英雄(ベル・クラネル)を嫌いになるのは間違っているだろうか


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作:カゲムチャ(虎馬チキン)
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20 格上


「ふむふむ。なるほど」

「ぐぅ!?」

 

 スピネルの振るったナイフが、ロキ・ファミリア団員の腹部を貫く。

 同時に、相手の振るった剣もスピネルの腹をぶち抜いた。

 相打ち狙い、というより駆け引きで完全に負けて土手っ腹をぶち抜かれたスピネルが、強引に相打ちにまで持っていった形だ。

 

「よっ」

「がはっ!?」

 

 彼女が後ろに跳んだことで互いの刃が抜け、両者から同時に鮮血が噴き出す。

 だが、驚異的な再生力を持つ怪人であるスピネルは、胸の中に埋まっている魔石をやられない限りいくらでも再生し、逆に相手の方は一切の回復ができない。

 スピネルの握るナイフは、闇派閥残党の呪術師(ヘクサー)が用意したものだ。

 込められた呪いの力は『不治』。

 クノッソス建設にかける千年の妄執から派生した呪いは、並大抵のことでは解除できない。

 

「とても得難い経験でした。お手合わせ、ありがとうございます」

「くそっ、たれ……!」

 

 ペコリと頭を下げるスピネルの前で、ロキ・ファミリアの団員は出血多量で絶命した。

 周囲を見渡せば、同じようにして命を刈り取られた死体が十体ほど転がっている。

 彼らは全員がレベル2以上の上級冒険者だった。

 たった今倒した男に至っては、レベル3の上位。

 人間だった頃のスピネルでは、逆立ちしても勝てなかっただろう強者達。

 

「……何年もかけて鍛え上げた強者達が、こんな小娘に殺される。

 やっぱり、世の中って理不尽ですよね」

 

 かつての己のような犠牲者を、己自身の手で生み出してしまった。

 とてつもなく後ろめたいし、ヘドが出る。

 それでも、彼女はもう止まらないし、止まれない。

 我が身すら滅ぼす黒い炎は、他の全てを巻き込んで燃え広がっていく。

 

 スピネルは次の獲物を求めて駆け出した。

 既に三つの集団を潰し、三十人弱をその手にかけている。

 彼女の頭の中では彼らの死に様……否、死ぬ気で戦ってくれた戦闘の記憶がグルグルと巡っている。

 尊敬すべき先輩冒険者達の技術を、余さず己のものとしなければならない。

 それが、せめてもの礼儀だ。

 

「あれ?」

 

 そんなスピネルが次に見つけた集団は、ちょっと扱いに困る者達。

 

「【勇者(ブレイバー)】じゃないですか。ヴァレッタさんの獲物なのに」

「「「ッ!?」」」

 

 そこにいたのは、手負いの団長を守りながら移動する一団。

 ただ、【勇者】を背負っているという特色を除いても、先ほどまでの者達とは違う。

 なんか、どこにでもいそうな雰囲気の青年と、黒髪の美しい猫人(キャットピープル)

 【超凡夫(ハイ・ノービス)】と【貴猫(アルシャー)】。

 レベル4の実力者が二人もいる。

 

「そんな……!?」

 

 やっとの思いでヴァレッタを振り切り、どうにか逃走成功の可能性が見えてきたのに、ここにきて追撃。

 彼らの目に映るのは、血に塗れたフード付きのローブで顔を隠した小柄な少女と、彼女に付き従う食人花の群れ。

 手負いの団長を抱え、ヴァレッタ戦で消耗した彼らに絶望を与えるには充分な戦力。

 

「他人の獲物の横取りなんて絶対にやりたくないんですけど……でも、ここにいるってことは、ヴァレッタさんを振り切ったってことですよね?

 本人の落ち度なら、まあ━━【勇者】以外と適当に戦わせてもらうくらいはいいかな」

「くっ……!?」

 

 見逃してもらえるなんて都合の良すぎる可能性が完全に消え、戦闘が始まる。

 スピネルはまずどこにでもいそうな雰囲気の青年、【超凡夫(ハイ・ノービス)】ラウル・ノールドを狙った。

 情報によると、彼はロキ・ファミリア二軍のリーダー。

 レベル3程度の力しか持たないスピネルにとっては明確な格上だが、レベル差一つ分程度なら、どうにか食らいつけなくはないはずだ。

 

「ラウル!?」

「自分に構っちゃダメっす!! アキ達はなんとしてでも団長を!!」

「ッ……!」

 

 他のメンバーはそんなラウルの叫びを聞き、彼の援護に回るのではなく、行く手を阻む食人花達の相手をし始めた。

 好都合だ。

 元々、食人花達には邪魔が入らないようにお膳立てだけしてもらう予定だったのだから。

 

「うぉおおおおお!!!」

「ハッ!」

 

 ラウルの振るった剣を躱して、スピネルがナイフを振るう。

 かすり傷ですら、呪詛の宿った刃で付けられれば、決して無視できない痛手となる。

 その呪詛によって団長の回復を封じられたのだ。

 よって当然、この攻撃を受けてはいけないということを、ラウルはよくわかっている。

 

「らぁあああ!!」

「きゃ!?」

 

 剣を振り切ってしまったラウルは、渾身の力でスピネルに向かって体当たり。

 少しでも時間を稼いで仲間達を逃がすべく奮闘する。

 しかし、

 

「あ、あれ?」

 

 ラウルに当たり負けして、予想外にあっさり吹き飛んでいく少女を見て、ラウルは困惑した。

 

「よ、弱い……?」

 

 食人花を率いるようにして現れた少女。

 当然、かなりの強敵だろうと思って捨て身の覚悟をしていたのだが、今ぶつかり合った感覚からすると、むしろ食人花より弱いんじゃないかと思った。

 動きも遅いし、反応も鈍い。

 

「そうなんですよ。私、弱いんです」

 

 吹き飛ばされた少女はラウルの言葉を肯定しつつ、綺麗な受け身を取って体勢を整えた。

 そこから一拍の間すら置かずに再突撃。

 地べたを転がり回ることに慣れた者の動きだった。

 

「だから、レベル4のあなたにご指導をお願いします!」

「えぇ!?」

 

 まさか敵にそんなことを言われるとは思わなかった。

 妙な言動に、刃を振るう覚悟を鈍らせてくる幼い背格好。

 なんとも調子の狂う相手だ。

 

(けど!)

 

 今はそんなことを言っている場合ではない。

 ロキ・ファミリアは現在、過去最大かもしれない大ピンチの真っ最中なのだ。

 ラウルは躊躇と容赦を捨て、全力で目の前の敵を排除するために剣を振るった。

 

「!」

 

 ラウルが突きの構えを取り、スピネルはそれを察知して回避行動に移った。

 だが、それはフェイント。

 剣は予想と全く違う軌道を描き、スピネルの足を薙ぐ。

 直前で気づけはしたものの、レベル差によるスピードの差で完璧な対処は間に合わず、スピネルの片足が宙を舞った。

 

「よし!」

「まだですよ」

「なっ!?」

 

 その直後、スピネルは斬られた足を振り上げて、流れ出る血液をラウルに浴びせかけた。

 出血を利用した目潰し。

 さっきまでの追撃戦で倒した中にいた、やたら喧嘩慣れした感じのアマゾネスから学んだ技法だ。

 早速、学習の成果が出た。

 

「くっ!」

「あっ」

 

 視界を奪った隙にナイフを突き刺そうとしたものの、ラウルは咄嗟に飛び下がって、スピネルの間合いの外に逃げた。

 すぐに足をくっつけて距離を詰めようとしたが、顔についた血液を拭うだけの時間は稼がれてしまい、ラウルの視界が復活。

 振るったナイフに剣撃を合わせられ、ナイフごと片腕を切断された。

 

(やった!)

 

 最も厄介な呪道具(カース・ウェポン)を破壊できた。

 そう思ってしまい、達成感でラウルの気が僅かに緩む。

 スピネルはそれを敏感に察知。

 格上の見せた隙を見逃さない。

 少女の幼く小さな掌が、ラウルの腹部に添えられる。

 

「『ファイアボルト』!」

「がはっ!?」

「ラウル!?」

 

 ゼロ距離での魔法。

 発射された炎の矢が、ラウルを焼きながら吹き飛ばす。

 それを見て、彼と仲の良いもう一人のレベル4、【貴猫(アルシャー)】アナキティ・オータムが悲鳴を上げた。

 

「本当に勉強になります。フェイントの仕掛け方、咄嗟の反応、あなたほどの強者でも隙を晒してしまうタイミング。全てが学ぶことだらけ」

 

 この戦いが終わったら反芻しまくって、作戦が終わったら猛特訓しまくって、レヴィスに相手役をしてもらって、体に刻みつけなくては。

 怪人の体なら食事も睡眠もいらない。

 全ての時間を自己強化に当てられる。

 

「さあ、まだ立てますよね? 鎧越しの速射でレベル4が死ぬわけないですもんね? もっともっと教えてください」

 

 ナイフごと斬り飛ばされた腕を回収してくっつけ、失った武装の代わりに、腰から新しいナイフを引き抜く。

 こっちは呪道具ではなく、自前で調達した黒曜石のようなナイフ。

 60階層の天然武器(ネイチャーウェポン)

 殺傷力では呪武器に劣るが、斬れ味や頑丈さはこちらの方が上だ。

 

「行きます!」

「!」

 

 再び、ラウルとスピネルの攻防が始まる。

 地力ではラウルが上。

 彼はレベル4の中では上の下程度の実力であり、対してスピネルはレベル3の中堅程度。

 見た目通りに大人と子供か、それ以上の差がある。

 

 技術においてもラウルが上。

 彼の冒険者歴は10年近くだ。

 本人は自分の技量を『二流』と言って自虐しているが、10年に渡って戦い続けてきた、積み重ねてきた経験値は本物。

 駆け引きではことごとくラウルが上を行き、スピネルは何度も彼の剣に斬り裂かれた。

 だが、

 

「ッ……! 今のは危なかったですね……!」

「この……!?」

 

 攻めても攻めても、スピネルは致命傷だけは決して食らわない。

 魔石の埋まっている胸部を死ぬ気で守り、ゴロゴロと地面を転がり回りながら全力回避し、泥臭くあがき続ける。

 しかも、戦闘が長引けば長引くほどに、彼女の動きは少しずつ、ほんの少しずつ洗練されていった。

 

 今までの彼女に明確に足りていなかった、先人の教え。

 それを死闘という極限状態の中で吸収し、スピネルという原石は研磨されていく。

 ベル・クラネルが【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインに学んだように、スピネルは【超凡夫(ハイ・ノービス)】ラウル・ノールドから学ぶ。

 形は違えど、同じロキ・ファミリアの冒険者から手解きを受ける。

 これで対等だ。

 

「! そこ!」

「ぐぅ!?」

 

 そして、とうとうスピネルがラウルに一撃入れた。

 ナイフが彼の太ももに突き刺さる。

 機動力が死んだ。

 

「ラウル! 退路開けたわよ! あなたも早く……」

「どこだ、フィーーーーーーンッッッ!!!」

「「「!?」」」

 

 【貴猫】達が食人花の包囲網を破った瞬間、背後から女の絶叫が聞こえてきた。

 【殺帝(アラクニア)】ヴァレッタ・グレーデの声。

 先ほど、ラウル達が決死の思いでどうにか一杯食わせて撒いたレベル5。

 あれが来たら終わる。

 

「よそ見厳禁ですよ」

「くっ!?」

 

 だが、目の間の少女を振り切ることができない。

 足をやられてしまったのが痛すぎる。

 回復の暇も与えてもらえず、仲間達もこじ開けた退路の維持に精一杯で、ラウルに加勢する余裕が無い。

 だからこそ……彼は決断した。

 

「逃げろ……! 逃げるっす、アキ!! 自分を置いて先に行け!!」

「!? な、何言ってるの!?」

 

 ラウルの言葉に、アナキティは動揺した。

 いや、頭ではわかっている。

 もうそれしか選択肢が無いことなんて。

 しかし、感情が納得するはずがない。

 ラウルとアナキティは……アキは、それだけ仲が良かったのだから。

 

「早く!! ヴァレッタが来る!! 団長を……団長を頼むっす!!」

「ッッ!!!」

 

 けれど、仲が良かったからこそ、ラウルの決死の叫びを無駄にはできない。

 できるはずがない。

 ここは、決断しなければならない場面だ。

 そうじゃなければ、仲間達ごと全滅だ。

 

「行くわよ!」

「アキさん!?」

「早く!!」

 

 アキが団員達を引きずるように撤退していく。

 その撤退路は、すぐに食人花に詰め尽くされて見えなくなり、一人残されたラウルは、不敵にニヤリと笑った。

 

「開けるのが遅ぇんだよ、バルカァ!! フィンはどこだぁ!?」

 

 そして、荒ぶったヴァレッタが現れる。

 大分ボロボロの様子だった。

 クノッソスの扉や罠の遠隔操作をしている幹部の名前を叫んでいるあたり、『鍵』も奪われるか壊されたのだろう。

 弱った宿敵という千載一遇のチャンスを前に、この体たらく。

 なるほど。荒れるわけだ。

 

「【勇者】なら、この先に進みましたよ」

「あぁ!? って、おいおい! オマケ用心棒に……【超凡夫(ハイ・ノービス)】がいやがるじゃねぇかぁ!」

 

 たった一人残されたラウルを見た瞬間、ニチャァァと、ヴァレッタの顔が醜悪に歪んだ。

 

「ひゃはははははははは!! 傑作だなぁ【超凡夫】ぅ!!

 あれだけ頑張って、策をひねり出して、この私を出し抜いたってのに、オマケ用心棒に足止めされちまったのか!!

 それでお仲間に見捨てられて、一人寂しくトカゲの尻尾切りとか、ざまぁねぇなぁ、おい!!」

 

 ヴァレッタはひとしきり笑ってから、スピネルと同じ天然武器の大剣を構えてラウルに近づいていった。

 その途中で、

 

よくやった(・・・・・)!! 本当によくやってくれた、オマケ用心棒!!」

「わっ」

 

 スピネルの横を通り抜ける時に、ヴァレッタがフードの上から乱暴に頭を撫でてきた。

 

「私が【超凡夫】をぶち殺したら一緒に来い! お前の鍵を使ってフィン達を追撃する!

 ひゃははははは!! 待ってろよ、フィーーーーーーンッッ!! お土産も持っていってやるからなぁ!!」

「………かかってこいっす!!」

 

 ヴァレッタとラウルの戦いが始まった。

 互いに手負いとはいえ、ある程度の治療を済ませたヴァレッタと、足の大怪我を治せていないラウル。

 何より、単純なレベル差が一番どうしようもない。

 ラウルは瞬く間にボロ雑巾にされていった。

 ヴァレッタは一杯食わされた怒りを晴らすように楽しんでいるので、同じく報復を望みとする者として、スピネルは手を出さずに後ろで見学。

 見取り稽古で、二人の技術を学び取ろうとする。

 

「……よくやった、か」

 

 見取り稽古の最中、スピネルは言われた言葉と、撫でてくれた手の感触を反芻した。

 久しぶりに褒められた。

 相手はヘスティアじゃないし、それどころか、どうしようもない極悪人だ。

 褒められるようなことをしたとも思わない。

 やったのは悪いことだし、それを差し引いても、スピネルの力の八割はズルして得たものだ。

 そんな力で成したことなど、褒められるに値しない。

 

 そう思っているのに……褒められるという経験に乏しい少女は。

 優しい嘘だと感じてしまったヘスティアの言葉と違い、気を使ってお世辞を言うような性格じゃないと断言できるヴァレッタからの素直な称賛に、ほんの少しだけ嬉しいと思う気持ちを止められなかった。

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