「ああ、ここで闇派閥を切り捨てるんですね」
「そうだ」
スピネルがベルを虐めてる間に、あの喋るモンスター達がクノッソスを通ってダンジョンに帰ったのだが。
どうも、その時に色々あったらしく、リヴェリア率いるロキ・ファミリアの一部がクノッソスに侵攻し、かなり暴れてくれたらしい。
前回の戦いで初見というアドバンテージは失われ、更にモンスター達がイケロス・ファミリアから鍵を奪っていたのもあり。
新しい扉の位置がバレるわ、鍵ももう一つ奪われるわ、食人花を始めとした穢れた精霊の眷族を生産する
で、ここまでの失態を演じた上に、ヴァレッタという優秀な指揮官まで失った闇派閥残党に、もうそこまでの利用価値は無いと判断し。
協力者エニュオと穢れた精霊サイドは、ここで彼らを切り捨てることを決めた。
闇派閥残党の最後の仕事は『餌』。
彼らを狙ってロキ・ファミリアと協力者達がクノッソスに踏み入ってきたところで、表の計画の最終準備を発動。
六体の
そして、捕食によって得た
精霊の六円環は、六体の大精霊を贅沢に生贄に使って発動する、古代の極大破壊魔法だ。
発動すれば、オラリオとその周囲一帯は消し飛ぶ。
ダンジョンの蓋は取り除かれ、穢れた精霊は望み通りダンジョンの深層から出てきて空を見られてハッピーエンドというわけだ。
ただし、これだと痛いも苦しいもわからないうちにベルが死ぬし、ヘスティアまで巻き込んでしまう。
そんなものにスピネルが乗るわけがない。
つまり、これはあくまでも表の計画という名の囮。
なんとしてでも阻止するために、冒険者達が動くことを前提とした罠。
精霊の六円環を発動するには、捕食で大量の魔力を得ることを加味しても、数日がかりの莫大な詠唱時間がいる。
冒険者達が阻止するために動くには充分すぎる隙だ。
本当に、これを考えたエニュオとやらは性格が悪い。
「なら、捕食が狙いの第一戦に私の出番は無さそうですね。予定通り、その間に自分の目的を果たしてきていいですか?」
「構わん。どうせテーブルごとひっくり返す予定の盤面だ。盤上の駒がどうなっていようが関係ない」
「ありがとうございます」
レヴィスの許可も改めて取り、スピネルは別行動を選択する。
この決戦は、スピネルにとっても山場だ。
オラリオの存亡がかかったこの決戦を、彼女は自らの最終戦と位置づけている。
ここで全てを出し尽くし、我が身を滅ぼす禍々しい熱の全てを吐き出し、燃え尽きるつもりでいる。
「さあ、頑張ろう」
まずは第一戦の裏側で準備するところから。
多分、というか確実に、ここから先は温存の余裕なんて無い。
悲願を果たすのが先か、その前に燃え尽きるのが先か。
ここが頑張りどころで、踏ん張りどころだ。
◆◆◆
そして、決戦当日。
「オラァアアアアアアアッッッ!!!」
戦いは先陣を切ったロキ・ファミリアの幹部。
ヴァレッタの仇でもある【
クノッソスの四つの入り口が敵の手に落ちた鍵によって開けられ、そこからロキ・ファミリアを盟主とした派閥連合が雪崩込んでくる。
どの扉から敵が来たのかという報告をちゃんと聞いてから、
「じゃあ、行こうか」
スピネルは動き出した。
指揮権を貰った百を軽く越える食人花の群れを引き連れて、クノッソスの扉の一つから外へ出る。
「え?」
「あの、そちらは……」
引き留めようとする闇派閥残党の連絡員の言葉を無視して、スピネルは扉の外へ。
その扉がある場所は━━ダンジョン1階層。
ほんの数ヶ月前まで、ヘスティアに稼ぎを持ち帰るんだという希望に満ちた気持ちで潜っていた場所。
過去の自分を幻視し、胸が締めつけられるほどの寂寥感に襲われながら、スピネルは動いた。
1階層にいるレベル1の冒険者達を蹴散らしながら。
「ぎゃああああああああ!?」
「なんなんだよ、こいつらぁああああ!?」
「なんで1階層にこんな化け物の大群が……ぐぇっ!?」
ああ、自分もミノタウロスが上層に出てきた時は似たような気持ちだったな。
かつての自分と似たような立場の下級冒険者達を蹂躙することを申し訳なく思う。
それでも、どうしても止まれない。
罪悪感を抱えながらも、ブレーキを失った激情に導かれるままに、スピネルはダンジョンの入り口へ。
そこを破壊して、百体以上の食人花と共に地上へ出た。
「モ、モンスターだぁああああああ!?」
「バ、バベルから出てきたぞ!? 冒険者は何やってんだぁ!?」
近くにいた民衆達が悲鳴を上げる。
クノッソスにロキ・ファミリアが来ていて、他の主要なファミリアも多くがクノッソスの出入り口を見張るために、持ち場が定められているという状況。
しかも、前の戦いでロキ・ファミリアのメンバーを結構ゴッソリ削ったため、足りない数を補うために、他の派閥から実力者を引き抜いたはずだ。
それを逆手に取って、本来のダンジョンの出入り口から正面突破。
出入り口を守る部隊は精強だったが、レベル4相当の食人花百体以上と、同じくレベル4相当に至り、瞬間最大火力なら
「とはいえ……」
もっと強い戦力が出てくるのも時間の問題だろう。
ロキ・ファミリアはクノッソスの中とはいえ、二大派閥の片割れであるフレイヤ・ファミリアとかは普通に地上にいるはず。
騒ぎを聞きつければ駆けつけてくる。
食人花達は大した戦果を挙げられないまま散るだろう。
この程度で大打撃を与えられるほどオラリオは脆くない。
だからこそ、派手に
「散って」
スピネルは地上に出た食人花達をほうぼうに散らせる。
少しでも冒険者達をあちこちに走らせて、時間を稼ぐために。
その間に、急いで目的を果たさなければ。
「まずは第一目標から。走ろう」
スピネルは走る。
行き先は地図なんか見なくても、それどころか目を瞑っていても辿り着ける。
だって、ほんの少し前まで毎日のように通っていた道なのだから。
ダンジョンでの稼ぎを持った冒険者達が、それを換金するために通る帰り道。
目的地は、冒険者の管理、支援を行う組織━━ギルド。
「バベルからモンスターがあふれてきただと!?」
「どうなってるんだ!? 早く詳細を調べろ!」
「そんなことより、冒険者への救援要請を急げ!!」
辿り着いたギルドは、それはもうバタバタしていた。
そりゃそうだ。
ダンジョンの蓋である『バベル』が破られるなど、前代未聞の事態。
ダンジョンがまだ『大穴』と呼ばれていた古代を思わせる悲劇的な事態。
混乱して当然。むしろ、混乱してもらわなければ困る。
「あ、エイナさーん!」
そんな悪夢のような事態の中で、スピネルはまるで友達にでも呼びかけるように、見つけた人物の名を呼んだ。
中途半端に長い耳をした、スピネルと同じハーフエルフの眼鏡美人。
ギルド職員、エイナ・チュール。
スピネルとベルのアドバイザーだった人だ。
「すみません! 今忙し……って、スピネルちゃん!? 嘘っ!? だって、死んだって……!?」
「実は生きてたんですよ」
フードから少しだけ顔を覗かせたスピネルは、笑顔でエイナに近づいた。
いきなりやってきた悪夢の状況と、凄く心配していた少女が生きていたという喜び。
希望と絶望の両方を同時に過剰摂取させられたエイナは、脳の処理が追いつかず、泣けばいいのか働けばいいのかわからなくなる。
「えい」
「…………え?」
そんなエイナに向かって━━スピネルは笑顔のまま拳を振り抜いた。
躊躇の無い腹パンが恩恵を持たない一般人であるエイナに炸裂し、激痛で意識が薄れていく。
「スピ、ネル、ちゃん……!?」
「エイナさん、ベルと仲良かったですよね。だから、ちょっとベルの目の前で死んでもらおうと思って」
笑顔のまま悍ましい台詞を口走るスピネル。
そこで、ようやくエイナは気づいた。
この笑顔は……違う。
これは断じてエイナとの再会を喜んでいるのではない。
最初は怯えた猫のようで、そこから少しずつ少しずつ心を開こうとしてくれていたあの少女は、もういない。
「お世話になったエイナさんを殺しちゃうのは心苦しいけど……でも、楽しみだなぁ。
目の前でエイナさんが死んだら、自分が何もできなかったせいで死んじゃったんだよって言ってあげたら、ベルはどんな顔をしてくれるんだろう……!
ごめんなさい、エイナさん。本当に悪いとは思ってるんです。
だけど私、どうしてもこの感情に抗えないんです……!」
罪悪感と歓喜、喜色と悲壮がグチャグチャに混ざったような壊れた笑顔でそう語るスピネル。
死んだと聞かされる直前の彼女をよく知っていたエイナは、ようやく悟った。
こんな混乱の中じゃなかったら、もっと早く気づいていただろう。
彼女がもう、取り返しがつかないほど破綻していることなんて。
「ごめん、ね……」
どんどん傷ついていくあなたを見ているだけで、助けてあげられなくてごめんね。
そんな深い深い後悔を抱きながら、エイナは気を失った。
「チュール!?」
「エ、エイナ!?」
「さて、ここも潰しておこうかな」
エイナが突然襲われ、ギルド職員達の思考は更なる混乱の中に叩き込まれる。
そんな彼らに向かって、スピネルは両手を向けて。
「『ファイアボルト』」
「「「ぎゃあああああああああ!?」」」
密かに
これで混乱は更に加速するはずだ。
難関の第二目標を達成するまでの時間が稼げる。
「さあ、次に行こう」
またフードを深く被り直したスピネルは、ここまで持ってきていた小型の食人花の口にエイナを放り込み、食べないように厳命して、隠れているように指示を出した。
知能の低い食人花でも、そのくらいの命令なら守れる。
小型とはいえレベル3くらいの力はあるので、発見されても強者以外には負けないはずだ。
あとは、回収に来る予定のスピネルがどうなっているかだが……。
「頑張ろう」
もう一度そう呟いて、スピネルは次の目的地へと向かって走り出した。