この世界は『英雄』を欲している。
それは何故か?
それは、世界中が怪物の脅威に脅かされ、世界中の人々が死と隣り合わせの日々を送っているからだ。
古代の人類は怪物との戦いの中で自らの限界を超えて行き、やがて“災厄”と呼ばれる怪物を撃退してみせたらしい。
では、現代の人類は?
現代ではそんな化け物じみた人類は確認されていない。しかし、明確に違う事がある。
それは、現代は“神”が地上に存在している神時代だという事。神々は天界での暮らしに飽き、未知という刺激に満ち溢れた下界へと降りて来たのだ。
神が下界に降りる際に取り決めた事がある。
それは、原則『神の力』を使わないという事。
では一体何の為に降臨したのか? ただ下界の未知を観光しに来ただけなのか? 否である。断じてたったそれだけの為に神がわざわざ下界に降りる事は無い。
とある目的を達成させる為、下界の子ども達に『神の恩恵』を与える為に降りて来たのだ。
『神の恩恵』を得た眷族達が最も集まっていると云われる街──その名は、迷宮都市オラリオ。
そこでは、様々な『英雄候補』達が日々鎬を削る毎日を送っている。
──そんな、神時代を迎えてから約千年が経ち。
下界を脅かす怪物の中でも、最も危険で凶悪な個体を倒して欲しいという三大冒険者依頼の内、2つが近年達成された。
しかし、後1つという所で人類は敗北し、その戦力を大幅に減じ、平和への道を後退してしまった。
それから約十五年後、ある少年が迷宮都市にやって来る。……所から本来の話が始まるのだが。
少年が迷宮都市にやって来る十八年前。この世界に2つの異常事態が発生する。
1つは、とある2つの魂がこの世界にやって来た事。その内の1つはオラリオの外れのスラム街の女性の胎の中に、もう1つは迷宮の奥深くに、それぞれ吸い込まれて行った。
そして2つ目の異常事態はというと、それを感知したとある女神が突如下界に降臨してしまった事だ。
本来、神が下界に降臨するには天界での厳正な審査がある。でなければ天界の仕事が回らなくなってしまうので当然の事ではあるのだが、事もあろうにその女神はその手順を無視して勝手に降臨してしまったのである。
天界は初めは大混乱に陥ったが、2つの魂に関する調査・保護はどちらにせよ必要だという結論に達し、その女神は罰則を受ける事無く見逃される事になった。
その女神の神名は──櫛名田比売命。かつて荒神だった須佐之男命に見初められ、その身を尽くして男神を善神に変えてみせた逸話を持つ、豊穣の女神の一柱に数えられている女神である。
つまり、女神であればもし仮に2つの魂がこの世界に害を成すモノであったとしても変えてくれるのではないか、と期待されたという事だ。
クシナダヒメは最初、いきなり迷宮都市ではなく極東に降臨し、まず天照大神に面会した。女神に話を通しておく事が筋だと考えたからだ。
その話の中で、迷宮都市は非常に物騒な場所だからという理由で極東最強の男とその弟子の少年を護衛に付けさせてくれた。
クシナダヒメは2人と共に、まずは1つ目の魂を保護する為にオラリオの外れのスラム街を目指した。
そこで、スラム街の自称自警団の頭を張っていた男を眷族に加え、スラム街でも子ども達が安心して暮らせる場所を作ろうと孤児院を設立する。
──それこそが、後のクシナダヒメのファミリアの拠点である。
まず、ファミリアが目立ち過ぎる事を嫌ったクシナダヒメは、極東最強の男には緊急時以外は迷宮に入る事を禁じ、修業したい時は『竜の谷』へ行く事を命じた。
一方で弟子の少年と自警団の頭には孤児院の資金稼ぎの為に迷宮に潜ってもらう。
そして主神のクシナダヒメは豊穣の女神でもあるので、孤児院の外にスラム街の人々と共に畑を耕す日々を送る。
そうして五年程経過した頃、1つ目の魂を持つ子どもの母親が病気で死去してしまうが、子ども自体は当初の目的通りにクシナダヒメの孤児院で保護された。
その頃、クシナダヒメのファミリア──【クシナダ・ファミリア】──には団長を務める少女や、副団長を務める少年、孤児院育ちの鍛冶師も加わり、名を挙げ始めていた。
一方で極東最強の男も都市の外なら暴れていいと言わんばかりに『竜の谷』やその周辺で『名乗らぬ英雄』と呼ばれたりしていた。
──三年後。
1つ目の魂の子どもとクシナダヒメは対話を重ね、8歳になった時に眷族になった。その時には孤児院で一緒に育ってきた彼の幼馴染達も共に眷族となる。
──更に三年後。
最年少の眷族達が11歳になった頃から、オラリオで大事件が立て続けに発生する。
正義の派閥と闇派閥が全面衝突した『大抗争』に始まり、闇派閥が迷宮内で仕掛けたとされる『27階層の悪夢』、そして危険過ぎるという理由でギルドに詳細を伏せられたとある『事件』。
しかし、その詳細は本来の歴史とかなり異なっている。
まず、『大抗争』の火種そのものの大半が道化師と呼ばれる謎の人物によって鎮圧され、それでも残っていた邪神が一発逆転に賭けて『神獣の触手』を迷宮の『深層』から呼び出すものの、万全の【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】にあっさりと倒されてしまう。
本来の歴史であればその2つのファミリアの戦力の大半を削ぎ落としてしまうハズの【暴喰】と【静寂】は、魔が差したのか、あるいは『名乗らぬ英雄』と出会って世界にまだ『英雄』が残っている事に安心したのか定かではないが、とにかく何故か現れなかった。
その際に【クシナダ・ファミリア】は逸早く闇派閥の自爆攻撃の危険性に気付き、数多の将来有望な冒険者の命を救ってみせた。
次に、『27階層の悪夢』に於いては、胸騒ぎがしたクシナダヒメの主神命令で極東最強の男も戦闘に加わり、大規模な『怪物進呈』のみならず『穢れた精霊』の介入も退けるが、それによって眷族の存在を1人隠していた事がギルドにバレてしまい、罰則を受けつつも、その極東最強の男に対して【刀神】の2つ名が贈られ、讃えられる事になった。
そして、【刀神】の存在が明るみに出てからは【猛者】が頻繁に都市外に脱走するという珍事が起こるようになったある日、30階層にて『事件』が発生する。
【ルドラ・ファミリア】が起こした『事件』に巻き込まれたのは、【アストレア・ファミリア】と【クシナダ・ファミリア】の面々と【ガネーシャ・ファミリア】のヴァルマ姉妹。
その『事件』によって迷宮が哭き、産まれた怪物──破壊者──の奇襲によってアーディ・ヴァルマが切り裂かれるも、2年前に貰った御守りの力で一命を取り留める。
そこで激昂するメンバーよりも先に1つ目の魂の子が最弱の威力で放った速攻魔法が破壊者によって撥ね返され、軽傷を負う。
それで敵の特性を知ったメンバーは接近戦を挑み、何人もの負傷者を出しながらシャクティ・ヴァルマとアリーゼ・ローヴェルとゴジョウノ・輝夜が破壊者の装甲殻を破壊し、リュー・リオンと【クシナダ・ファミリア】の団長と副団長の魔法によって撃破。
【ルドラ・ファミリア】はその場で壊滅し、他の残党も【ロキ・ファミリア】との連携で撃滅し、暗黒期は終息した。
しかし、未だ2つ目の魂の持ち主は見つかっていない。
【クシナダ・ファミリア】の目的は、2つの魂を保護する事である。その1つは既に保護し、立派な眷族になっている。
2つの魂を視た時はまだ全知全能であったクシナダヒメは知っている。
もう1つの魂は迷宮に取り込まれた事を。
クシナダヒメは知っている。
三十年程前から、迷宮には異端児と云われる理知を持った者達が居る事を。
だから、2つ目の魂は異端児になって産まれている可能性が高い事を。
2つの魂とは、所謂転生者である。
これはその転生者達が織り成す物語。
本来の主人公の迷宮都市到着を以て、開幕する迷宮英雄譚である──。