英雄(ベル・クラネル)を嫌いになるのは間違っているだろうか


メニュー

お気に入り

しおり
作:カゲムチャ(虎馬チキン)
▼ページ最下部へ


23/36 

22 怪物の少女


「ヴァレッタが死んだそうだな」

「はい……」

 

 元気の無いスピネルに、レヴィスはいつも通りの態度で話しかける。

 ……元気は無いものの、鍛錬は普通にやりまくっているし、今行っている自己強化のための魔石食いにも余念が無い。

 少なくとも、信念がぶれるほどのショックではないのだろう。

 

「悲しいのか?」

「いえ、そこまでは。ヴァレッタさんの自業自得ですし」

 

 ヴァレッタ・グレーデは沢山の人を殺してきた。

 あれだけやれば、そりゃ恨みくらい買うだろう。

 なら、報いを受けて死ぬのは道理だ。

 ……けれど、それならば。

 

「ただ、悲しむ代わりに思いましたよ。人を傷つけたら、報いを受けるんだなって。

 なら、私を傷つけた奴らも報いを受けなきゃおかしいって、改めて確信できました」

 

 その時、元気が無かったはずのスピネルの声に……喜色が混じった。

 

「良かったぁ。殺していいんだ。踏みにじっていいんだ。

 また世界は私から取り上げた。ロキ・ファミリアを殺した報いに、あんな小さな小さな、幸福とも呼べないような幸せの欠片すら容赦なく取り上げた。

 なら、あいつらからも容赦なく取り上げていいんだ。取り上げられるべきなんだ。

 ベルも、あの娼館の奴らも、全部全部全部全部ぜぇぇぇんぶ、幸せの欠片も残らないくらい取り上げて、踏みにじって、ぶっ壊して良いんだ。

 だって、私はそうされたんだから。それが正しいんだ。それが世界の真理なんだ。アハハ、アハハハハハハハ!」

 

 壊れたように恍惚とした顔で嗤い出すスピネル。

 狂気が加速する。

 褒めてくれた人の死を経て、少女の闇はより強く、より黒く……。

 

「さぁ! 計画を進メましょう! 頑張りまショうネ、レヴィスさン!」

「……ああ、そうだな」

 

 果たして、この奪われ続けて壊れてしまった哀れな怪人は、どこへ行くのだろう。

 あまりにも痛ましい後輩の姿を見て、せめてその最期が少しでも安らかなものであってほしいと、先輩怪人は柄にもなくそんなことを思った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 ヴァレッタの訃報を聞いてからしばらく経った、ある日。

 優秀な指揮官がいなくなってしまったことで指揮系統が乱れ、未だにワタワタしているクノッソスを訪れた時。

 スピネルはおかしな光景を目にした。

 

「うぅ……助、けて」

 

 絶望した顔で泣いている、小さな女の子がいた。

 ただし、彼女の肌は青く、竜の鱗のようなものが張りついていて、背中には翼があった。

 モンスターだ。喋るモンスター。

 もしかして、怪人(じぶん)達のお仲間だろうか。

 

「おい、化け物。逃げてんじゃねぇよ」

「あぐっ!?」

 

 そんな怪物の少女は、後から現れたゴーグルを付けた男に思いっきり蹴り飛ばされた。

 小さな女の子が虐げられている光景は、昔を思い出して気分が悪くなる。

 そうして眉をしかめたスピネルだが、

 

「助けて……ベル……!」

「は?」

 

 少女の口からその名前が出てきたことで、一瞬にして思考回路が切り替わり、憐憫の感情が吹き飛んでしまった。

 

「今、ベルって言った?」

「あぁ? なんだ、テメェは?」

「あ、すみません。私はレヴィスさんの連れです」

「レヴィス……ああ、あの化け物女か」

 

 ゴーグルの男が「チッ」と舌打ちした。

 どうやら、レヴィスに対して、あまり良い感情を持っていないらしい。

 とはいえ、あのバカみたいに強い先輩と敵対するつもりもないらしく、スピネルに何かをしてこようとはしなかった。

 

「で、なんの用だ?」

「そこの女の子が気になる名前を口走ったもので。ちょっと彼女とお話していいですか?」

「……チッ。手短にしろよ」

「ありがとうございます」

 

 許可をもらって、怪物の少女に近づく。

 フードで顔を隠したスピネルのことを、少女は怯えた目で見ていた。

 昔の自分とどこか似ているようにも感じたが、それすらどうでもいい。

 

「あなた今『助けて、ベル』って言ったよね? それってヘスティア・ファミリアのベル・クラネル? 教えて」

「あ、がっ……!?」

 

 少女の首を掴み上げて絞めながら、スピネルは問いかける。

 ゴーグルの男が後ろで「ヒュー」と口ずさんでいた。

 一方、

 

「ベルに、何する、つもり……!?」

 

 怪物の少女は、スピネルのただならぬ様子に何かを察したのか、強い視線で睨み返してきた。

 この絶体絶命の状況で、モンスターとはいえか弱い少女がだ。

 その反応だけで、知りたいことは知れた。

 

「アハハ、アハハハハハ!! 凄いなぁ! ベルは本当に凄いなぁ! とうとうモンスターの女の子まで引っ掛けちゃったんだ! アハハハハハハハハ!」

「ひっ……!?」

 

 スピネルが嗤う。

 狂ったように、壊れたように。

 それを見て、怪物の少女はとうとう恐怖に屈して、押し殺したような悲鳴を上げた。

 

 モンスターとは、人類の不倶戴天の敵だ。

 千年前にオラリオというダンジョンの蓋が出来上がるまでの間に、数多のモンスターが地上へあふれ出し、現在でもその子孫達が元気に誰かを虐殺している。

 モンスターへの憎悪を抱く者なんて珍しくもない。

 特にこのオラリオでダンジョンに挑む冒険者達は、仲間がモンスターに殺されるのが日常。

 自分でダンジョンに足を踏み入れた結果の自業自得とはいえ、それでも大切な人を奪った存在を恨むなというのは無理な話だ。

 

 つまり、この怪物(モンスター)の少女は人類に受け入れられない。

 一部の奇特な人間は情けをかけるかもしれないが、大多数の者は殺せと言うだろう。

 ベル・クラネルがこの少女を庇おうとするなら、石を投げられるだけでは済まない。

 これは、とても興味深い展開だ。

 

「決めた。君を巡る物語を観察させてもらうよ」

「げほっ!? げほっ!?」

 

 少女の首を離し、スピネルはゴーグルの男の方に近づいた。

 

「この子を捕まえているのは、あなたですよね?」

「だったらなんだ?」

「少しの間、あなたのところでお世話になります」

「はぁ?」

 

 訝しげに眉をひそめるゴーグルの男。

 彼はスピネルのことが個人的に気に入らないのか「テメェの事情なんか知るか、断る」と言っていたのだが、強引にお邪魔することにした。

 思いっきり邪険にされたが、怪人陣営との敵対を恐れてか、殺してでも排除するという対応まではされていない。

 

 そうして、闇派閥残党と強い癒着関係にある『イケロス・ファミリア』にて、持ち込んだ魔石をボリボリと齧りながら、スピネルはその時を待った。

 暇な時間を作るなんてありえないので鍛錬をしていたら、イケロスの団員がチョッカイを出してきて、その団員はいつの間にか鍛錬に巻き込まれ、他の団員も次々に巻き込まれていって乱闘みたいになり。

 収拾がつかなくなったところを、団長であるゴーグルの男『ディックス』に怒鳴られたりしている間に二日が経過。

 僅か二日で、事態は大きく動いた。

23/36 



メニュー

お気に入り

しおり

▲ページ最上部へ
Xで読了報告
この作品に感想を書く
この作品を評価する