眷属と仮定の物語


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作:ひょえあー
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帰途


現在位置、5階層。

 

遥か深層より、上層域へと戻ってきた。

 

ここまで来ればもう数時間とかからない。

 

サポーターや他の団員も地上の光が恋しいのか、無意識に顔が緩んでいる。

 

俺は後続部隊の最後尾で殿を務めていた。

 

集団で動いているし、荷物も相当な量あるのだから仕方ないのだが、この進行速度が俺を焦らす。

 

走ってしまえばすぐに地上に着いてしまうし、先行部隊のアイズ達はもう地上に着いているだろう。

 

それがより焦らしに拍車を掛ける。

 

「……?」

 

今いる通路から右に分かれた道。

 

正規ルートから外れた先にそれはいた。

 

「ジャック・バード…?」

 

滅多に姿を現さない『レアモンスター』。

 

更に言えば、確定でドロップアイテムである『ジャック・バードの金卵』…最低百万ヴァリスを落とす。

 

湧出したばかりなのか、身体に付いた小石を体を振って落としている。

 

それを見て、邪念が俺の中で渦巻く。

 

…そういえば、椿さんに頼んでた剣の代金稼がないとだし、『ウィンクルム』の整備代もある。

 

貯金には余裕がありすぎるくらいあるが、目の前にお金が落ちていたらそりゃ拾うだろう。

 

よし、チョロっと行ってサッと帰って来よううんそうしよう。

 

速攻で自分の欲望に負けたことは忘れ、剣を抜き突進の構えを取る。

 

殺気で気が付いたのだろう、俺を見た後一目散に逃げるモンスター。

 

「遅ぇ…よ!」

 

開いていた距離を一瞬で詰め、一刀の元に伏す。

 

ジャック・バードの悲痛な声が上がり、灰になって消える。

 

「ありがたく、俺の剣の代金になりやがれよっと」

 

ドロップした金卵を灰の中から丁寧に拾い上げ、コートの内側のポケットに突っ込む。

 

うし……、とフィンさん達にバレない内にさっさと戻ろうとすると、一つの袋小路に目が行った。

 

「…血だらけじゃん」

 

壮絶な戦いを思わせる血の跡が壁に残っていた。

 

灰が落ちているのを見るに、冒険者は勝ったのだろう。

 

「俺らの勝利に乾杯しないとな。誰か知らない冒険者さん」

 

ドロップアイテムを得た俺と一緒にされる壮絶な戦いを制した冒険者。

 

「まぁ、どーせ"新米"で、"ゴブリン相手"だったんだろうけど」

 

そう言って、ウキウキで部隊へ戻った俺を最初に出迎えたのは、満面の笑みを浮かべて長槍を構えて持ったフィンさんだった。

 

南無三。

 

 

「今帰った。門を開けてくれ」

 

フィンの言葉で門が開く。

 

本拠、黄昏の館に足を踏み入れた瞬間、張り詰めていた何かがふっと消えていく覚える。

 

「おっかえりぃいいいっ!」

 

男性陣には目もくれず、女性陣のもとへとまっしぐらに駆けていくロキ。

 

その姿はいっそ清々しかった。

 

ロキに押し倒され、直視できないレフィーヤを端にフィンがロキに軽い報告をする。

 

「ロキ、今回の遠征での犠牲者はなしだ。到達階層も増やせなかったけどね。詳細は追って報告させてもらうよ」

 

「んんぅー…了解や。おかえりぃ、フィン」

 

「あぁ。ただいま、ロキ」

 

相好を崩すロキ。

 

無事に帰ってきた子を喜んでいるようだった。

 

「ところでクルス、どうにか『金卵』を返して頂くわけには…」

 

「ダメだ、勝手な行動をするからだろう」

 

ロキとフィンの会話を余所に、ファーティはクルスに『金卵』を返してもらえないかと頼み込む。

 

もちろんクルスは返すことなく、その手にもった『金卵』を大事に握り直す。

 

ファーティが苦労して手に入れた『ジャック・バードの金卵』はフィンに没収され、罰としてファミリアの資金となることになった。

 

どよ~んとするファーティに、クルスは一言かける。

 

「お前はさっさとシャワーでも浴びてこい。…疲れてるだろ」

 

「!」

 

おそらく50階層での借りをここで返すつもりなのだろう。

 

…どうせなら『金卵』を返してくれても良かったのだが。

 

「じゃ、そうさせてもらうか」

 

ファーティはクルスに甘えて、一人先にシャワーを浴びに行くのだった。

 

 

雑多な趣味類がこれでもかと詰め込まれたロキの神室。

 

本や短剣、所々に値打ち物が転がっている。

 

ファーティは部屋の椅子に座り、着ていた服を脱ぎ背をロキに見せる。

 

アイズが既にステイタスの更新に来ていたのだろう、出しっぱなしの専用器具を傍らに置いたロキ。

 

普段の道化じみた雰囲気とは一転。

 

静かな笑みを浮かべる主神に、ファーティは告げる。

 

「ロキ、保留にしてたランクアップ…更新してくれ」

 

保留にしてた理由は一つだけ。

 

S評価を得てからLv.5になりたかったからだ。

 

ファーティの場合はスキルのお陰でS評価は他の冒険者に比べて簡単に得ることができる。

 

今回の遠征で潜在値を貯めて、悔いの残らないようにしたかったのだ。

 

「ようやくやなぁ…」

 

子の成長を喜ぶ親の様に、優しい笑みを浮かべるロキ。

 

ファーティも釣られて自然と顔が笑う。

 

服を脱ぐファーティ。

 

背中には、大きな切り傷とヒエログリフ。

 

「…"覚悟"は決まったんやな。ファーティ」

 

「ああ。…あの日から俺の夢は変わらない」

 

そか……、と呟くと指先に針を刺す。

 

慣れた手つきで指を動かし、血の軌跡を背に描き、最後に縦の一線を走らせる。

 

瞬間、何もない背中に碑文を彷彿とさせる朱色の文字群が浮かび上がる。

 

神血が一滴背中に染み込むと、波紋が生じ刻印全体に広がる。

 

そしてロキが更新の作業を進めていく。

 

「ファーティ、Lv.5到達、おめでとうや」

 

 

ファーティ・ニーベル

 

Lv.5 

 

力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0

 

狩人:F 耐異常:G 剣士:H 連攻:I

 

《魔法》

 

【デシデリウム・ミィロス】

 

詠唱式:

【ここに契りを記す。

 

抗う者よ、猛る者よ、意思を見せろ。

 

理不尽たる世界に牙を向ける反撃の意思を。

 

守れ秩序を。

 

守れ平穏を。

 

英雄たる器を示せ。

 

さすれば我が身、英雄の礎と為らん。】

 

・ステイタスへの超高補正

 

・武器への炎属性付与

 

・自身が認めた英雄への支援効果

 『ステイタス上昇』

 『ーーーーーーー』 

 

・発動可能回数は一行使のみ。回復期間は48時間

 

《スキル》

 

【秩序破壊(オルド・レクス)】

 

・人類種に対し全能力の超域強化

 

・人類種から得た経験値の増加

 

・怪物種との戦闘時、能力の低下

 

・強制発動 一時的な人格破綻効果

 

・代償 『ーーーー』

 

【罪禍超克(ピカトム・トランセンシア)】

 

・全アビリティ高域強化

 

・戦闘時、発展アビリティ『破砕』の一時発現

 

・戦闘時、発展アビリティ『剛身』の一時発現

 

 

更新用紙を受け取り、じっと見つめる。

 

「発展アビリティは一個しか発現せんかったから、こっちでしといたで」

 

ロキの補足を聞きながら、"Lv.5"という欄を一心に見つめる。

 

第一級冒険者。ロキ・ファミリア待望の八人目。

 

その存在の大きさを実感するファーティ。

 

「ファーティが第一級冒険者なんて、あいつらが聞いたらビックリするでぇ。きっと」

 

「…そうだと、いいんだけどな」

 

散っていったファミリアの先達。暗黒期を終わりへと導いた英雄達。

 

一人の少年は、そんな彼らに憧れたのだ。

 

「そんで、こっちがLv.4の最終ステイタスやな」

 

そう言ってもう一枚の用紙を手渡される。

 

 

Lv.4 

 

力:A898→S908 耐久:B729→B736 

器用:A803→A812 敏捷:S951→S960 

魔力:B719→B733

 

狩人:G 耐異常:H 剣士I

 

 

予定通りに力の評価がSに上がっている。

 

都市中の冒険者と比べても、あり得ない数値。

 

ただ、ファーティのLv.1最終ステイタスは魔力以外オールS。

 

最近はスキルの恩恵を受けることが無くなっているので仕方ないことではあるが、多少の物足りなさは覚えてしまう。

 

「ほな、遠征の打ち上げはファーティのお祝いも兼ねてパーっとやるかぁ!」

 

「…程々に頼むよ」

 

今回の遠征は損害も大きかった。赤字とまではいかないだろうが、しばらくは節制することになりそうだ。

 

ルンルンのロキを置いて、ファーティは部屋を出たのだった。

 

 

日付は変わり、ギルド本部前でファミリアの(サボりと守衛を除いた)ほぼ全員が集まっていた。

 

目的は『魔石』や『ドロップアイテム』の換金。

 

遠征後の風物詩とも言えるだろう。

 

「僕とリヴェリア、ガレスは『魔石』の換金に行く。みんなは予定通り、ここから各々の目的地に向かってくれ。換金したお金はどうかちょろまかさないでくれよ?ねぇ、ラウル?」

 

「あ、あれは魔が差しただけっす!?本当にあれっきりです、団長!?」

 

「ははっ。じゃあ、一旦解散だ」

 

フィンさんの言葉を皮切りに、各々荷物を持って散らばっていく。

 

「じゃあ、ラウル。俺の分も頼んだ!」

 

俺は回れ右して、右手に持つドロップアイテムをラウルに押し付ける。

 

「なんで毎度毎度自分に押し付けるんすかぁ!?」

 

なんでって言われたら、前に騙されて商人恐怖症になったからだよ?

 

あの時は普通に泣いた。

 

リヴェリアさんにこれも経験だとか言われて中層のドロップアイテムを持って商談に行ったら、詐欺に会って騙されたのだ。

 

あの日以降、こういうのはラウルに丸投げ…一任している。

 

しかし、商談も決して楽とは言えない仕事だ。

 

ラウルはしっかりお金を取ってくるし、素直に尊敬もしている。

 

だから、ご褒美もちゃんと用意してある。

 

「じゃ、荷物の中におこずかいも入れてあるから楽しんでくれたまえ」

 

「自分に任せるっす!!」

 

手の平くるっくるだな、後輩(ファミリア入団順)。

 

 

「椿さんいます?」

 

勝手知ったる鍛冶場の扉を開ける。

 

「おう、ファーティか!」

 

声のする方へ行くと椿ともう一人、視界に入る神物がいた。

 

「あら、久し振りね。ファーティ」

 

「お邪魔してます、ヘファイストス様」

 

工房に備え付けられている椅子に足を組んで座る麗人。

 

鍛冶派閥の最高峰、ヘファイストス・ファミリアの主神。

 

椿に剣を打ってもらうなかで交流を持った神だ。

 

「今日は…」

 

「わかっている! ちゃんと出来上がっておるわ」

 

ファーティの言葉を遮って言うと、勢いよく立ち上がり奥の部屋へと歩いていった。

 

「…椿、あの剣の製作を楽しんでいたわ」

 

「…?」

 

ポツリと、本当は言うつもりは無かったというヘファイストス。

 

「あの子に、あなたの剣を打たせてくれてありがとう」

 

柔和な笑みを浮かべながら言われたことに、ファーティは内心罪悪感を覚える。

 

「…俺は、自分の夢の為に彼女の造る剣を選びました。言い換えれば利用していると言ってもいい」

 

事実だ。ガレスのツテが無ければ、アイズと同じ様にゴブニュ・ファミリアに剣の製作を頼んでいた、という確信がファーティにはある。

 

「…俺に、そんな言葉をもらう権利は無いです」

 

偽らず、ただ自分が思っていることを言った。

 

はぐらかす必要はない。この神は、きちんと受け止めてくれる。

 

「それでもよ。…それに、椿もあなたも得しているなら、それでいいじゃない?」

 

神々でいうところのWin-Winってやつね、と教えてくれる。

 

「鍛冶師は認めた者にしか剣は打たない。あなたは椿に選ばれるだけの何かを持っていたということよ」

 

「そう、でしょうか…」

 

言葉が詰まる。

 

そんなファーティを優しく見つめる赤髪の麗人は、ふと用事を思い出したのか立ち上がる。

 

「ごめんなさい。これから用事があるから、失礼させてもらうわね」

 

「いえ! こちらこそ、お話できて良かったです」

 

そう? なら良かった、と言い残し神は去っていった。

 

「おう、持ってきたぞ!…主神様はどこへ行った? 」

 

その後すぐに現れた椿は、一振の剣を持って現れた。

 

「ヘファイストス様なら、用事があるって出ていかれましたよ」

 

「む、そうか……まぁいい。これが頼まれていた品だ!」

 

机に置かれる剣。

 

漆黒に包まれた刀身。透けて見えてしまいそうな程に洗練されている。

 

「銘は『レガリア』。ほれ、振ってみろ」

 

そう促され、ファーティは剣を取る。

 

(…重い)

 

見た目の美しさとは裏腹に、暴力的な重量を内包していた。

 

「はっはっはっ! 重かろうとも!」

 

深層のドロップアイテムを豊富に利用したこの武器は、超高密度で叩き上げているため質量が大幅に上がっている。

 

だが、丁度いい。

 

第二級冒険者ならばまともに振るうこともできないだろうが、ファーティのステイタス…魔法の相乗効果と合わせれば、途轍もない破壊力を生み出すことが窺い知れる。

 

軽く振った後に、大上段に構える。

 

「…っ!」

 

しっくりくる感覚。オーダーメイドならではの感覚に感動する。

 

「どうだ?」

 

椿の質問に、ファーティはニヤッと笑ってからこう答える。

 

「最高の仕事です。椿さん」

 

途端、破顔しファーティの背中をバシバシ叩く椿。

 

「そうであろうそうであろう!」

 

加減無しに叩いてくる椿。

 

かなり痛いので即時後ろに撤退するファーティ。

 

「言われた通り、ただひたすらに威力を追求した剣だ。存分に振るえよ?」

 

見るだけでわかる。

 

剣の目利きはファーティよりガレスの方が上手いが、そんなことは関係ない。

 

冒険者をやっていれば誰もがわかるほどの名剣。

 

ファーティが剣の出来映えに惚れ惚れしていると

 

「もう少し早くければ遠征で暴れられたんだがなぁ」

 

椿がポツリと一言漏らす。

 

「素材が素材ですから、時間も掛かりますよ」

 

この剣の製作期間は試作も含め驚異の半年越え。

 

「それと、こっちの『ウィンクルム』の整備と…戦闘衣も新しくお願いします」

 

「戦闘衣を全損したのか? あの竜の皮膜で作ったコートが?」

 

『ウィンクルム』を剣帯から外して、椿へ手渡しながら言う。

 

「腐食液を浴びてしまいまして。もう原型も留めてないんです」

 

ふむ…と思案する椿。

 

「わかった。改良して新しく作っておこう」

 

「助かります」

 

「『ウィンクルム』を見る限り、相当だったようだな。今回の遠征は」

 

輝きを失った刃を見て、鍛冶師である椿はどんなモンスターと戦ったのか悟ったような様子だった。

 

ファーティは空いた剣帯に『レガリア』を収め、鍛冶場を離れる。

 

「じゃあ、俺はこれで」

 

「ああ。この剣は明日取りに来い」

 

代金と一緒にな、という声に手を振りながら、ファーティは工房を後にしたのだった。

 

 

冒険者墓地。俺はそこに足を向けていた。

 

遠征や何か大きな事が起こったときには、訪れるようにしている。

 

今は俺以外に人はなく、静謐さを醸し出していた。

 

風が吹き、木々や草花がざわめいたかと思うと、虫の声が響く。

 

回るところは案外に多い。世話になった人は沢山いる。

 

暗黒期に助けてもらった人や、共に戦った人。

 

当時は俺も幼く、覚えている人も少ない。

 

覚えている人だけにでも、逢いに来て思いを伝えるというのは、俺の身勝手で酷い我が儘だ。

 

だけど、それでも、伝えられる人がいるなら。

 

神が聞けば笑い飛ばしてしまうだろう。どうせ生まれ変わり、また新たな姿になって人生を歩んでいく。死んでしまった人間を慈しむ必要はないと、そう言うかもしれない。

 

けど、俺は自分のためにも、この時間を大切にしたいと思う。

 

しばらく歩けば、ロキ・ファミリアが買った墓地にたどり着く。

 

ここに来るまでも何人かに花を手向けたが、本命はここだ。

 

ノアール、ダイン、バーラ。

 

フィンさん達を鍛えた先達であり、俺の師でもあった。

 

暗黒期の最後の戦いで、『次代の英雄』を生かすために散った名も無き英雄。

 

「……久し振りです。俺、Lv.5になりましたよ」

 

報告だ。

 

あの日の誓いを忘れないための戒めでもある。

 

「俺はいつか、あなた方の"後を追う"」

 

「"英雄の礎"と為るため…そのために追い求めた力だ」

 

いつまで立っていただろうか。もう半刻は経った気がする。

 

「…もう行きます。あと二人、逢いに行きたいので」

 

別れを告げ、墓の前から消える。次にここに来るのはいつだろうか。

 

いや、来られないかもしれない。だが、それが俺の願いでもある。

 

『程々にな、坊主』

 

「!」

 

振り返る。だが、そこには誰もいない。

 

「……早く成仏してくれよ、爺さん」

 

振り絞るように出した声は、俺のものとは思えないくらい掠れていた。




区切りがいいので短めです←何回聞くことになることやら。
ジャックバードの話は掌編集に載ってるのを見て後から突っ込みました。
この物語はアストレア・レコード読んで自分の中で完成しました。それが濃く出てる最後かなと。
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