ベル君達とのパーティの翌日。
普段なら探索に出発する時間だが、テアサナーレさんからは探索厳禁と言われているし、鍛錬しようにも神様から禁止と言われている。
胸の痛みも左腕の痛みも既に無いが、いたずらに2人を怒らして説教されたくはないしな……2人とも、怒ったら怖いのなんの……。
そういえば、ベル君は今日装備を新調しに行くんだったか。俺の装備もミノタウロスとの戦いでボロボロになったし、買い換えに行くか。
「とはいえ、なぁ……」
正直、あんまり乗り気じゃない。
装備にこだわりがないと言うよりも、俺の魔法のによって、どんな装備でも俺の求める性能に変えることが出来る。つまり、ボロボロだろうと魔法で補修して今まで通り使うこともできる。
武器に関しては魔法を使って色々な種類に変えて戦う関係上、固定の武器種を握るのは愚策。だから、今までは邪魔にならない短剣を採用してたわけだしな。
「うーん……」
やはり買う方がいいか。
強化した革の防具じゃミノタウロスの攻撃を耐えられなかった。それに、泥で性能を引き上げるとはいえ前提の強さがあれば強化を砕かれた後も最低限は戦えるはずだ。
ミノタウロス戦でも武器が折れて戦いについていけなかった場面があった。魔法を使うにも詠唱が必要だし、それまでの時間を稼ぐ武器、あるいは泥武器の本種になる武器があるに越したことはないか。
これまでは金や魔法の有用さからあまり注視していなかったが、ベル君に追いつくため、強くなるためにはその辺も意識していかないとな。
とはいえ、俺の目的に合った武器がそこら辺に転がってる訳もない。1番いいのは鍛冶師に相談することだが、流石にそれだけの余裕は無い。
だったら、店に見に行くのが手っ取り早いよな。
「神様、少し武器を見にバベルへ行ってきます。何か必要なものとか足りないものってありますか?」
「そうね……今は特にないから、気にしないで行ってらっしゃい」
「分かりました、じゃあ行ってきますね」
外へ出て軽く体を捻る。
ほとんど完治したのか痛みもなく、血も足りているのか倦怠感もない。万全と言って過言では無いほどの体調だ。
少しくらい走ってもいいよな……うん、探索はダメと言われたが走っちゃダメとは言われてないし、なんなら昨日も走ってたし、問題ないな。ヨシっ!
ダンジョンを塞ぐ蓋にして、天上の神々が住まう白亜の巨塔『バベル』。
その8階ではかの有名な鍛治ファミリア【ヘファイストス・ファミリア】の見習い鍛冶師達の作品が売られている。
俺のような駆け出しの冒険者にも手頃な価格で、ある程度品質の確保された武器や防具が手に入るため、このテナントは休日の冒険者や中堅ファミリアの新米などで賑わっている。
「さて、まずは防具だな」
魔法で武器は作れても防具に関してはしっかりしたものを使いたい。
魔法の鎧も作れなくはないが、常に削れ続ける耐久値の問題や俺自身が防具に明るくないというのがある。いっそ、鍛冶師に弟子入りして技術やら知識やらを身につければ悩みの半分は無くなるんだが……たらればだな。
防具の敷き詰められた場所は薄暗く、微かな鉄と革の匂いがする。
目当ては胸当てと篭手、膝当てとブーツ、後は肘当ても新調するか。
兜も候補ではあるんだが……長物を使う時に邪魔だし、動き回る時に視界が少し遮られるのも難点だ。それに、俺自身は遊撃として動くわけだし、無用な装備は動きを悪くするだけだな。
予算は溜め込んでいたお小遣いの5万ヴァリス。一先ずは2~3万くらいで防具を揃えて、残りで武器の物色と行くか。
「うーん……悪くないけど、ちょっと違うな」
選り好みできるほど偉い訳では無いが、命を預けるものだ。妥協はしたくない。
理想は平らで外側を金属加工、内側を革で当てた軽装なんだが……どうにも突出箇所が多い。地面スレスレを走ることもあるから、あんまり突出箇所があると消耗が速くなるんだよな……。
かと言って、真っ平らな革鎧だと限界を感じるんだよなぁ……。
やっぱり最低限の金属加工は必要か……一旦、隅に退けられた箱の中に詰め込まれてるのも見てみるか。
店の隅ということもあって多少埃っぽいが、防具の手入れはしっかりされているのか箱に詰め込まれた防具は綺麗なものだった。
「お、これは……」
箱を覆うように置かれた胸当てを持ち上げる。
革鎧に金属プレートを当てただけに見える無骨なデザインの胸当て。左胸を覆う部分が他の箇所に比べ硬く作られているようだ。
胸当てに覆われた箱の中を覗けば、篭手と膝当て、そして黒ずんだプロテクターが一つ入っていた。
黒い革に細かい鉄板を取り付けた篭手は、鉄による硬い印象とは裏腹に、持ち上げれば自重によって柔らかく草臥れている。外側から軽く握ってみれば、一切の抵抗感がなく付けたとしても素手と変わらない感覚で武器を握ることができそうだ。
膝当ては丸く婉曲しちょうど椀のような形で膝を守る形らしい。関節の可動域を最大限広げられた設計のようで、試着して曲げてみたが多少大きい以外は問題なさそうだ。大きさも、留め具を閉めれば全く問題ない。
そして、黒ずんだプロテクターだが、何かの素材を元に作ったのだろうか?
表面は金属のようだが、金属と革の間に何か挟まっている……弾力のある感じからしてフロッグ・シューターのドロップアイテムか?金属で体を守って、衝撃はこの弾性で分散する……よく考えられている。職人の腕も良さそうだ。
「32000ヴァリスか。これで決まりだな」
求めていた装備一式にプロテクターという思いもよらない掘り出し物。こんな隅で固められていたのが不思議だが……まぁ、職人の世界にも色々あるのだろう。
そういえば、職人は装備に自身の名前と作品名を刻むらしい。機会があれば、この装備を作った職人とあってみるのもありだろう。
分かりやすそうな胸当てを裏返してみると留め具のある場所に職人名と思われる文字が刻まれていた。
「ガージ・ジンスーね。覚えておこう」
そして装備名を探してみると、プロテクターの隅に文字が刻まれていた。
「【蛙プロテクター】……」
…………何故、この人の装備が売れないかわかった気がする。ネーミングセンスがちょっと特殊なんだな。俺は分かりやすくて嫌いじゃないが、見栄を貼りたがる冒険者からしたら死活問題なんだろうなぁ……。
他の装備でも探してみると、表の金属部の隅の方に小さく刻まれている様子だった。胸当てには【
これはこれで人気が出そうだが……きっと他の奴らには耐えられない何かがあったんだろうな。
そこはかとない虚無感を背負いつつも、いい性能の防具を見つけられたのは事実。この幸運に感謝しつつ、有難く探索に活用させてもらおう。
さて、防具が決まったということで次は武器だ。
っと言っても、俺が欲しいのは本種となる武器。槍や斧など、応用性のない武器は除外しておこう。
選択肢の中で最も有力なのは短槍だろうか?そのまま持ち手以外を刀身にすれば長剣、長くすれば槍や斧や槌など選択の幅が最も広い。
短槍の扱いなら普段の訓練で分かっているし、装飾や穂先が豪華な物以外なら大体の目的には合致するだろう。
と、簡単に考えていたんだがなぁ……短槍が全く売ってない。
確かに、短槍を使うなら槍の方がリーチも長いし両手で使う分火力も出る。同じ長さなら長剣の方が汎用性が高いし、斧やメイスの方が分かりやすい破壊力がある。
困った、短槍を作るメリットが特にない……。
閉鎖空間なら話は別だろうが、ここはダンジョン都市。武器も防具も、ダンジョンという広い空間を意識して作られている。
だからこそ、短槍が廃れるというのも理解出来る。俺の知識だって、爺さんの残してた武器伝に出てきた知識だしな。
さて、困ったぞ。予定が全部狂ってしまった。
第二候補としてメイスも考えていたが、あれは素の重さや形の歪さから本種としてはあまり汎用性が高くない。どうしても重量級の武器しか作れないからな。
やはり今まで通り短剣?使えなくはないが、限界はあるだろうな。後、単純に短剣の扱いが他に比べて苦手だ。
悩みながらフラフラと店内を歩いて、目の前を犬人族が通り過ぎたのを見て思いついた。
小人族用の槍を使おう。
小人族は他の種族に比べて体が小さい。当然、その武器もある程度は小さく作られている。
短槍とまで行かずとも、本種として使用可能な長さの槍はあるはずだ……!
「小人族用の槍?悪いが、そういうのは置いてないよ」
意気揚々と店の店主に確認してみたが、そういうのは無いらしい。
そもそも、小人族の冒険者は少ないらしく、数少ない彼らも身の丈にあった短剣や、ステイタスを生かして他種族と同じような長さの長物を使うらしい。
つまり、小人族用の武器なんて物は存在しないらしい。
「あ〜……まだ職人連中が取りに来てない裏の武器も見てきてやろうか?」
カウンターに項垂れる俺を鬱陶しく思ってか、はたまた哀れんでか、店主が代替案を出してくれた。
店主曰く、特殊な形状や需要の低い、単純に質の悪い武器は売れる見込みがない場合、職人に返却されるらしい。
俺の求める短い槍は需要の低い武器に分類されるらしく、裏にある可能性がゼロではないらしい。そこで、店主が確認してくれると言うのだ。
「ぜひお願いしますっ!!!」
思ってもみない店主の気遣いに、興奮のあまりカウンターを乗り越えて顔を近づけてしまった。申し訳ないとは思うが、その引いた目はやめて欲しい。普段はもっと冷静なつもりだ。
「お客さん、一本だけ要望に応えられそうなのがあったよ」
「本当ですかっ?!」
カウンターで待つこと数十分。
裏から出てきた店主の手には短い柄の先に鋭利な穂先が取り付けられた槍が握られていた。
カウンターに置かれた短槍を握らせてもらう。長剣に比べて軽く短剣よりは重いという、これまで覚えのない重量感を感じ、思わず感嘆の声を出してしまう。
穂幅は細く、汎用性よりは刺突に重きを置いたと思われる鋭利な形状の穂。柄は一般的な槍の半分程度と短く、片手で扱うことを想定されているようだ。
全体的に無骨で装飾らしい装飾もない。正に、戦いのみを想定して作られた短槍だった。
「……完璧だ」
「気に入ったみたいで何よりだ。そいつを作った奴も浮かばれるだろうさ」
「浮かばれるって……失礼ですが、職人の方は亡くなっているんですか?」
「あぁ。仲間とダンジョンに潜ってそのままポックリだそうだ。身内も居なかったらしくてな、店の裏で肥やしになってたよ。俺も、見つけるまで忘れてた」
俺の手に握られた短槍を眺めて複雑な感情の乗った目をする店主。後悔……と言うよりは罪悪感だろうか?
死がどこよりも近いこの都市において、鍛冶師が死ぬというのも珍しい話ではない。遺作であったとしても、売れ残って店裏にあれば忘れてしまうのも無理はないのだろう。
ただ、店主は作品を忘れてしまったことに罪悪感や申し訳なさ、死んでから持ち主を見つけられたことへの喜びと、見つけることが遅かったことへの僅かな苛立ちを感じるのだろうか?
店主の真意は分からない。それは、暫し天井を仰いだ店主のみが知ることだ。
数秒天井を仰ぎ、深く息を吐けば、店主の顔は商売人としての顔に変わっていた。
「……そいつは割と良い鉄を使ってるが、長い間裏で埃を被ってたからな。少しまけてやるよ」
「いくらでしょうか?」
「元が20000ヴァリスだったからな……18000ヴァリスでどうだ?」
「買います」
幸い今日の軍資金にピッタリ収めることが出来た。18000ヴァリスの入った袋をカウンターに置く。
店主は中身を確認して1つ頷いた。しっかりと足りていたようだ。
短槍を握りしめ、「まいどあり」という店主の気のない挨拶を受けて店を出る。
「……大事に使ってやってくれよ」
背後から微かに聞こえた店主の言葉に、短槍を軽く持ち上げる事で応えて店から出る。
俺の知らない場所でも、誰かが死に、誰かに何かが残って繋がっていく。その連鎖の中に自分が入っていることを実感して、少し感慨深い。
バベルから出た時には太陽が茜色を強めて都市を暖かく照らしていた。
短槍を太陽の光へと翳し銘を確認する。しばらく銘を探していると、短槍の穂と柄の繋ぎ目近くに彫られた文字を見つけた。
「……【
今は亡き鍛冶師の残した遺作。
新たに手にしたこの武器は、俺が強くなる助けとなってくれるだろう。
……さて、感慨に耽けるのもいいが遅くなる前に帰るか。早く帰って、防具と武器を強化したいしな。
カーン……カーン……
【ヘファイストス・ファミリア】のとある工房で鉄を打つ音が響く。
外には夜半の暗闇が広がる中、工房の中は炉に灯された焔によって煌々と照らされ、肌を焦がすほどの熱気に満ちていた。
そんな部屋の中で、筋肉に満ちた上半身をさらけ出し、熱気に真っ向から向き合いながら鉄を打つドワーフの男がいた。
カーン……カーン…カーン……!カーン……
無言で、黙々と、溢れ落ち、豊かな髪や髭を湿らせる汗も拭うことなく只管に槌を振るう。
時に小さく、時に大きく振るわれる槌が赤く熱された鉄を打ち火花を散らす。
脇に貯められた冷水に鉄を入れ、工程を進めていく。
先程までの鉄を打つ音が嘘のような静寂に炉で崩れる石の音が響き、また鉄を打つ音が広がる。
作業は夜明け近くまで続けられ、日に照らされた工房には光沢を放つ一振の無骨な
「……【
完成した大鎌に銘を彫り、物をどかした作業台に置く。
ドワーフ──ガージは机に置かれた大鎌をみて頷くと、工房を出て自室へと向かう。
だが、丸1日鍛冶し続けた体に帰るまでの体力が残っているはずもなく、工房を出て一歩出たところで倒れてしまった。
人通りのない早朝の廊下には、うつ伏せで倒れ込む上裸ドワーフの姿があった。完全に事件である。
その後、起きてきた他の団員によって自室のベッドまで運ばれ、その日の昼過ぎまで眠り続けるのだった。