嫉妬の冒険譚


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作:凪 瀬
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26話 神会と称号と祝会と


不定期更新とはいえ、これ程投稿が遅くなった理由……はい。ちょっとモチベが下がり散らかしてました。言い訳はありません。
後、次回の構想もほとんど無いので遅れると思います。ゆるりとお待ちください。


 

 

「──全く、暫くは魔法の鍛錬も禁止よ。隠れてしてたらアミッドちゃんに報告しますからね」

 

「はい……気をつけます」

 

 怪我人にも関わらず中庭で鍛錬していた事がバレ、神様から説教されること数十分。ようやく解放された頃には足がプルプルと震え、立ち上がると鈍い痺れが足全体を(つんざ)いて、まともに立つことすらままならなかった。

 

「あら、そろそろ『神会(デナトゥス)』も終わる頃ね」

 

 『神会(デナトゥス)』。

 この都市に住まう神々が集まり、都市に関する様々な事柄について話し合う催し。神様曰く、暇神の集いで【ランクアップ】した眷属の称号(ふたつな)を決める悪ガキ共の集まり、らしい。

 普段であれば、神様が参加する気もなく俺とは直接関係のない『神会(デナトゥス)』など気にとめないのだが、今回だけは違った。

 

「ベル君の称号が決まった。ってことですかね……」

 

「……そうね。彼は良い子だから、無難なものであって欲しいわ」

 

 称号。この【オラリオ】に存在する冒険者の上位数%しかいないLv2以上の上位冒険者に神から与えられる栄誉ある名前。

 神様曰く悪ノリと可愛がりの悪魔合体らしいが、俺たち眷属からするとどれも素晴らしい名のように思う。やはり、神様達と俺たちの視点ではものの見え方が違うようだ。

 称号が与えられることは、その強さを認められたことと同義であり、俺達冒険者にとって1つのステータスとなりうる。

 ベル君は一体どんな称号を与えられたのだろうか?【猛牛殺し(オックス・スレイヤー)】とか【血濡れの兎(レッド・キャップ)】とかだろうか?

 などと考えていると、家の扉がノックされる。今日は特に来客の予定もなかったはずだが……?

 俺が声を上げる前に、神様が扉の前まで行き来客を訪ねていた。

 

「はーい、どちら様ですか?」

 

「ベル・クラネルです!ズィーヤさんは居ますか?」

 

「あらっ!ベル君だったの、いらっしゃい!」

 

 噂をすればなんとやら、尋ね人は話題に挙がっていたベル君だったようだ。意気揚々と神様が開けた扉の先では茶色のシャツを着ただけのベル君が照れたような顔で立っていた。

 

「こんにちは。ズィーヤさん、メガイラ様」

 

「こんにちは。そうだ、Lv2になったんだってね、祝いが遅くなってすまないね。改めて、おめでとう」

 

 祝いと共に頭を下げる。本来ならもっと早く祝うべきだったんだが、如何せん俺の心情が穏やかじゃなかったからな。

 ベル君に伝わることはないとしても、1つのケジメとして謝り、改めて祝うべきだろう。

 

「い、いえいえ!僕が【ランクアップ】できたのも、ズィーヤさんが一緒に戦ってくれたからですし!」

 

「謙遜しなくてもいいさ。あの時、ミノタウロスを倒したのは君だ。恐怖もトラウマも乗り越えて、英雄になる一歩を踏み出したのは君だったんだ。その事実に誇りを持つといい」

 

 謙虚に過ぎるのも考えものだな……それが彼のいいところでもあるんだけど、無用な揉め事に巻き込まれそうで恐ろしいよ。

 

「それで、俺に何の用だい?」

 

「あっ!その、今日の7時頃から『豊饒の女主人』で僕の【ランクアップ】を祝うパーティをするらしいんですけど、ズィーヤさんもどうかなって」

 

「俺も?そうだな……」

 

 背後でお茶請けの準備をしていた神様の方を見てみると、神様は俺の視線に気づきにこりと柔和な笑みを浮かべた。

 

「私のことは気にしないで、楽しんでいらっしゃい。ベル君も、いっぱい祝われてくるといいわ」

 

「ありがとうございます。そういうわけだから、有難く参加させてもらうよ」

 

「はいっ!じゃあ、僕は一旦帰って神様が帰ってくるのを待ちますね。また夜に!」

 

「あぁ、また後でね」

 

「気をつけて帰るのよ〜」

 

 来る時よりも軽快に走り去って行くベル君に手を振り、はたりと気づいた。

 

「……ベル君、お茶飲んでってないですね」

 

「ふふ、それだけ貴方にお祝いされて嬉しかったんでしょう。用意したお茶請けは、2人で食べちゃいましょうか」

 

「……ですね」

 

 もしかしたら、神様はこうなることも予想していたのかもしれない。心の読めない俺に真相は分からないが、ひとまずは神様とのお茶会を満喫するとしようか。

 

 

 ベル君が帰ってから鍛錬も出来ず、神様と他愛ない話をしたり本を読んだりして時間を潰して現在。時計の針は6時を指し示し、空も茜色を深くして夜の気配がし始めていた。

 

「さて、そろそろ行ってきますね」

 

「えぇ、楽しんでくるのよ」

 

「はい。遅くならないようにしますが、遅くなりそうなら無理に起きてなくて大丈夫ですからね」

 

「分かってるわ。ズィーヤも夜道には気をつけるのよ」

 

「はい。それじゃ、行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 神様に見送られて外に出れば、探索帰りの冒険者や買い物帰りの主婦など様々な人が自宅へと帰っていくのが目に入る。たった数日ホームから離れていただけだったというのに、この景色に妙な感慨深さや懐古の念を感じてしまうのは、その数日が濃かったからだろうか?

 胸が軽いような重いような奇妙な感情を携えながら『豊饒の女主人』に向けて歩いていると、前方から何かが小さな土埃を上げて走って来た。

 

「あれは……ベル君?なんで神様たちに追いかけられてるんだ?!」

 

 ホームから帰って行った後から今までの数時間に一体何があったら、こんなに珍妙なことになるというのか……。

 とにかく、今はベル君を助けることが優先だ!

 

「ベル君!」

 

「ズィーヤさんっ!?」

 

「この先の右側に狭い路地がある。そこから目的地に近い大通りに出られるはずだ。俺が何とか時間を稼ぐから、その隙に路地へ入って全力で目的地へ向かえ」

 

「えっ、でもズィーヤさんは……」

 

「このままだと遅刻だろ?主役が遅刻してたら世話ないさ。俺は遅れて参加するから、他の皆へ説明を頼んだよ」

 

 説明を終えて追いかける神々を足止めするために振り返る。街中ということもありベル君も全力ではなかったのだろうが、それでも一般人と大差のない身体能力の神々とはスピードに差があったのか、多少距離が空いていた。

 ベル君が速度を上げ路地に入ったのを確認して、改めて目の前に迫る神々の声に耳を傾ける。

 

「ベル君〜!改宗しよ〜!って、ベル君が消えたっ!?」

 

「なん……だと……!」

 

「あれ誰?ベル君と同じファミリアの子?」

 

「げぇっ!?あれメガイラんとこの眷属じゃん?!手ぇ出したらメガイラに殺されるっ?!」

 

「メガイラんところっていや、悪人に油断もしない容赦もしない徹底的にやるでちょっと話題になったよな、もしかして:死?」

 

「ベルきゅん〜!どこいったんだ〜い!出ておいで〜!ちょっと上裸になってくれるだけでいいから〜☆」

 

「わ〜すっごい」

 

 走りながらも各々が好き勝手に叫んでるせいで統一性がまるでない。

 どうやら俺の事を知っている神様もいるようだが、どちらかと言えば神様の方が有名らしい。神様も神界で色々あったと言っていたし、その時の名残と言うやつだろうか?

 後、約1柱に関してはガネーシャ様に通報しておいた方がいいんじゃないだろうか?明らかに初犯の発言じゃないだろ。

 色々思うことはあれど、やるべき事に変わりは無い。神々の足止めと程よいタイミングで抜け出して『豊饒の女主人』へ向かう。

 そのためにも、先ずは足を止めてもらわないとな。

 

「神々よ、今夜ベル君は友人との大切な用があるのです。どうか、お引き取り願えないでしょうか?」

 

「その程度で止まれるものかよっ!俺たちのベル君へかける思いはそう簡単に止められないぞっ!」

 

「そうよっ!私たちは、彼という未知の為にここまでひた走って来たの!」

 

「悪いなメガイラのところの眷属()よ、その道をこじ開けさせてもらうぞっ!」

 

「行くでガンスっ!」

 

「フンガーっ!」

 

「待っててくれよ、ベルきゅん〜!!」

 

「そんなこったろうとは思いました。『歪め』」

 

 ポケットから取り出しておいた小さな泥の玉を走ってくる神々へと投げる。全員の視線が玉へと集中した瞬間を見計らって、スキルによって泥玉を光へと変化させ、視界を奪う。

 

「眩しっ!」

 

「目がァ……!目がァ……!」

 

「何も見えん……何も感じん……いや、何もかもが」

 

「イ↑ッタ→イ↓目ガ↑ー!!」

 

「ぐえぇぇ眩しすぎるンゴぉぉ!!」

 

 至近距離から極光を浴びてしまった神々は、目を抑えたり地面に蹲ったりと様々な反応で立ち止まってくれた。これが武神や冒険者なら効果は少なかったんだろうが、油断していた神々には効果覿面だったようだ。

 足止めはできたとしても、このまま進めば路地の存在に気づき、神々の叡智をもってベル君を先回りする可能性も否めない……。

 ならば、路地の存在を隠すのがいいか。

 

「『深く望むは我が理想 未だ見えぬ羨望の果て 嫉妬に汚れた泥の理想 変われ、変われ、変われ 嫉妬を満たせ 羨望の道を駆けろ 不出来な理想(プロミコス・イデア)』」

 

 目眩しが効いているうちに路地に入り、魔法を発動させることで簡易的な壁を作る。多少他の家と壁の色が違うが、夕日も沈めば違いは分からなくなるだろう。明日にでもスキルでそよ風か何かに変えておけば存在もバレない。

 

「改めて、凄い魔法だな……」

 

 スキルも合わせてしまえば凶悪極まりない魔法だ。悪事に使おうと思えば、なんとでもできてしまう。だからこそ、この魔法とスキルを扱う俺はあり方に気をつけなきゃな。

 

「あれっ?!あいつどこいった!?」

 

「ベル君の残り香もない……一旦別れるか?」

 

「周りにいた子達に話を聞くのは女々か?」

 

「名案にゴツ」

 

「この壁、何か、変?」

 

「くっ!あと少しでベル君の純潔が手に入ったのに……!」

 

「「「「「いや、それは無い」」」」」

 

 作り出した壁の向こうで光から回復したらしい神々が話し合っているが、気づいた様子もなく走り去ってしまった。

 幸い、周囲の目撃者もいなかったようで俺が路地に入ったことや魔法を使ったことはバレなかった。

 一応、目眩しを使う前に確認したが、何事も予想外ということはあるからな。

 

「さて、さっさと向かうか」

 

 何だかんだとやっていたら予定時間を過ぎている。早く行かなければ、ベル君はまだしもリリに怒られてしまうかもしれないからな。

 

 

 

「はっはっはっ!パーティのことでお困りかあっ、【リトル・ルーキー】!?」

 

 一通りベルの【ランクアップ】を祝った後、リューから中層以降へ探索するため、パーティを増やすべきだという助言を受けたベル。この先の探索も考え【ファミリア】の勧誘に力を入れるべきかと悩んでいると、別のテーブルについていた冒険者が酒を煽りながら声を張上げた。

 額や頬の傷跡から堅気とは思えない厳つい様相にベルが尻込みする中、酒精を纏った冒険者3人は意気揚々とベルを自身のパーティに誘う。

 冒険者達の勢いに飲まれ、二の句を告げずにいると入口から慌てた様子のズィーヤが入って来た。

 

「いやぁ、思ったよりも複雑な道だった!で?ベル君たちはっと」

 

「いらっしゃいにゃ〜」

 

「プリケツの少年ならあっちのテーブルにゃ、早く行くことを勧めるにゃ〜」

 

 賑やかながら妙な緊張の流れる店内に入ってきた新参と変わらず呑気な猫2匹。周囲が3人に目を向け、ベルに絡んでいた冒険者──モルドもベルと自身に近づいてくるズィーヤに訝しげな目を向ける。

 

「やぁ、ベル君、リリ。遅くなってすまないね。いやぁ、あの路地暗くなったら道が分かりにくくなって少し迷っちゃってね。シルさんとリオンさんは休憩ですか?」

 

 モルド達の存在を気にしない立ち回りと間髪入れない発言の連続にベルは目を白黒させるが、シルとリューは気にせず、ズィーヤの発言に乗っかるように会話を続けていく。

 

「ミア母さんが私達を貸してやるから存分に笑って飲めと、後は金を使えとのことでご相伴にあずかっています」

 

「ズィーヤさんは何を飲みますか?やっぱりエールですか?」

 

「なるほど、ミアさんの気遣いでしたか。それなら、羽目を外すしかありませんね。とはいえ、酒は苦手なので果汁(ジュース)でお願いします」

 

「らしいので、お願いします。アーニャ」

 

「了解にゃ〜ミア母ちゃん〜腹ぺこ魔物が果汁らしいにゃ」

 

「なんだいっ!冒険者だったら酒のひとつでも飲みな!うちの飯は酒と合うように作ってるんだよ!」

 

「すみません!でもミアさんのご飯は酒じゃなくても美味しいでしょう?信頼してますよ」

 

「へっ!言ってくれるじゃないかっ!今日も腹いっぱい食べて金落としていきな!」

 

「はは、ありがとうございます!」

 

 カウンターで作業するミアを巻き込んで、割り込む隙を与えない軽快な会話を披露するズィーヤ。

 最初は恫喝しようといきり立っていたモルド達もアーニャとクロエによって流れるように自身達のついていた席に座らされ、酒精も相まって状況が飲み込めず困惑した様子だった。

 クロエによってズィーヤの果汁が運ばれくるや否やそれを持ちベルの前に突き出す。

 変わり続ける状況に頭を揺らしていたベルも目の前に杯を突きつけられたことに気づき、その真意を理解すると笑みを浮かべて自身の杯を持つ。

 

「遅れてきた俺が音頭を取るのもどうかと思うが、改めて【ランクアップ】おめでとうベル君!」

 

「ありがとうございます」

 

「じゃ、それを祝って、乾杯っ!」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 いつの間にかベル以外の全員も杯を持ち、ズィーヤの音頭と共に打ち付ける。カンっという軽快な音と共に中の飲み物が揺れ、ベルを祝うパーティが再開された。

 

「いやちょっと待てぇい!!」

 

 だが、和やかな雰囲気のズィーヤ達に待ったの声が届く。言わずもがな、ようやく混乱の解けたモルド達であった。

 ベルを善意(・・)からパーティに誘い、あわよくばリューとシルと共に飲もうと寡作していた面々からしてみれば、突然現れて流れるように自分達をおしのけテーブルについたズィーヤはベルと同じかそれ以上に気に食わない存在となっていた。

 

「黒ずくめのガキ!テメェ、一体どういうつもりだっ!」

 

「どういうって……いや、普通に呼ばれてたパーティに参加しただけですよ。何をそのように怒っていらっしゃるんですか?」

 

「白々しい!俺らが善意から【リトル・ルーキー】をパーティに誘ってやったってのに邪魔しやがって!」

 

「え、ベル君の称号【リトル・ルーキー】になったのか?」

 

「あ、はい。神様が何とかもぎとった無難な称号だそうです」

 

「そうからそうか!俺はベル君の良さが滲み出るいい称号だと思うよ」

 

 モルドが憎々しげに声を張上げる中、ズィーヤはベルについた称号にテンションを上げる。ベルも自身の称号が褒められたことを喜び、はにかんだ笑みを浮かべていた。

 だが、自分達のことを無視して和やかに会話する2人の姿に、馬鹿にされたと思い混んだモルド達の怒りは頂点に達した。

 

「こんの、クソガキ共がぁっ!」

 

 モルドは目の前に座るズィーヤに向けて豪快に拳を振り下ろす。どれだけ酒精に溺れようとレベル2の強さは健在であり、長年冒険者をしているだけはある振り下ろしだった。

 

「やめろ」

 

 もっとも、同じテーブルにつく妖精はLv2では相手にならない存在であるんだが。

 モルドの振り下ろした拳を手前のジョッキで絡め取り、流れるような動きで後ろへと捻りあげる。下へ向かう拳の動きを横へズラし、手首と体の回転によって後ろへ回りこみ、腕を上げて体重で下へ落としたのだ。

 類稀な身体操作によって瞬く間にモルドに膝をつかせ痛みに呻かせる。

 

「彼は私の友人だ。無体な真似はやめてもらおう」

 

 モルドが無力化され、二の足を踏む他の冒険者達を強く睨みつけ、拳の詰まったジョッキを捻じる。

 痛みに叫ぶ声が静寂が広がる酒場により強く響きわたる。

 モルドの叫び声にようやく状況を理解したのか、慌てた仲間達によってモルドの手からジョッキが取り外される。しかし、捻られた手首と締め上げられた肩が痛むのか、モルドは膝をつけたまま目の前に立つリューを睨みつけることとなった。

 

「ぐぅ……!て、てめぇ!!」

 

「何しやがるこのアマっ!」

 

「ふざけんじゃねぇぞ!」

 

 手の痛みが引いてきたのか、モルド達は一層怒りを露わにしてリューに向けて襲いかかろうとする。

 迫り来る冒険者達を前にして、どこからか小太刀を装備し一手に迎え撃とうとする。

 しかし、冒険者達がリューへ辿り着く前に、ガツンッ!という鈍い音と木が砕ける音が響く。

 

「「ぐべぇ!」」

 

 モルド以外の2人が断末魔と共に崩れ落ちる。彼らの背後では半分ほど砕けて木屑と化した椅子を構えるアーニャとクロエの姿があった。

 

「ニュフフ、後頭部がお留守ににゃってますよ、ニャ」

 

「男ってのは面倒臭いにゃ〜」

 

 Lv2を簡単に打ち倒し、余裕綽々といった態度で会話を続ける2人の姿に、モルドは後ずさる。

 少し周りを見てみれば、剣呑な眼光で睨みつける妖精(エルフ)と笑顔ながら不穏な影を作る猫人が2人、奥では我関せずと仕事を続ける人族。

 自分達の行動になんの不安も感じず、ちょっとした催しのように傍観者に徹する冒険者達と、驚きの連続に目を白黒させるベル。

 そして、渦中にありながら薄気味悪い笑みを浮かべ、モルドを見つめるズィーヤ。

 

「なんなんだよ……なんなんだよテメェらはァァ!?!」

 

 自身の理解できない状況になってしまい混乱の極地に達したモルドは腰に携えた鞘から短剣を抜き放つ。魔石灯の光を反射して白く光る剣を見て、店員達が一斉に目を細める。

 自身に向けられたわけではないというのに、ベルの背筋が震え、ズィーヤが笑みを引き攣らせる程の恐ろしさを放つ店員達。

 次の瞬間にはモルドが物言わぬ肉塊に変わる可能性さえある一触即発の雰囲気の中、カウンターで大爆発が起こる。

 酒場に存在した全ての生物が、ミアの振り下ろした拳によってV字に折れ曲がったカウンターを見て顔を青ざめさせる。

 

「騒ぎを起こしたいなら外でやりな。ココは飯を食べて酒を飲む場所さ」

 

 身を貫くほどの静寂に包まれている店内に、ミアの声が低く響く。怒鳴っている訳では無いが、ビリビリと肌を撫でる覇気がミアの怒りを如実に表していた。

 ルノア達はコソコソと自身の仕事へ戻り、リューとシルも決してミアの方を見ないようにと目を逸らす。

 一通り睥睨した後、青を通り越して白に変色した顔のモルドを見据えた。

 

「で、そこのアホンダラ。転がってる馬鹿どもを連れてさっさと行っちまいな。もし今度面倒を起こしたら……この店の下に埋めるからね」

 

 有無を言わせぬ圧と共に発された言葉に、モルドは泣きそうになりながら首を上下に振る。

 手でしっしっと去るよう動かすミアに怯え、足を縺れさせながら仲間を担いで出口へと転がっていく。

 

「アホンダレェっ!金は払っていくんだよっ!!」

 

「は、はいぃぃっ!!」

 

 ミアの怒号に殴りつけられ、有り金を全て落として去っていく。

 モルド達の去った店内は徐々に喧騒を取り戻し、小人族の音頭もあって先程までの喧騒を取り戻していった。

 

「いやぁ、どうも面倒事にしてしまったようですみません」

 

「気になさらないでください。ああいう手合いは稀にいますから」

 

「そうですよ。私は何もしてないですしね」

 

「それに、ズィーヤ様がいらっしゃらなかったらもっと面倒になっていた可能性もありますからね」

 

 困ったように眉を垂らし、迷惑をかけたリューとシルに謝罪をする。たが、荒事に慣れているリューは凛とした表情を崩さず、シルは苦笑いとともに手をヒラヒラと振る。

 そして、2人に追従する形でリリがフォローしたことでズィーヤも安堵の息をついた。

 

「ベル君も、すまないね。祝いの席でこんなことになっちゃって」

 

「い、いえいえ!気にしないでください!」

 

 目を伏せて謝罪するズィーヤに慌てて気にしていないと言うベル。

 謝罪も終わって数秒、気まずい沈黙が流れる。

 その沈黙を破るように、パンッとシルの手を合わせる音が響いた。

 

「それじゃあ、仕切り直しをしましょうか」

 

 シルの号令と共に全員が杯を持ち上げ、改めて乾杯をする。

 思いがけない騒動もありつつ、パーティは盛り上がり、彼ら彼女らは夜遅くまで美味しい酒と美味な食事に興じるのだった。




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