【短編版】根無草のタンブルウィード 〜終末世界珍道紀行〜

磯崎雄太郎

ACT1−1 旅のトラブルはむしろスパイス【カラーイラスト付】

 まず、最初に言っておきたいのは、世界が滅んでもヒトはしぶとく生き延びたということ。

 案外俺たちは、文明の一つ二つが終わったくらいでは死なないのだと、先祖は証明したのだ。


 俺は、だからこそ自分がその世界で。

 この、美しく残酷な世界で生きる意味を探していた。


 頼りになる、愉快な仲間たちと共に。

 珍道紀行をしながら——。


×


 昔々大きな隕石が衝突して、地殻変動と気候変動が起きました。

 文明は崩壊し、世界は終末へと至り、それでも人類は滅ぶことがなかったのです——。

 生き延びた人類は長い年月をかけて、今再び、文明を復権するために前進を始めたのでした。

 地上には恐るべき変異生物ゼノシスがおりましたが、人類は決して、屈することはなかったのです。


 ——大人たちが子供に聞かせる、この時代のあらましをわかりやすく説明したものだが。

 居並ぶビル群の損壊は激しく、半ばから吹き飛んでいるものが多い。半壊しドミノ倒しになるもの、かろうじて原型を留めるも緑に飲まれているものなど、その有様は様々だ。

 復権、という言葉から程遠い、人類が預かり知らぬ宇宙から来た巨石に敗北したモニュメントの数々。


 あるいはそれらはさながらここで生きていた者たちの墓標のように佇んでいる。

 吹き荒ぶビル風は亡霊の呻き声のようにも嘆きのようにも聞こえて、不気味だった。

 かつての栄光を照らすように中天に差し掛かった太陽がビル影を落とし、その影法師が、死者の手のように溟府めいふへ手招いている——と思うのは、俺の想像の飛躍だろうか。


 そんなかつての都市の遺構。割れたスーパーアスファルトを踏み締める一機の機械のカニの姿があった。

 足は八本、鋏は二本。厳密には足が十本というべきだが、便宜上足と鋏に分けたほうがわかりやすいので、そうする。

 GAZAMI-53、という型式で呼ばれる浪浜製作所なみはませいさくしょ装甲歩脚重機ウォーカードレス

 背中には追加の積荷槽カーゴを宿の巻貝よろしく背負っているが、それはヤドカリではなくモチーフはガザミであり、それを所有する俺たちはマタキチと呼んで可愛がっていた。


 岩のような青灰色のそれに乗り込んでいるのは、青白い毛皮に黒い豹柄の、ユキヒョウ系獣人——変異人類アンスロの女。通りのいい表現で言えばケモノ、メスケモである。

 ジゼルと名乗る彼女は、二年前に出会った。行き倒れていた彼女を助け、まあ、色々あって一緒に行動している。

 マタキチの半分外に露出している操縦席で——否、御者台と言うべきそこで、頑強な彼のを引きながらにわかに考える様子を見せた。


 マタキチの下——普通に銃を握って歩いていた黒と緑が入り混じった髪の、俺はマタキチを見上げる。その隣には、機械仕掛けの狼犬が一頭。


「どうした?」


 声をかけた。犬——というと怒る、自称気高き狼犬であるアイラは、「どうせ足の具合が悪いんだろう」と後ろ足で耳の裏を掻きながら言った。

 この狼犬は喋る。そう、犬のくせに喋るのだ。そりゃあまあ、こいつはロボットなんだし喋る機能くらいあるが、その口調はどこか伝法な少女のそれであった。製作者の趣味なのだろう。


「ユラ、マタキチの左第三関節にエラーが出てます。ちょっと診ていいですか?」

「またか。いい加減、騙し騙し乗るのも無理なんじゃないか?」

「直せそうなら、直します」


 ユラ——とは、俺のことだ。

 ジゼルはマタキチを比較的背の低い建物の陰に入れ、御者台から降りた。道路のど真ん中で整備などしていれば、山賊やら盗賊に攻撃したくださいと言っているようなものだ。

 逆にあまり大きい廃墟のそばで作業をしていると、万が一それが崩れた時下敷きになってしまう。

 アイラが少女の声で「警戒に出る」と言って巡回に出て、俺はコイルライフルを抱えて見張りに立つ。


 左第三関節とは鋏も含めて、カニを上から見た場合、鋏から順に数えて三列目の足のことを意味する。その左側が、左第三関節。シンプルだ。

 実はカニは鋏も含め全てが足である。普通のカニは足と関節の都合上前方へは進めないが、流石に機械であるマタキチは別だ。横歩きしかできない重機など、不便で仕方ないだろう?

 とはいえ元々、マタキチに装甲鎧なんてなかった。なぜか普通の重機であったそれを日曜大工感覚で装甲化したのがこのGAZAMI-53なのだが——それはさておき。


「アメジリアン合金が足りてません。関節に使う金属素材です。ひどく摩耗してますね。面取りではもう限界に近いです」

「足りないパーツはカーゴに積んでないか?」 

「リストを照会したんですが、残念ながら」


 ジゼルは首を横に振った。彼女はコットン地の黒いジャケット、カーゴパンツとワークブーツという、いかにもメカニックの出で立ち。

 腰のベルトには工具類を入れたポーチが取り付けられている他、自衛用の拳銃と山刀マチェットが鞘ごと吊るしてある。


 旅における大切な仲間を捨て置くことはできない。

 重要な荷物持ちだから、ではない。マタキチにも人工知能——いや、俺は心と定義するが、それがある。口はきけないが、彼は意思疎通できるし、個性もあれば、ユニークでもある。


 だから俺はすぐ、そう思った。

 マタキチとの付き合いはジゼルと同じか少し長いくらいで、元々は面白半分で装甲化したそれが売れ残っていたものを、当時、山賊に身包み剥がされ困っていた武器商人を救った報酬でもらったものだった。

 当時軍を辞めて間もない、十八歳の俺には天地がひっくり返っても買えない代物であり、一生の相棒にしようと決めていた。


 物言わぬマタキチはアイセンサーのランプを何度か明滅させる。その光のパターンはトン・ツー信号になっていて、「申し訳ない」と言っていた。


「気にすんな。こういうのはお互い様だ。お前は重い荷物も背負ってるし、力仕事は任せっきりだしな。ちょっと休憩してろ」


 アイセンサーが明滅。「ついでに磨いてほしい」そう言った。


「ふ……だとさ、ジゼル」

「いいですよ。錆止めの油は買ってありますしね」

「とりあえずここらにそのアメジリアン合金が手に入りそうな場所はないかな」


 御者台に一旦登り、そして降りてきたジゼルが渡してきたタブレットを受け取る。人工衛星も中継基地も機能していない現在、通信機器はラジオなど長距離無線通信か、軍で用いられる短波無線の類が基本。

 かつて用いられたというケータイ、インターネットとやらは、中継となる基地局がなければ無用の長物である。

 このタブレットはせいぜいが、電子的に使える便利な紙という認識だ。無論、他にも使い道はあるが


 マタキチが持つレーダーやセンサーをフル活用して地形を走査。さらにアイラの斥候情報とマージして、ジゼルが作り続けたマップデータが、そのタブレットには書き込まれていた。

 このマップデータを売るだけでも、そこそこ、稼げる。つまりは商売道具でもあった。

 俺は、ヒトには聞こえない音域の指笛を吹いてアイラを呼んだ。

 少しして、彼女が戻ってくる。


「直りそうかな」

「それについて作戦会議だ。傾注」


 タブレット映像を立体投影。俺はそれを左手で示す。


「目下の最優先目標は、マタキチの修復。そのためにはアメジリアン合金が必須だ」


 ジゼルとアイラが始まった、という顔をした。本人は、そんなつもりはないかもしれないが、俺にはわかる。俺は筋肉質だ。だから筋肉が少ない奴らよりずっと賢いんだ。


 さて、俺は少年兵だった過去があるらしいと、みんな知っていた。それは事実で、俺は十歳の頃から少年兵として八年近く戦場を生き延びてきた。

 その名残りなのだが……。もちろんまさか少年兵が指揮官をやるわけがないから、これはかつての上官への憧れがそうさせる行為に違いないと、自分でもわかっている。無論、あの女二人も。


 マタキチは真剣な様子で、聴覚センサーを傾けているのがわかる。

 が、なんであれそんなことに水をさす必要はないわけで。


「この廃墟から西に六〇〇メートル行くと、大きな建物がサーチできる。多分、工場だろうな」


 アイラが頷いた。


「なんらかの機械工場だ。確かにあったよ。金属を加工する旋盤やなんかも見られた。そのナントカ合金があったかどうかはしらないが」

「そこへ行こう。アメジリアン合金以外にも使えそうなものは回収しておく。よしんばなくても代用できるものは見つかるかもしれない。非常食の類があれば最高なんだけど……」

「百歩譲ってゼノシスを食べるのはよしとして、ゲテモノまで食べるのは……」

「空きっ腹抱えて寝るよりずっといいだろ。腐ったもんじゃないんだし」


「腐ってなきゃいいってもんじゃないでしょうに」とジゼル。

「全くだね。美味いものを食いたいのはオオカミの性だろう」とアイラ。お前は狼だ。


 当然のように食事の話題をするロボットウルフドッグ。彼女は活動のエネルギーの多くを食事で賄っていた。

 経口接種によるエネルギー効率は、実際のところそこそこ高く悪くないものだ。ただ整備の手間という問題で忌避されるだけであって。


 俺は荷物をまとめて、アイラに目配せする。


「マタキチを頼む。俺たちが工場に行って、ちょっと取ってくる」

「やれやれ……まあ、いいでしょう。無口な働き者には報われてほしいですから。同じ機械仲間ですしね」

「ではユラ、アイラ、お願いしますね」


 マタキチの目が明滅。「かたじけない」と、まるで武人のようにそう言った。



【表紙】https://kakuyomu.jp/users/Yutaro-Isozaki/news/16818622171018157025

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