シリアのシャルア暫定政権とクルド民族主義組織が統合で合意:その代償としての外国軍の駐留と占領
シリアでは3月10日、国内の不和解消に向けた大きな進展があった。
大統領府はSNSを通じて、アフマド・シャルア暫定大統領(アブー・ムハンマド・ジャウラーニー)が、シリア民主軍のマズルーム・アブディ総司令官と首都ダマスカスで会談し、同軍を新生シリア軍に統合することに合意する文書に署名したと発表したのだ。
8項目からなる合意文書
合意文書は8項目からなる。その内容(全訳)は以下の通りである。
1. すべてのシリア人が、宗教的・民族的背景に関係なく、能力に基づいて、政治プロセスおよびすべての国家機関において代表され、これに参加する権利を保障する。
2. クルド社会はシリア国家における不可分の一部であり、シリア国家はその市民権とすべての憲法上の権利を保証する。
3. シリア全土における停戦を実施する。
4. 北・東シリアにおけるすべての民間および軍事機関をシリア国家の統治下に統合する。そのなかには、国境検問所、空港、石油・ガス田が含まれる。
5. すべてのシリア難民の故郷への帰還を保証し、シリア国家が彼らの安全を確保する。
6. シリア国家が、テロの残党や国家の安全・統一を脅かすあらゆる脅威と戦うことを支援する。
7. 分裂の唱道、ヘイトスピーチ、シリア社会の構成要素間に内乱を引き起こす試みを拒否する。
8. 執行委員会は、本合意を年内に実施するために取り組む。
アラウィー派住民「虐殺」の汚名を返上
シリア民主軍は、トルコが「分離主義テロリスト」とみなし、米国もFTO(外国テロ組織)に指定するクルド民族主義組織「クルディスタン労働者党(PKK)」の系譜を汲む民主統一党(PYD)が主導する武装連合体である。
PYDの武装部隊として結成された人民防衛隊(YPG)がその主力を構成し、米主導の有志連合は、YPGをイスラーム国に対する「テロとの戦い」の協力部隊と位置づけ、全面支援を行ってきた。
シャルア暫定政権が、トルコ占領下のシリア北部で活動するシリア国民軍諸派や、有志連合が基地を設置し実効支配するヒムス県タンフ国境通行所一帯(約55キロの地帯)で活動するシリア自由軍が、国防軍部隊(新生シリア軍)への統合に合意する中で、50,000人の兵力を誇るシリア第2の武装勢力であるシリア民主軍の去就が大きく注目されていた。
合意文書が適切に履行されれば、暫定政権は、ドゥルーズ派の最高宗教指導者であるヒクマト・ヒジュリー師を精神的支柱とするスワイダー軍事評議会をはじめとする諸派、「旧政権の残党」、そしてイスラーム国を除くすべての武装勢力をその傘下に置くことになる。これにより、シリア分割への懸念は大きく払拭されることになる。
合意では、合わせて北・東シリア地域におけるすべての機関を暫定政権に統合することが定められている。これが履行されれば、同地の自治を担う北・東シリア地域民主自治局、同局が所轄する内務治安部隊(アサーイシュ)も暫定政権に組み込まれ、シリア民主軍の政治部門と目されるシリア民主評議会、民主社会連合(TEV-DEM)、女性組織のスィタール大会、青年組織の革命青年運動、そしてこれらすべてを実質的に指導するPYD、そしてこれと連携する政治組織も移行プロセスに参加することになる。
シャルア暫定政権は、3月6日に発生した「旧政権の残党」による沿岸部での一斉蜂起に対し、国防軍部隊および内務省総合治安局が軍事掃討作戦を実施した。その結果、1,000人以上のアラウィー派住民が「虐殺」されたことで、内外から批判を浴び、窮地に立たされるかに思えた(「シリアのシャルア政権がアラウィー派虐殺で発足以来最大の困難に直面:米国はテロリストによる殺戮を非難」を参照)。しかし、シリア民主軍の統合に合意することで、一気に汚名を返上するかたちとなった。
二つの狙い
シリア民主軍およびPYDが指導する諸組織は、暫定政権主導の移行プロセスや国家再建の動きに対して消極的な姿勢をとり続けていた。最大の争点は、クルド民族主義組織としての「特殊性」を認めるか否かにあった。
暫定政権は中央集権国家の樹立を目指し、宗教・宗派、民族・エスニック集団の多様性を認めつつも、宗派や民族に基づく権力分有を拒否してきた。一方、PYDやシリア民主軍は、マイノリティ宗派・民族の文化的・政治的特殊性を前提とした分権制を主張しており、両者の立場は相容れないものと思われた。
PYD側にとって、今回の合意は、主に2つの狙いがあると思われる。
第1の狙いは、バッシャール・アサド政権崩壊の前後で攻勢を強めていたトルコ軍およびシリア国民軍による北・東シリア地域への攻撃を回避することにある。シリア民主軍の最大の軍事的後ろ盾である米国は、ドナルド・トランプ政権発足後、シリア情勢に対して無関心な姿勢を示している。そのなかで、シリア民主軍は、自らの政治判断によって、トルコの軍事的圧力に対処したと捉えることができる。
むろん、米国が北・東シリア地域各所に駐留させている部隊を撤退させ、PYDが「トカゲのしっぽ切り」に遭う可能性は低いことも事実である。そこで、第2に、同じく米軍の支援を受けるシリア自由軍と同様に、国防省部隊において「特別な地位」を確保することで、組織そのものを温存し、移行プロセスに参与し、自らが主唱してきた連合制(confederalism)、あるいは連邦制(federalism)に基づく国家再建を目指す足掛かりを得ようとしていると見られる。
分権制の採用は、PYDに限らず、マイノリティ宗派、とりわけドゥルーズ派も強く主張している。 ドゥルーズ派のヒジュリー師は、暫定政権と鋭く対立するのではなく、対等な地位を確保し、分権制を既成事実化しようとしている。PYDもこれと同じ戦略に切り替えたと考えることができる。
また、沿岸部での混乱を前に困難な舵取りを迫られていた暫定政権に「塩を送る」かたちでシリア民主軍の統合に応じたことで、今後は暫定政権からより多くの譲歩を引き出そうとするものと見られる。
合意文書には、「宗教的・民族的背景に関係なく、能力に基づいて」移行プロセスに参加すると定められている。しかし、PYDにとって、「特別な地位」は、単に米国を軍事的後ろ盾とし続けることにとどまらない。北・東シリア地域で事実上の憲法として機能してきた「社会契約」において、分権制は単なる地方分権ではなく、宗派・民族の文化的自治を実質的に想定している。移行プロセスにおいては、この原則を憲法に盛り込む試みがさまざまな手段を通じて行われるだろう。
もう一つの問題
とはいえ、仮に合意文書の履行がスムーズに進み、シリア分割の危機が回避され、統合が促進されたとしても、シリア内戦によって生じたもう一つの問題である外国部隊の駐留や占領が解消される可能性は低いと言える。
合意文書には、米軍、トルコ軍、さらにはイスラエル軍、ロシア軍の駐留の是非についての言及は一切ない。トランプ政権は、シリア情勢への関与には無関心であるものの、駐留部隊を撤退させる意思を何ら示していない。これは、1期目に2度にわたってシリアからの撤退を決定し(その後2度にわたり撤回)、最終的に撤退を実行しなかったのとは対照的である。
イスラエル軍も兵力引き離し地域(AOS)に地上部隊を侵攻させ、暫定政権が自らの脅威となることを阻止するとの名目で、同地への駐留を続け、シリア南部の非武装化に向けて圧力をかけ続けると見られる。ロシア、そしてトルコもシリア国内の基地を手放すとは到底思えない。
シリア国内の政治主体・軍事主体の統合は、暫定政権のもとで進むことが予想される。しかし、このプロセスは、米軍、イスラエル軍、トルコ軍、さらにはロシア軍の駐留を黙認する形でのみ達成可能であり、その結果、シリアの領土と国民の(再)統合が半永久的に阻害されるという代償を伴うことになる。