クノッソスでの戦いは終結した。
結局、勇者や剣姫などの幹部は全員取り逃がしてしまった。
それでも、レベル2〜3を三十人以上撃破し、二軍のリーダーだったラウルも撃破。
ヴァレッタに
初見のクノッソスという切り札を使ったわりにはダメダメだが、なんとか最低限の被害は与えられたといったところか。
そんな戦いが終わった後。
「やぁあああ!!」
「ふん!」
ダンジョン深層にて。
スピネルはレヴィスに相手役を務めてもらい、先の戦いで先人達が教えてくれた技術を、余さず消化して己のものにするべく、ひたすら鍛錬に励んでいた。
「ハッ!」
「む……!」
ナイフで突くと見せかけて、体を沈めながら刃の軌道を変更。
そのままレヴィスの足を薙ぐ。
ラウルの見せたフェイントを、自分なりにカスタマイズした動き。
レヴィスが気を抜いていることもあって、ナイフは彼女の足を捉えた。
しかし、肉体強度においてもスピネルを遥かに上回るレヴィスの足は斬れない。
超再生を持つ相手が硬いというのは反則じゃなかろうかと、いつも思う。
「『ファイアボルト』!」
「ほう」
カウンターを決めようとしていたレヴィスに向けて、魔法モドキの炎の矢を発射。
それを爆発させ、爆風に乗ることで後ろに跳んで距離を取る。
目潰しされた時、即座に後ろに逃れたラウルを参考にした動きだ。
上手く動けた結果、今の攻防はスピネルだけがレヴィスに攻撃を当て、カウンターからも逃れるという最上の成果を上げた。
「明確に動きが良くなっているな。その気色悪い魔法モドキの使い方も上手くなった。どうやら、あの戦いは無駄ではなかったらしい」
「恐れ入ります」
レヴィスが褒めてくれた。
ヴァレッタに褒められた時と同様に、自分に褒められる資格なんて無いと自重はしたものの、どうしてもソワソワしてしまう。
彼女もまた、ヴァレッタと同様にお世辞を言う性格じゃないとわかっているから。
尻尾があればブンブンと振っていたかもしれない。
なお、こういう時のスピネルの感情は全部顔に出ているため、レヴィスには内心がバレバレである。
(面白い奴だな)
赤髪の先輩怪人は、小さな後輩に対して、そんな感想を抱く。
どうせ時間は腐るほど余っているということでよく相手をしてやっているが、存外飽きない。
自分相手に見えない尻尾を振り回すチョロさも、レヴィスからすればくだらないと思える悲願に向けて、命すら投げ捨てて突き進む黒い情熱も、近くで見続ければ意外と愛着が湧くものだ。
とはいえ……。
「じゃあ、どんどん行きます!」
「さすがに待て。もう一週間は動きっぱなしだ。いい加減、ひと区切りつけるぞ」
「え? そんなに経ってましたか?」
……この後輩のストイックさは尋常ではない。
約一週間、すなわち150時間以上ぶっ通しで修行し続けるとか、いくら凄まじいタフネスを誇る怪人でもキツい。
冒険者で言えば現在のオラリオ最強に比肩するレベル7相当のレヴィスですら、体力的には余裕でも、精神的には結構きている。
それをレベル3程度の能力で、しかも何度も何度もレヴィスに叩きのめされてグチャグチャのズタズタにされているのに、顔色一つ変えずに続行するのだから、本当に凄い情熱と言うべきなのだろう。
聞けば人間だった頃から数日間ダンジョンに籠もり続け、食料が無くなったらモンスターの死体を食い、眠る時は昔のトラウマとやらを思い出して、何かが近づいてくれば飛び起きられるようにして、戦い続けたという話だ。
多分、根っこの部分からして超ドストイックで、焦燥に支配されてからは更にブレーキがぶっ壊れ、怪人となったことで完全に吹っ切れてしまったのだろう。
何せ、スピネルは怪人になってから、
飲まず食わずどころか眠らず休まずで、延々とレヴィスやモンスター相手に技を磨き続けている。
怪人の再生能力に任せて、体がグチャグチャになるのもお構いなしで。
……冒険者としての才能も無く、怪人として素質も低いスピネルだが、努力の才能だけは世界最高かもしれない。
まあ、こんな壊れた暴走を努力と呼んでいいのかは疑問の余地があるが……。
「私は適当に休んでおく。お前は情報収集にでも行ってこい。
獲物の情報が更新されているかもしれんぞ?」
「……そうですね。行ってきます」
その瞬間、スピネルの瞳がドロドロの黒い感情に染まった。
穢れた精霊の眷族として長い長い時を生きてきた自分からは、とっくの昔に擦り切れて消え去った強烈な感情。
なんとも張り合いのありそうな人生に、少しだけ羨ましいという感情が湧いてきた。
「……お前は成し遂げろよ」
擦り切れてしまった先人は、激情に支配された後輩にエールを送る。
「私のような抜け殻になるお前は見たくないからな」
「……はい。わかりました」
言うだけ言って去っていくレヴィスに、なんだかんだで面倒見の良い先輩に、スピネルは深々と頭を下げた。
決して良い人じゃない。
躊躇なく人を殺すような人だ。
それでも、こんな醜い目的を応援してもらえるというのは、助けてくれるというのは、嬉しかった。
だから、スピネルはレヴィスに頭を下げた。
◆◆◆
「ここが……」
そして、現在。
スピネルはダンジョンからクノッソスを経由して地上に出ていた。
その身に纏うはいつものローブとは違う、滅茶苦茶複雑怪奇な仕掛けの施された特製ローブ。
レヴィスがくれた、神にすら怪人という正体を露見させないという凄いローブだ。
なんでも、例の協力者エニュオに言って作ってもらったらしい。
あの人、本当に面倒見が良い。
いつか必ず恩返しをしなくては。
だが、それはそれとして、今は。
「よいしょ、よいしょ」
スピネルは適当な建物の屋上に登って、その建物を見ていた。
数十人が生活できそうな立派なお屋敷。
広い庭では、メイド服を着た
「春姫殿……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です! わたくしもファミリアの一員になったのですから、これくらい……!」
「が、頑張ってください、春姫さん!」
「はい! ベル様!」
その建物の名は━━『竈火の館』。
アポロン・ファミリアとの戦いに勝利し、ヘスティア・ファミリアが勝ち取った新しいホーム。
そこでファミリアの団員達が、楽しそうに日常を謳歌していた。
「ぐぬぬ……! 新しい敵が……!」
「敵とか言うな、リリ助」
「アハハ……。ほどほどにしておきなよ」
観察していて見えた人数は、情報通り六人。
主神のヘスティア。
レベル3に至った団長、【
元ヘファイストス・ファミリアの戦闘鍛冶師、レベル2【
元タケミカヅチ・ファミリアのレベル2、【絶†影】ヤマト・
スピネルも一度だけ会ったことのあるサポーター、レベル1、リリルカ・アーデ。
そして、詳細不明の狐人。
情報屋が入手してくれた通りの構成だ。
新しい団員が入ったと聞いて、『その時』のために顔を覚えようとして来たが……様子を見る限りあの狐人、ベルに気があるっぽい。
また女の子を引っ掛けたようだ。
「楽しそう」
なんの感情も籠もっていない声が出た。
恨めしくて、憎たらしくて、羨ましくて、腹立たしくて。
色んな感情がゴチャ混ぜになって渋滞して、逆に表に出てこない。
隠密行動をしている以上、今はこれで良いのだろうが。
「ヘスティア様……」
新しい眷族達と笑い合っている、大好きな神様の姿を見る。
自分だけに向けられていたはずの笑顔が、今ではすっかりあいつに奪われた。
ゴチャ混ぜになった感情の中から、悲しみと怒りが一歩抜け出す。
「ダメ」
否定の言葉が出た。
大好きな女神の現状が、どうしても認められない。
「ヘスティア様は、ここにいちゃダメ」
あいつが自分から奪った幸せで作り上げた、こんな忌々しい場所にいないでほしい。
ここは違う。
ここは本来のヘスティア・ファミリアのホームじゃない。
思い浮かべるのは、あの廃教会。
アポロン・ファミリアとの戦いで壊れた後、ヘスティアが莫大な借金をしてでも建て直したという場所。
あの
思ってくれているはずだ。
こんな場所で浮かべてる笑顔なんて嘘だ。偽物だ。
ベルに騙されて、ああなってるだけだ。
そうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってるそうに決まってる。
「全部、あイつのせいダ」
だから、全部終わったら、
スピネルからヘスティアを奪ったあいつから、ヘスティアを奪い返すんだ。
「安心シてください。そんな汚らしい仮初めの居場所なんて、ちゃんと壊してあげますかラ。
私? 私は大丈夫です。こっちの仮初めの居場所は、意外と悪くないんです」
まるで会話するように、スピネルは一人で言葉を紡ぐ。
瞳の奥には漆黒が渦巻いていて、目の焦点も合っているようで合っていない。
「じゃあ、今日は帰ります。行ってきます、ヘスティア様」
踵を返して、スピネルはその場を立ち去る。
彼女がいたのは遠くの建物の上で、向こうからは見えても個人の識別などできない距離だった。
上級冒険者の五感を持ってしてもだ。
それでも……。
「え?」
下界では一般人程度の力しか持たない神であるヘスティアは、その方向に酷く懐かしい誰かがいたような気がして、思わず視線を向けてしまった。
「どうしたんですか、神様?」
「……ううん。なんでもないよ」
◆◆◆
そうして、スピネルが忌まわしい場所の偵察を終え、クノッソスに帰ってきた時。
「え?」
その報せはもたらされた。
「ヴァレッタさんが、死んだ……?」
極悪人だったけど、スピネルを褒めてくれて、頭を撫でてくれた人の訃報。
悪くないと感じていた仮初めの居場所さえも、崩れていく音がした。