ダンジョンにひたすら潜るのは間違っているだろうか?


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作:宮枝嘉助
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第2話 突然の『冒険』


 

 

 

 

 

 これは、与一のお師匠さんが言ってた事なんだが。

 

 対象を尾行する際、()()()()()()()()()()んだそうだ。

 と言っても、トンチやナゾナゾの類ではなく、人間は意外と視線に敏感な生き物である為、直接凝視すると気付かれる可能性が上がるので敢えて別の物に視線を向けて、その片隅で対象を捉えるようにする。……という事らしい。

 

 言葉にすると何だか簡単そうに感じるが、これがまた難しい。おっぱいを見ずにおっぱいを見(検閲削除)

 某野球漫画では周辺視システムだとか言ってたような気がするが、あんな感じだろうか?

 

 まあ、とにかくそんな感じでベル君に対して不慣れな尾行をしているのだが。

 流石はベル君だ。多分視られてるのには気付かれている。

 Lv.4の身体能力にモノを言わせて隠れてはいるから俺だとはバレてないとは思うけど。

 

 

 

 

 ベル君は『冒険者墓地』に行ったかと思えば、今度は『英雄橋』に行ったり『聖フルランド大精堂』に行ったり。

 にしてもこれ、まだファミリア探しじゃなくてただの観光だな? もしかして俺が余計な事(ファミリアの探し方)を言った所為で余裕ぶっこいてる? 元々観光を先にしてから探すつもりだった? 流石に分からんな。

 

「おいおい、ナンパの次はストーキングかよアルゴ」

「くっ……尊め、ナンパは否定したいがストーキングは否定出来ぬ……!」

「あの白い髪の……お兄さん? が気になるの? 特に何も無さそうな普通のお兄さんに見えるけど……?」

「ああ、まあ今はそうだろうな。だが、男子三日会わざれば刮目して見よと言うだろ? 雫の掌がドリルのように回転しまくるのを俺は楽しみにしてるよ」

「えっと……こう?」

「いや誰が貫手のコークスクリューをやれと言ったよ?」

 

 今日は尾行の尾行をされてしまった。という訳で本日のゲストはイチノミヤ兄妹です。

 イチノミヤ・兄は黒髪紺眼の犬人(シアンスロープ)で、身長は俺よりほんの少し低い170C(セルチ)。冒険中は視界を良好にする為に鉢金をしているんだが、今は鉢金をしていないので前髪が全部下りている。動いてない姿を眺める分には、多分今の方がイケメンだと思う。

 イチノミヤ・妹も黒髪紺眼の犬人(シアンスロープ)で、身長は未だ伸び盛りの149C(セルチ)。彼女も少し髪型が変わる。今は何もせずに下ろしているが、冒険中は後ろの襟足の辺りを留めている。ちなみに下ろした長さは肩甲骨の真ん中ぐらい。

 

「ねえねえアルゴお兄ちゃん、こんな事せずに話し掛けちゃえば?」

「いや、俺の所為で変に目立って変神(へんたい)に捕まったら可哀想だし」

 

 太陽神(アポロン)とか太陽神(アポロン)とか太陽神(アポロン)とか。

 

「じゃあこの尾行って意味無いどころか逆効果じゃね?」

「ぐふぁっ!?」

「ふふっ……じゃあ、尾行終わりっ! お兄ちゃん、静ちゃんと与一君も連れて迷宮(ダンジョン)行こうよ!」

「ああ、そうだな。ほ〜い、そんじゃあアルゴ、行くぞ〜」

「あ〜れ〜……ベル君頑張れ〜……」

 

 結局尾行(ストーキング)は中断し、我等幼馴染四人衆と天才少女様とで迷宮(ダンジョン)に潜る事になった。

 この5人だと……そうだな、日帰りなら18階層ぐらいまで行って帰って来る感じかな?

 

 

 

 

 ──◆──◆──◆──◆──

 

 

 

 

「一体いつから──今回が日帰りだと錯覚していた?」

「アルゴったら、急にどうしたのよ?」

「ああ、いや、ちょっとね……」

 

 完全に日帰りする気になっていた俺の姿はお笑いだったぜ。

 そんな訳で現在俺達は27階層『水の迷都』に来ており、ひとまずは雑魚掃除中。

 

 基本的な俺の立ち位置は後衛だ。俺としては非っ常〜〜〜に不本意ながら治療師(ヒーラー)として立ち回る事が多い。

 俺達は孤児院設立前からの眷族だったらしい『古参』の3人を除いて探索する事がほとんどだ。最後衛が俺と『団長』で、その前が与一。静と『副団長』が中衛で、尊と雫と桜さんが前衛って感じだろうか。

 で、今もその隊列から単純に『団長』と『副団長』と桜さんを抜いたような順番で進んでいる。

 

「……ふっ!」

「やあっ!」

 

 前衛の方ではご兄妹が暴れていらっしゃる。

 

 尊は今は普通に抜刀状態だ。桜さんが居ないからか、刀を慈しむかのように普段よりゆっくりと振り下ろし、ブルークラブやマーマンの急所を正確に切り裂いて行く。

 明らかに刀を長持ちさせる為の戦い方だ。

 

 片や徒手空拳で戦う雫は鋭い手刀や足刀を放ち、水辺から飛び出して来るレイダーフィッシュやアクアサーペントを真っ二つに両断していく。

 こっちは損耗する武器が無い為か、『スキル』も使って遠慮無く戦っている。

 

 今、雫が使っている『スキル』は【真空裂波(シンクウレッパ)】といって、極少量の精神力を消費し、一定以上の速度の手刀や足刀を振るうと鎌鼬が発生して相手を斬り裂くという『スキル』だ。

 雫がLv.2になった辺りで覚えた『スキル』だが、雫の『スキル』の中では1番多用されてるんじゃないだろうか。

 

「ふうっ……すーっ、はーっ……」

 

 そしてもう1つ。

 雫がLv.3の頃に覚えた『スキル』の【明鏡止水(メイキョウシスイ)】もセットで良く使っている『スキル』だ。

 こっちは発展アビリティの『治力』と『精癒』が同時に発現し、更に能力値(アビリティ)も上昇するというチート級の『スキル』である。ただ、この『スキル』を維持したまま戦うのは天才少女(しずく)でも難しいらしく、本人曰く『並行詠唱』しながら両手両足でそれぞれ違う曲を演奏するかのような難易度だそうな。

 ……何かそう聞くと、もしフィンが【明鏡止水】を持ってたら出来そうな気がするな。あいつの【ヘル・フィネガス】とは対極に位置してそうな『スキル』だけども。

 

「この階層だとまだあの2人だけで行けちゃいそうだね……っと!」

「うおっ、相変わらずとんでもねえ威力だな、与一の射つ弓はよ」

 

 不意に、与一が後ろを振り返り即座に弓を引き絞り矢を放った。凄まじい速度で飛ぶたった1本の矢がケルピーの群れを射ち貫いていく。

 その威力はとんでもないモノで、射線上のケルピーの群れを全て貫いて迷宮の壁に突き刺さってしまう程。

 

 そんな、某英霊さんが放つ剣の矢を彷彿とさせるようなデタラメな威力を引き出してるのが与一の【神愛奉弓(シンアイホウキュウ)】という、力と器用の能力値(アビリティ)()()超高域強化するという化け物(チート)『スキル』だ。そんな『スキル』を、この男は何とLv.1の頃から持っているのである。

 

 その時、静が薙刀を上方に構えつつ俺達の前に躍り出た。

 上方? という事はまさか──!?

 

「2人共、危ない! ──【水面凪(ミナモナギ)】!」

閃燕(イグアス)かよ、くそっ……!」

「それでも僕の矢よりは遅いんだから、この程度でケガなんてするなよ()()()のアルゴちゃん!」

「ったりめェだァ! ()()()()の与一ちゃんこそケガすんじゃねェぞォ!」

 

 俺と与一の前に立った静が高速で薙刀を捌いて閃燕(イグアス)自爆攻撃(とっこう)を受け流していく。

 俺は背中の大型の両刃剣(バスタードソード)ではなく、腰からサブウェポンの小太刀を2本抜いて、静が受け流して速度が落ちたイグアスを切り落とす。

 与一のサブウェポンは鉄扇。こちらも2本用意があり、今は閉じた状態で振ってイグアスを叩き落としていく。

 

 先程の静の【水面凪(ミナモナギ)】は精神力を消費して超高速の薙刀捌きを可能にする防御系の『スキル』だ。物理攻撃を捌くなら極少量の消費で済み、その3倍程度消費する事で魔法攻撃すら捌く事が可能になる『スキル』である。

 

 

 

 

 閃燕(イグアス)を全滅させた俺達は、先行していた尊と雫と合流し、一息入れる。

 

 ──さて、雑魚掃除が終わって()()()()()()()()

 そう、賢明なる読者諸君が察する通り、我々はこれよりこの5名で『迷宮の孤王(モンスターレックス)』アンフィス・バエナを討伐する──!

 

 

 

 

 ──■──■──■──■──

 

 

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 25階層から27階層までを貫く『巨蒼の滝(グレート・フォール)』……その滝壺の中心部。

 双頭の白竜は、冒険者達の行方を阻み、滅殺せんと咆哮をあげる。それに対するは不敵な笑みを浮かべるアルゴ達。

 

 こうして彼等が双頭の白竜(アンフィス・バエナ)に挑んだ回数は既に十回を超えている。

 しかし、()()()()()となると初めての挑戦だ。

 その為か、彼等の笑みにも僅かに緊張の色が見て取れる。とはいえ、どの道【クシナダ・ファミリア】には壁役が居ないのだ。全ての攻撃を個々の実力で躱しつつ攻め抜いて倒してしまうしか彼等に生きる道は無い。

 

 ──故に、先手を取ったのは彼等だった。

 

「じゃあ静、まずは頼んだぜ!」

「ええ──【来たれ、恵みの象徴たる水神の御使いよ】」

 

 尊が刀を納刀し、いつでも駆け出せる準備をしながら静に声を掛ける。それを受け、静は魔法の詠唱を開始した。

 

「【我が願いに応え顕現し、其の一端の御力を我に貸し与え給え。我、水神の巫女となり、舞い踊りて蛟の御力を振るう者也】」

 

 周囲を薙ぎ払うかのように薙刀を振り上げつつ、静の『魔法』が発動する。

 

「──【ミズチノナギ】」

 

 周囲に水が発生し、薙刀に絡み付くかのように集まって行く。それが3(メドル)を超す巨大な水球となった時、静の薙刀が薙ぎ払うように振り下ろされた。

 薙刀の動きに沿うように水球が刃と化して広間(ルーム)全体に波及するように飛翔する。

 その刃が通過した跡には、何と水面が凍りついていた。

 

 彼女の『魔法』は水属性魔法。

 水を出す量、その放出の仕方、そしてその水温に至るまで自由自在に操る事が出来る『魔法』で、パーティーの水の補給から単純な攻撃、そして今回のような足場の生成まで出来てしまう程の万能性を誇る『魔法』である。

 

『ハアアアアアァァ!』

 

 紅眼の竜頭の顎が開き、紅霧(ミスト)が発生して双頭の白竜の胴体を包み込む。

 あらゆる『魔法』を減退させるその紅霧(ミスト)に静の『魔法』の刃は阻まれ、何の痛痒も与えられずに消失してしまう。

 

 だがそれはアルゴ達にとっては既知の事であり、何ら慌てる事ではない。そもそもが足場を増やす事が目的なのだ、ダメージについては元々度外視である。

 そうして足場が出来ると同時に尊と雫とアルゴが駆け出した。

 

 アルゴの役割は治療師(ヒーラー)として全員を射程圏内に収めつつ、雑魚掃除をする事。そしてもう1つ。

 尊と雫の兄妹は『逃走』の発展アビリティを持っている。その為、アルゴから()()()()()()()()事で更に速度が上がるのだ。

 

『オオオオオオオオッ!』

 

 冒険者共を近付けさせまいと、蒼眼の竜頭の方が攻撃を仕掛けて来る。

 その口から放たれるのは、眼の色と同じ蒼い炎の息吹(ブレス)

 その寒色(あおさ)で一瞬低温の炎なのかと勘違いしそうになるが、つい先程極低温で凍らせたばかりの足場から湯気が出ており、人体などあっという間に融けてしまう温度だという事を再認識させられる。

 

焼夷蒼炎(ブルーナパーム)だ! 俺でも治すの大変なんだから喰らうなよ!」

「昔アホな事試した時の事をまだ言ってんのかアルゴ! この程度、わざとじゃなきゃ喰らわねえよ!」

「当たらなければどうという事は無い、だねっ!」

 

 しかし、流石は第一級冒険者というべきか。

 尊はいつでも居合が放てる構えのままで凄まじい速度で動いて息吹(ブレス)を躱し、雫は時折飛び出して来るレイダーフィッシュ等をパルクールの足場にしてしまうかのように蹴り殺しながら息吹(ブレス)を躱して行く。

 アルゴ、静、与一も『神の恩恵(ファルナ)』を受けた人間ならではの大ジャンプを披露し、息吹(ブレス)を躱してみせた。

 

 問題はここからだ。

 それは、『アンフィス・バエナ』が放つ蒼炎はすぐには消えずに足場の上で燃え続ける事だ。

 『アンフィス・バエナ』が持つ特殊な体液と混ぜ合わせて放たれる息吹(ブレス)は非常に消火し辛い性質を持っており、現に今も氷の足場の上で未だに蒼い幽玄の炎が揺らめき続けている。

 『アンフィス・バエナ』の潜在能力(ポテンシャル)はLv.5というのがギルドの見解だが、それはあくまで単純な戦闘能力の話だ。

 『巨蒼の滝(グレート・フォール)』という環境が双頭竜(アンフィス・バエナ)戦闘環境(たたかいやすさ)上昇付与(バフ)を掛け、更に冒険者達の戦闘環境(たたかいやすさ)下降付与(デバフ)を掛けて来る。

 故に、総合的には(ここで戦う場合は)Lv.6にカテゴライズしてもいいのではないかとも云われている。

 

「──【ミズチノナギ】」

 

 よって、足場を作れる静がこの戦いに於ける要石だ。

 もし彼女が崩れる事があれば、アルゴ達の勝率は一気に下がってしまうだろう。

 今度は水を圧縮してレーザーのように放ち、燃え盛る蒼炎を根本から吹き飛ばすように消火して行く。

 原理としては決して氷の足場そのものが燃えている訳ではなく、息吹(ブレス)と共に吐き出された特殊な体液がその場に残って燃え続けているのだから、その体液を吹き飛ばせば消火は可能、という理論である。

 

『オオオオオオオオオオオッ!』

『アアアアアアアアアアアッ!』

 

 しかし、勿論双頭竜(アンフィス・バエナ)の攻撃は必殺の息吹(ブレス)だけではない。凄まじい膂力を秘めた筋肉と恐ろしい程に堅牢な竜鱗に覆われた双竜が暴れ回るだけでも周囲に甚大な被害が発生する。

 凍らせた足場が砕かれ、水場が増えて行く。

 その度に静の『魔法』が足場を再生成する。

 

「はあっ!!」

「──【爆烈拳(バクレツケン)】!!」

 

 暴れ回る双頭の白竜の攻撃を掻い潜り、尊の居合抜きが紅眼の竜頭の首を斬り裂く。だが、足場の悪さ、空中での居合抜きの難易度、竜の反応速度等の様々な要因が重なってしまい、竜鱗を斬り裂いただけで肉を断てない。

 一方の雫は、普段使っている【真空裂波】では蒼眼の竜頭の首への効果は薄いと判断して拳の連打を放った。

 ──【爆烈拳】。精神力は消費するが、凄まじい破裂音を響かせながら拳の連打を叩き込む『スキル』で、更にその拳打を放っている間は力と耐久と敏捷の能力値(アビリティ)に大補正が掛かる。こちらも悪条件が重なって本来の威力とは程遠い状態だ。

 空中で技を放ち、態勢が崩れた2人を双頭が襲い掛かる。

 

『オオオオ──ッ!?』

 

 そこへ、与一が2本同時に射った矢が双頭の竜の下顎に突き刺さった。激しく動き回る標的に同時に()てるだけでなく、竜鱗を貫くその威力は正に神業と称えたくなる程だ。

 

『オオオオオオオオオオオオオッ!』

『アアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 本来の威力ではないとはいえ、第一級冒険者の攻撃を数度受けた双頭竜(アンフィス・バエナ)は雄叫びを上げながら暴れ、足場を破壊しながら水中へと潜行した。

 

「──与一ッ! 多分そっちだ! ──畜力(チャージ)開始(スタート)

「了解!」

 

 自分達の足場も不安定になっている中、アルゴが地面に左手を当てて水のうねり等の振動を感知しながら予想を叫ぶ。

 と言っても実際はゲーム脳に()るヘイト管理で予想した上で、地面に手を当てて振動を感知する振り(パフォーマンス)をして自分の根拠を補強しているに過ぎないのだが、案外彼の予想は当たる。

 特に今回は分かり易い方だろう。双頭(りょうほう)にダメージを与えたのは彼だけなのだから。

 

「いい加減少しは大人しくしやがれ──【デイン】!」

『ギャアアアアアアアアッ!?』

 

 アルゴの予想通りに与一を狙って水中から飛び出した所を、アルゴの速攻魔法が狙い撃った。

 アルゴの右手から放たれた雷撃魔法が双頭竜(アンフィス・バエナ)の全身を焼き焦がす。

 

 【デイン】はアルゴの()()()()()()()の速攻魔法だ。この魔法はチャージが一定時間を超える度に()()()()という変わり種の『魔法』である。

 

(やはりな、水中から出た直後は紅霧(ミスト)が出ていない。原作でも、もしあの戦いにベル君が居たらこうやってファイアボルトで狙い撃ってたんじゃねえかな)

 

 それはともかく、双頭竜(アンフィス・バエナ)は全身が感電し、動きが鈍った。絶好の好機(チャンス)である。

 

「──【ミズチノナギ】」

「【爆烈拳】!!」

「アルゴ、俺にも寄越せ! ──【魔を纏いて我が力と成せ】」

「分かった。──【デイン】」

「【マガツマトイ】」

 

 静が足場を造り、雫が拳打の嵐を叩き込む。

 尊が短文詠唱からの『魔法』を発動し、そこへアルゴがチャージ無しの【デイン】を撃ち込んだ。

 すると尊には一切ダメージは無く身体が帯電し、雷属性を付与したような状態になる。

 【マガツマトイ】の効果は、魔法を吸収して自身に付与する事だ。ちなみに先程尊が口走っていた『アホな事』というのは、以前ヘルハウンドの火炎攻撃をこの魔法で吸収した経験を元に、焼夷蒼炎(ブルーナパーム)を吸収出来ないか試した事があり、蒼炎はただの物理現象だった為に大火傷を負ったという、今となっては鉄板の笑い話になっている出来事である。

 尊は居合の構えをし、全力で駆け出した。彼の最速の斬撃が放たれる──!

 

「『輝閃(きせん)』!!」

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 『輝閃』。それは、彼の持つ『スキル』と技を組み合わせた絶技。

 彼には【縮地(シュクチ)】という『スキル』と【抜刀術(バットウジュツ)】という『スキル』がある。

 前者は納刀時のみ使用可能で敏捷の能力値(アビリティ)に極大補正を掛ける『スキル』で、後者は抜刀の瞬間のみ力と器用と敏捷の能力値(アビリティ)に大補正が掛かる上に、その瞬間のみ不壊属性が武器に付与される『スキル』だ。

 要は【縮地】の勢いで駆けつつ【抜刀術】で居合を放つのだが、それを動く敵に放つのだからその難易度は推して知るべしである。

 

(俺の魔法を纏ってると、尊のあの技ってどう見ても●靂一●に見えるな。最初はスキル名の関係で瞬天●を想像してたけど)

 

 アルゴは内心そんな事を考えていたりしたが、ダメージこそ与えたものの予断を許さない状況である事に変わりない。

 階層主(ボスモンスター)は体力が減ると行動が変化する。

 尊の居合で大ダメージを被った階層主(むすこ)の悲鳴が迷宮(はは)に聞き届けられたのか、続々とモンスターが産まれ始めた。

 『ブルークラブ』、『アクア・サーペント』、『レイダーフィッシュ』、『マーマン』、『ラミア』、『クリスタロス・アーチン』、『クリスタル・タートル』、『イグアス』、『ハーピィ』、『セイレーン』、『マーメイド』、『ライト・クオーツ』、『ケルピー』、『アーヴァンク』、『ドドラ』、『ヴォルティメリア』……下層のモンスター大集合(オールスターズ)である。

 

『ハアアアアアアァァッ!』

 

 大量のモンスターが産まれ落ちた瞬間、紅眼の竜頭が今までに無い量の紅霧(ミスト)を吐き出し、その巨体を覆い隠してしまう。

 

「雑魚に守ってもらいながら休むつもりか、あの野郎!」

「でも確かに雑魚が多過ぎるわ! アルゴ、与一君、雫ちゃん、お願い出来る?」

「了解! ──畜力(チャージ)開始(スタート)──【我は希う、万物の救済を。万物を蝕む邪なる者の破滅を】」

「この数は流石にこの魔法に頼る外ありませんね。──【南無八幡大菩薩。我が国の神明、日光の権現、櫛名田比売命よ】」

「静ちゃん、任せて! ──【熱き血潮よ、心の灯火よ。紫紺の魂を紅蓮に染め上げ、天高く燃え上がれ】」

 

 最早『怪物の宴(モンスターパーティー)』と遜色無い程の大群を前に、3人が魔法の詠唱を開始する。

 真っ先に詠唱が終わったのは短文詠唱である雫。彼女は『魔法』を発動待機の状態にしたまま敵陣へ突っ込んで行く。その間も跳び跳ね、舞うように四肢を振るって敵を粉砕しながら。

 

「──【だが世界は非情也。世界は無情也。故に希う。我が救済の願いの手が届かん事を】」

「──【願わくば、我が敵の心の臓を射抜かせ給え】」

 

 雫が突っ込んで行く中、アルゴは右手の雷を畜力(チャージ)しながら別の魔法の詠唱を進め、与一は普段と変わらぬ高精度の射撃で雫を援護しながら詠唱を進めて行く。

 

 

 

 

 ──その時である。

 突如、双頭の白竜(アンフィス・バエナ)紅霧(ミスト)に包まれたまま援軍(モンスター)に向かって動き出した。

 

 謎の行動に訝しむアルゴ達。

 その意図に逸早く気が付いたのは、果たして誰だったのか。

 

「──不味い! 誰か早く雑魚を、特に『マーメイド』を仕留めろぉぉぉぉおおおおおっ!!」

 

 しかしそれは間に合う事は無く。

 紅眼の竜頭と蒼眼の竜頭はそれぞれの顎を限界まで開き、『マーメイド』を含むモンスター達を一呑みにして噛み砕いた。

 

「あっ──」

「ウソだろ、オイ──!」

「こんなの見た事無いわよ?」

「階層主が魔石を……」

「ふざけろっ!! そりゃあいつの口癖も出るわ!!」

 

 

 

 

 それは、単に『マーメイドの生き血』で回復を図っただけだったのかもしれない。

 だが、それで『マーメイド』ごと噛み砕いたという事は、この場に居る冒険者達ならばそれだけでは済まない事に気付く。

 

 

 

 

『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 

 

 

 ──()()()()()()()

 

 

 

 

 ただでさえ戦いにくい双頭の白竜(アンフィス・バエナ)、その強化種の実力(ちから)は果たして如何程か。

 彼等にとって適度な『冒険』だったハズの戦いは今、命を懸けた『死闘』に変わろうとしていた──。

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