英雄(ベル・クラネル)を嫌いになるのは間違っているだろうか


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作:カゲムチャ(虎馬チキン)
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29 舞台の幕開け


「来た」

 

 精霊の六円環の発動まで残り数時間というところで、ついに冒険者達が緑肉に覆われた魔城クノッソスへ攻め入ってきた。

 緑肉を通した感知に、凄まじい数の強者達が引っかかる。

 

 全員がレベル6を誇るロキ・ファミリアの幹部達。

 【勇者(ブレイバー)】【九魔姫(ナイン・ヘル)】【重傑(エルガルム)】【凶狼(ヴァナルガンド)】【怒蛇(ヨルムガンド)】【大切断(アマゾン)】【剣姫】。

 

 オラリオ最強の男【猛者(おうじゃ)】オッタル率いるフレイア・ファミリアの精鋭達。

 【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】【黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)】【白妖の魔杖(ヒルドスレイブ)】【炎金の四戦士(ブリンガル)】。

 

 他にもオラリオに、否、世界に名を轟かせる第一級冒険者(レベル5以上)達が多数。

 第二級冒険者(レベル3〜4)第三級冒険者(レベル2)に至っては、もう数え切れない。

 

 おまけに、ダンジョン18階層にある出入り口からは、例のベルに協力した喋るモンスターの群れ。

 彼らの数は三十体ほど。

 全員が冒険者で言えばレベル3〜5。

 

「総力戦だなぁ……」

 

 ほんの数ヶ月前までは見上げるしかなかった英雄達の行進。

 彼らに対峙する敵の一角として、自分なんかが名を連ねているというのは、どうにも不思議な気分だ。

 場違いとしか思えない。

 

「……ベルがいない」

 

 そして、思った通り、感知できる範囲に、あの運命に愛された英雄の姿が無い。

 見つければ奇襲をかけて呪いをぶつけ、そのままこのステージへご案内できたのだが、そう上手くはいかないようだ。

 彼女の呪いは『幸運』という形無いものだけを焼き払い、形あるものには一切干渉しないため、逆にこちらも形あるものによる干渉を一切受けない。

 つまり、壁だろうと盾だろうと結界だろうと貫通し、武器や魔法で迎撃することもできない。

 おまけに射程も結構長い。

 なので、ベルを見つけられさえすれば、破壊不能の最硬精製金属(オリハルコン)の扉の向こうから一方的に呪いをぶつけることができたのだが……。

 本当に、忌々しいほど運が良い。

 

「始まった……」

 

 ベルを見つけられないまま、英雄達と穢れた精霊陣営の戦いが幕を開ける。

 六円環の準備を進める六体の『精霊の分身(デミ・スピリット)』のところへ、分散したロキ・ファミリア幹部を中心とした部隊が。

 レヴィスは剣姫との一騎討ちを始め、もう一人の怪人も戦いを始めた。

 戦場は合計八ヶ所。

 スピネルの姿は━━そのどこにも無い。

 

「ここはしばらく安全圏……だと良いなぁ」

 

 彼女がいるのは、六体の精霊の分身が配置されたクノッソス十層の真下。

 こちら側の切り札、七体目(・・・)の精霊の分身がいるクノッソス十一層。

 

 オラリオを周辺一帯ごと吹き飛ばす、精霊の六円環。

 それはあくまでも表の計画であり、冒険者達をクノッソスに誘き寄せるための壮大な餌だ。

 穢れた精霊、及び協力者エニュオの本命は、スピネルの後ろに控える七体目の精霊の分身。

 悍ましい姿の邪竜『ニーズホッグ』。

 

 六体の精霊の分身達が追い詰められたら、六円環を起動するために使っている魔力をこのニーズホッグに集中。

 その魔力を凄まじい威力のブレスとして放ち、上の階層を冒険者達ごと消滅させる。

 六円環と違ってオラリオを破壊することこそできないが、冒険者達の息の根を止めることはできる。

 六円環を餌にして冒険者達を誘き寄せ、六円環の発動阻止に躍起になっている彼らを、ニーズホッグという爆弾で纏めて消し飛ばす。

 それが協力者エニュオが描いたシナリオだ。

 

 六円環を阻止しようとすればニーズホッグが起動し、ニーズホッグを討伐するために戦力を割けば、六円環の方が止まらない。

 二段構えの策略。

 

「さてと。ここが見破られる前に、やることをやっておかないと」

 

 しかし、それがすんなりと成功するなんて、スピネルは微塵も思っていない。

 この切り札の前に、必ず奴は現れるだろう。

 いつもいつも美味しいところを持っていく、運命に愛された英雄が。

 憎くて憎くて堪らない、あの後輩が。

 だからこそ、おもてなしの準備を整えておかなければ。

 

「隙だらけだよ、ヴィーブルちゃん」

 

 まず目をつけたのは、喋るモンスターの中に交ざっている怪物の少女。

 ベルが一度失い、蘇生魔法なんて奇跡で蘇ったあの少女だ。

 シルやエイナと同じく、生贄にする価値がある。

 喋るモンスター達は、圧倒的な力を持つ精霊の分身を相手に防戦一方。

 簡単に手を出せた。

 

「え!?」

「ウィーネ!?」

 

 クノッソス全体を覆う緑肉。

 その一部、少女の足下にあった緑肉を遠隔で操作し、足を掴んでその場から連れ去る。

 他のモンスター達は、精霊の分身の相手に手一杯で、とても彼女を追いかけることはできない。

 

「いらっしゃい」

「ひっ!?」

 

 あっという間に少女はスピネルの前に、邪竜ニーズホッグの目の前に連れてこられた。

 少女(ウィーネ)は、前に怖いことをされたスピネルの姿と、悍ましい邪竜の威圧感に怯んでガタガタと震える。

 スピネルはそんなウィーネを掴んで、ニーズホッグの肩のあたりに放り投げた。

 

「あっ……!? い、嫌っ……!?」

 

 邪竜の右肩。

 そこには取ってつけたように、不気味に蠢く緑肉の塊がへばりついている。

 その緑肉に埋まるような形で、気を失ったシルとエイナの姿もあった。

 ウィーネもまた、緑肉に絡め取られて邪竜の一部となる。

 当然、すぐに殺しはしない。

 これはあくまでも、プレゼントの保管場所だ。

 

「あなたが来てくれて助かった。これで、あとはパーティーメンバーを揃えればコンプリート」

 

 スピネルが知る限りの、ベルと特別仲の良いヒロイン達。

 ここにベルのパーティーメンバーを加えれば、生贄としては充分。

 このままベルが来てくれれば最高なのだが……やはり、そう簡単には行かない。

 

「……うわぁ」

 

 緑肉を通してクノッソス全体を監視していたスピネルは気づいた。

 とある一団が、六体の精霊の分身すら無視して、まっすぐ切り札(ニーズホッグ)のもとへ向かってくるのを。

 それはオラリオにおいて『最強』の称号を持つファミリア。

 現役の冒険者で唯一、レベル7の高みへと登り詰めた大英雄の率いる派閥。

 緑肉に覆われた超硬金属(アダマンタイト)の壁を容易く破壊し、彼らがスピネルのもとに襲来する。

 

「やってくれたわね、痴れ者」

 

 最強の冒険者達を従者のように従え、その女はスピネルへと殺意に満ちた目を向けた。

 『美』という概念の化身のような、あまりにも美しき女神。

 最強派閥の主神。

 

「さあ、死になさい」

 

 女神フレイヤが、眷族達を引き連れて、直接現れた。

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