「ヴァレッタが死んだそうだな」
「はい……」
元気の無いスピネルに、レヴィスはいつも通りの態度で話しかける。
……元気は無いものの、鍛錬は普通にやりまくっているし、今行っている自己強化のための魔石食いにも余念が無い。
少なくとも、信念がぶれるほどのショックではないのだろう。
「悲しいのか?」
「いえ、そこまでは。ヴァレッタさんの自業自得ですし」
ヴァレッタ・グレーデは沢山の人を殺してきた。
あれだけやれば、そりゃ恨みくらい買うだろう。
なら、報いを受けて死ぬのは道理だ。
……けれど、それならば。
「ただ、悲しむ代わりに思いましたよ。人を傷つけたら、報いを受けるんだなって。
なら、私を傷つけた奴らも報いを受けなきゃおかしいって、改めて確信できました」
その時、元気が無かったはずのスピネルの声に……喜色が混じった。
「良かったぁ。殺していいんだ。踏みにじっていいんだ。
また世界は私から取り上げた。ロキ・ファミリアを殺した報いに、あんな小さな小さな、幸福とも呼べないような幸せの欠片すら容赦なく取り上げた。
なら、あいつらからも容赦なく取り上げていいんだ。取り上げられるべきなんだ。
ベルも、あの娼館の奴らも、全部全部全部全部ぜぇぇぇんぶ、幸せの欠片も残らないくらい取り上げて、踏みにじって、ぶっ壊して良いんだ。
だって、私はそうされたんだから。それが正しいんだ。それが世界の真理なんだ。アハハ、アハハハハハハハ!」
壊れたように恍惚とした顔で嗤い出すスピネル。
狂気が加速する。
褒めてくれた人の死を経て、少女の闇はより強く、より黒く……。
「さぁ! 計画を進メましょう! 頑張りまショうネ、レヴィスさン!」
「……ああ、そうだな」
果たして、この奪われ続けて壊れてしまった哀れな怪人は、どこへ行くのだろう。
あまりにも痛ましい後輩の姿を見て、せめてその最期が少しでも安らかなものであってほしいと、先輩怪人は柄にもなくそんなことを思った。
◆◆◆
ヴァレッタの訃報を聞いてからしばらく経った、ある日。
優秀な指揮官がいなくなってしまったことで指揮系統が乱れ、未だにワタワタしているクノッソスを訪れた時。
スピネルはおかしな光景を目にした。
「うぅ……助、けて」
絶望した顔で泣いている、小さな女の子がいた。
ただし、彼女の肌は青く、竜の鱗のようなものが張りついていて、背中には翼があった。
モンスターだ。喋るモンスター。
もしかして、
「おい、化け物。逃げてんじゃねぇよ」
「あぐっ!?」
そんな怪物の少女は、後から現れたゴーグルを付けた男に思いっきり蹴り飛ばされた。
小さな女の子が虐げられている光景は、昔を思い出して気分が悪くなる。
そうして眉をしかめたスピネルだが、
「助けて……ベル……!」
「は?」
少女の口からその名前が出てきたことで、一瞬にして思考回路が切り替わり、憐憫の感情が吹き飛んでしまった。
「今、ベルって言った?」
「あぁ? なんだ、テメェは?」
「あ、すみません。私はレヴィスさんの連れです」
「レヴィス……ああ、あの化け物女か」
ゴーグルの男が「チッ」と舌打ちした。
どうやら、レヴィスに対して、あまり良い感情を持っていないらしい。
とはいえ、あのバカみたいに強い先輩と敵対するつもりもないらしく、スピネルに何かをしてこようとはしなかった。
「で、なんの用だ?」
「そこの女の子が気になる名前を口走ったもので。ちょっと彼女とお話していいですか?」
「……チッ。手短にしろよ」
「ありがとうございます」
許可をもらって、怪物の少女に近づく。
フードで顔を隠したスピネルのことを、少女は怯えた目で見ていた。
昔の自分とどこか似ているようにも感じたが、それすらどうでもいい。
「あなた今『助けて、ベル』って言ったよね? それってヘスティア・ファミリアのベル・クラネル? 教えて」
「あ、がっ……!?」
少女の首を掴み上げて絞めながら、スピネルは問いかける。
ゴーグルの男が後ろで「ヒュー」と口ずさんでいた。
一方、
「ベルに、何する、つもり……!?」
怪物の少女は、スピネルのただならぬ様子に何かを察したのか、強い視線で睨み返してきた。
この絶体絶命の状況で、モンスターとはいえか弱い少女がだ。
その反応だけで、知りたいことは知れた。
「アハハ、アハハハハハ!! 凄いなぁ! ベルは本当に凄いなぁ! とうとうモンスターの女の子まで引っ掛けちゃったんだ! アハハハハハハハハ!」
「ひっ……!?」
スピネルが嗤う。
狂ったように、壊れたように。
それを見て、怪物の少女はとうとう恐怖に屈して、押し殺したような悲鳴を上げた。
モンスターとは、人類の不倶戴天の敵だ。
千年前にオラリオというダンジョンの蓋が出来上がるまでの間に、数多のモンスターが地上へあふれ出し、現在でもその子孫達が元気に誰かを虐殺している。
モンスターへの憎悪を抱く者なんて珍しくもない。
特にこのオラリオでダンジョンに挑む冒険者達は、仲間がモンスターに殺されるのが日常。
自分でダンジョンに足を踏み入れた結果の自業自得とはいえ、それでも大切な人を奪った存在を恨むなというのは無理な話だ。
つまり、この
一部の奇特な人間は情けをかけるかもしれないが、大多数の者は殺せと言うだろう。
ベル・クラネルがこの少女を庇おうとするなら、石を投げられるだけでは済まない。
これは、とても興味深い展開だ。
「決めた。君を巡る物語を観察させてもらうよ」
「げほっ!? げほっ!?」
少女の首を離し、スピネルはゴーグルの男の方に近づいた。
「この子を捕まえているのは、あなたですよね?」
「だったらなんだ?」
「少しの間、あなたのところでお世話になります」
「はぁ?」
訝しげに眉をひそめるゴーグルの男。
彼はスピネルのことが個人的に気に入らないのか「テメェの事情なんか知るか、断る」と言っていたのだが、強引にお邪魔することにした。
思いっきり邪険にされたが、怪人陣営との敵対を恐れてか、殺してでも排除するという対応まではされていない。
そうして、闇派閥残党と強い癒着関係にある『イケロス・ファミリア』にて、持ち込んだ魔石をボリボリと齧りながら、スピネルはその時を待った。
暇な時間を作るなんてありえないので鍛錬をしていたら、イケロスの団員がチョッカイを出してきて、その団員はいつの間にか鍛錬に巻き込まれ、他の団員も次々に巻き込まれていって乱闘みたいになり。
収拾がつかなくなったところを、団長であるゴーグルの男『ディックス』に怒鳴られたりしている間に二日が経過。
僅か二日で、事態は大きく動いた。