「さて、言い訳を聞こうか」
「ですよね〜……」
ベル君もリリも生きていることを確認し、絆を深めた様子の2人を邪魔しないようダンジョンを脱出した俺。
ダンジョン前で待ってくれていた神様と事の顛末を話しながらホームに向かっていると、背後からシャクティさんに捕まり、気がつけば『アイアム・ガネーシャ』で正座することになっていた。
いやまぁ、終わったら行くと言って帰ろうとしてたら、そりゃ捕まえますよね。今回は俺が悪かったですね……。
俺の隣で神様も正座しているが、痛くないんですか?え?座布団を用意してもらったから大丈夫?その座布団って俺には……いえ、ナンデモナイデスヨ?シャクティさん……
「言い訳と言いましても……朝に言った通りですよ。友人とサポーターが嵌められそうだったから、その芽を摘んだ。それだけの話です」
「そこはいい。私が聞きたいのは、どうやってその計画を知ったのかだ」
「あぁ、そういう……」
とはいえ、計画を知った経緯なんて特別なことは何も無いぞ?
「計画を知ったきっかけはベル君……俺の友人がそのサポーターを嵌める計画に誘われた所を目撃したからですね」
「あら、その時点では見逃していたの?」
「ズィーヤにしては珍しいな!そして!俺がガネーシャだっ!」
どこから湧いた変神。
俺が悪事を見逃したことに驚いた様子の神様と、その奥でいつも通り賑やかな象の仮面をつけた男神ガネーシャ様がいた。
フカフカの座布団を敷いて胡座をかき、お茶を飲む姿は、冷たく硬い地べたに正座し続けている俺への当てつけだろうか?
「……まだ行動に起こしていない、あるいは確証がなければ俺だって攻撃しませんよ。それに、計画である以上複数人関与していると考えて、できるだけ警戒させたくなかった」
ガネーシャ様に恨めしい目を向けてしまいそうになるのを努めて逸らし、改めて狙いを話す。
リリを狙うような陳腐な輩とはいえ、1人でもやられれば警戒してより複雑で面倒な計画へ変更する可能性があった。小悪党はずる賢い隠し方をするからな……。
後、周囲に人が居すぎたからな。大義名分がなければ俺が悪となり、神様に被害が及びかねない。
「それで、計画の全容はどうやって知ったんだ?」
「友人を誘ったそいつを小突いたら、親切に話してくれましたよ。計画に関わる人数や所属、そのサポーターを狙った理由から何処で行うつもりなのか、地上に何人いてダンジョンに何人いるかまでね」
俺の発言を聞いた後、シャクティさんはチラリとガネーシャ様を見やる。
神は嘘がわかる。故に、神の前で嘘は無意味となる。尋問の時にこれ程便利な嘘発見器はないだろう。
俺の発言の真偽を判断するガネーシャ様は腕を組み、軽く首を捻っていた。
「どうしたガネーシャ、今の発言に嘘はなかったのか?」
「いや、うん……嘘はない、はずだ……だが、どうにも嘘くさいというか……嘘の感覚が微弱にあるような、ないような……」
「何……?」
シャクティさんは足元で正座し続ける俺をジロリと睨みつける。
数多くの人を見てきたガネーシャ様が首を傾げる程度の嘘。それが何処にあるのか、どのような嘘なのか、何故嘘をついたのかを知りたいと言った感じだろうか?
「もう、ズィーヤ。ガネーシャとシャクティに悪戯するのもその辺にしなさい」
シャクティさんがジリジリと圧を強めてきた頃に、神様が俺を窘める。
まぁ、これ以上は信用問題に関わりそうだからな……あらためて、事実を話す方が賢明か。
「そうですね。因みになんですけど、神様は俺の嘘、分かりました?」
「ふふ、当たり前でしょう?私は貴方の
そう言って隣に座る俺の頬を撫でる神様、柔らかくしっとりとした手の感触が心地よく、目の前に神様の優しげな笑顔が広がる。
なるほど、ここが天界だったのか。道理で下半身の感触がないわけだ。
「おい。神メガイラと仲がいいのは結構だが、その嘘について早く話せ」
しかし、天界の景色も、額に青筋を2つも隆起させ、眼光の鋭さが鏃を超え始めたシャクティさんによって、現実へ引き戻される。
「全く、そんな顔してたら小じわが」
刹那、俺の足元に穂先が突き刺さる。
そんなことをした相手は、まぁ、言うまでもない。
「嘘の話ですよね、えぇ、全部話しますよ!寧ろ話させてください!もう話したすぎて口が大回転してるんですよ!」
「そうか。話せ」
「はいっ!」
俺とシャクティさんの会話に苦笑いする神様と、どこか哀れんだ顔をしているガネーシャ様。
グダリかけた空気を引き締める意図も込めて、1つ咳払いをする。
俺が雰囲気を変えたのが伝わったのか、他3人も真剣な雰囲気になる。
「まず、嘘をついたのは『小突いたら親切に話してくれたこと』というところです」
「何故嘘をついた?」
「その説明の前に、ガネーシャ様、俺が嘘をついたかどうかは曖昧だったんですよね?」
「あぁ、今こうして嘘だったと明かされて、ようやく嘘だと確信をもてる程度だ」
神妙な表情でガネーシャ様は答える。どんな理屈で嘘がわかるかは未だに分からないが、神にも嘘をつく方法はあるにはあるようだ。
本来なら神様で試せばいいのだが、神様にできるだけ嘘はつきたくないし、ついても神とか関係なくすぐにバレるからな。
「……何故、神の嘘を見破る力を試した?」
「単純な興味ですけど?」
シャクティさんが強く警戒した様子で聞いてくるが、恐らく誤解されている。
確かに、今の俺は神の嘘を見破る力を掻い潜つてまで神に嘘をつき、何かをなそうと考えているように見えるだろう。しかし、これは俺の興味に過ぎない。
いや、気になるだろ?全知の神は騙せるのかって。まぁ、この場で行ったのはあまりに軽率だった訳だが……。
「まぁ、あれだけボカしたのに曖昧にでも感じ取られるってことは、ほぼ嘘をつけないことと同義ですね。流石にいけたと思ったんですけどね」
「次回に期待ね」
「……それで、実際のところはどうだったんだ?」
あまりにも前座が長かったせいか、シャクティさんの苛立ちも臨界点を超えそうだ。青筋も3つ目が浮かんでいる。
早急に答えないと握られた槍が俺の足に突き刺さりそう。
「実際は、拷問とまではいかないまでも、実力行使で無理やり聞き出しましたね」
「それのどこをどうしたら、『小突いたら親切に』に変わるんだ……」
「武器は使ってないので小突くのも間違いじゃないですし、話し出したのもあっちからなので親切でしょう?」
「なるほど!事実を控えめな表現にすることで、嘘ではあるが嘘ではない内容に変えたんだな!」
「えぇ、どうやら自分に嘘の自覚が少しでもあると嘘と見破られるようですけどね」
曖昧な表現にしようと、嘘をつくという意思がある限り嘘はつけないか……思考や鼓動ではなくもっと別の何か……それこそ魂でも見ているのかもしれないな。
「まぁ、後は今朝言った通り、地上の協力者は打ち捨て、残りはダンジョンで殺しました」
「……殺したのか?」
「……えぇ、当然」
シャクティさんはどこか辛そうな、哀しそうな顔を浮かべている。そんなに俺が人を殺したことがショックなんだろうか?
「……弁明する訳では無いですけど、相手は俺よりも経験がある3人の冒険者です。手加減する余裕も、殺さないよう戦う余裕もなかったです。まして、ダンジョンから意識を失った冒険者を複数人運び出せるほど、俺は強くない」
「……あぁ、分かっている。この気持ちは私のエゴだ」
目を瞑り、沈痛な表情で深呼吸を1つすると。いつも通りの凛としたシャクティさんに切り替わる。
何故俺が人を殺したということに、彼女は心を揺さぶられていたのだろうか。冷たくする、軽蔑することはあれ、ショックを受ける必要はないだろうに。
「お前が人を殺したというのなら、私はお前を捕らえるべきなんだろうな……」
「ですが、俺が殺した証拠も無ければダンジョンで向こうから攻撃し始めた可能性もある。だから、俺を捕まえることはできない」
「……そうだな。今、お前を捕まえることはできない」
ダンジョンでは一種の治外法権が働いてしまう。
人を殺してしまおうと荷を奪ってしまおうと、ダンジョン内で起こった事柄について都市の法律は働かない。
不確定要素、嘘をいくらでもつけてしまうこと、ファミリアの強さ、複雑に絡み合った事情によって個人やファミリア間での解決を求めることになってしまう。
今回も、俺が勝手に人を殺したと言っているだけで本当にそうだとは限らない。一応捕まえることはできるが、裁く事は出来ない。
故に、俺を捕まえることに意味はないのだ。
「殺すとは悪だろう。お前は悪事を嫌っているんじゃなかったか?」
「嫌いですよ。憎いとさえ思っている。でも、悪を断てるのなら、俺は喜んで悪になりますよ」
「……そうか。お前は、正義を名乗らないのだな」
「俺が正義?そんなわけがない、あっていいはずがない。理想を持たない俺に、正義を語る資格は無いですよ」
正義を担う背中を知っている。だからこそ、今の俺が正義を語ることも、騙ることもできないことを知っている。
理想もない、理念もない、あるのはただ悪事が嫌いだというエゴだけだ。
だとすれば、俺が名乗ることが出来るのは悪だけだろう。
「悪へ復讐するだけの悪。それが俺ですよ」
耳鳴りがしそうなほどの静寂。
神様達は黙って俺とシャクティさんの話を聞き、口を挟むことも干渉することもなかった。
今も、寂しそうな哀しそうな、納得したような表情のシャクティさんに、言葉をかけることなく優しげな表情で見守っている。
誰も言葉を発することなく、静寂に満たされた空間で、不意にシャクティさんが笑い始めた。
どこか晴れやかで清々しい笑み。先程までと一転した態度に俺も神様達も驚いてしまった。失礼ながら過労でおかしくなったのかと思った。
「ズィーヤ、お前の意志や考えを否定するつもりは毛頭ない。だが、先達として……なくした者として伝えておこう」
シャクティさんは、正座したままの俺に目線を合わせて、頭へ手を置く。見たこともないような柔らかな笑みを浮かべるシャクティさん。懐かしんでいるような……悔いているような……複雑な感情で編まれた笑み。
「正義は巡るものだ。今のお前に名乗ることができなかろうと、それは未だ正義に迷っているのだろう。お前自身が悪に堕ちることを是としていても、どうか正義を諦めないで欲しい。悔いても、苦しんでも、悩み続けて、いつかお前に正義を名乗って欲しい」
真摯な願いだった。縋るような思いだった。
普段の怜悧な姿からかけ離れた、柔らかく暖かな……団長ではなく、ただの人としての姿を見せられているような……不思議な感覚。
目の前にいるシャクティさんに別の誰かが重なって見える。
柔らかく、優しく微笑む青い誰か……シャクティさん一人の願いではなく、誰かの意志を継いだこの言葉に、俺はどう応えればいいんだろうか。
言葉に悩む俺に、シャクティさんと誰かは苦笑いをした。
「今応えようとする必要は無い。ただ、お前には知って欲しかった。悪を嫌い、正義を名乗らないお前だからこそ、あの子の愛した正義を。遺志を。要するに、ただの我儘だよ」
俺の頭を一撫でして、シャクティさんは立ち上がる。
膝を伸ばしきった頃には、普段の怜悧な美貌と大派閥の団長らしい凛とした顔つきに変わっていた。
「話は終わりだ。今回は不問にするが、これからは我々にも報告、相談してくれると有難い」
「はい。そうします」
力強く頷いて、颯爽と去っていくシャクティさん。先程のように誰かが重なることも無く、1つの大きな背中が去っていった。
「……うむ!では!俺も失礼するとしよう!メガイラ!ズィーヤ!気をつけて帰るんだぞ!なんなら、うちの団員に声をかけて送ってもらってもいいぞ!俺が、ガネーシャだっ!」
湯呑みを地面に置き、そそくさと座布団を片付け、風のように去っていくガネーシャ様。妙なところで庶民的というか、人間くさいというか……いや、尊敬すべき善神であることは疑いようもないんだがな。
先程までの張り詰めた静けさではなく、人の少なくなった寂しさを感じる静寂に少し居心地が悪くなる。
「……それじゃ、私達も帰りましょうか」
「ですね。…………ん〜」
立ち上がった神様に追従するため、俺も立ち上がろうとするが、下半身に力が入らない。
いや、力が入らないは正確じゃないな。入るには入るが、入れた瞬間に地獄が広がることが分かる。
考えてみなくても、硬い冷たいが揃った床に靴を履いたまま正座し続けていれば足が痺れ切るのは分かりきっていたことだ。
途中からシャクティさんの真剣な雰囲気だったり感覚がなくなったりで忘れていたが、俺の足は今仮死状態にあると言っても過言では無い。
「……神様、ちょっと待って貰ってもいいですか?今立ち上がるのは無理そうなので、ゆっくり、ゆっくり時間かけるので。なんなら、【ガネーシャ・ファミリア】の人に頼んで先に帰ってくださっても大丈夫ですよ」
「あら、そうなの?でも……う〜ん……ふふ」
あの、神様?なんでそんなにニコニコしながら近づいてくるんですか?いや、美しくも愛らしい笑顔で大変よろしいと思うんですが、既視感と言いますかね?
あの、その指先はどこに?や、やめてください……!慣らすために伸ばし始めた足は敏感っ……ちょっ、あっ、あぁぁあぁ!!デジャブぅぅぅ!!!
「ふぅ……らしくないな」
ズィーヤとメガイラから離れ、自室の椅子に深く腰かけるシャクティ。
天井を仰ぎながら顔を片腕で覆う姿は、隠しきれない気苦労と後悔、少しの懐かしさが混ざっていた。
魔石灯も付けず、月光と街明かりだけに照らされた部屋は心を蝕む静寂に支配されていた。
何もする気が起きず、ボーッとしていると部屋の扉がノックされる。
「シャクティ、入るぞ」
シャクティの返答を聞くことも無く、ガネーシャは扉を開き薄暗い部屋に入る。
暗い部屋に廊下の光が微かに入るが、扉が閉められたことで元の薄明かりだけの暗い部屋に戻る。
「……お前がアーディの正義を語った時、アーディの姿が重なったように見えた」
「!……そうか」
「あぁ……あの子は、いつものように笑っていた」
「…………そうか」
目元を腕で隠すシャクティの表情は見えない。だが、仮に見えたとしても、ガネーシャに見る気はなかった。
シャクティの妹にして暗黒期の絶対的な悪に殺されてしまった甘く優しい正義を掲げた少女。
ファミリアの団長として、アーディの正義は、優しさは、甘さは……許していいものでは無かった。
しかし、シャクティにとっては妹らしい正義だと誇りを持てていた。
亡くした妹の掲げた正義を否定した自分に、語る資格はなかったかもしれない。だが、あの子が笑っていたのなら、刹那の間でも重なってくれたのなら……意味はあったと思えた。
「……ズィーヤは、これから大いに悩むだろうな。あの子にとって、正義とはそれだけの重さがある」
「……そうだな。随分と、重い
椅子から立ち上がり窓の下を見つめる。
都市に消えていったズィーヤにはこれから多くの困難がついてまわるだろう。
それは絶対的な悪かもしれない。純粋な悪かもしれない。集合的な悪かもしれない。だが、どうかそれらに悪で返さないで欲しい。
シャクティのエゴであり、アーディの遺志と正義を伝えた理由。
気高く、孤高で、まだ迷っている彼を悪と断じたくはないから。
「……いつか、お前の正義を見せてくれ」
夜も更け、都市の喧騒もそこそこにシャクティはカーテンを閉め、仕事へと戻って行った。
月光は、未だ答えを出せず、応えられない少年を、ただ照らすのみだった。