くようになる。悲しみを失うことは自分自身を失うことだと思ってしまって、リリースできなくなる。

多くの場合、カルピスの原液は「許せない人がいる」ことが原因で蓄積しているのだと思う。許せない人がいる。その人を許せない。その人がやったことを許せない。「許せない」という怒りが、悲しみとなってコップの底に沈澱して、何をしても、誰といても、許せない人に対する憎しみを投影してしまう。許せない人とは、遠くの誰かではなく、身近な誰か、父、母、兄、姉、弟、妹、など、近くの人間だと思う。本来この世で一番温かな関係であると言われている家族から、この世で一番冷酷な仕打ちを受けて、悲しみを蓄積する。悲しみを蓄積した人の笑顔は、悲しい。笑いたいから笑うのではなく、笑わなければいけないと思っているから、笑う。嵐は過ぎたはずなのだが、今も、昔と変わらない嵐の中を生き続けている。

こどもの顔つきが変わる瞬間に胸がときめく。こどもだけではなく、おとなの中にいるこどもの顔つきも変わり、花が開き、暗闇の世界から解放されて、色彩豊かな世界に飛び出す姿に、自分を重ねて、一緒になって自由になって、一緒になって空を飛ぶ。人が解放される瞬間、縛り付けられていたものから解き放たれて行く瞬間を目の当たりにした瞬間に、自分も一緒に解放される。蓄積した悲しみは、時の流れを止めてしまう。蓄積した悲しみが、叫び声や涙や踊りとなって外側に流れ出す時、止まっていた時間が、再び流れ始める。アイデンティティは、悲しみにあるのではなく、悲しみの奥にある、愛の方にあることに気付く。

どれだけ嫌いを考察しても、自分の「好き」は出てこない。本当はずっと許していた。本当はずっと祈っていた。本当はずっと愛していた。そのことを思い出す時、悲しみから解き放たれて、何もない、自由に流れる自分になる。そこに音楽がある。止まっていた時間が、再び流れ始める。自分が音楽になり、世界を流れる。解き放たれた身体から、一つの願いが放たれる。素敵な人に素敵だねと言いたい。素敵な人にどんどん出会って、素敵だね素敵だねとか言ってるうちに、自分と相手の境界線がなくなって、何が素敵なのかもわからなくなって、本当はなにもかも許されていて、素敵じゃないものなんてこの世に一つもなかったと思えるくらい、素敵な人に素敵だねと言いたい。

坂爪さん

本当は一年後くらいにまた連絡しようかなぁと思ってました。

けれど、すみません!

この間のお話の続きで、どうしても一つだけ伝えたいことがあるので、こんなに直ぐにメールをしてしまうことにしました。

坂爪さんは、私の好きなことが「オペラ」や「レコード収集」だと知って、「渋い」とおっしゃいました。(多分……です!もしおっしゃっていなかったら…それでも伝えます。)

その「渋い」という言葉が強く心に残り、あれこれ考えてみました。

私はずっと自分のことを「特別」だと思ってきました。良い意味でも悪い意味でも。

同年代とは、なかなか話が合わなくて、いつも寂しくて困っていました。その一方で、私のことを「16歳で、オペラ聴くとかすごいね、大人だね」と褒めてもらえることもあって、少々というか、かなり悦に浸っていたことを暴露します。

ところがこの頃、自分のことを「特別」と全く思わなくなりました。

自分は、ごく「普通」の、ただの16歳だと思います。

自分の好きなことを、周りも自分自身も「難しいもの」と見過ぎていることに気づきました。これは何百年にもわたって、オペラやバレエなどの諸芸術を、意図的に「高尚」なものへと引き上げようとした歴史が強く関係していると思います。

が、本当は「難しいもの」なんてこの世にないのではないか!!

本当は「めっちゃ簡単」で、「最高に楽しい」ものだと思ってきました。

なぜなら、私のオペラやバレエの見方がそうだからです。

何も、専門的に細かく何かの資料と照らし合わせながら、分析しながら、まるで論文を書くようにこれら触れている訳ではありません。

オペラを聴けば、あぁ美しい〜楽しい〜最高〜!!!

バレエを見れば、あぁ美しい〜楽しい〜最高〜!!!

これだけです。

K-POPやアニメに陶酔している女子高生と何一つ変わらないです。ジャンルが違うだけです。

私だって、バレエやオペラでも、何だかよく分からないなぁと思った時は逃げます。

潔くノンレム睡眠に入らせていただいています笑。

だから人生、自分の「心」が「最高!楽しい!幸せだ!」と思うことだけ、フッ軽に素直にラク〜に、すればいいのだと思います。

世界って、まじでもっとめちゃくちゃ楽しくて、最高なんだわ!と坂爪さんと話して、

強く思いました。

めちゃくちゃ元気になって

心身共に調子が爆上がりしてます!!

だから、私と会ってくれて、

本当にありがとうございました!!!!

画像

おおまかな予定

3月16日(日)静岡県熱海市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com

SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z

いいなと思ったら応援しよう!

坂爪圭吾
ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!

ピックアップされています

男の覚書

  • 51本

コメント

ログイン または 会員登録 するとコメントできます。
最後まで信じられるものは音楽だった。|坂爪圭吾
word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word word

mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1
mmMwWLliI0fiflO&1