美神の眷属が女神そっちのけで酒場に入り浸っているのは間違っているだろうか


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作:ぴえんふー
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9話 開戦


 

 

 

 

 

 

 

 

 水滴が地面を打つ音と共に、乾いた足音を暗闇が呑み込んでいく。

 地下だというのに隔たりの無い空気の流れを感じ取れるその場所には、いくつも石柱が天井を支え乱立していた。

 

 地下を巡る水路の最奥、貯水槽。

 消えかかった僅かな魔石灯が薄闇と呼べる程度の光源を生み出したことで認識したその場所には当然、人の気配はない。

 

 否、こんなところに理由も無く来る人間が立ち入るなどそれこそ在り得ない。

 意図して此処に入るとすればそれは、入らざるを得なかったか、あるいは何か思惑があってこの場所に立ち入ったか。

 

 仮に後者だとすれば、人目の付かないこの場所における目的などおおよそ碌なものじゃない。

 

「……静か、ですね」

「退いた後か、あるいは俺達でも知り得ない抜け道があるかのどちらかでしょうか。何にせよ、手がかりの一つや二つはあるでしょう」

 

 魔石灯をかざして辺りを見渡す。

 痕跡を探す為に歩みを進める靴底の音と、雫がが水面(みなも)の波紋のように広がっていく。

 

 直後――生々しい鉄の香りが鼻腔を満たした。

 

「あれは、血痕……?」

「いえ、にしては()()()()()

 

 貯水槽に反響する水の音の正体。

 それは用水路の壁を破壊したことによる漏水などではなく、もっと生物的な要因であった。

 桶の中身をぶちまけたかのように石床に弾け散る赤い染み。

 まだ空気に触れて間もない、体温も抜けきっていない鮮烈な紅色。

 

 それは報告にあった、事件現場に残された『痕跡』と酷似していた。

 

「……」

 

 静かに手元の灯かりを消す。

 光源を失った広大な空間は弱り切った古い魔石灯を残して、俺とリューさんの視界を闇で蝕む。

 現状でも最低限の光は存在している。

 凝らす目があればその程度の暗闇など冒険者にとってはまだ正常の範囲内。

 

 仮に光がなくとも、そこに感じ取れる物があれば、それで視覚を補えば良いだけのこと。

 

 

 だから、そう。

 

 

 ――――大きな動く影が唐突に世界へ闇を作ろうとも、それは視界を奪われたうちに入らない。

 

 

「――後ろにッ!」

 

 リューさんの声かけとほぼ同時。

 脊髄から全身に迸る『死』の虚像(イメージ)に、約一〇M以上はある直上に向けて一気に跳躍する。

 突如として破られた静寂の原因。

 見下ろした視界に収めた何かが身体を引きずる蛇の如く長い巨大な体が轟音を立てながら、広大な貯水槽を横切っていく。

 

 これほどの大きさのものをどうやってこの閉鎖空間に運んだのか。

 光源を遮り、確実に仕留める手順をどんな目的があって実行が出来たのか。

 

 そんな疑問を無視して、白い影が薄闇の中を横切った。 

 

「――――」

 

 一秒だって経過していない刹那。

 魔獣の(あぎと)の如き腕が伸ばされたと、理性ではなく本能が告げる。

 轟と唸りながら突き出される掌は、一度捕まれば一たまりもないことが目に見えている。

 こともなげに潰され、リンゴみたいに中身が弾け飛ぶことだろう。

 

 末席を汚すとはいえ、第一級冒険者クラスはある耐久を誇るこの肉体を以てしても、だ。

 

 それがこのオラリオにおいてどんな異常か、もはや口にするまでもない

 

「――――っ!」

 

 捻じ切り、唸る剛腕。

 伸ばされた掌底を、刀身を納めた鞘で弾きその肉体ごと逸らせば、眼前の敵は慄いたように息を呑んだことがわかった。

 

 だがそれも一瞬。

 

 理解を求める本能を冒険者としての理性で黙らせ、振るわれる凶器をひたすら迎撃する。

 

「シィ――――!」

 

 一撃、二撃。二突、三突。三重、四重。

 振るわれた拳撃はまさしく閃光。

 速度は重さに。重さは速度へ。

 放ち、撃ち込み、重ねられる肉体より縦横無尽に放たれる連鎖爆撃は目で捉えることすら馬鹿馬鹿しい。

 

 だが、それでもかの『洗礼』には及ばない。

 

 焼死。斬殺。電撃死。あるいは轢死。

 

 あらゆる『臨死』を経たこの肉体を前に、本物の『死』に直結しない攻撃など安すぎる。

 

「ハァッ――!」

「がっ……!」

 

 放たれる拳が顔面を捉えるその直前。

 呼吸を整え調律し、敵影の輪郭を捉えて刀を弓の弦のように構える。

 寸分違わずその正体不明の襲撃者の鳩尾に鞘尻が抉り込み、腕を伝播する衝撃と共にその気配ははるか前方の闇へと気配を遠ざけた。

 

「レンリさん」

「――ええ、精々当たりだと良いのですが」

 

 鯉口を切る。駆けつけたリューさんの木刀の柄に手が添えられる。

 手元を伝う冷たい武器の感触に全身は臨戦の熱が宿った。

 調律された呼吸が、戦闘準備の完了を証明する。

 

「……」

 

 重々しい静寂が舞い戻るさなか。

 鋭敏になった感覚が、肌を触る影の感触を拾い上げる。

 ひたり、ひたりとヒトらしい間隔を刻んで迫る気配。背筋には百足(ムカデ)の如き悪寒がある。

 

 その感覚が正しかったと確信するのは、此処からしばらく後のことだ。

 

 

「――今のオラリオは、つまらん」

 

 

 世界の『異物』が、言葉を発した。

 

 殺意でもない。

 敵意でもない。

 悪意でもない。

 ただひたすらに純粋に影のなかでなお際立つ、尋常じゃない『異質感』。

 

 薄弱な光が及ばない闇の中。

 それらをかき分けた貯水槽のその先には――白い装束の男が佇んでいた。

 

「悲鳴が足りない。断末魔が聞こえない。怨嗟を感じない。かつて狂おしいほどに都市に満ちていた狂気がどこにもない」

 

 そこには『怪人』が居た。

 白い獣骨の兜。その隙間から伸びる白い髪は朽ち果てた人形のように傷み、煤けている。

 暗がりの影に溶ける幽鬼染みた男。

 人のカタチをしている。人の気配を纏っている。人の言葉を話している。 

 

 だが、決定的な『何か』が余人とは異なっていた。

 

「くだらん平穏で腐った空気を吸った冒険者が、神どもが蛆の様に湧いている」

 

 ぎょろりと人外じみた黄緑の瞳が、兜越しに薄い闇に立つ俺達を見据えた。

 

 紡がれた言葉には嘲弄が乗っていた。

 酷く退屈そうに、つまらなげに、隠すことなく失望を口にする。

 そして同時に。

 これから待ち受ける『破壊』に心を躍らせる鬼のように、人のカタチをした化生が嗤っている。

 

「故に破壊する。あらゆる手段を用いて、この平穏を破壊し――『災厄』を捧げる」

 

 だからこそリューさんも俺も油断なく、『敵』を見据えた。

 

 剣呑な発言をする眼前の男ではない。

 それらを押しのけて目に留まったのは背後に控える怪物――華と蔓を模したモンスターだった。

 

 植物の体を覆う竜鱗が如き格子を描く表皮。

 五枚の花弁のつぼみ、食虫植物特有の顎の中心には噛み砕きすり潰す為の人間の歯が並ぶ。

 球根から伸びた蔓は貯水槽の天井にまで及び、静と動を繰り返す蛇の様に空間で揺らいでいる。

 

 現オラリオにおけるソレは、明らかな『未知』であった。

 

「やはり嗅ぎ付けてきたか、オラリオの走狗ども」

「思想犯にしては自己主張が強いですね。愉快犯」

 

 隣の妖精から諫める視線が飛んでくるのを、手で制する。

 目の前で相対しているのは紛れもない未知。

 それが敵として立ち塞がる以上、情報は少しでもあった方が良い。

 

 幸いにして敵の舌には、言葉を巡らせる油がたっぷり乗っている。

 

「やはり『闇派閥(イヴィルス)』でしたか。一度滅んだゆえに残党、と言った方が正しいのでしょうが」

「そのような過去の残り滓どもと一緒にしてくれるな、『女神の白鷹(ヴァナ・フレース)』」

「俺からすれば変わりませんよ。いちいち呼称を変えるのも面倒なので、一緒くたにしてあげるだけ感謝してください」

 

 歩を止めて、会話に乗じる。

 互いの攻撃が届かないであろう、絶妙な間合い。

 一歩でも踏み出せば開戦するであろう見えぬ戦線に立ち、その敵を見据える。

 リューさんにも意図は伝わった様で、会話に重視する俺に代わり臨戦態勢を整えていた。

 

「リューさん。あの男に心当たりは?」

「……あの声、まさか……いや、四年前の『27階層の悪夢』で彼は死んだ筈だ」

 

 ……どうやら過去に敵として顔見知りではあるらしい。

 リューさんが蒼い瞳を目一杯開いてあの男を見つめている以上、それなりの相手であると見受けるが、それを問い質す時間は今は無い。

 

 此方の目的はあくまで『調査』だ。

 

 顔も特徴も、それらが従えている正体不明のナニカもこの目に刻み込んだ。

 そういう意味では、此処にあの男が居た時点で目的の半分は既に達成している。

 

 

 それこそ背後に控えるアレに関しては、既に議論の余地がない。

 

 

「影は影らしく都市の裏へ潜んでいれば良いものを」

「美神の影からぽっと出てきただけの男は言うことが違うな。神の恩恵が無ければまともに戦えぬ冒険者ごときが」

「コソコソ嫌がらせしてなければまともにオラリオを相手取れない貴方たちには負けますよ」

 

 加えて、こちらの煽りは大した効果を示していない。

 ……訂正、開示する情報が多い点からして単に昂っているだけか。

 

 依然として、口にされた情報は気掛かりだ。

 今の口ぶりからして、俺の素性や背景に関しては多少の情報を得ているのは明らか。『闇派閥』の構成員によるものか、邪神によるものかは不明だが独自の情報網を都市に確立させているということだろう。

 

 そのうえであの余裕があるとすればそれは、力による優位か、驕りか。

 

 

 あるいは――余程の仕掛けがあると見る、か。

 

 

「だが生憎と人手不足でな。魚心あれば水心ありというのだったか、使えん部下の後始末をこうして私がしているわけだ」

 

 ――――ぼり、ぼり、と何かが喰われている。

 

 ごりごり、ぐちゃぐちゃ、むしゃむしゃ、と。

 

 緑のモンスターに生えた複数の首。

 俺達を『敵』と認識する首の他に何かを()()()()()()他の首から出てる音だ。

 墨のような闇の中でなお知覚する、赤。

 指が。脳が。肉が。骨が。臓腑が。

 刻まれ、潰され、砕かれ、飲み込まれている。

 

「――――」

 

 あまりにも鮮やかなソレの香りにむせ返る。

 

 ガツガツと貪られる赤い肉。

 ごぼ、と赤い粘液が石床に再現なく広がって。

 地下の停止した淀んだ空気には生き血の香りが重くのしかかる。

 

 この場に似つかわしくない大きな咀嚼が、貯水槽に響き渡るさなか、余りにも()()()感触に理性ではなく本能で確信する。

 

 

「――――息が、あるのか」

 

 

 恩恵によって強化された肉体を備えるが故に――冒険者は『生き餌』として食されていた。

 

 

「レンリさん、アレは」

「相手は上級冒険者数名を成す術なく一方的に食い殺す相手です。油断大敵、ですよね」

「……長い首には気を付けて。アレの動きはこちらの間合いを狂わされる」

 

 お互いに確信を持って口にする。

 ダンジョン内で装備という最低限の痕跡を残して忽然(こつぜん)と消えた冒険者。

 都市内の、ひときわ人気の無い場所で恩恵が途絶えた都市の憲兵。

 

 これまでの調査内容が全て繋がり、その末路を示した惨たらしい光景を前にリューさんも俺も顔を顰める。

 

 そして『食事』を終えたソレはぷっ、と硬く光沢のあるものを吐き出した。

 

 そこには――象牙の神のエンブレムがうっすらと刻まれている。

 

「なるほど――『コレ』の目撃者を消したのは貴様ということか、外道」

 

 さながら食虫ならぬ食人花、と言ったところか。

 

 そう吐き捨てた俺に、白い男は影の中で嗤う。

 

「生憎とコレはまだ(さなぎ)だ」

 

 ゴクン、と最後の肉を飲み込む音が聞こえる。

 食い切れなかったのであろう装備の類は、臓腑と血に塗れて吐き捨てられた。

 

 そして、まだ足りぬと言わんばかりに。

 

 鮮血が混じる涎に濡れた食人花の歯が、こちらに首をもたげた。

 

「オラリオの完全なる破壊のために()()()()災厄の前座でしかない」

 

 敵の気配が明確に切り替わった。

 次なる『肉』という馳走の到来に、食人花が踊り狂う。

 善を嗤い悪を愉しむ怪人が、春を告げる(うた)の様に言葉を口にする。

 

「足りないのは糧だ。ダンジョンが秘める狂気を地上に放ち、忌々しい白亜の蓋を取り払う準備は整えられている」

 

 両者は、此処に来てようやく接敵し。

 

 食事は、戦闘へと切り替わる。

 

「『彼女』より賜ったこの力ならばそれに手が届く。だがその前に――」

 

 開戦の前の、最後の静止を垣間見る。

 幽鬼が如く戦いという糧を求める眼。己以外を人間と見なさない、人でなしの貌だ。

 もはや相互理解は必要ない。

 ここからは、俺もヤツも互いを生き物と見なさない。

 

 

 己が壊れるより先に、お前を壊す。

 

 

 生物としてこれ以上ない単純な命題を胸に――怪人が戦線へと足を踏み入れる。 

 

 

最強の眷属(フレイヤ・ファミリア)の一人でも殺せば、足しにはなるかもなぁ――!」

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 

 瞬間、白骨の怪人が駆け出し、蔓が展開される。

 怪人は弾む声で開戦に歓喜し。

 それに共鳴するように、光が届かない闇の中で食人花の咆哮に大気が鳴動した。

 

 華は蕾を開き、文字通り大口を開けて此方へ突貫する――!

 

 

 

 

「――戦闘準備を」

「――了解」

 

 

 

 

 

 

 

 




◇とある黒妖精と眷属のやり取り

「アルフリッグ達とババ抜きをしたと聞いて」
「そこ天井ですよ、師匠(マスター)
「もっと聞けばババ抜きしか知らないと聞いた」
「二徹させられた挙句決着つかなかったうえにヘディンさんに纏めて焼かれましたけど」
「…………ククク、惑わされるな白き鷹。所詮は獣の戯言、本質を違えないことこそが我らが美神の眷属の本懐……!」
「本題に入りましたか……確かにいざという場面でそういった嗜みが無いというのは問題ですね」
遊戯(デュエル)!!!」
「起伏が酷いな……じゃあ、色々教えてください。なんかもう、色々あり過ぎてババ抜きがトラウマになりそうで。他の遊びも嗜んでおかないとこちらの身が持ちません」
「……! ……、……へ、へへ、部屋に茶菓子を持ってこさせよう」
「いくつですか貴方は」
「な、七十四」
「マジですか」
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