ヒナが復活して二週間ほどが経った。
ヒナの復活により家族会議も開かれて少し荒れたものの、やっと本当にいつもの日常を取り戻すことが出来たのだった。
それから俺達はのんびりとした生活を送っている───というわけでもなかった。
「割と早く終わったね」
「次があるからサクサク終わらせないと面倒だしな」
「ですね。夕飯までに二つ目の依頼も終わらせたいところです」
そんな会話をしながら血がべっとりと付いた刀を払ってから納刀し、俺は一応三人の様子を確かめた。
怪我も無いし、疲労している感じも無さそうだ。
依頼内容はゴブリンと初心者殺しの討伐だったのだが、元々この場にいたコボルトの群れも合わさってしまい、五十匹近いモンスターとの戦闘になってしまったが、特に大事も無く次の依頼も何とでもなりそうで安心した。
最近は一日に複数の依頼を受けることが多い。
レベリングも兼ねてると言えばそうなのだが、理由はそれだけではない。
アクセルの冒険者達が依頼を受けなくなったせいで、ギルドから直接俺達に依頼が渡されるようになったからだ。
今のアクセルの冒険者達は新人じゃない限り、もしくは金使いの荒いアホじゃない限りは懐が温かい。
誰かさんのおかげで魔王軍幹部や賞金首の討伐に参加した分の報酬を得ているし、祭りの前のわんさか湧いたモンスターの討伐でもそれなりに稼いでいる。
そして、そんな冒険者達は誰かさんの影響を受けてニートと化していて、ギルドは依頼で溢れることになった。
そんなこんなで俺達は忙しい日常を送っていた。
とはいえ、この生活を続けるのも限度がある。
流石に一日休みを入れようということで、ギルドからの依頼を断り、それぞれ過ごすことになった。
ヒナは今までの反省ということで家事全般を引き受けていて、トリスターノはハーレムの元へ久しぶりに挨拶に行った。
俺とゆんゆんは散歩に、というよりデートに行くことになったのだが………。
「ちょむすけ!?大丈夫!?」
近所の公園を通りがかると、子供達にいじめられているちょむすけを発見した。
ちょむすけはめぐみんの使い魔(ペット)で、羽の生えたよくわからない子猫みたいな生物だ。
ゆんゆんが、ぐったりするちょむすけを抱き抱えるとカズマ達の屋敷に届けようということになった。
「粗茶ですけど」
「あ、ありがとうございます。……でも、これって……」
俺はアクアに出されたカップの中を眺める。
カップの中の液体は透明で、どう考えてもお湯だ。
ゆんゆんもそれを指摘しようとしているのだが、先にアクアが口を開いた。
「安めのお茶だけど、私のお気に入りよ。カズマから貰ったお小遣いで買ってきたヤツなんだけど、これが結構美味しいの」
「いや、これ……」
「そ、そうなんですか?では、有り難くいただきますね!」
俺が指摘しようと思ったら、ゆんゆんが早口にそう言い、気を使わせない為か一気に飲み干した。
「どう?どう?」
「あ、その、お、美味しいです……」
アクアの自慢げな顔に、ゆんゆんは困った顔で頷いた。
別にそこまでしなくてもいい気がするが、ゆんゆんが黙っていようというのなら、俺もそうしておこう。
「悪いな、駄女神のせいで」
「ああ、別にご馳走になりに来たわけじゃないしな」
カズマもゆんゆんに合わせて、わざわざこの場で指摘することなく、こっそりと俺に謝ってきた。
ちょむすけを渡したら、すぐに出て行こうと思っていたし、飲めないものを出されているわけでもないし。
「あの、先程ちょむすけが公園で子供達にいじめられてたので保護したんですが……」
「おい、お前の使い魔の邪神とかいうのは、ひよこに追いかけられるだけじゃなく、子供にまでいじめられるものなのか?」
「い、良いところに来ました、ゆんゆん!実はちょっぴりまずいことになっているのですよ!」
カズマの指摘を誤魔化すように声を張り、めぐみんはゆんゆんに新聞を手渡した。
「えっ、まずいこと?」
ゆんゆんが嫌そうな顔をしつつも新聞を受け取り、読み上げる。
「ええと、日刊連載四コマ戦闘員、都市開発編。サポートアンドロイド、アリスとの文通相手募集コーナー?ねえめぐみん、ここだけ少し気になるから、いらなくなったら貰えない?」
「へえ、こういうのあるんだな」
「どこを見ているんですか貴方達は!ここの記事ですよ!」
俺とゆんゆんから引ったくるように新聞を取り上げ、机に広げるとめぐみんが記事を指し示してきた。
そこには王都近くの砦に魔王軍幹部が来ていると大々的に書かれた記事であった。
特に珍しいことでもないんじゃないかと俺は思ったのだが、ゆんゆんは大袈裟なぐらい反応した。
「ええええええ!?ちょ、ちょちょっとこれって!」
「今度は騒がしすぎますよ!そこまで驚く記事でもないでしょうに!」
「いやこんなの驚くわよ!だってこの記事の邪神ウォルバクって、元は私達の里に封印されてた……」
「シーっ!声が大きいですよゆんゆん!」
「えっ」
「おい」
俺の思わず出てきた驚きの声と、カズマの咎めるような声が重なった。
だが、なんとなく今思い出した。
「あれか。ルーシーズゴーストの時に言ってたやつか。めぐみんの爆裂魔法のせいで里に封印してたのが解放されちゃった、みたいな」
「ううん、それとは別で……」
どんだけ封印されてんだよ。
「今聞き捨てならないことが聞こえたんだけど」
「気にしないでくださいカズマ。この子はこういうおかしな言動をするせいで、紅魔の里でぼっちしてたんですから」
「あんたちょっと待ちなさいよ!『頭がおかしい方の紅魔族』って言われてるめぐみんに言われたくないわよ!それより、聞いてください!かつて私達の里にはこの記事の邪神ウォルバクが封印されていたんです。ある日何かの弾みで封印が解けてしまったんですが、めぐみんが里のみんなには内緒で、その邪神を使い魔に……」
「や、やめろお!紅魔族の恥を広めてはいけません!このまま王都の砦で暴れている邪神を名乗る偽物を退治し、何事もなかったようにするのです!あと、私のことを変な呼び方してる人を詳しく教えてもらいましょうか!」
ゆんゆんにこれ以上言わせまいとするめぐみんに、それに抵抗するゆんゆん二人は取っ組み合うようにしていると。
「ダクネス。お前のツテで警察署の嘘をつくと反応する魔道具借りてきてくれ」
「あ、ああ……。はあ、どうかこれ以上はとんでもない事実が出てきませんように……」
「わ、私は何も悪いことなんてしていません!無実です!弁護人を要求しますよ!」
ゆんゆんとアクアに取り押さえられためぐみんが喚く中、ダクネスが頭を押さえながら屋敷の外に出て行った。
数時間後、カズマのバインドで両手を拘束されて正座するめぐみんを尋も……色々と聞き出していた。
ウォルバクは怠惰と暴虐を司る邪神であり、めぐみんやゆんゆんと何かと因縁がある存在なのだとか。
何故ウォルバクが紅魔の里に封印されていたかというと、『なんだか邪神が封印されてる地ってかっこよくね?』と言い出した紅魔族が別の場所で封印されてた邪神を勝手に拉致して、紅魔の里の隅に再封印したからだそうだ。
いちいちツッコミを入れてもキリがないのだが、めぐみんが嘘をつくせいで余計に話が進まない。
ダクネスが封印が何故解かれてしまったのかを問い、めぐみんがそれに答えるも。
チリーン!
またもや鳴る魔道具。めぐみん自身も嘘をついた気は無く驚いていたのだが、すぐに思い出したのか、真相を語り始めた。
「そうでした!邪神の封印が解けたのは二回でした!一回目は私がうっかり封印を解いてしまったのですが、通りすがりの謎のお姉さんに助けられたのです。二回目をといたのが私の妹ですね」
「どういうことよおおおおおおお!!」
魔道具が鳴らないのを確認して満足そうにするめぐみんに、ブチ切れのゆんゆん。
動けない状態のめぐみんにゆんゆんが掴みかかり、わちゃわちゃし始めたの横目に俺達はため息を吐きながら呆れ果てる。
「紅魔族ってほんとロクな事しないな」
世話になったとはいえ、カズマの呟きは否定出来ない。
ふとした拍子にとんでもない話が飛んでくるのが紅魔族だ。
俺とゆんゆんの結婚の話とかな。
あれから動けないめぐみんを良いことに魔道具を使っていじったりしていたが、またもや衝撃の真実が明かされた。
「封印を解かれた邪神はこの子のはずなんですが、新聞の記事には邪神ウォルバクって名前があるし、どうなってるんでしょうか……?」
ゆんゆんからちょむすけを撫でながらサラリと明かされて、俺は咄嗟に魔道具を見たが鳴る気配は無かった。
「ちょっと待て。このひよこに追いかけられて、子供にいじめられちゃうコイツが邪神?ちょむすけが!?」
「だから言ってるじゃないですか。この子は邪神にして我が使い魔だって。というかこの記事の幹部はこの子の名前を使うのは一体何故なんでしょうか」
何度目かわからない驚きの声に、平然と答えるめぐみん。
当然魔道具は鳴らなかった。
そして、めぐみんが正座のまま頭を下げた。
「……カズマ、こんな事をお願いしてすみません。私と一緒に王都の砦に来てもらえませんか?実は過去にちょむすけは何度も攫われそうになっていて、どうにも新聞記事の幹部が関わっているようにしか見えないのです。この子の為にも、ウォルバクを名乗る邪神をどうにかしたいのです」
めぐみんが素直に頭を下げるところを初めて見たかもしれない。
そんな真摯なめぐみんの態度に、カズマは悩みに悩んだ挙句に、こう言うのだ。
「しょうがねえなあー!」
俺はなんとなく、またなんとか解決してしまいそうな気がしているのだが、ゆんゆんはそうは思わなかったみたいで、めぐみんを心配そうに見つめていた。
「あ、あの、みんなに話があるの!」
夕飯を食べ終わると、ゆんゆんが真剣な表情で切り出した。
俺の予想通り、今日のウォルバク関連の話だ。
めぐみん達が魔王軍幹部が攻めている王都の砦に向かうのが心配で同行したい、という話だった。
「出発は?」
「明後日だ」
ヒナの問いに俺が答えると、ヒナは当然のように頷いた。
「じゃあ明日も、というかしばらくはギルドの依頼はお休みだね。明日は出来るだけ準備しないと」
話が一瞬で進んでしまったせいで、きょとんとしたゆんゆん。
だが、賛成を得られたのがわかってきたのか次第に嬉しそうな表情になった。
「あ、あの、すみません。一つだけ質問よろしいでしょうか?」
トリスターノが気不味そうに挙手しながら尋ねてくる。
それに俺達が頷くと、トリスターノは続いた。
「え、円卓の騎士までいる、とか無いですよね?」
「新聞の記事にはそんなこと書いてなかったけど……」
「行ってみたら、実はいましたってパターンかもな」
「そんなパターンは本気で嫌なのですが……」
「でも、この前ラモラック?っていう騎士が倒されたって聞いたよ?僕達が倒した騎士二人にトリタンまでいるし、欠員が多くて戦力は出せないんじゃないかな」
ラモラックもトリスターノと因縁がある騎士だったはずだ。
それがジャティスことまさよし君が倒した。
そんなジャティスからの報告の手紙と一緒にプレゼントまで貰ってしまったのだが、それはいいか。
ヒナの言うことは一理あるが、実際どう出てくるかは分からない。
トリスターノも思案する顔でぶつぶつと呟いていたが、俺達三人の視線に気付いて慌てて、いつものイケメンスマイルに戻る。
「もちろん行くのに反対はしません。ただ、居るとなると心の準備がしたくてですね」
こいつも今まで仲間だったやつと戦い合う、殺し合うのは相当覚悟がいることだろう。
それにリスクも大きい。
また殺されるなんてことは絶対にあってはならない。
俺は改めて気持ちを入れ直しつつ、明日の準備について話し始めた。