「──というのが、事の顛末です……」
「…………」
リリを嵌める計画を潰した……いや、潰せてはいなかったから、正確に言うなら計画犯を殺してから数日。
いつも通り探索に行こうとしたところを、ダンジョン前で待ち構えていたベル君に頼まれ探索を休止。
ついてくるよう言われるままベル君の後をついて行くと、喫茶店のカフェテラスにてリリとヘスティア様、そして神様が待っていた。
凡そベル君に集められた理由を察しながらも、ベル君達が発する厳かな空気の中でリリのこれまでの人生と嵌められるまでに至った経緯。そして、リリの現在の扱いについても教えてもらった。
まぁ、凡そ想像通りといった感じだった。いや、【ソーマ・ファミリア】の腐敗具合と神ソーマの適当具合は想像以上ではあったか。
【ソーマ・ファミリア】にある数々の噂から悪とするべきか悩みどころだったが、リリの話から上層部は確実に悪としていいだろう。
今は無理でも、必ず俺が潰してやる。
とはいえ、まずは俯くリリと心配げな表情で俺を見てくるベル君への対応かな。
「……大体の事情と現状は理解した。自他ともに認める程、悪に容赦しない俺と神様を前に話せた覚悟を認めよう」
思っていたよりも上から目線になってしまった……一体俺はどの立場から言っているんだろうか?
「一体君はどの立場から言っているんだい……しれっとメガイラの名前も使ってるし……」
「ふふ、ヘスティア。これもズィーヤの可愛いところだから、今は見守ってあげて?」
俺の横で小声で呆れた声を出すヘスティア様と宥める神様。幸いベル君とリリには聞こえていなかったようだが、聞こえていたらこれからやることが茶番になってしまうから気をつけて欲しいかもしれない。
優しく見守る姿勢に入った神様と、多少呆れを含みながらも黙って見守るヘスティア様。お心遣い本当に感謝します……。
神様達から意識を逸らし、緊張した様子のベル君と俯いたままこちらを見ようとしないいリリ。
リリがこちらを見ないのは俺への罪悪感や罰を受ける覚悟、あとは失望やら何やらを込めた負の視線を向けられたくないからか?
あくまで予想ではあるが、ベル君に俺をここまで連れてくるよう頼んだのもリリなんだろうな。ベル君なら普通に一緒に謝りに行こう的なことを言って終わらせる気がするし。
つまり、俺がここにいるのはリリなりの懺悔と覚悟の証明と言えるわけだ。
「だが、どれほどの覚悟があろうと悪は悪だ。俺が嫌い、憎んですらいる悪だ」
「……はい」
「待ってくださいズィーヤさん!リリは」
「すまないベル君、少し静かにしていてくれ」
声を上げるベル君に威圧と睨みつけ黙らせる。
俺に初めて睨みつけられたからか、それでも単純になれていないからか、ベル君は息を呑み驚いた様子で黙ってくれた。
「さて、俺は俺の信条の通りに、悪人への復讐を行う」
「……一度はベル様とズィーヤ様を裏切った身。覚悟はできています」
ようやく顔を上げ、静謐な覚悟を決めた表情を見せるリリ。ベル君は何かを言い募ろうとしたようだが、ヘスティア様と神様によって静止され何も言うことは出来ない。
本当に、お心遣いに感謝しなきゃな。
「いい覚悟だな……『深く望むは我が理想 未だ見えぬ羨望の果て 嫉妬に汚れた泥の理想 変われ、変われ、変われ 嫉妬を満たせ 羨望の道を駆けろ
手元に僅かな泥を生み出し、小さな錠剤状に変化させる。
俺の突拍子のない行動に戸惑った様子のベル君と変化させた形に困惑しているリリ。
「リリ、この泥を飲み込んでいつでも吐けるようにトイレに行ってこい」
「え?」
「リリ、この泥を飲み込んでいつでも吐けるようにトイレに行ってこい」
「あの、聞こえてない訳ではなく……」
「リリ、この泥を飲み込んでいつでも吐けるようにトイレに行ってこい」
「あ、これ頷かないと話進まないやつですね……分かりました」
諦めたリリは泥の錠剤を飲み込み、そそくさとトイレへ向かっていく。ヘスティア様にお願いしてついて行ってもらい、準備が整った様子なら俺に伝えるよう頼んだ。
「ズィーヤくーん!!準備できたよー!!」
穏やかな喫茶店に響くヘスティア様の快活な声。コーヒーを飲んでいたお爺さんも談笑していたお婆さん達も道行く冒険者も、全員が驚いた表情で俺の方を見る。
伝え方、指示してなかったもんな。そりゃ、いちいち戻ると面倒臭いもんな。分かる分かる。
だとしても叫ばないでしょっ!周りの迷惑になるから叫ぶ前に気づきましょうよ!ほら、ベル君や神様も苦笑いしてますよ!戻ってきたら絶対に文句言ってやろう……!
ヘスティア様にもう一度叫ばれる前に目的を果たすため、深呼吸をしてから新たな力を使用する。
「『歪め』」
しばらく経っても俺達の周囲に変化は無い。
しかし、精神力が消費された感覚からしっかりと能力が起動したことは理解している。
ベル君が困惑した表情で見つめる中、喫茶店の中にヘスティア様の絶叫が響き渡る。
ベル君が椅子を倒しながら立ち上がるのとほぼ同時にドタドタと賑やかな足音でヘスティア様がカフェテラスに飛び込んでくる。外だから駆け込むは間違いか?
「ズ、ズィーヤ君!?サポーター君が急に凄い量の胃液を吐き出して!お腹を抑えて痙攣しているんだけど!?大丈夫なのかい!?」
「あれ、そんなに辛かったですかね……?俺で試した時は吐いた後ちょっと気持ち悪いくらいだったんですけど……」
「貴方とリリちゃんのステイタスは違うから、胃の耐久も違うんじゃないかしら?」
「呑気かっ!?というか、ズィーヤ君ナチュラルに怖いことを言ってたねキミ!?」
ワタワタとヘスティア様が動揺して慌てる中、立ち上がったベル君は喫茶店のトイレの方へ駆ける。
ヘスティア様とベル君が騒がしいせいで他のお客さん達にも動揺が伝わってしまった。
落ち着いた店の雰囲気は、騒々しい居酒屋もかくやという様相になってしまった。あっ、マスターさんと目が合った。笑顔で中指立てられてしまった……残念だが、もうこの店には入れないな。
恐らくこの店で飲めるだろう最後のコーヒーを啜り、カフェテラスから垣間見える青空を眺める。店内で慌てたベル君とヘスティア様の声を背に、穏やかなコーヒーブレイク……素敵だ。
「私という美人な女性も一緒だから、尚更ね?」
「軽率に心を読んでくるじゃないですか神様……否定はしませんけど」
「ふふ、素直な貴方も大好きよ」
「……俺もですよ」
「キミたち!仲がいいのは結構なんだけど、こっちも対処してくれないかい!?」
と言われましても……俺に出来ることは無いですし、人が多くてもできることないじゃないですか……え?そういう話じゃない?責任問題?あっ!ちょっ、引っ張らないでください!コーヒーが、コーヒーがぁ!!
「お騒がせしました……」
「気にしなくていい。説明しなかった俺にも多少の責任はあるからな」
「多少……?」
「おっと、大半の責任は俺にあるの間違いだ。気にしなくていい」
吐いてから椅子を繋げて横にして休んでいたのが効いたのか、リリは顔色が悪いながらも会話ができる状態にまで回復した。
リリの惨状を見たベル君とヘスティア様は俺に対して若干の警戒とまぁまぁの怒りと多少の納得が含まれた複雑な目を向けてくる。
突然仲間を傷つけられたらそう反応するのも無理は無いのかもしれない。だが、弁明させてもらうならこれはリリのためでもあったのだ。
「というわけで、説明させてもらっても大丈夫か?」
「はい。お願いします」
「おぉ……えらく食い気味だなベル君……。まぁいいが」
コホンと1つ咳払いして、席に座る面々を睥睨する。といっても、サッと見回しただけなんだが。
「まず、リリに対してこういう事をやったのは俺なりのケジメだ。悪は悪。どのような形であれその復讐は俺の信念だ」
「それのために……!」
「慌てるなよベル君。もう一つの理由はリリ自身の罪悪感の解消だ」
「罪悪感の解消……?」
「リリは俺達の事を裏切ったという点で罪悪感を持っている。ベル君の方はヘスティア様によって既に裁かれ罰を与えられた。だからこれ以上の罪悪感はない。だが、俺の方にはなかった。なぁなぁに流した罪悪感は、際限なく膨らんでいつか大事件を起こす。だからこそ、今のうちに分かりやすい罰を与えることで罪悪感を解消するんだよ」
「なるほど……リリのためを思って……すみません。僕、早とちりしちゃったみたいで……」
「気にするな。俺も神様に同じようなことが起きたらその相手を粉微塵にして鶏の餌にするからさ」
「怖いっ!?」
「あ、鶏の餌よりは野犬の糞に混ぜ込んで燃やして灰にした方が良かったかもな」
「怖いっ!?!?」
「……メガイラ、彼は君の眷属だよ……」
「ふふ、可愛いでしょ?」
最初のピリピリとした緊張感も霧散し、和気あいあいとした雰囲気を醸し出すベル君とヘスティア様。
まぁ、渦中のリリは顔色が悪いし、俺の説明を聞いて逆に顔を暗くしてしまっているほどなんだが……後のケアはヘスティア様に任せよう。俺よりも適任だろう。
「じゃあ、俺と神様はこの辺りで」
「あら、ダメよズィーヤ。ちゃんとリリルカのケアをしてあげなきゃ」
「え」
神様、貴女は俺の思考わかってますよね?俺じゃなくてヘスティア様とベル君におまかせしようと思ってたんですけど……
俺の困惑と焦りを込めた視線を向けられようと、変わらず穏やかな笑顔を浮かべ続ける神様。
こういう時の神様が強情で頑固なことは知っている。つまりは、諦めて神意に従えという忠告だ。
口から溜息が漏れそうになるが、リリがいる手前自重する。目の前で罪悪感の解消を云々言ってたヤツが溜息をついたら嫌だろうしな。
行儀よく椅子に座り、俯くことで俺の事を見る様子のないリリに苦笑いを浮かべ、視線を合わせるためしゃがみこむ。
「俺の狙いは、全部聞いてたよな」
「……はい。全て、リリの為だったのですね……」
「全てがそうって訳じゃないが、まぁ、大部分はな」
「……何故、それをリリに伝えたのですか?リリの罪悪感の解消のためなら、伝えない方が良かったのでは?」
「あぁ、それな」
俺も一応考えはしたんだ。
リリに本来の目的を伝えず、俺の復讐を受けたという事実だけで罪悪感を解消し、一から関係性を再構築することだってな。
「だが、リリはそうじゃないと思ってな」
「?」
リリは聡明だ。これまでは盗みや自己保身のために使われていたが、精神的な余裕がある現在はそれを全て別の事に使うことができる。
聡明な奴は罪悪感を覚えた相手から離れていくものだ。まして、裏切って罰まで与えた相手に対してはこれ以上関わらないようにしようとする。これは実体験からだがな。
「リリみたいなタイプには、下手に隠さずあけすけに話してやった方がわかりやすいんだよ。罰を与えてやったからこれで終わり、ここからは改めて始める。ってね」
「……なるほど、それも含めての気遣いだったんですね……なら、説明せずに帰ろうとしていた理由は?」
「それはまぁ、そのうちリリなら気づくだろうっていうのと、ヘスティア様とベル君なら何だかんだ上手くやってくれるだろうなって」
「「いや、無理ですけど?」」
「……らしいですが?」
「おっかしいな……」
割と分かりやすい動きしてなかった?俺。
「ふふ、ほらね?貴方がしっかりケアした方が良かったでしょう?」
「……もしや、メガイラ様は全てわかっていらっしゃんですか?」
「勿論よリリルカ・アーデ。あの子の遠回りな優しさも……それがから回っていることもね」
意味深な笑みを俺の方に向けてくる神様。澄んだ紫の瞳にこれまでの全てを見透かされているようで少し居心地が悪い。
まして、ベル君やリリもいるわけで……先程まで先輩風吹かせていたのにこの有様で恥ずかしいやら何やら……。
逃げ出してしまいたい衝動に駆られるが、我慢だ。まだリリに最後の言葉を言い切っていないからな。
「リリ、ケジメはつけた。復讐は終えた。ここからは、君の意思で俺との関わり方を選んでもいい」
「リリの意思で……?」
「避けてもいい、雇用契約を結ぼうとしてもいい。友人になろうとしてもいい。罪悪感も罪の意識もなく、リリの望む関わり方で俺と関わってくれると、俺も嬉しい」
リリは呆然として、それから困ったように笑った。
罪悪感も悲壮な覚悟もなく、ただ呆れたような困った人を見つけてしまったような笑顔だった。
「では、ダンジョンに潜る同業者として、雇用主であるベル様の友人として。そして……私自身の友人として、よろしくお願いします。ズィーヤ様」
「あぁ、改めてよろしく。リリ」
差し出された小さな手を握る。
こうして、長いような短いような、リリの問題は一旦の集結を迎えた。
それから、喫茶店で昼食を取り、雑談に興じて夕方頃に解散した。
別れ際に見せたベル君とリリの表情は、茜色に輝く太陽にも負けないほど晴れやかだった。
「っふ!……っ!……すぅ……………ふぅっ!」
太陽も沈み、月が頂点に到達しようとしている夜更け。
深夜の暗闇で泥が踊る。
短剣から槍へ。槍から剣へ。剣から鎌へ。流れる水のように、流動する泥が形を変えては固まり、固まっては変わっている。
かつてよりも自由に、かつてよりも速く、泥は形を変えて闇を裂く。
「ひとつ、大きくなったわね。ズィーヤ……」
手元の紙をカサリとひとつ撫で、また暗闇に目を向ける。
頂点に差し掛かる月によって薄れた夜闇の中では1人の青年がひたすらに動き回る。
時に荒々しく、時に優雅に、武器と共に動きも変わり幾人もの人が集まって披露される演舞のようであった。
「ふふ、ふふふ……愛おしい貴方……優しい貴方……もっと強く、もっと深く、もっと苛烈であってちょうだい」
1人のだけの暗闇で踊るズィーヤを女神は熱情の籠った瞳で眺め続けていた。
ズィーヤ・グリスア Lv1
力 :D509→D530
耐久:D564→D574
器用:D527→D547
敏捷:D517→D532
魔力:C649→C679
【魔法】
『
【スキル】
『