「はあ〜……」
オラリオの通りをトボトボと溜め息を吐きながら歩く影が1つ。
それは、白髪の頭と
一通りの観光を終えた彼は、ファミリア探しに勤しんでいたのだが、思いの外難航していた。
否、この素直な少年が人の助言を無視する訳が無い。
むしろ、彼が言っていた通りに眷族を持っていない神を探し、直接声を掛けまくっていた。
だがそれでも断られてしまったのだ。
大体、
そんな中、眷族を持っていない神というのは
ただの物見遊山で来ているのにファミリアなんていちいち作るつもりが無い。つまりはそういう事だ。
「そこの貴方、元気が無いわね!」
その時、不意に後ろから声を投げかけられた。
ベルが振り向いた視線の先には、美しい赤髪を後頭部で束ねている
「え? 貴女は……?」
「あら? 清く美しい私を知らないなんて、貴方、
「はい、すみません。オラリオには一昨日来たばかりで……」
「ならしょうがないわね! 私は……って、貴方……」
薄
それはまるで、
「……あ、あの?」
「一応訊くけど、貴方、本当に
「は、はい! えっと、どうしてそんな事を?」
「──あ、あ〜ゴメン、気にしないで! それより、さっき凄く肩を落としてたけど、どうしたの?」
女性は『人違い』と判断したのか、それとも『何か』を直感的に悟ったのか、話を変えた。
ベルはその事にしばらく訝しんでいたが、元々声を掛けられる程に心配を掛けていた事を思い出し、打ち明ける事にした。
「実は僕、冒険者になりたくてオラリオに来たんです。それで、色々な神様にお願いしてみたんですけど、中々受け入れてもらえなくて……」
「そう……貴方は、冒険者になってどうしたいの?」
「えっと……僕は『英雄』になりたい……いいえ、違う、僕は『英雄』になります」
「……それは、何の為?」
「伯母さ(『【
「
「??」
ベルの目的とその志望動機を確認した女性は、何かを考え込むような素振りを見せる。
ベルはその反応の意味がさっぱり分からず、困惑する一方だ。
「……そういえば、清く美しい私の名前を言ってなかったわね。私はスカーレット・ハーネルよ! よろしくね、フフーン!」
「はい、よろしくお願いします。スカーレットさん……って、ん? スカーレット・ハーネル……【
女性の反応の意味はさっぱり分からなかったが、女性の正体を知ったベルは驚嘆した。
正体を隠す気は全く無く、
「あら? もうバレちゃった☆」
「いやいや、だって【
アリーゼ・ローヴェルは2つの意味で非常に有名である。
まず、本人が最強の女性冒険者の一角であるという事。
現在、Lv.6に到っている女性冒険者は彼女を含めて7名。その中でも【
そしてもう1つは、彼女が所属するファミリア。
『正義の眷族』──【アストレア・ファミリア】は、構成人数がわずか
第一級冒険者の数だけなら【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】よりも多く、
「そうそう、そんな有名で完璧な美女である私が名乗ったんだから貴方も
「いや僕が見破っただけで別にアリーゼさんは名乗ってませんけど!? 僕の名前はベル・クラネルです!」
「そう、
「は、はい! ……というか何ですか『本当の名前』って……僕ってそんな嘘つきに見えます!?」
「ううん、全っ然。輝夜風に言うなら『
「酷い!? ……って、え? 輝夜さんって、ええ??」
輝夜の名も聞いた覚えがあるベルは、噂に聞く彼女の容姿と『輝夜風』だという言動が全く一致せずに混乱する。
「じゃあベル、取り敢えず私について来なさい。
「はい! ……ん? ぼ、僕が【アストレア・ファミリア】に!?」
「貴方の『正義』はさっき聞かせてもらったわ! 私としては合格よ! 後はアストレア様の言葉次第ね!」
「え、えええええええええええええっ!?」
驚くベルの手を取り、アリーゼはずんずん進む。
ベルは女性だらけのファミリアに入団するかもしれない事に対する期待や緊張、そしてアリーゼの手の温かみで顔を真っ赤に紅潮させながら『星屑の庭』へと連行されるのであった。
──▲──▶──▼──◀──
「あら、団長様。どうしたんですか、その殿方は……──」
「オイオイ、いい歳してナンパでもして来た……のか……──」
「なっ!? アリーゼ、男性をここに連れ込むな……んて……──」
ベルがアリーゼと共に瀟洒な白い館の玄関を通り抜けると、出迎えたのは3人の個性的な女性達だった。
まず1人目は、極東風の着物に身を包んだ黒髪の女性。所作の1つ1つから気品が溢れ、とてもじゃないが
次いで2人目は、桃色の髪が特徴的な
最後に3人目は、腰まで届く金髪が輝く程に美しいエルフの女性。その言動からは潔癖さが見て取れる。
そんな3人が、何故か3人共
よっぽど男である自分がこの『星屑の庭』に来た事がおかしいのだろうか? と、ベルは女性だらけの場所に居るという場違い感と緊張感を強く感じていた。
「
「何……? それじゃあ、
「はぁ? こんな
「それは、
ベルに降り注ぐ困惑と好奇が入り混じった熱い眼差し。
何故
「あ、あの! ベル・クラネルです! 『英雄』になる為にオラリオに来ました! よろしくお願いします!」
取り敢えず挨拶だ。これから冒険者仲間になるのに悪印象を与えたくはない。
ベルは頭を下げながら元気良く挨拶する。
──その時、少し空気が張り詰めた。先輩達を差し置いて『英雄』になるだなんて大それた事を言ったのがマズかったんだろうか?
「──なら、お手並み拝見と行きましょうかねぇ?
「『英雄』になるって事は、アタシ達でも救えない奴も救っちまうって事だろ? ま、程々に期待しとくぜ」
「貴方が本気で『英雄』を目指すというのなら、貴方と私は『同志』であり『
「おかえりなさい、アリーゼ」
玄関口が姦しかったからなのか、
例え無神論者であったとしても、彼女を神様ではないと認めない者は皆無であろう。
それほどまでに、彼女の纏う空気は優しく、正しく、清らかで。胡桃色の長髪や深い藍色の瞳、なだらかでしなやかな肢体を包む純白の衣。慈悲、慈愛に満ちた物腰と、全てを慈愛で包んでしまうかのような双丘。
これぞ正に『女神』である。そう高らかに宣言したくなる程、彼女は清廉潔白な美しさを持っていた。
「ただいま帰りました、アストレア様」
「は、はじめまして! お邪魔させてもらっています」
「はい、どうぞごゆっくり。……あら? 貴方は──」
そんなアストレアですら、ベルを見て瞠目した。
アリーゼは悪戯が成功した子どものようにニコニコしている。
「──……あ、えっと、僕はベル・クラネルです! ギルドの前の通りでアリーゼさんに会って、相談したらここに連れて来てもらって……」
「彼の『正義』ならこのファミリアに相応しいと思って連れて来ました! アストレア様、どうですか?」
「──……ベル、1つ訊かせて頂戴? 貴方は本当にここに入りたいと思っているのかしら?」
アリーゼの問いを受けて、アストレアが1つの質問を出した。どうもアリーゼが半ば強引にここまで連れて来たような印象を受けたからだ。
その質問に対して、ベルは今の素直な気持ちをそのままぶつける。
「えっと……勿論、入れて頂けるなら大変光栄な事だと思います。けど……僕は、僕と神様の2人3脚で始めて少しずつファミリアを大きくして、そしていつか貴女達に追い付き追い越したい!」
「──それでいいのね?」
「……はい、実はお義母さんも『私達を超えるというなら
「……分かったわ。それなら、今度は私に付いて来てもらえないかしら? 丁度最近、
「え、本当ですか!? アストレア様、ありがとうございます!」
旅立つ前の義母の指示とアルゴの入れ知恵があったとはいえ、紛れもない本心を話したベルをアストレアは微笑ましく受け入れた。
「……そう。私もアストレア様と2人3脚でやって来たから、ベルも同じなのね。貴方のファミリアと一緒に『冒険』する時を楽しみにしてるわ!」
「あらいやですわ、団長様と同じと聞くだけで苛立ちが隠せませんわ……」
「アリーゼが2人居るとか、もう想像するだけでしんど過ぎるぜ」
「2人共、アリーゼを侮辱するな! アリーゼはその……ちょっと……ほんの少しアレなだけだっ!」
「アリーゼさんって本当は嫌われてたりします!?」
アリーゼ達はまさかベルが入団を断るとは思っておらず驚いていたが、最終的にはベルの意志を尊重する事にした。
──▶──▼──◀──▲──
ベルが連れて来られた場所はメインストリートから外れも外れた袋小路にある、うらぶれた教会だった。
廃墟と見間違えてしまいそうな程に建物の所々が朽ちて崩れかかっており、教会のシンボルであっただろう女神像ですら顔が半分しか残っていないという有り様だ。
「ヘスティア、居る?」
アストレアは全く躊躇する事も無く玄関口を覗き込む。
ベルも釣られて覗き込むが、屋内も外観に負けず劣らずの荒れっぷりだった。割れた床のタイルからは土がむき出しになっている所為で雑草が生い茂り、天井には穴が開いていて、穴から差し込む日差しが辛うじて原型を留めている祭壇を照らしていて無駄に神々しい。
「誰も、居ませんね」
「いいえ、ほんの少し『神威』を感じるわ。多分奥で寝てるのね」
ベルには全く分からなかったが、同じ神ともなるとほんのわずかに漏れる『神威』の気配も感じ取れるらしい。
アストレアは構わず進み、祭壇の先にある小部屋に入り、ベルを手招きする。何だかちょっと楽しそうだ。
小部屋の中を更に進み、棚の裏の階段を下る。そして明かりが漏れているドアを開け放った。
「ヘスティア、邪魔するわよ」
「ん……んぅ……ぁ、ふわぁ〜あ……やぁ、アストレアじゃないか、今日はどうしたんだい?」
「──……あ、ぅ……」
紫色のソファーに寝転がって微睡んでいた彼女は、ばっと起きて立ち上がってアストレアを出迎える。
その幼女と少女の境界線上に位置するような美少女は、これ以上無い程に『無垢』という言葉が似合いそうな雰囲気を纏っており、素人目に見ても善神だと確信出来る『女神』だった。
艶のある漆黒の髪が耳を隠し、ツインテールにしても腰までの長さを誇る。丸い顔は幼さを強調しているが、その幼さに相反するかのように豊かな胸元に、ベルの目はついつい吸い寄せられてしまう。
「今日は貴女の眷族になってくれそうな子を連れて来たのよ」
「えぇ!? それは本当かい!?」
突然の朗報に目を見張るヘスティア。
ここから先はベル自身が話すべきだと、アストレアはベルの背中を優しく押した。
「さあ、頑張って」
「はい……えっと、神様! 僕は、冒険者になって、いつか『英雄』になる為にオラリオにやって来ました、ベル・クラネルです! どうか、僕を貴女の眷族にして下さい!」
「ボクの名前はヘスティアさ! こちらこそよろしくお願いするよ、ベル君!」
ベル・クラネル
Lv.1
力:I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
《魔法》
【 】
《スキル》
【
・早熟する。
・
・
【
・魅了、混乱、狂化、
・激昂した際、
【
・飲食の際、耐異常を発現。発現済みの場合は強化。
・一騎打ちの際、
「こ、これは……!?」
「ヘスティア、
「へ!? あ、ああ、うん?」
「『
「わ、分かった。えっと、こうかな……?」
紹介してもらったからという事もあって、ヘスティアはアストレアの目の前でベル・クラネルに『
そこでいきなり『スキル』が発現した事に身震いする程驚くヘスティアだったが、アストレアに注意されながらベルの背中に刻まれたステイタスを不可視の状態にする。ちなみにアストレアはヘスティアに正対するように立っていた為、ベルのステイタスは見ていない。
「神様? 何かあったんですか?」
「あぁ、いや? 初めて『
「良かったわね、ベル。早速ギルドに行って冒険者登録してきたらどうかしら?」
「はい! 神様、ちょっと行ってきます!」
アストレアに促され、ベルはステイタスを確認する事も無く早速冒険者登録をする為に出かけていった。
まあ、通常はステイタスオール
「ありがとう、アストレア」
「……さっきはどうしたの、ヘスティア? かなり驚いていたようだけど」
ベルがこの場に居ない方が話しやすくなると思い、ベルが外に出るように誘導したアストレア。
気付いていたヘスティアは素直にお礼を言い、先程の態度の理由を述べる。
「──いきなり『スキル』が発現したんだ。それも、凄そうなのが3つも」
「それ、私に言っちゃって良かったの?」
「キミとボクの仲じゃないか。それに、流石に『スキル』の内容までは伏せさせてもらうさ」
「それが良いわ。それと、ベルに伝える時は気を付けてね。零細ファミリアの『レアスキル』持ちなんて、他の神が知ったら何をしでかすか……」
「うわぁ……」
アストレアの話を聞いて、色んな神からちょっかいを掛けられまくる光景を幻視したヘスティアは想像だけでげんなりとした。
「……それで、アストレア?
「ええ、ちょっと彼には言えない話なのだけど、実は──」
──■──▲──●──☓──
「えええええええええええ!? 7年前にベル君と会ってたああああああああああ!? まだ下界に居なかったボクの
ヘスティアの絶叫が地下室の中でこだました。
「ええ、その時に背中も見せてもらったし、間違い無く貴女の『
「走り回ってたって……ああ、その頃は確か『暗黒期』とかいう時期だったんだっけ? 確かに一目見て感じたベル君の人格で、もしカオスの気紛れに巻き込まれたなら……うん、どうにかしようとするだろうね」
「彼の活躍で
おかげで
「そっか、そのお礼として彼にボクを紹介してくれたという訳かい?」
「ええ。
貴女が下界に降りて来たって聞いた時は、彼が一体いつオラリオに来るのかしらとずっとそわそわしちゃってたわ、とアストレア。
「……でも、たった半年でLv.5になるという事は……」
「それだけの『偉業』を立て続けに達成したって事になるわね」
(あんな『スキル』があれば、確かに半年でLv.5になるのは不可能じゃない。……のかもしれないけど……)
「一体ベル君はどれだけの苦難に見舞われるっていうんだい……?」
「……だからヘスティア。私の【ファミリア】も協力するから、彼が『英雄』を目指すのをサポートしてあげてね」
「……ああ! ボクの
アストレアに聞かされたベルの『未来』を聞いたヘスティアは、ベルが『英雄』になれるように全力でサポートする事を強く誓うのであった……。