眷属と仮定の物語


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作:ひょえあー
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遠征編
ロキ・ファミリア


ずっと趣味で書いていたものを、手直しして投稿してみました。


「やーい! 図星ィーー! 残念狼ーー!」

 

「このクソ女ァァァァァァ!!??」

 

陣の中央から響いてくる声にファーティは、またか…と思いながら、テントの設営作業を終わらせ立ち上がる。

 

現在地、ダンジョン50階層。

 

地上から遠く離れた地底の世界。

 

頭上には岩壁に塞がれたドーム状の天井が見え、遥か高い円蓋から柱状の突起物が無数に伸びている。

 

ファーティは腰に手を当て、その雄大な景色を見渡す。

 

「ファーティさん! 炊事を手伝ってもらってもいいですか?」

 

振り返ると、山吹色の髪を後ろでまとめた少女が立っていた。

 

「ん? レフィーヤか」

 

先程までアイズと話していた彼女がここにいることに少し驚きを覚えるファーティ。

 

その様子を不思議に思ったのか、レフィーヤは頭を可愛らしく傾げる。

 

「どうかしましたか?」

 

美しい長髪が小刻みに揺れ、可愛らしい戦闘衣もそれに釣られて翻る。

 

「いや、アイズと話してたからしばらくは独占するものかと…いや、何もない」

 

やべっ、と思った頃にはもう遅い。

 

彼女がアイズに並々ならぬ憧れを抱いているのはファミリア全員が知るところだが、ファーティの言い方は些か悪かった。

 

「…そんなイメージ持たれてたんですね」

 

「ああ…って違うぞ? 持ってないぞ?」

 

その余計な一言で、レフィーヤは目に見えて落ち込み…そして恥ずかしそうにうつむく。

 

そこでファーティは頭をフル回転させて考える。

 

頭と脚の回転はオラリオ一を(勝手に自)称するファーティの頭が最適解を即座に叩き出す。

 

「…レフィーヤは何食べたい?」

 

「シチューがいいです!」

 

パッと顔を輝かせ、期待に満ちた表情で答える様子は、しっかりしていてもまだまだ子供気を感じさせる。

 

「じゃ、行くか。俺も腹減ったんだよ」

 

自らもお腹が減ったことを自覚しながら、他の団員も空かせていることを想像する。

 

「はい! お手伝いします!」

 

(…ふっ、チョロいぜ…!)

 

内心、ガッツポーズをしたのはここだけの話である。

 

 

「「「乾杯!!!」」」

 

フィンさんが音頭を取り、皆の唱和が続く。

 

中心に大型の鍋を置いて、それを囲むように団員達が腰を下ろしている。

 

鍋の中身は勿論、レフィーヤの要望通りのシチューだ。

 

途中の階層で採っておいた香草と迷宮産の肉果実、それとミルクを煮込んで作った。

 

…ちなみにミルクはドロップアイテム。

 

ダンジョンってすげー(棒)。

 

普通ならばこんな豪勢な物は遠征中に食べることはできない。

 

が、フィンさんの計らいで今ばかりは粗末な携行食でなく食材をふんだんに使ったので、団員達も喜んでいるようだった。

 

「相変わらず、お前の作った料理は美味いな」

 

隣に座るリヴェリアさんは上品にシチューを口に運び、美味しそうに食べてくれている。

 

この表情はいつ見ても良いものだ。作り手の醍醐味とでも言うべきか。

 

「喜んでもらえて良かったです。本当はスープにするつもりだったんですけど、レフィーヤにせがまれまして」

 

「ふっ、大方機嫌を損ねさせて食で釣っただけだろう?」

 

まるで見ていたかのような完璧な読みに、内心ちょっと焦る。

 

「…その通りですよ。よく分かりますね」

 

リヴェリアさんは、したり顔で答えてくれる。

 

「お前が人の名前を会話に出すときは大抵そういうときだからな」

 

悪い癖だ、とリヴェリアさんが言い、優しい手刀を頭に頂戴する。

 

「いてっ」

 

…次から気を付けよ。

 

リヴェリアさんから視線を反らしていると、レフィーヤがアイズとティオネ、ティオナと一緒に食べているのが目についた。

 

レフィーヤも俺の視線に気付いたようで、シチューの器を少しだけ持ち上げニコッと笑う。

 

…喜んでもらえたようでなによりだよ。

 

「こらっ! ファーティ! リヴェリア様のお隣に何当然のように座っているのですか!」

 

俺とリヴェリアさんが隣同士なのを見つけたアリシアが怒った様子で言ってくる。

 

リヴェリアさんも呆れているようで、目を遠くの方に向けている。

 

「アリシア、いい加減もうよくないか!? 毎度突っ込まれるの面倒なんだよ!」

 

アリシアよ、リヴェリアさんと俺は親愛で繋がってるからいいんだよ。

 

 

「それじゃあ、今後のことを確認しよう」

 

後片付けを済ませ、鍋も片付けた場でフィンさんが口を開く。

 

ファミリアの中核を担う者達が小さな輪を作り、視線を向ける。

 

「遠征の目的は未踏達階層の開拓、これは変わらない。けど今回は、59階層を目指す前に冒険者依頼をこなしておく」

 

「『カドモスの泉』…だっけ? うえー、面倒くさー。何で引き受けちゃったのさ?」

 

ティオナがげんなりとした声を出す。

 

「報酬は見合うものだったからな。それに派閥の付き合いもある、無下にはできない」

 

「ったく、面倒な依頼寄越しやがって…」

 

「確かに、カドモスは面倒だ…」

 

…一度カドモスに殺されかけたことを思い出す。

 

あの時はフィンさん達が助けに来てくれてなかったら、今頃ダンジョンの養分となっていただろう。

 

「あはは! ファーティは一回殺されかけたもんねー」

 

「うっさいわ! Lv.3で対抗できるわけねぇだろ!」

 

ティオナと俺のやり取りを、皆は苦笑しながら眺めている。

 

脱線しかけた話をフィンさんが再開させる。

 

「51階層には少数精鋭のパーティーを二組、送り込む。無駄な武器・道具の消耗を避け、速やかに泉水を確保後、この拠点に帰還。質問はあるかな?」

 

質問の声は上がらず、そのままパーティーの編成へと移る。

 

一班:アイズ、ティオネ、ティオナ、レフィーヤ

 

二班:フィン、ガレス、ベート、ラウル

 

「リヴェリアはここに残ってくれ。冒険者依頼の後のためにも、消費した精神力を休んで回復させて欲しい。拠点の防衛を兼ねてね」

 

「…止むを得ないか」

 

フィンさんはリヴェリアさんに待機を言い渡す。

 

49階層でのフォモール戦で大きく消耗した以上、賢明な判断だと俺も思う。そして…

 

「自分じゃなくてファーティが行くべきだと思うっす!?」

 

若干一名、不服を申し立てていた。

 

「俺は拠点の防衛しないとだし、対"モンスター戦闘"ならあんまり出番ないからな」

 

「強いモンスターバカスカ倒してるくせに何を言ってるすか!?」

 

「わ、私も足手まといだと思うんですが…」

 

二人はごねていたが、(ラウルはともかくレフィーヤは)経験を積ませる必要があるため、これが最適だろう。

 

俺はリヴェリアさんと一緒に防衛の方に回る必要があるので残る。

 

第一級冒険者のリヴェリアさんといえども後衛だ。

 

一人は前衛を置いておく必要がある。

 

アキたちがいるとはいえ、少々不安は残る面子だ。

 

それにモンスター戦ではあまり役に立たない俺を連れていくくらいなら、ラウルでも連れていった方がいい。

 

そもそもここはセーフティポイント。滅多なことら起こらない。

 

…まぁ、一班がかなり心配ではあるが。

 

アイズ(怪物特攻)にティオネティオナ(筋肉)、それにレフィーヤ(弱気)だ。

 

何かあったとき、何も間違いが起こらないとは…悲しいことに少し言い難い。

 

「…ティオネ、君だけが頼りだ。僕の信頼を裏切らないでくれ」

 

「ーーーお任せください!!!」

 

フィンさんの半ば願望のような思いに、ティオネは全力で答えていた。

 

心配だなおい。

 

二班メンバーはもちろん、一斑のメンバーも51階層のモンスター如きに遅れを取ることはない。

 

何だかんだ言って、俺も間違いが起こるとは思っていない。

 

「ファーティ、何かあればお前が頼りだ。頼むぞ」

 

肩に手の平で触れられ、さっきのフィンさんのように発破をかけられる。

 

「…!」

 

リヴェリアさんの信頼を裏切れるわけがない。

 

返事は一つだ。

 

「はい、任せてください」

 

そして二組のパーティーは数時間の仮眠を経た後、拠点の防衛を俺たちに任せ、51階層へと出発した。

 

 

フィンさん達が51階層へ出発して既に数時間が経とうとしていた。

 

リヴェリアさんの指示で49.51階層の入り口に交代で見張りを立たせているが、特に何の問題もなかった。

 

俺はといえば、武器の手入れや手持ちの回復薬の確認等を済ました後は野営地から少し離れた野原で寝転がっていた。

 

「レフィーヤ、大丈夫かな…」

 

自分も送り出した側とはいえ、やはり不安は募る。

 

自分にとって可愛い後輩でもあるし、班のメンバーはLv.5の三人がいるとはいえ、やや不安のある三人なために余計心配になってしまう。

 

欠伸をしながらそんなことを考えていると、

 

「うわぁぁぁぁ!?」

 

「!」

 

突如として響き渡った叫び声。

 

「…クルスか!?」

 

確か、51階層側の見張りをしていた筈だ。

 

側に放っていた愛剣を腰に携え、急いで陣の方へと駆ける。

 

森を抜けると、すぐに野営地へとたどり着く。

 

「…なんだ、あれは」

 

51階層の連絡路から這い上がってくる極彩色のモンスター。

 

芋虫の様に地を這ってこちらへと向かってくる。

 

身体中に怖気が走る。

 

これはイレギュラーだ。

 

それも、死を予感させる程の。

 

俺は状況把握を優先する。

 

見張りをしていたクルス、リーネはまだ連絡路付近。多少は動いているようだが、怪我をしているようで思うように後退できていない。

 

すぐにモンスターと接敵するだろう。

 

陣の中央では既にリヴェリアさんが指揮を執っている。

 

俺のやるべきことは一つだけ。フィンさん達が戻って来るまでの時間稼ぎ。

 

「…俺は虫嫌いなんだよ!」

 

後ろに退いていく団員達と逆、モンスター達の方へと向かう。

 

「クルス、リーネ!」

 

一瞬で二百メドル程の距離を駆け抜け、二人の元へとたどり着く。

 

「ファーティさん!」

 

リーネが涙目で声をかけてくるが、今だけはそれを無視して二人を抱えて後退する。

 

距離を離した、丁度陣とモンスターの中間点で二人を降ろす。

 

「クルス、怪我は……、っ!」

 

クルスの左腕が溶けていた。

 

…溶解液。攻撃が通らずに返り討ちに遭ったってことか。

 

「リーネ、高級回復薬だ」

 

腰のポーチから素早く取り出し、リーネへと放る。

 

「すまない、二人とも…」

 

リーネは両手でしっかりと受け取り、クルスの左腕へとかける。

 

「リーネ、クルスを連れて野営地まで下がれ。体勢が整うまでここは俺が…」

 

「貴方一人で持たせられるわけないでしょ」

 

「アキ…」

 

俺の言葉を遮るように、アキが現れる。

 

「流石に速いわね…」

 

来てくれたのは心強いが、今ばかりはアキにできることはない。

 

あのモンスターは…

 

「アキ、あのモンスター…酸を吐いてきた。武器が溶けるぞ」

 

クルスの情報にアキは動揺を見せる。

 

「嘘でしょ…」

 

「アキは二人を連れて陣まで後退してくれ」

 

俺は自分の腰に佩いている剣、『ウィンクルム』を見せながら言う。

 

「っ……仕方無いわね。リヴェリアには伝えておく」

 

理解が早くて助かる、そう告げて俺はモンスターへと向き直る。

 

「ファーティ…頼むぞ」

 

「ファ、ファーティさん、お気をつけて!」

 

アキさんが二人を連れて下がったのを見届け、俺は剣を抜く。

 

シャキンっと小気味の良い音が響く。

 

右腰に佩いている剣は今回は使えない。

 

柄頭に触れて、意識を切り替える。

 

「ふぅーーー………。ハッ!」

 

一息の後に挟む、一回の素振り。

 

もう癖になってしまった、自身の力の程を確認するための作業。

 

思っていたより、"ステイタスの低下"はかなり大きい。

 

Lv.4中盤くらいの感覚だ。

 

フィンさんたちが戻るまで、早く見積もっても二時間。

 

それまで後衛のリヴェリアさんたちと陣を死守する。

 

…殺るぞ。

 

 

『ーーーーーッッッ!!』

 

地が爆ぜる。ファーティが踏み込み、加速するだけでクレーターがそこには残る。

 

瞬時にモンスターの正面へと移動したファーティ。

 

下段に構えていた剣を、勢いそのまま振り抜く。

 

必殺の一刀。

 

モンスターの身体は両断され、嫌な臭いと溶解液を撒き散らしながら死に絶える。

 

そして、溶解液を浴びた剣は、依然としてその輝きを保ったまま。

 

第一等級武装、『ウィンクルム』。不壊属性を施された特殊武装だ。

 

ファーティと共に死線を潜り抜けてきたその剣は、決して壊れない。

 

右腰にある剣が使えないのもこのせいだ。

 

不壊属性が付与されていないため、溶解液を浴びた瞬間使い物にならなくなる。

 

モンスターも異常を察知したのか、一斉にファーティへと狙いを定め飛び掛かる。

 

「ゼアァァァァァ!!!」

 

一瞬の内に五連撃。

 

魔石の位置を先程の一体で捕捉したファーティは、今度は溶解液を撒き散らせる前に灰へと還す。

 

都合五体がファーティの前から姿を消す。

 

が、モンスターの数は減るどころか増え続ける。

 

「くっ………!」

 

物量に物を言わせた特攻は、一見すれば向こうから処理されに来るのだから楽に見える。

 

だが、溶解液があることを考えればさっきのように魔石を狙う必要があるし間に合わない。

 

ファーティが回避を選択する度に、階層中にモンスターが溢れていく。

 

(…魔法を使うか? けど、これで終わりだとは考えにくい)

 

ここで魔法を使ってしまえば、これ以上のイレギュラーが舞い降りてきたときに対応ができない。

 

ファーティはリヴェリアの指揮を信じ、これが最善だと戦闘を続ける。

 

本来のファーティはLv.4最上位。しかし、スキルの影響でステイタスはその下位から中位辺りまで下降している。

 

そんな状態でこれ程までの大立ち回りをしていること事態が既に異常とも言える。

 

「フィンさん、早く帰って来てくださいよ…!」

 

 

「これは…まずいな!」

 

戦闘が始まって一時間程が経過した。

 

今やモンスターの進攻は階層の岩壁、天井までに及んでいる。

 

リヴェリアの魔法を使えば、危機を脱することができるかもしれない。

 

けれど、そうしてしまえば統率が崩れ、魔法が完成しきる前に陣が落ちる。

 

そして一人でモンスターを狩り続けているファーティにも、限界が近づいていた。

 

時機を見て陣へと戻り回復を済ませ、再び戦場へ戻るのを繰り返していたが、もう物量的に限界を超えようとしていた。

 

処理できる数と、51階層より現れ続ける数が合っていない。

 

ステイタスが下降した身体は思うように動かず、疲労も蓄積され続けている。

 

溶解液への対処も時間が経つにつれて遅れ、装備に所々穴が空いている。

 

息が上がり、一旦建て直すかと思案するファーティ。

 

だが、モンスターは一瞬さえ立ち止まる隙を与えない。

 

一体のモンスターがファーティの立っていた巨岩へと溶解液を吐く。

 

「…っ!?」

 

体勢が崩れる。

 

下はモンスターで埋め尽くされ、降りる場所もない。

 

ファーティは上へと跳躍するが、すぐに誤ったと気付く。

 

モンスターに完全に包囲されていたからだ。

 

知能が低いからと油断をしたツケ。

 

ファーティに狙いを定めたモンスターは溶解液の射出体勢を取っていた。

 

(あっ…これ、駄目なやつだ)

 

直感で察する。不可避だと。

 

視界いっぱいに映る溶解液。

 

「ハァアアアッ!!」

 

剣を円盾状に振り、少しでも付着量を減らそうとする。

 

しかし全方位から放たれた溶解液はファーティの抵抗を無視して身体を蝕む。

 

「アッツッッッッ……!?」

 

噴射が止んだ瞬間、地面へ着地し周りのモンスターを連続で屠る。

 

「ハァハァっ……!」

 

全身に焼けるような痛み。

 

特に無防備に晒された背中が酷い。

 

溶解液によって焦げた髪をかきあげれば、顔の半分が焼けていた。

 

続々と迫り続ける極彩色の怪物。

 

未だ、フィン達依頼へと赴いた面々が帰ってくる気配はない。

 

そして今しがた移動経路をモンスターに潰され、ここから陣に戻ることは難しい。

 

「……」

 

手負いの人間を狙うのは、モンスターの本能的な行動だ。

 

ファーティに目を付けたモンスターが我先にと怒涛の勢いで向かってくる。

 

「…ま、こんくらいじゃないとな。深層ってのは」

 

絶望的な状況でなお、その表情から笑みを絶やさない。

 

「おかえり、アイズ」

 

"風が吹いた"。

 

強く、暖かで、いつも隣で吹いていた風だ。

 

「ファーティ!!!」

 

瞬きの間にファーティのもとへ向かってきていたモンスターを瞬殺。

 

涙目な金髪の少女が目の前にいた。

 

「アイズ…助かったよ」

 

「良かった…、間に、合った…!」

 

泣きそうな顔のアイズが、安堵の表情を浮かべていた。

 

「もう、大丈夫だよ…。みんないる、から」

 

そう言ったアイズはファーティを横抱きに抱え、戦闘域から離脱する。

 

二人と入れ替わるように始まるのは第一級冒険者による快進撃。

 

それに合わせて陣の攻撃の勢いも増していく。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬ーーー我が名はアールヴ】!」

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!」

 

守りを捨てたリヴェリアとエルフの団員達による魔法によって、モンスターが次々に灰へと還っていく。

 

歓声が上がる。

 

「ファーティ!」

 

「フィンさん…」

 

魔法の範囲外へと退避していたアイズとファーティの元へフィンが駆け付ける。

 

ファーティはアイズに下ろしてもらい、次にはフィンに謝る。

 

「…すみません、被害を出してしまいました」

 

「いや、君のせいじゃないよ。むしろ、僕たちが居ない中よく耐えてくれた」

 

フィンが労ってくれるものの、ファーティの心中は複雑だった。

 

もっと立ち回りを考えられていれば、ファーティ自身ここまで疲弊することはなかった。

 

「…ごめんね。遅れちゃって」

 

アイズがファーティの回復を済ませつつ、頭を撫でながら言った。

 

「…いや、本当に助かった。アイズが来てくれなかったら俺、死んでたよ」

 

フッと力を抜いた笑みをアイズに向けるファーティ。

 

「けっ、女に守られるたぁ無様なモンだな」

 

フィンの後をついてきたベートが不機嫌そうに口を挟む。

 

「ちょっとーー! そんな風に言わなくていいでしょー!? ファーティ、大丈夫だった!?」

 

そんなベートを押し退けながら、ティオナが声をかける。

 

そのティオナの後ろには、冒険者依頼組が揃っている。

 

「ああ、アイズのお陰で」

 

そう言いながらファーティがアイズに身体を預けると、アイズは嬉しそうにはにかむ。

 

そんな弛緩した空気が流れていた。

 

…その直後。

 

「ーーー!」

 

音が響く。

 

木をいっぺんにへし折る、遠方からの破砕音が。

 

全員が空気を切り替え、その方向を見る。

 

武器を握り直し、臨戦態勢を取る。

 

その間にも木々の悲鳴は依然として鳴り響く。

 

既に音の正体を視認しているであろうリヴェリアの沈黙が、静寂が、不安を駆り立てる。

 

ファーティも、警鐘が頭の中でがなりたっているのを感じる。

 

「………………………………は」

 

誰の声だったかは判別できなかった。

 

ファーティが自分で言ったような気もするし、他の誰かが言ったようにも思えた。

 

「………あれも下の階層から来たっていうの?」

 

「迷路を壊しながら進めば…なんとか?」

 

「冗談言わないでよ…」

 

姉妹の会話が、静まり返った階層に響く。

 

「「人型……?」」

 

ファーティとアイズの声が重なる。

 

芋虫の下半身。それは変わっていない。

 

だが、上半身は人の上体を模していた。

 

二対四枚の腕。後頭部からは髪とは言えない、管のような器官が垂れ下がっている。

 

「あんな、でかいの倒したら…」

 

「…腐食液を食らって終わり、じゃろうな」

 

ガレスの言葉に愕然とするラウル。

 

「ちっ、あれだと魔石も狙えねぇか」

 

「そもそもどこにあるのよ…」

 

樹林を破壊しながら姿を現したモンスターは、大きく距離を離したところで静止する。

 

モンスターが動く。

 

四枚の腕をふわっと広げる。

 

舞う光と七色の粒子。

 

極彩色の花粉のような微細な粒子がこちらに漂ってくる。

 

"これは駄目だ"。

 

直感が退避を告げる。

 

レフィーヤは事態を把握しきる前にティオナに抱えられる。

 

ファーティも、アイズの肩を借りて回避する。

 

そして、無数の爆発が連続する。

 

「きゃああああ!?」

 

地面が爆砕され、凄まじい熱気が体を叩く。

 

これは爆弾。

 

花粉とか、状態異常系の生易しいものではない。

 

第一級冒険者の『耐久』をも貫通し傷を負わせる凶悪な爆弾だ。

 

「ファーティ、大丈夫…?」

 

着地時によろめいたファーティを心配して、アイズが声をかける。

 

「ああ、ありがとう。アイズ」

 

…これは、もう遠征どころじゃないな。

 

盛大に砂煙が舞う中で、全員が態勢を立て直す。

 

「総員、撤退だ」

 

ファーティの思っていた通り、フィンが遠征の中止を告げる。

 

「速やかにキャンプを破棄、最小限の物資を持ってこの場から離脱する。リヴェリアにも伝えろ」

 

「フィン!? 逃げんのかよ!」

 

「あのモンスターを放っとくの!?」

 

ベートとティオナの糾弾。

 

第一級冒険者としての、都市最大派閥としての誇りと責任がそれを許さない。

 

「僕も大いに不本意だ。でも、あのモンスターを始末して、かつ被害を最小限に抑えるにはこれしかない。月並みの言葉で悪いけどね」

 

表情を消して、ある少女に向き直る。

 

「アイズ、あのモンスターを討て」

 

一人でだ、とこの場の全員に追い討ちをかける様に言った。

 

「待って…待って下さい! 団長!?」

 

誰よりも早く、レフィーヤが悲鳴を上げるように叫ぶ。

 

ーーー爆撃。

 

モンスターが進行を開始し、猶予がもう無いことを暗に告げる。

 

「…時間がない。ラウル、リヴェリア達に撤退の合図を出せ!」

 

「…団長」

 

「…!」

 

ファーティの雰囲気が変わったことに全員が気付いた。

 

「俺も行く」

 

「……僕が許すとでも?」

 

フィンの眼差しが鋭くファーティを射る。

 

「…魔法は残してある。アイズ一人で行かせるより、確実だ」

 

怪我も完治したと言わんばかりに、腕をブンブンと回す。

 

ファーティはフィンを真っ直ぐに見る。

 

そして、フィンが"折れた"。

 

「…わかったよ」

 

「「……!?」」

 

フィンが折れることは滅多に…いや、見たことがない。

 

「チッ……!」

 

舌打ちをしたベートが下がり、撤退を始めたことで、ティオナ達もしぶしぶ下がっていく。

 

だが、レフィーヤだけは食い下がった。

 

「…せ、せめてっ、せめて援護だけでも!? お二人だけなんて…っ危険過ぎます!」

 

「レフィーヤ…大丈夫だから」

 

アイズは入れ違うように前へ出て、レフィーヤの胸を優しく押す。

 

突き放すように。

 

そして、レフィーヤは目尻に涙を浮かべる。

 

「アイズさん、ファーティさん。…気を付けて」

 

「うん」

 

「任せろ」

 

レフィーヤがティオナ達の方へと走り去っていく姿を見つめ、すぐに前を向く。

 

「すまない、アイズ。…それとファーティ。君にも」

 

「…ううん」

 

「いつも通りですよ、フィンさん」

 

フィンの謝罪の意味を正しく理解した二人。

 

アイズへは、半日前に説いた責務の持論と今の指示が乖離していることを。

 

ファーティへは、自分の中に残る一抹の不安を見抜き、アイズと共に戦ってくれることを。

 

「ここから十分に距離を取ったら信号を出す。それまでは時間を稼いでくれ」

 

「「了解」」

 

それだけ言うと、フィンもこの場を後にした。

 

「…大丈夫なの?」

 

アイズは不安だった。ファーティの強さは信頼もしているし、共に戦ってくれるのは心強いとも思っている。

 

だが、それ以上にファーティのことが心配だったのだ。

 

怪我のこともそうだが、対モンスター戦においてファーティは"弱すぎる"。

 

その卓越した技量だけでは補えない部分が確かに存在する。

 

「アイズ、俺はお前と一緒に居たい」

 

ファーティは時間が余りないことを悟りながらも、アイズに真摯に答える。

 

「一人では行かせたくないっていう俺の我が儘が大半を占めてる」

 

確かに、フィンの不安を解消するという目的もあったが、それ以上にファーティはアイズを一人にするのは嫌だったのだ。

 

「…足手まといにはならない。一緒に行こう、アイズ」

 

「……うん!」

 

 

「【目覚めよ】」

 

アイズの風が、辺りを包んでいく。

 

女体型は呼び起こされた風に反応するように、アイズを標的と見なす。

 

顔面部に横一線の亀裂を走らせ、口腔を解放する。

 

撃ち出されるのは高速の腐食液。

 

ファーティとアイズは回避。

 

左右から敵に向かい、誘導するように立ち回る。

 

「【ここに契りを記す。】」

 

「…ぅっ!?」

 

女体型はファーティの魔法に反応を示す。

 

先ほどまで一瞥もしていなかったのに、ファーティの特異性に気が付いたのだ。

 

追撃の溶解液を放つが、ファーティに当たることはない。

 

並行詠唱。リヴェリアからファーティが習った多くある技術の内のひとつだ。

 

「【抗う者よ、猛る者よ、意思を見せろ。】」

 

唱われるのは短文詠唱。ファーティが持つ唯一で、無二の魔法。

 

「【理不尽たる世界に矛を向ける反撃の意思を。】」

 

「ーーー」

 

四枚の腕が、胸の前で×の字を作るように大振りされる。

 

夥しい量の光粒が、二人の頭上を覆う。

 

三度目の爆撃。

 

辺り一帯を焦土と化す程の威力。

 

だが、止まらない。

 

「【守れ秩序を。守れ平穏を。】」

 

焦土と化した地。

 

ファーティは女体型の正面に踊り立つ。

 

「【英雄たる器を示せ。】」

 

「【さすれば我が身、英雄の礎と為らん。】」

 

「【デシデリウム・ミィロス】」

 

暁色の燐光が、ファーティの身体から立ち上る。

 

これこそが、フィンがアイズへの同行を許した理由。

 

ステイタスへの超高補正。

 

スキルによるステイタス下降を意に介さない出力の魔法だ。

 

そしてアイズの元へも、その燐光は届いている。

 

ファーティの剣の刃には、焔が宿る。

 

英雄を導く灯火のような暖かさを孕んだ、ファーティの善性を現した焔。

 

「アイズ、行くぞ!!!」

 

「…うん!!」

 

距離を急激に詰める二人。

 

化物は焦る。もう一度爆撃を繰り出そうと、腕を交差させる、が

 

ファーティの方が速い。

 

「ふっ!!!」

 

振り抜かれた刃の後には暁色の軌跡が残る。

 

通常の何倍もの速さ。ステイタスの下降そのものを無かったことにしている。

 

アイズも風の出力を上げ、モンスターへと一撃を入れる。

 

「ーーーー!!??」

 

モンスターの悲鳴が階層中に響き渡る。

 

二人の冒険者による緻密な連携。

 

モンスターが反撃の一撃を繰り出せば、ファーティが腕ごとその攻撃を断絶し、その大きな隙にアイズが重い一撃を入れる。

 

ファーティのステイタスは激上し、Lv.5のアイズをも越える。

 

だが、ステイタスには振り回されない。心と技で器を完璧に御している。

 

アイズの動きも、ファーティに引っ張られて鋭くなっていく。

 

ドンッ、と。

 

空に閃光が打ち上がる。

 

撤退完了。目標撃破の許可。

 

ファーティとアイズは無言の内に示し合わせる。

 

疾駆。

 

モンスターの反応を完全に振り切り、地に縫い付く多脚を一閃。まとめて断ち切る。

 

バランスを失い、その巨躯を傾けるモンスター。

 

隙はできた。火力は充分。

 

アイズは背後にそびえていた一枚岩、その上部壁面に着壁。

 

ファーティは地に脚を付け、一撃の威力を最大まで高める。

 

二人は駆ける。

 

タイミングは同時。口に出してタイミングを合わせることなどせず、意識のみでそれを確立させる。

 

「リル・ラファーガ」

 

「イェールマ・ペカド」

 

二人が持つ、過去の英雄に迫らんとする絶技。

 

モンスターは直前で残った腕で防御姿勢を取る。

 

だが、風の剣尖と、焔の断絶は、一瞬の拮抗も許さない。

 

モンスターの身体が穿たれる。

 

そして、爆粉と溶解液が特殊な反応を起こしたのかーーーー桁外れの爆発が起こった。

 

 

「ーーー!?」

 

驚愕に見舞われるロキ・ファミリア。

 

団員の目を釘付けにするのは、周囲一帯を吹き飛ばした爆発。

 

フィンの指示で十分な距離を離した場所で戦闘を見ていたここまで爆風が届く。

 

視界は緋色に染まり、美しかった50階層が火の海に変わる。

 

「あ、アイズ、さ…」

 

レフィーヤの悲痛な声だけが、ファミリアを抜ける。

 

ベートは火の海を見つめ、ティオナはこの中に居るであろう二人の友人を見る。

 

"焔"がうねりを上げる。

 

何者かの意思を持ったように。

 

内部から押し退けるように火の壁は震え、次には"風"の流れにより左右に割れる。

 

大炎海。歩み出る人影。

 

燃え盛る火を背に、ファーティとアイズは帰還を果たす。

 




ファーティは必殺技を唱えていますが、ロキに唆されたわけではなく、アイズに「ファーティにはないの?(ワクワク)」みたいな感じで作りました。
ファーティの過去、スキル設定等は深堀する予定なので待っていただければ。
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