オリヴァス・アクトは苛立っていた。
オラリオを堕とす計画は順調に進んでいたはずだった。
オラリオの商人の抱き入れ、自決装置の作成、オラリオ外の攪乱、そして切り札の参入。
来るべき英雄の都の破滅に向けて順調に突き進んでいたはずだった。
かつての最強であったゼウスとヘラの眷属が
そう、確信していたのだ。
しかし、その肝心の要である『静寂』と『暴食』がある日突然いなくなった。
本拠地から荷物をいくつか回収した形跡を確認できた後、その足取りを一切追えていない。
「アルフィアとザルドがいなくなった? …………ははっ! はははははは! はははははははは!! そうかそうか! いなくなったのか! あれだけ頑なになっていたのに、次の日には姿を消したのか!? やべっ、笑い死にそう! 送還されちゃう~!」
「おやおや、かつての英雄殿は行方不明ですか。それは大変ですねえ」
エレボスの傍に控えていた唯一の眷属であるヴィトーは他人事のように同情していた。
あの薄ら笑いを見ているとブチ殺したくてたまらなくなったが、あれでレベル4の武闘派。逆に返り討ちに合う未来しか訪れないので我慢した。
「あのクソ共が!! …………ちっ。だがまだ裏切った確証はねえ。しばらくは水面下で動くしかねえ。情報を集めねえと……」
オリヴァスは知らぬことではあるが、ギルドで緘口令は敷かれていたとはいえ不特定多数の目撃者がおり、いずれアルフィア達が裏切ったという事実を知ることができただろう。
だが、オリヴァスは一刻も早く冒険者どもを殺し尽くしたかった。英雄共を地に貶め、オラリオを絶望に堕としたかった。
もうすぐそれは叶うと信じていた。
なのにこの体たらくである。
オリヴァスの不満は頂点に達していた。
冒険者達の動向を探るような小競り合いしか起こせない。かつては目的に向かって一進していたというのに、今は迷走しているように感じる。
だからこそ、この暴走は必然であった。
オリヴァスはヴァレッタの待機命令を無視し、本来ならば実行していた襲撃をするため、手勢を揃えて冒険者共に一泡吹かせるために動き出そうとしていた。
色々な意味で衝撃的な会合から数日が過ぎた。
たった数日ではあるが、その短い間で様々な出来事があった。
フレイヤと感覚を連動していたヘルンが突如キビキビダンスを踊りだし、近くにいたヘイズをドン引きさせた。後日事情を知ったヘルンは兎の抹殺を決意した。
アリーゼとオッタルが結局一日でポケモンの基礎知識を覚えられずに居残り授業をした。
神々のキビキビがあまりにもアレ過ぎたせいで、ベルの入団するファミリアを決めることが有耶無耶になり先延ばしとなってしまった。
ロキがキビキビしたショックで部屋に引きこもって出てこなくなった。
各ファミリアの眷属達にポケモンの存在を明かされ大騒動になった。
上記の騒動が理由でアイズが家出してしまい、ロキ・ファミリア総出で捜索した。ちなみにこの時になってようやくロキが部屋から出てきた。
アスフィが『自決装置』対策の魔道具開発で酷使された(いつもの)。
暗黒イケメン神が街中をぶらついて、アストレア・ファミリアの面々やアーディにウザ絡みした。
アストレアが一人でいる時にこっそりキビキビダンスをしているのをリューが目撃してしまった。
他にも書ききれない出来事があったのだが今は割愛しよう。
住民の心を表しているような連日の曇天が、まるで嘘であるかのように空が晴れ渡っていた。
その日のオラリオはいつもと異なり活気に満ちていた。
何故ならデメテル・ファミリアの協力の元、有志による炊き出しが行われていたからだ。
様々な食事を提供する出店が並び、人々は食べたい食事に群がっていたが、取り分け大きな風鈴が飾られている出店は他と抜きんでて人が集まっていた。
白い髪に
その隣のテーブルではローブを羽織った大男が見た目も美しいサンドイッチを手際よく作っている。
同じくローブを羽織った女性もサンドイッチを作っているのだが、何故か真上から食材をべちょべちょ落とし、男のものと比べるのが哀れになるほど汚いサンドイッチが出来上がっていた。
しかも本来上に挟むはずのパンを、パンが山積みになっている所に放り投げて戻す謎の行動をしている。
民衆たちは自信満々の顔で作るアルフィア特製のサンドイッチからは極力目を逸らしていたが、ベルとザルドの料理に釘付けになっていた。
取り分けベルが作る大鍋からは食欲を増進させる香辛料の香りが、匂いの暴力となって人々の間を駆け巡っている。腹を鳴らし、唾を音を立てて飲み込むをとめることができなかった。
少年はかき混ぜ終わったのか、巨大なお玉を香りの源――カレーから引き抜いた。小皿に少量取り分け味見をする。
満足げに頷くと、何の脈絡もなくカレーに向かって手でハートマークを作った。
その時の笑顔はとても晴れ晴れとしていて、青空にとても映えた。
民衆たちはこの時、巨大なハートがカレー鍋に投入される光景を幻視していた。
ついでに警護の名目でうろついていた何処ぞの正義の妖精が、流れハートを受けて胸を押さえて座り込んでしまった。それを見ていた同僚が爆笑している。
「はははは! リ、リオン……お、おま! マジで男に惚れたのか!? こりゃ傑作だ! 明日は槍でも降ってくるってか!? あははははは!」
「あの堅物エルフ様に春が来るとは、このわたくしにも予測が……ぶふぉっ!! だ、駄目だ! 腹が捩れて死んでしまう!」
「ライラ! 輝夜! な、何がおかしい!」
「そうよ! 二人とも! ここは笑うんじゃなくて、生暖かい目でリオンの恋を見守るところよ!」
「アリーゼも黙っていて下さい! そもそも別に、私はクラネルさんに恋など――」
そんな姦しい正義の乙女を余所に、ベルが皿にライスを盛り付けルーを注ぎ、あらびきヴルストを乗せて料理を完成させた。
「よし、リザードン級ヴルストのせカレーの完成! 皆さん、お待たせしました! 量はたっぷり用意してありますので、順番に受け取って下さい!」
「こちらもサンドイッチが出来上がった。割り込みなんかしないで行儀よく並べよ」
ベルとザルドの待ちに待った声を聞いた人々は、喜んで食事にありついた。
「うわ、なんだこのカレー!? 滅茶苦茶うまい! こんなレベルの食事をタダで食えるなんて……!」
「お母さん、このサンドイッチすっごく美味しいね!」
「え、ええ。……こっちのは形は悪いけど、味は悪くないわよ?」
民衆たちは皆楽しそうに食事をしていた。
「しかしベル、お前も料理が出来たんだな」
サンドイッチを意外なほどに気さくな様子で手渡した後、ザルドがベルに語りかける。
「今までずっと旅をしてきたんだし、これくらいできないとね」
「よくいう。カレーに関しては明らかに俺より上の腕前だ。……なあ、アルフィア」
「何故私を見る」
食べなくても匂いだけで極上だとわかるカレーを作ったベルに比べて、可哀そうなサンドイッチしか作れなかったアルフィアをザルドが生暖かい目で見つめた。
当の本人は上手にできたと思い込んでいるので、
「列もだいぶ捌けてきたな。ベル、俺がカレーを盛るからアストレアの小娘達にも差し入れてやれ」
「わかった、ザルドおじさん」
ザルドに促されカレーを二皿手早く盛り付け、少し迷ってザルド製のサンドイッチを二人前包んで小脇に抱えて、ベルはアリーゼ達の元へと向かう。
自分のサンドイッチがハブられたことに、少しだけアルフィアが哀しそうな顔をした。しかしすぐにたまたまだと自身に言い聞かせ、サンドイッチの給仕に戻る。
「アストレア・ファミリアの皆さん、お疲れ様です! これ、差し入れなので良かったら食べてください」
そういってベルは料理を次々と渡していった。アリーゼやリューはもちろん、すでに簡単な自己紹介は済ませている輝夜とライラも喜んで受け取る。
「あら、気が利くわねベル! ちょうどお腹がペコペコだったのよ!」
「有難うございます。美味しそうなカレーですわね。何処ぞのポンコツエルフだったら、食べたら逆に笑顔がなくなるカレーしか作れませんのに」
「……どういう意味だ、輝夜。わ、私だってやればできる!」
「この前お前の料理を味見したアストレア様が、滅茶苦茶困った顔でフォローしてたの忘れたのか? もうお前が外で稼いでベルには家庭を守ってもらえよ」
「か、家庭を守ってもらう!? 馬鹿をいうなライラ! 私だってやれば家事の一つや二つできる! 家庭を守るのは私の役目だ!」
自分がとんでもないことをいっている自覚もなしに喚くリュー。
頭お花畑になっている妖精に、さしもの
「……なあ。いくらなんでも浮かれポンチ過ぎやしねえか、このポンコツ」
「十四歳の思春期真っただ中の小娘ですもの。ここは見ない振りをしてあげるのが、大人の女というものですわ」
先ほどリューの恋模様を見て爆笑していたとは思えない台詞を輝夜が吐いた。
気ままにスプーンをすくってカレーを一口食べ、「なんだこれ、うっま!!」と思わず素が出る。
ベルはアストレア・ファミリアの人たちって仲が良いんだなーと暢気なことを考えて、手を振って給仕に戻った。ザルドに礼をいってカレーを再びよそい始める。
カレーを受け取るたびに、街の人達は笑顔で礼をいっていた。
美味しそうに食べる様子を見て、ベルも笑顔になる。
オラリオに来てからまだ十日も経っていないが、ベルはオラリオの住民が
明日が来るのかもわからず、怯えて日々を暮らしていることを知っている。
それがどうだろう、この日だけは至る所で笑顔の華が咲いていた。
願わくば、今日だけでも幸せな気持ちでいて欲しいとベルは願った。
しかし、そんな純粋な願いを踏みにじろうとする者達がいた。
ベルの出店にぶら下げられていた巨大な風鈴が、風もないのに突如鳴り始めた。
食事をしていた一部の人間が訝しむ中、ベルと冒険者達の表情が引き締まる。
――この風鈴、実はチリーンという立派なポケモンである。民衆に生き物だと気づかれぬようただの巨大な風鈴に擬態していたのだ。
チリーンはエスパーポケモンでもあり、他の潜伏していたポケモン達からテレパシーを受け取ったらベル達に知らせるよう命じられていた。
ベルが上空を見上げる。そこにはただ雲一つない快晴が広がっているのみであった。しかし、ほんの一瞬だけ白と赤の羽毛を持つドラゴンの姿が見えた。
今まで光を屈折し姿を隠して、悪意のある人間をテレパシーで探っていたラティアスである。
さらにその隣には白と青の羽毛を持つ、ラティアスによく似たポケモンが同じく一瞬だけ姿を見せた。
ラティオスと呼ばれるラティアスと兄妹関係にあるポケモンだ。彼は自身の能力を用いてベルと冒険者達の頭の中に映像を送った。
その映像には悪意を持った人間の集団と、彼らが潜んでいる場所が映し出されていた。
数は百人を超え、潜伏箇所は二か所。
ベルが丁度食事を終えていたアストレア・ファミリアの面々の方を向く。西の方角を指差したベルに対してアリーゼが頷いた。
「今の映像……これもポケモンの力って奴か? 便利ってレベルじゃねえ。マジでなんでもありだな……」
「団長様のお犬様が瞬間移動した時点でわかっていたことでしょう? まあ、お気持ちはわかりますけど」
「二人とも、いくら場所が近いからって雑談をしている暇はないわ! さあ、急ぐわよ!」
ラティオスの能力に困惑していたライラと輝夜を促し、アストレア・ファミリアは足早にこの場を去っていく。
何人かの人が気づいたが、まさか
アストレア・ファミリアを見送ったベルは、隣で平然とした顔で給仕を続けるザルドに一声かける。
「ザルドおじさん、この場は任せていい?」
「ああ、構わん。だがアルフィアは連れていけ。ここに残しても役には立たんからな」
ベルから再びお玉を引き取り、ザルドがカレーを盛り付けながら答えた。
「……何をいっている? 私も立派なサンドイッチを作っていたぞ」
「あはは……今度一緒にサンドイッチ作ろうね、お母さん」
本気で理由がわかっていないアルフィアに苦笑する。
まさかアオイのようなサンドイッチの作り方をする人間がオラリオにもいるとは思わなかった。
ペパーの協力があっても結局、アオイの変なサンドイッチの作り方を矯正できなかったが、アルフィアは果たしてベルの力だけで直せるだろうか?
余計な雑念が湧いたがすぐに払いのけた。
「すみません! ここを離れますが引き続き食事を楽しんでください!」
「おう! ありがとうよ、坊主!」
「とっても美味しかったわよー!」
集まってくれた人たちに一声かけ住民達の礼を背に、ベルとアルフィアが人気のない路地裏に駆け込む。しばらく進んでからアルフィアが完全に人目がないことを確認した。
「……いいぞ、ベル」
「ありがとう、お母さん。それじゃあ行こうか」
ベルが腰につけていたモンスターボールを構える。その際に手が当たり、同じく腰にぶら下げていた鍵束が揺れた。慌てて鍵束を抑える。
中から出てきたのはネイティオだった。
いつものように「トゥートゥー」と鳴き声を上げると、壁画のような目でベルをじっと見つめて命令を待つ。
「ネイティオ、僕の思考を読み取って、その場所に『テレポート』をお願い!」
「トゥートゥー」
そうベルが命じるとネイティオの目が怪しく光りだし、一瞬でベル達の姿が掻き消えた。
ひと時の平和を守るため、戦場に向かう。