「すまない!ベル君、リリ!俺から大丈夫って言っておきながら……!」
「い、いえいえそんな……!突然【ガネーシャ・ファミリア】の方に助力をお願いされたならしょうがないですよ!」
「はい!共同探索なら別の日に、また決めればいいですから、気になさらないでください!」
「ありがとう……!ほんっっとうにすまない!」
俺に手を振ってくれる2人から離れて、『アイアム・ガネーシャ』へ向けて歩みを進める。
『アイアム・ガネーシャ』の入口ではシャクティさんが団員に指示を出していた。
俺に気づくと怖い顔をしながらズンズンと俺の方へ近づいてくる。シャクティさん、冷たい美貌って怒りに染っていると凄く怖いんですよね……知ってました?
「……おはようございます、シャクティさん。本日はお日柄もよ」
「ズィーヤ、どういうつもりだ」
挨拶はなしですか、そうですか……
シャクティさんは俺の肩を思いっきりつかみ美しい顔に思いっきり引き寄せる。
鼻の先に紙1枚分くらいの隙間しか無く、視界いっぱいに綺麗な顔が広がっているというのに、その顔が怒りに歪んでいるせいで、トキメキではなく恐怖から胸がドキドキしてきた。
「昨日の夜、本拠地の前に【ソーマ・ファミリア】の冒険者が3人、瀕死の状態で打ち捨てられていた。そいつらは回復するなり罪の告白と助けを求めてきた」
自身を落ち着ける為か、俺の目の前で大きく深呼吸するシャクティさん。多少は落ち着いたのか、肩に込める力が緩まった。
だが、その鋭い眼光は変わることなく、力が緩まったと言うのに一歩も動こうと思えないくらい怖い。怖いよぉ……
「『青い目に泥色の槌を使った男に殺される』しきりにそう言って縋ってきた」
「……怖い話ですねぇ」
「惚けるな。ズィーヤ・グリスア」
シャクティさんは俺の肩を握り潰してしまいそうなほど力を込める。
「正直に答えろ。あの3人を襲ったのはお前だな?」
「はい。そうですよ」
アッサリと吐いた俺に動揺した一瞬、肩を握っていた腕を掴み、更に動揺して固まったシャクティさんの足を掬って地面に投げる。
「舐めるなぁ!」
とはいえ、流石は第一級冒険者、投げ飛ばされたことをものともせず、寧ろその勢いを利用して俺の顔に向けて神速の蹴りを放ってくる。
速度では比喩表現ではなく逆立ちしても勝てないため、軌道を予測して避ける。
体勢を立て直し、油断なく俺を睨みつけるシャクティさんに対して、俺は朗らかな笑顔を見せてみる。
「冒険者同士の喧嘩は放任する主義なんじゃないですか?」
「あれほど挑発的にホームの前に打ち捨てられていたなら、犯人探しと原因究明は当然だろう」
「俺は寧ろ、アイツらの余罪を【ガネーシャ・ファミリア】に対応して欲しかったんですけどね……」
「それは部下に任せている。私は、お前の教育担当だ」
言いながら、Lv5の速度で俺を取り抑えようとするシャクティさん。
横に回避しようとするが……まぁ、無理だよね。
「ぐぇっ!!」
「……思いのほかアッサリ捕まったな」
「貴女、俺とどれだけLv差あると思ってるんですか……全然見えませんでしたよ」
「お前は、そんなもの関係なく避けそうだが……」
「買い被りすぎですよ」
予測はできるが体の速度が追いつかない、認知が追いつかない。だから避けられない。
Lv差が4もあれば当然の話だ。まして、シャクティさんは暗黒期を乗り越えた治安維持を担うファミリアの団長だぞ?
Lvも技術も経験も負けているのだから、避けられるわけないだろうに……
「……まぁ、捕まえられたのなら何でもいい。話を聞かせてもらうぞ?」
「いやぁ……そういうことなら、もうちょっとだけ時間貰ってもいいですかね?」
「ほう?この状況でまだ抵抗すると?」
「抵抗なんてするつもりは無いですよ。ただ、まだやり残しが残ってるんです」
「何……?」
背中を押さえつけるシャクティさんを見上げ、目を逸らすことなく話す。
「俺の友人、そしてそのサポーターが危険に晒されようとしています」
「!」
「どうやら、俺の友人が契約しているサポーターの金を奪う計画を立てていたようで、今朝打ち捨てた3名は計画の協力者です」
シャクティさんは顎に手をあてて考えている。情報が少ないと言った感じか?なら、もう少し詳しく話そう。
「計画は総員7名で行われ、【ソーマ・ファミリア】から6名、【ラウェルナ・ファミリア】から1名。内、【ラウェルナ・ファミリア】のゲドを尋問し7名の情報を確保。3名は地上でしたが、残り3名は既にダンジョンだった為捕まえられず、ゲド曰く自分がいなければ計画が止まると言うことでゲドを解放。俺の指示した場所で計画を実行するよう説得しました。なので、今計画者の残り4名がダンジョンで一網打尽にできる状況なんです」
「……何故それを私達に相談しなかったか、と聞くのは……無駄なんだろうな」
「残念ながら……冒険者同士のいざこざに、【ガネーシャ・ファミリア】は首を突っ込めない」
冒険者の諍いは基本冒険者同士で解決しなければならない。
冒険者の多くは荒くれ者であり、それに一々対応していたら治安維持などままならないからだ。当然、都市全体、市民を巻き込む程になるならば仲裁はするだろうが、殆どは不干渉なのが実態だ。
だからこそ、俺は【ガネーシャ・ファミリア】に相談することなく、今回の事件を決着させようとしているのだ。
「後一歩、後一手で終わるんです。なんで、離してもらってもいいですかね?」
「……」
シャクティさんは不承不承といった様子で俺の背中から退く。
立ち上がり、土埃を簡単に払ってから改めてシャクティさんへ向き合う。
「それでは、終わったら伺いますね」
「あぁ、来なければ団員総出で探し出すからな」
「怖ァ……じゃあ、失礼します」
「……気をつけろよ」
シャクティさんからの激励を背に受けて、ダンジョンへ向けて走り出す。
人の少ない屋根の上を駆けて、最短最速でダンジョンへ向かう。
作戦の決行場所は7階層。ギルドの資料は読み込み、共同探索の時に探索し終えていた地点。であれば、問題なし。
屋根から飛び降り、ダンジョンの入口へ飛び込む。途中、美しい金色を追い抜かした気もするが、所詮は些事か。
「『深く望むは我が理想 未だ見えぬ羨望の果て 嫉妬に汚れた泥の理想 変われ、変われ、変われ 嫉妬を満たせ 羨望の道を駆けろ
泥色の片手剣を作り出して走る。道中の魔物は無視し、無視できない魔物は最低限切り倒して道を作る。
後は6階層の大広場を抜けるだけだ。
だが、神様と言うやつは未知が相当好きらしい。
広場の方から数人の冒険者が走ってくる。1人が瀕死、他も負傷している所を見るに、急いで撤退していると言ったところ。
「……すまない……!本当にすまない……!」
「は?」
すれ違う直前、恐らくリーダーだろう青年が泣きそうな顔で謝ってきた。そして、俺の疑問も静止も聞くことなくダンジョンの暗闇に消えていった。
追いかけるか、無視するか迷っていると、広場の方からドタドタと轟音が響いてくる。
見れば、ウォーシャドウやゴブリンなど6階層の魔物が俺の方へ向けて走ってくる。
その数は軽く見回しても20を超え、もしかしたら50くらいあるかもしれない。
「……やられたっ!怪物贈呈かっ!」
広場から離れ、全力で狭い一本道の奥に陣取る。
俺のことを追いかけてきた魔物達は横3列に密集しながら突撃してくる。
本来なら槍に変えたいところだが、そんな余裕は無さそうだな……クソっ、発動後に泥の変形できれば便利なのによっ!
ないものだねだりをしても仕方ない……今は、この窮地を脱して悪人共を倒さないとな。
「すぅ……はぁ……っし、かかってこいやぁ!!」
気合一喝、先頭のウォーシャドウを切り倒し、背後だけは取られないように死守しながら戦う。
1体を灰にしようが関係なく湧いて出てくる魔物共、ゴブリンやコボルトは素手でも問題ない、しかし、ウォーシャドウはリーチと爪のせいで迂闊に近づけないし放置もできない。
ちっ、背後を気にしない分集中できるが、ウォーシャドウが厄介すぎるっ!目の前のゴブリンを貫きながら俺へ突きを放ってくるなっ!威力が減衰しているとはいえ、その鋭利な爪は充分な凶器だ。
「ちぃっ!邪魔するなら死ねぇ!!!」
飛び出した爪を半歩横に躱し、振り下ろした剣で切り落とす。
痛みに声を上げるウォーシャドウを気にせず、周囲を固めるゴブリンやコボルトを蹴り殺し、薙ぎ払いと振り下ろしによって挟み撃ちしようと構える2体の首を切り落とす。
ひたすら、殺し続け、灰に変え続けて、ようやく最後の10体まで減らすことができた。
ウォーシャドウが6ゴブリンが1コボルトが3。普段なら大した苦労もなく倒せるが、今の俺は短剣のみ。
泥は溶け、ウォーシャドウと安物の短剣1本で近距離戦を余儀なくされるのは辛いものがあるな……。
最初に向かってくるコボルトとゴブリンは首に一突きで灰に変わる。残り7。
ウォーシャドウ2体が左右から薙ぎ払いを狙うが、しゃがんで躱し、脳天に突きを入れて致命傷を与えた後に胸の魔石を割る。残り5。
今度は最後のコボルトとウォーシャドウが同時に攻撃を仕掛けてくる。
コボルトを殴ってウォーシャドウの攻撃を避け、伸びきったウォーシャドウの腕を足でへし折る。折られた個体が無傷の個体の攻撃を邪魔しているうちにコボルトの魔石を破壊し、灰に変える。残り4。
コボルトの開けた穴を埋めるように別のウォーシャドウが突きを放ってくるため1歩横に避けて、俺の向こう側にいたウォーシャドウを貫かせ、動揺した2体の魔石を割る。残り2。
最後には腕の折れたウォーシャドウと無傷のウォーシャドウ。
無傷のウォーシャドウに突貫し、攻撃される前に魔石を破壊する。残り1。
腕の折れたウォーシャドウが俺に全力の突きを放ってくる。
不安定な体勢から放たれた突きを短剣で受け流し、前に倒れ込んだウォーシャドウの首を掻き切る。
「……早く行かねぇとな」
灰の山を踏み分けて、目的地へ向かう。
手遅れかもしれないと囁く声に耳を塞ぎ、風を切る音を止ませないよう、ダンジョンを駆ける。
「ははは、上手く巻き上げられたな」
「あの
「魔剣も手に入ったし……今日は美味い酒が飲めそうだ」
ダンジョン7階層
リリから奪った荷物と金を眺めて下衆な笑いを浮かべる冒険者達。
「本当に、
「違いない!」
ダンジョンに響く、人の悪意と欲望がが満ちた笑い声。3人の冒険者は、まるで互いの武勇伝を語るようにリリへの仕打ちを語る。
「──なんだ?」
「?どうしました、カヌゥさん」
「お前ら止まれ、妙に魔物が少ない………」
ダンジョンの中は絶えず魔物が生まれている。階層によって生まれる魔物の量は違えど、7階層だと言うのに6階層手前の小さな広場だと言うのに、魔物の気配が全くしないことは妙だった。
腐っても経験ある冒険者。カヌゥの勘を信じた3人は各々武器を構える。
周囲へ注意を向け、魔物の足音や気配さえも見逃さないよう注意する3人。
獣人であるカヌゥは背後から何かが凄まじい速さで風を切りながら飛来する音を聞いた。
「ぐあっ!?!」
飛来した泥の槍はカヌゥの右を陣取っていた冒険者──サドゥ──の肩を穿ち、甲高い音と共に砕けた。
「あぁぁ!!」
「サドゥ!クソっ!どっからぁっ!ぁ……」
「なっ!?」
仲間の肩を穿たれ、槍の飛んできた方向へ顔を向けた男──ウィフト──は再度飛来した槍に、抵抗する間もなく脳天を貫かれ絶命した。
「ひっ!?な、なんなんだよ!誰だよっ!!」
瞬く間に仲間を1人失い、もう1人も戦闘不能にされ、カヌゥは混乱と恐怖に支配されていた。
サドゥの呻き声と、カヌゥの奥歯が震える音だけが響く広場に、コツコツと足音が聞こえてくる。
「……」
「お、お前……!?」
泥色の軽鎧と黒の服に身を包み、泥の槍を携えてカヌゥへ歩みを進めるズィーヤ。その青い瞳は光を灯すことなく、見たものに怖気を走らせる冷徹な冷たさを宿していた。
「……お前達の話は全部聞いていた。胸糞悪い下衆野郎共だ」
血を流し続ける肩を庇いながら逃げようとしていたサドゥの頭に槍が突き刺さる。ドチャリと、何処か水気を含んだ音を響かせながらサドゥは自身の作り出した血の海に沈んだ。
自身の顔を掠りながら仲間の頭を穿った槍。投擲した本人から目を逸らしていないと言うのに、いつの間にか槍は放たれ、気がつけば仲間は死んでいた。
槍を投げたズィーヤと言えば、達成感も罪悪感も感じた様子もなく、淡々と魔法を発動させて泥の槍を作る。
「な、なんで俺たちを殺すんだよ……おかしいだろっ!!」
「…………」
命を脅かされる恐怖から、半ばキレ気味に言い訳をしようとするカヌゥ。そんなカヌゥを変わることの無い冷たい瞳でズィーヤは見据える。
「俺達は!役立たずのサポーターから少し金を貰っただけだ!寧ろ、その金を有効活用してやってるんだから、サポーターも大喜びだろうさっ!!」
「………………」
言い募るカヌゥはズィーヤの瞳が益々暗く、冷たく濁っていくことに気づいていない。反応がないことを理解されていると楽観的に考え、カヌゥの醜い言い分は続けられる。
「そうだ!アンタもアーデの溜めた金を狙ってる口だったのか!?だったら山分けにしよう!サドゥもウィフトも死んだ!2人で山分けすればかなりのがくになるはずだ!」
目を血走らせ、唾を飛ばしながらそれがいいと提案するカヌゥ。興奮からか恐怖からか足を震わせながら、ズィーヤに近づいていく。
「2人を殺したことは見逃す。金も半分、いや6割やる!だからよ、俺の命は見逃して──ぇ?」
カヌゥの腹を泥色の槍が貫く。
槍の柄を伝って流れる血は、ズィーヤに届くことなく地面に流れ落ちる。
槍が引き抜かれたことによって、より勢いのました出血がカヌゥの足元に血の海を作り出す。
疑問と死の恐怖に目を瞬かせるカヌゥに向けて、表情も瞳の温度も変わらないズィーヤは血に濡れの穂先を倒れ込んだカヌゥの目の前に突き出す。
「で?」
地の底から這って出たような重低音と絡みつくような殺意がカヌゥの恐怖を加速させる。
「耳障りな言い訳は充分か?」
腹に穴を開けられた痛みに喘ぎ、恐怖から涙を流し失禁することしかできないカヌゥの額に、ズィーヤは槍を構える。
「懺悔も後悔もない悪人は、さっさと死ね」
「まっ──」
抵抗なく穂先はカヌゥの頭蓋骨を貫き、脳を引き裂きながら貫通した。
1度だけ跳ねたカヌゥはその後なんの反応を示すことも無く、物言わぬ屍へと変わった。
広場には3つの血の海が広がり、酷い鉄臭さだった。
「……」
無言でリリの荷物を回収し、ベルを探し始める。
血濡れの槍を携えて7階層を徘徊するズィーヤの背中には、そこはかとない悔恨と哀愁が漂っていた。
「あぁぁぁ……!ごべ、ごべんなさいぃぃ!あぁぁぁ……!!」
ベル君を探し徘徊していると、誰かの泣き声が聞こえてきたため向かってみる。
そこでは、魔石と灰の散らばった広場の端で、ベル君が泣いているリリを抱き締めていた。
ベル君も泣いているリリに手一杯で俺に気づいていないようだし、ここに俺が入っても邪魔になるだけだな……。
足音を立てないよう近づき、ベル君達から少し離れた目立つ場所にリリの荷物を置いておく。
泣いている女の子を抱きしめて、安心したような顔を浮かべるベル君は、昔母に読み聞かせてもらった英雄譚の英雄のようだった。
「いいなぁ……」
月の照らすダンジョン前のベンチにて、メガイラは眷属の帰りを待つ。
悪を誅し、邪悪を討つ。
悪事に対する復讐を司る神の眷属として、悪を許さぬ下界の人として、実行している愛する
「ふふ……貴方のやりたいようになさい。それがきっと、私の眷属として相応しい在り方よ」
夜闇よりも深いダンジョンの暗闇を眺めて、その下で悪を裁いている姿を想像し、頬を紅潮させる。
美しく、淫靡で、おぞましい女神は