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P-MODEL

提供: 知木ペディア
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P-MODELとは、日本のニュー・ウェーブ/テクノポップバンドである。

概要[編集 | hide all | hide | ソースを編集]

テクノポップの初期から、活動しており、ヒカシュープラスチックスと共にテクノポップ御三家と言われる。

メジャーなアーティストの中で、初めてネット上で音楽配信をしたグループである。

現在は、活動停止中であるが、元メンバーの殆どが音楽活動を続けており、平沢はソロと「核P-MODEL」で活動している。

かきふらいの漫画、「けいおん」に出てくるキャラの名字は、P-MODELのメンバーに由来すると言われている。

略史[編集 | hide | ソースを編集]

1979年1月1日に結成。同年7月28日に「美術館で会った人だろ」でメジャー・デビュー。

XTCの日本公演で、前座を務める。これによってP-MODELが知られるようになる。

1981年、3rdアルバム「ポプリ」を発表する。このアルバムからテクノポップから脱退し、この作品以降、1作品ごとに作風を変える。

1983年3月、平沢の右上であった田中が脱退。これを気に平沢のバンド実が強くなる。

1988年12月28日のライヴでP-MODELは、氷河期に入り、活動停止。

1990年9月28日、平沢のソロライブ『ERROR FORCE』で、「シャレ」としてだが一日限定でP-MODELが復活。

1991年9月23日、ライヴ「ERROR of UNIVERSE」で、P-MODELは解凍の儀式をし、復活。メンバーは平沢、秋山、ことぶき、藤井の4人。

1992年、6年ぶりのアルバム「P-MODEL」を発表し、P-MODELは完全に解凍する。

1993年、「ERROR OF INFORMATION "待機"」を最後に一時活動停止する。理由はメンバーチェンジのため。

1994年、改訂が完了し、平沢・福間・小西・上領の4人で、活動開始。

1997年、上領が脱退し、ヴァーチャルドラマーのTAINACO1が加入。

1998年、電子悲劇ツアーが開始。このツアーでTAINACO1がTAINACO2へアップデートされた。

1999年、20周年プロジェクト「音楽産業廃棄物 P-MODEL OR DIE」を開始し、MP3を使い配信を行ない、ライヴ風アルバム3枚とオリジナルアルバム1枚を発表した。

2000年12月、これからP-MODELは「培養期」になると発表し活動停止。

ディスコグラフィー[編集 | hide | ソースを編集]

アルバム[編集 | hide | ソースを編集]

題名 リリース日 レーベル 備考
IN A MODEL ROOM 1979年8月25日 ワーナー・パイオニア
LANDSALE 1980年4月25日
Potpourri 1981年3月25日
Perspective 1982年3月1日 ジャパンレコード
ANOTHER GAME 1984年2月25日
KARKADOR 1985年10月25日 アルファ・レコード
ONE PATTERN 1986年6月25日
P-MODEL 1992年2月26日 ポリドール
big body 1993年3月25日
1995年12月9日 日本コロムビア
電子悲劇/~ENOLA 1997年11月29日
音楽産業廃棄物P-MODEL OR DIE 1999年9月22日 マグネット

シングル[編集 | hide | ソースを編集]

題名 リリース日 レーベル 備考
美術館で会った人だろ 1979年7月25日 ワーナー・パイオニア
KAMEARI POP 1979年12月25日
ミサイル 1980年5月25日
ジャングルベッドⅡ 1981年3月25日
Index P-0 1983年8月25日
Rocket Shoot 1996年10月19日 日本コロムビア
ASHURA CLOCK 1997年8月1日
LAYER-GREEN 1997年8月30日

関連ユニット[編集 | hide | ソースを編集]

此岸のパラダイス亀有永遠のワンパターンバンド
1987年に有頂天ケラの呼びかけにより結成。当時は封印されていた初期の楽曲を演奏した。2回ライヴを行った後に解散。
亀有タワーズ
「ERROR of P-MANIA'93」「ERROR of P-MANIA'94 」に参加したバンド。本来の担当楽器ではない楽器で演奏した。
メンバーは加藤賢崇、ケラ、ことぶき光、藤井ヤスチカ、横川理彦、秋山勝彦、平沢進、戸川純。
MIBURI隊
「ERROR of P-MANIA'95」で結成されたユニット。HEAVENを演奏した。メンバーは加藤賢崇、福間創、横川理彦、中野テルヲ、小西健司。
平沢らによるユニット。
IKARI
ANOTHER GAMEの発表が延期になり、レコード会社と揉めて帰ってきたマネージャーに平沢が「その怒りを音で表すんだ」と言いつけて、結成。シングルを1枚発表し、オムニバスアルバムに楽曲を一曲提供した。ライヴを数回行った。
核P-MODEL
平沢が2004年から不定期で続けているプロジェクト。亞種音の異変を察知した平沢はP-MODEL再結成をせず、このプロジェクトでの活動を始また。
2ndアルバムには田中が、ライヴには福間が参加している。
CROSS
元メンバーの秋山勝彦と髙橋芳一によるユニット。
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